学位論文要旨



No 115805
著者(漢字) 工藤,紀雄
著者(英字)
著者(カナ) クドウ,ノリオ
標題(和) 超好熱性古細菌由来のLrp/AsnCファミリー蛋白質の結晶化と立体構造決定
標題(洋)
報告番号 115805
報告番号 甲15805
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第290号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 鈴木,理
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 助教授 陶山,明
 東京大学 教授 田之倉,優
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

生物体内において蛋白質の生産は遺伝子(DNA)からmRNA、蛋白質へと合成されており、蛋白質生産は、主にDNAからmRNAへの転写の段階で転写因子と呼ばれる蛋白質によって制御されている。転写制御に関与する蛋白質は、RNAポリメラーゼと共に転写に直接関与する基本転写因子と、それら基本転写に作用し、転写制御を行う特異的転写因子に分類される。古細菌における転写制御では、基本転写はTATAボックス結合蛋白質を用いていることが知られている。一方、それら基本転写因子の制御を行う特異的基本転写因子については、ほとんど解明されていなかった。近年、古細菌のゲノム配列が数多く決定され、その解析から、古細菌には真正細菌様の特異的転写因子の遺伝子を持つことが明らかとなった。その中でも、真正細菌に広く存在するLrp/AsnCファミリー(Lrp:Leucine responsive regulatory protein, AsnC: Asparagine synthetaseの制御因子)遺伝子が数多く存在しており、古細菌の転写制御に大きな役割を果たしていると考えられた。

 2. Lrp/AsnCファミリー蛋白について

 大腸菌Lrpは、50種類以上の代謝制御関連遺伝子の発現を転写の促進、抑制の両面で制御しており、特に菌体のロイシン濃度によってその制御に変化することが知られている。これは、栄養状態の良い時、悪い時など、生育環境の変化に対応し、遺伝子発現の促進、抑制を行うための機構であると考えられている。また、大腸菌の菌体内には、約3000個のLrp分子が存在することが確認されており、Lrpは遺伝子制御のプラットフォームとしてクロマチン構造を形成することが予想されている。

Lrp/AsnCファミリーに分類される蛋白質の立体構造はいまだに決定されていない。そこで、Lrp/AsnCファミリー蛋白質の立体構造をX線結晶解析法を用い決定し、Lrp/AsnCファミリーの転写制御機構を明らかにすることを目的とした。

本研究では、超好熱性古細菌Pyrococcus sp.OT3を対象とした。この菌の全ゲノム配列が決定されており、その解析から特異的転写因子として22種の遺伝子が同定されていた。そのうちの14種がLrp/AsnCファミリーの遺伝子であった。また、そのうち11遺伝子は、160残基のLrp全体をコードする一方、3遺伝子は約80残基のLrpのC末端側をコードするだけの短いLrp(以下、demi-Lrpと呼ぶ)であった。

3. Lrp/AsnCファミリー蛋白質の発現系の構築、結晶化

Pyrococcus sp.OT3のLrp/AsnCファミリー蛋白質14種類について、大腸菌を用いた発現系の構築を行った。PCR法によってPyrococcus OT3のゲノムよりクローン化し、T7プロモータを用いた発現ベクターを作成した。作成したベクターを大腸菌に形質転換し、蛋白質の発現を試みた。その結果、4種類のLrpについて発現が確認された。3種類はLrpであり、1種類は、demi-Lrpであった。これらの蛋白質を精製し、結晶化を行った。その結果、Lrp2種については、0.1mm角程度の小さい結晶を得ることに成功したが、分解能が3A程度の結晶であった。しかし、demi-Lrpについては、PEG 6000,LiClを用いた条件において良質な単結晶を成長させることに成功した。demi-Lrpの結晶は0.2mm程度の大きさに成長し、実験室系のX線回折装置では2.3Å、シンクロトロン放射光では1.8Åの分解能の反射を与え、結晶の空間群は、回折点の幾何学的解析からP3121またはP3221と決定された。また、結晶格子の大きさは、α=b=96.8Å、c=98.5Åと決定することができた。

4.Lrp/AsnCファミリー蛋白質の立体構造決定

Lrp/AsnCファミリーに分類される蛋白質の立体構造は、いまだに決定されていない。そのため、重原子同型置換法(MIR法:multiple isomorphous replacement)によって行った。得られたdemi-Lrpの結晶を用い、水銀や白金、金、など約50種類ほどの重原子を結晶に浸透させ、重原子同型置換体結晶の作成を試みた。その結果、白金(K2[Pt(CN)6])、金(K[Au(Cl4)])の2種類の重原子を用いた同型置換体結晶を得ることに成功した。重原子誘導体結晶から得られたデータから、3.0Åまでの位相を決定し、位相改良を行った結果、蛋白質モデルを構築できる良好な電子密度図を得ることができた。この電子密度図から蛋白質分子のモデルを構築し、さらに放射光実験施設SPring-8BL24XU(Hyogo-BL)で測定した1.8Å分解能のデータを用い、モデルの改良を重ねた。その結果、R-factor21.2%と精度よく立体構造を決定することができた。決定したdemi-Lrpは、4本のβシート、2本のαヘリックスから成る構造であった。この構造と既知の蛋白質立体構造との比較を行ったが、類似の立体構造は見つからず、新規の構造であると考えられた。また、分子は2本の水素結合を介して2量体を形成していた。demi-Lrpは結晶中では、8分子(4つの2量体)が一つの固まりを形成しており、8分子でディスク状の構造を形成していた。ゲルろ過の結果からも溶液中では8分子を単位として存在すると考えられた。この8分子ディスク状構造は、直径が60Åで厚みは40Å程度の大きさであった。

5.Lrp/AsnCファミリー蛋白質の立体構造の解析

8分子ディスク状構造

Lrp/AsnCファミリー蛋白質のN末端ドメインには、helix-turn-helixのDNA結合モチーフが存在することがアミノ酸配列の解析から予測されている。そこでDNA結合ドメインの大きさを予測し、demi-Lrp立体構造のN末端部分に配置したモデルを作成した。すると、8分子ディスク状構造の外周を一周する形でDNA結合ドメインを配置することが出来た。またこのモデルに対し、DNA二重らせんを一周させると約100bpで一周する計算となった。これは、大腸菌Lrpのフットプリント実験での報告とよく一致する。また、DNA結合ドメイン一つあたりのDNAの湾曲は45度(360度/8分子)と計算され、こめ数字も、大腸菌LrpでのDNA湾曲角度(52度)の報告と良く一致している。つまり、Lrpは、DNA二重らせんを外周にひと巻きする形を取ることが予測された。

ロイシン濃度の感知

大腸菌Lrpでは、ロイシン濃度によって転写制御に変化が生じることが知られており、アミノ酸改変体実験から、ロイシン濃度感知に関係する残基が7つ同定されている。この残基をdemi-Lrp立体構造に当てはめると、二量体同士が弱く結合を形成しているクレフト部に存在していた。このクレフト部にロイシン分子を導入したモデルを作成すると、二量体の間で形成されていた相互作用がロイシン分子によって消失する。つまり、ロイシンが多量体構造のクレフト部に侵入することで、多量体間の相互作用に変化が生じ、多量体構造が破壊されることが予測された。demi-Lrp結晶をロイシンの溶液に結晶を浸透させると、結晶に亀裂が入り、白濁した。これもロイシンの作用を示唆する結果であると考えられる。

シリンダー状の空間

さらに、8分子ディスク状構造の中心部には、直径約12Aのシリンダー状の空間が存在していた。その空間には、アミノ酸などの低分子が入り込める大きさであることから、この空間に分子が入り込み、多量体の形成に影響を与えているモデルが考えられた。この空間に位置する残基の多様性から、この空間に様々なリガンドが導入され、その選択性によって多量体が安定化もしくは不安定化されるモデルを考えた。また、N末端にヒスチジンのタグ(His-tag)をつけた融合型Lrp蛋白質とdemi-Lrpを混合し、ニッケルカラムを用いた実験を行ったところ、Lrpとdemi-Lrpがヘテロ多量体を形成することを示唆する結果を得た。このことから、Lrp,demi-Lrpは、様々な組み合わせで多量体を形成し、転写の制御を行っていると考えられた。

6.まとめ

Pyrococcus OT3由来のLrp/AsnCファミリー蛋白質demi-Lrpについて、X線結晶解析法による立体構造決定を行った。Lrp/AsnCファミリーに分類される蛋白質では、初めての立体構造決定である。得られた構造から、ロイシン濃度の感知機構や、多量体形成機構について解析を行い、Lrp/AsnCファミリーの転写制御機構について考察を行った。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、古細菌の転写調節因子(Lrp/AsnCファミリー蛋白質)を結晶化し、その立体構造をX線回折法によって決定した事を報告するものである。さらに、決定した立体構造をもとに古細菌におけるグローバルな転写調節機構を議論している。

 結晶の中でこの蛋白質は円盤型の8量体を形成し、その中央にリガンドが結合すると考えられる穴が開いていた。さらに、Lrp/AsnCファミリー蛋白質にはDNA結合ドメインを持つものと持たないものがあり、本論文の中で、両者がヘテロの会合体を形成する事が示されている。この2つの事実から、論文提出者は生体中で1〜8のDNA結合ドメインを持つ様々な8量体が形成されるのではないかと議論している。会合体を形成するLrp/AsnC蛋白質の種類と数によって中央の穴の形状も変化する。したがって環境変化を伝達するリガンドの種類によって、多数の可能性の中から形成される8量体が選択されるのではないかと考えられる。

 古細菌の転写調節機構に関する知見は少なく、本論文によって明らかにされた新しい知見は重要である。論文提出者の提案する仮説は、少数の転写調節因子によって多数の遺伝子を環境特異的に制御する原理を説明する事が可能であるだけではなく、少数の構成要素の組み合わせにより多様性を創出する生命現象の典型的な例となっている。この仮説は、古細菌のみならず他のタイプの生物にも適用可能で、ある意味では、免疫化学における免疫グロブリンの遺伝子配列シャッフル機構の発見とも比較し得るものであり、今後、生命科学において証明すべき重要な課題となるであろうと予想される。

 当初提出された論文の構成及び記述の詳細に関して、各審査員から、論文提出者が研究を行ってきた目的意識をより明確にする事、研究の出発点となった古細菌関連の基礎事実を客観的かつ明確に記述する事、ポイントとなる生物学上重要な結論、結果をより明確に記述する事、出発点となった事実、目的意識と結論、考察の関係を明確な論理関係で関連づける事等の指摘があったが、それらの点は論文提出者によって、全て適切に改良、訂正された。

 以上により、本論文は、博士(学術)の学位を受けるにふさわしい十分な学術的意義を有するものと認め、審査委員全員により合格と判断した。

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