学位論文要旨



No 115806
著者(漢字) 野口,立彦
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,タツヒコ
標題(和) ゼノパス卵の収縮環形成機構の研究
標題(洋)
報告番号 115806
報告番号 甲15806
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第291号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 助教授 奥野,誠
 東京大学 助教授 豊島,陽子
 東京大学 助教授 阿部,洋志
内容要旨 要旨を表示する

 動物細胞の細胞質分裂においては、細胞分裂の後期の終わりから終期にかけて、分裂面の表層にアクチンとミオシンからなる収縮環が形成され、その収縮により分裂溝が進行して細胞が二つにくびり切れる。細胞質分裂の機構に関する主な未解決の問題として以下の2つが挙げられる。(1)収縮環はどのような過程を経て形成されるか?(2)収縮環形成シグナルの実体は何か? Xenopus卵の分裂溝は、動物極から形成され始め、その伸長端では収縮環構造が常に新しく形成されながら伸長し、植物極で二つの伸長端が融合して環状となる。この伸長端に注目することで収縮環形成の過程を詳しく解析しようと考えた。そこで、上記の2つの問題を解明するために、Xenopus卵を用いて以下の2つの研究を行った。

第1章:Xenopus卵分裂溝伸長端でのF-アクチン構造の再編成

 上記の(1)を解明するために第1章では特に二つのことに注目して実験を進めた。一つはアクチン−ミオシン細胞骨格がどのような過程を経て収縮環形成にいたるかということ、もう一つは収縮環を構成するF-アクチンは周辺の表層由来のものか、あるいは新たに重合してできたものかということである。

 最初に、Xenopus卵の第1卵割を通して分裂溝でのF-アクチン構造の変化をローダミン−ファロイジン染色で明らかにした。分裂開始直後には、分裂溝に沿ってF-アクチンのパッチが形成される。分裂溝が収縮を開始する時期になると、その伸長端ではまずF-アクチンパッチが形成され、次いでこれらが複数つながった“短いアクチンバンドル”が形成される。さらに分裂溝の中央に近い部分では、細く長い、収縮環構造の構成単位と考えられる“長いアクチンバンドル”が形成される。分裂が進むにつれアクチンバンドルの数は増加し太い帯を形成する。新生細胞膜が付加される時期になると収縮環構造は急激に細く束ねられる。分裂溝伸長端でF-アクチンパッチから長いアクチンバンドルまでの再編成の過程は、ローダミンーアクチンを顕微注入した生きた卵の分裂溝の経時観察により確認された。

 次に、収縮環のF-アクチンが、分裂溝周辺の表層アクチンに由来するのか、あるいは分裂面で新たに重合したアクチンに由来するのかを明らかにするために、まず分裂溝伸長端周辺で分裂面に向かって表層アクチンを輸送する表層の移動が起こるかどうか検証した。小麦胚芽凝集素(WGA)を結合した蛍光ビーズを卵表面に付着させ、その動きを経時的に追跡した。その結果、分裂溝伸長端の周囲の限られた領域(幅30μm)で分裂面に向かって表層が移動する現象が観察された。分裂溝に集合した表層とF-アクチンの畳を、FITC-WGAとローダミン−ファロイジンで2重染色した分裂溝の長軸に沿ったそれぞれの蛍光強度変化を追跡して比較した。分裂溝の先端ではまず表層の集合が起きるがF-アクチンは少し遅れて急激に増加し最終的には表層の倍の割合まで増加することが判明した。強拡大すると分裂溝では蛍光WGAで認識される無数の泡状の構造(WGA-bleb)が集合していることが観察された。F-アクチンパッチはそのneck部分で形成され成長する。これらのことから、分裂溝伸長端のF-アクチンパッチ形成において新たなアクチンの重合がおきていることが示唆された。これは蛍光G-アクチンを分裂溝伸長端付近へ顕微注入すると、速やかにF-アクチンパッチへと取り込まれるという観察からも支持された。

 Xenopus卵から精製した非筋型ミオシンII重鎖に対する抗体を作成し、蛍光抗体法を用い、ミオシンIIの分裂溝伸長端での局在をF-アクチン構造と比較した。分裂溝の伸長端ではF-アクチンパッチ形成に先行してミオシンが集合してスポット(ミオシンスポット)を形成した。後にミオシンスポットと共局在してF-アクチンパッチが形成され、互いに共同しながらタンデムに並び、長くつながった収縮環構造を形成する様子が観察された。

またミオシンスポットとWGA-blebはそれぞれが形成されるごく初期から共局在することが判明した。以上の結果からXenopus卵の分裂溝伸長端では図1のような過程を経て収縮環構造が形成されることが予想される。すなわち、分裂溝伸長端ではまず分裂面に向かう表層の移動が起こり、その結果、分裂溝上にWGA-blebが形成され、同時にそのneck部位にミオシンが集合してミオシンスポットを形成する。少し遅れてミオシンスポットに共局在して、アクチン重合を伴ってF-アクチンパッチが形成される。これが長く連なって収縮環構造が構築されていく。

第2章:分裂溝に沿ったCa waveと細胞質分裂

 第2章では(2)について検討した。細胞質分裂の誘起にCaイオンが関係しているのではないかという考えが根強くある。Xenopus卵においてCaキレート剤であるdibromoBAPTAが分裂溝伸長端での分裂溝形成を阻害すること(Miller et al.,1993)が報告されている。またメダカ、ゼブラフィッシュ及びXenopusの卵割において、分裂溝に沿ってCa waveが観察されている(FIuck et al.,1991;Chang and Meng,1996;Muto et aL.,1996)。Xenopus卵の収縮環形成にCa waveが分裂シグナルとして働く可能性が示唆されてはいるが、実際には未だ不明である。そこで以下の点を明らかにするために実験を行った。1)分裂溝が形成される場である分裂溝の伸長端でCa waveが観察されるか? 2)Ca waveを抑制した場合に細胞質分裂は影響を受けるか?

 受精膜を除去したアルビノXenopus卵にCaイオンの蛍光指示薬であるCalcium Green-1を顕微注入し、第一卵割中の[Ca2+]iの変化を動物極側から共焦点レーザー顕微鏡を使って経時観察した。第一卵割を通して、分裂溝に沿って2度のCa waveが観察された(wave1とwave2と命名)。分裂溝形成位置とCa waveの関係を調べるために、あらかじめローダミン−WGAで細胞表面を染色した上でCaイメージングを行ったが、分裂溝の伸長端では[Ca2+]iの上昇は観察されなかった。分裂が進行し分裂溝に新生細胞膜が付加される時期になると、wave1は新生膜の領域内に限って伝搬した(図2)。wave2は細胞質分裂が終了した後に既存の細胞膜と新生膜の境界を縁取るように伝搬することが判明した(図2)。wave1とwave2はその平均伝搬速度から、共にslow Ca waveに属することが明らかになった。[Ca2+]i変化を追跡しながらEGTA、あるいはdibromoBAPTAを顕微注入し、Ca waveを抑制して細胞質分裂への影響を調べた。その結果、いずれのCaキレー卜剤でCa waveを抑制しても分裂は正常に進行した。よってXenopus卵の卵割において分裂溝に沿ってみられる2つのCa waveは、いずれも細胞質分裂の分裂シグナルとしては働かないと結論した。しかし高濃度のCaキレート剤を顕微注入すると分裂溝の伸長及び収縮が阻害されることから、細胞質分裂に関与するのは分裂溝に沿って伝搬するCa waveではなく分裂溝のごく近傍で起こるCa microspikesではないかと考えた。そこでこのような微弱なCaシグナルを観察できるようなイメージング方法を試みた。近年Xenopus卵においてCaイオンの放出の最小単位としてCa puffとCablipが報告されている。Ca puffは10〜30個のCaチャンネルが同時にCaイオンを放出した状態であり、Ca blipは単一のCaチャンネルからのカルシウムの放出であると考えられている。筆者はいずれのタイプのCaシグナルのイメージングにも成功した。このイメージングの系を用いて分裂溝の伸長端を観察したが、シグナルは観察されなかった。よって分裂溝の伸長端で、収縮環形成を誘導するようなCaシグナルは存在しないことが明らかになり分裂シグナル本体である可能性は否定された。

図1

図2

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり。第1章はXenopus卵第一分裂の分裂溝伸長端でのアクチン細胞骨格について、第2章はXenopus卵の分裂溝に沿って伝搬するCa waveと細胞質分裂ついて述べられている。動物細胞の細胞質分裂においては、細胞分裂の後期の終わりから終期にかけて、分裂面の表層にアクチンとミオシンからなる収縮環が形成され、その収縮により細胞が二つにくびり切れる。細胞質分裂の機構に関する主な未解決の問題として以下の2つが挙げられる。(1)収縮環はどのような過程を経て形成されるか?(2)収縮環形成シグナルの実体は何か? Xenopus卵の分裂溝は、動物極から形成され始め、その伸長端では収縮環構造が常に新しく形成されながら伸長し、植物極で二つの伸長端が融合して環状となる。提出者はこの伸長端に注目し、収縮環形成の過程を詳しく解析した。

 第1章では上記の(1)について検討している。最初に、Xenopus卵の分裂溝伸長端でのF-アクチン構造の変化をローダミン−ファロイジン染色で明らかにした。分裂開始直後には、分裂溝に沿ってF-アクチンのバッチが形成される。分裂溝が収縮を開始する時期になると、その伸長端ではまずF-アクチンハッチが形成され、次いでこれらが複数つながった“短いアクチンバンドル”が形成される。分裂溝の中央部分では、収縮環構造の構成単位と考えられる“長いアクチンバンドル”が形成される。分裂溝伸長端でのF-アクチンハッチから長いアクチンバンドルまでの再編成の過程は、ローダミン−アクチンを顕微注入した生きた卵の分裂溝の経時観察により確認された。

 次に、収縮環のF-アクチンが、分裂溝周辺の表層アクチンに由来するのか、あるいは分裂面で新たに重合したアクチンに由来するのかを検証している。小麦胚芽凝集素(WGA)を結合した蛍光ビーズを卵表面に付着させ、その動きを追跡した結果、分裂溝伸長端の周辺領域で分裂面への表層の移動が観察された。FITC-WGAとローダミン−ファロイジンで2重染色し、それぞれの蛍光強度変化を分裂溝の長軸に沿って比較すると、分裂溝の先端ではまず表層の集合が起きるが、F-アクチンは少し遅れて急激に増加し最終的には表層の倍の割合まで増加することが判明した。強拡大すると分裂溝では蛍光WGAで認識される無数の泡状の構造(WGA-bleb)が集合し、F-アクチンパッチはそのneck部分で形成され成長していることが観察された。よってF-アクチンハッチ形成において新たなアクチンの重合がおきていることが示唆された。

 蛍光抗体法より分裂溝伸長端でのミオシンIIの局在をF-アクチン構造と比較した。分裂溝の伸長端ではF-アクチンハッチ形成に先行してミオシンが集合してスポット(ミオシンスポット)を形成した。後にミオシンスポットと共局在してF-アクチンハッチが形成され、互いに共同しながらタンデムに並び、長くつながった収縮環構造を形成する様子が観察された。以上の結果からXenopus卵の分裂溝伸長端では、まず分裂面に向かう表層の移動が起こり分裂溝上にWGA-blebが形成され、同時にミオシンスポットを形成される。少し遅れてアクチン重合を伴ってF-アクチンパッチが形成される。これが長く連なって収縮環構造が構築されていくという過程が考えられた。

 第2章では、Xenopus卵の収縮環形成に、分裂溝に沿ったCa waveが分裂シグナルとして働くかどうか、以下の点について検討している。1)分裂溝の伸長端でCa waveが観察されるか? 2)Cawaveを抑制した場合に細胞質分裂は影響を受けるか?

 アルビノXenopus卵にCalcium Green-1を顕微注入し、第一卵割中の[Ca2+]iの変化を動物極側から共焦点レーザー顕微鏡を使って経時観察した。ローダミン−WGAで分裂溝を標識した上でCaイメージングを行ったが、分裂溝の伸長端では[Ca2+]iの上昇は観察されなかった。第一卵割を通して、分裂溝に沿って2度のCawaveが観察された(wave1とwave2と命名)。分裂が進行し分裂溝に新生細胞膜が付加される時期になると、wave1は新生膜の領域内に限って伝搬した。wave2は細胞質分裂が終了した後に既存の細胞膜と新生膜の境界を縁取るように伝搬することが判明した。[Ca2+]i変化を追跡しながらEGTA、あるいはdibromoBAPTAを顕微注入し、Ca waveを抑制しても細胞質分裂は阻害されなかった。よってXenopus卵の卵割において分裂溝に沿ってみられる2つのCa waveは、いずれも細胞質分裂には関与しないと結論した。更にXenopus卵において単一のCaチャンネルからのCa放出のイメージングを試み、このイメージングの系を用いて分裂溝の伸長端を観察したが、シグナルは観察されなかった。よって分裂溝の伸長端で、収縮環形成を誘導するようなCaシグナルは存在しないことが明らかになった。

 なお本論文第1章は馬渕一誠との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。従って、博士(学術)の学位を授与できると認める。

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