学位論文要旨



No 115807
著者(漢字) 一木,順二
著者(英字)
著者(カナ) イチギ,ジュンジ
標題(和) ツメガエルの腎臓由来のA6細胞の模擬微小重力及び過重力環境下での遺伝子発現と形態形成
標題(洋) Gene expression and morphogenesis of Xenopus kidney A6 cells cultures exposed to simulated microgravity and to hypergravity
報告番号 115807
報告番号 甲15807
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第292号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 跡見,順子
 東京大学 教授 川口,昭彦
 東京大学 助教授 奥野,誠
 東京大学 助教授 松田,良
内容要旨 要旨を表示する

 本研究で用いたA6細胞は1969年にK.A,Raffertyにより株化されたアフリカツメガエル成体雄正常腎由来の付着培養細胞である。液体培養によりコンフルエントになったA6細胞は地上1G環境下においてドーム状の形態を形成する性質を有する。ドーム形成に関する最初の報告はA6細胞が株化されたのと同じ1969年のLeighton, Jらの報告にまで遡る。彼らはイヌの腎臓の培養細胞であるMDCK細胞において液の貯留による水膨れのような形態を発見し、 「ドーム」と名付けた。それ以降、地上におけるドーム形成に関する研究が行われ、ドーム形成機構については一般的に次の3段階で考えられるようになっている。すなわち、(1)アミロライド遮断性Na+チャネルを介したapical membrane(培養液と細胞との境界膜)側から細胞内へのNa+の流入、(2)Na+,K+-ATPaseによる細胞内からbasolateral membrane(細胞と培養フラスコのプラスチック面との境界膜)側へのNa+の流出、(3)Na+流出の結果に伴う浸透圧差によってbasolateral membraneと培養フラスコのプラスチック面との間に液が貯留し、ドーム状の形態が形成されるという機構である。しかしながら、これらすべての研究は哺乳類由来の培養細胞でしか行われておらず、生命進化上重要な位置を占める両生類であるA6細胞のドーム形成については報告がない。さらに、重力レべルの変化に伴うドーム形成への影響についても過去に報告がない。そこで今回、重力レべルの変化に伴うドーム形成への影響についてこのA6細胞を用いて調査を行った。

<第1部>

 重力レベルの変化については模擬微小重力群、地上1G対照群、遠心機による過重力群(過重力方向についてはさらに以下の3群に分けた。 (矢印は重力方向を示す。)(1)apical membrane→basolateral membrane、(2) basolateral membrane→apical membrane、(3)apico-basolateralmembrane→apico-basolateral membrane)を準備した。apical membraneは培養液と細胞とのインターフェイスをなす細胞膜であり、basolateral membrane培養フラスコと細胞とのインターフェイスをなす細胞膜である。apico-basolateral membraneはある細胞と隣の別の細胞とのインターフェイスをなす細胞膜である。微小重力環境については宇宙実験の機会は依然乏しく、自由落下の原理を用いた落下棟、航空機や無人ロケットによる飛行実験では長期間の調査が不可能なため、今回の研究では3D-クリノスタットという装置を用いた。3D-クリノスタットはお互いに直交する2軸の回転軸をコンピューター制御により3次元的に回転させることによって搭載されたサンプルの積算重力をゼロにし、地上で長期間にわたり微小重力環境を模擬的に実現できる装置である。3D-クリノスタットの回転制御方式として生成軌道制御方式という新しい3D-クリノスタットの回転制御方式を採用した。この回転制御方式では積算重力がゼロになるだけでなく、重力ベクトルのX,Y,Z方向成分の分散が均一となり、各方向に均一な重力環境を実現することができる。全重力実験は主にセルカウントによる細胞成長への影響、位相差顕微鏡観察によるドーム形成などの形態形成への影響、Semi-quantitative RT-PCRによる遺伝子発現変化への影響の3項目について行われた。A6細胞の模擬微小重力環境下培養では地上1G対照群と比較して有意な細胞数の減少、著しいドーム形成の阻害が認められた。一方、過重力環境下培養では地上1G対照群と比較して細胞数の増加傾向が認められが、過重力方向(1)、(2)、(3)間では差は認められなかった。ドーム形成については地上1G対照群と比較して促進傾向が認められ、さらに過重力方向(1)、(2)、(3)間で差が認められた。過重力方向;(2)basolateralmembrane→apicalmembraneでドーム形成の促進が顕著に認められた。さらに、地上1G対照群及び過重力方向(1)、(3)では観察されなかったチューブ状の形態形成が(2)においてのみドーム形成誘導と同時期に認められた。遺伝子発現では地上1G対照群のドーム形成期に発現が増加し、ドーム形成の著しい阻害が認められた模擬微小重力群では発現が低下、ドーム形成の促進が顕著な過重力群;(2)で発現が増加した遺伝子として、細胞増殖のみならず形態形成に重要な多面的機能因子であるHGF family genes、細胞膜を介したNa+及びK+の輸送に重要なXNa+,K+-ATPase、アミロライド遮断性Na+チャネルのチャネル開口確率を制御するXCAP1(Channel activating Protease1)が有力な候補遺伝子群として得られた。このことから、模擬微小重力環境下でのドーム形成の阻害はアミロライド遮断性Na+チャネルのチャネル開口確率を制御するXCAP1及びXNa+,K+-ATPaseの遺伝子発現の低下により、ドーム形成機構の行程(1)及び(2)が阻害されたために起きた可能性が考えられる。一方、過重力環境下でのドーム形成の促進はXCAP1及びXNa+,K+-ATPaseの遺伝子発現の増加により、ドーム形成機構の行程(1)及び(2)が促進されたために起きた可能性が考えられる。さらに、模擬微小重力環境下での細胞成長の抑制及び過重力環境下での細胞成長の促進について主要な細胞成長因子を調査したところ、重力変化に伴って細胞増殖のみならず形態形成に重要な多面的機能因子であるHGF familygenesの発現が変化していることが示され、発現増加が認められた過重力鉛直上向き環境下ではドーム状形態と同時にチューブ状の形態が誘導された。これらの結果はA6細胞の細胞増殖や膜を介した水や塩の移動に伴うドーム形成、チューブ形成のような形態形成に重力の存在が関与している可能性を示唆している。

<第2部>

 今回の3D-クリノスタットによる模擬微小重力環境下での培養は満液化した液体培地で行われた。ここで問題となるのが液体培地の流動による細胞成長やドーム形成などの形態形成への影響である。そこで私が独自に考案したスターラーバー内蔵型液体培地人工流動システムによって、この液体培地の流動の影響を調査した。地上鉛直下向き1G環境を維持したまま、満液化フラスコ下面に付着細胞、上面にスターラーバーが来るようにスターラーを逆さまにして固定し、10mmのスターラーを120,240,480rpmで回転させ、10日間培養した。その結果、120,240,480rpmのいずれにおいても有意な細胞増殖への影響は認められず、その後のドーム形成においても影響は認められなかった。さらに磁気の影響についても調査した結果、磁気による若干の細胞増殖促進傾向が認められたが有意な差ではなく、新しい生成軌道制御方式による3D-クリノスタット回転培養に伴って認められるような細胞増殖の抑制やドーム形成阻害は認められなかった。さらにドーム形成及び重力レべルの変化に伴ってA6細胞で発現が変化する遺伝子群のうち、胚における発現時期や発現場所などが明らかとなっていない遺伝子群についてstage PCR法及びDIGラベルプローブを用いたホールマウントin situハイブリダイゼーション法による解析を試みた。既知遺伝子としてXCAP1、新規遺伝子としてXHP-2-9について調査した。XCAP1はセリンプロテアーゼに属する329アミノ残基からなるGPIアンカー型蛋白質である。XCAP1遺伝子の一部に対する特異的プライマーを用いたPCRの結果、XCAP1は母性由来でmRNAとして存在し、原腸陥入の進行と共に減少し、ステージ10あたりから微かに発現が始まり、神経胚にかけて発現が増加し、その後はオタマジャクシに至るまで発現を示すことが分かった。また、DIGラベルプローブを用いたホールマウントin situハイブリダイゼーションにより、神経胚期では神経板領域に限局した発現を示すことがわかった。またその後、初期尾芽胚では限局した発現が認められないものの、後期尾芽胚では肛門道(proctodeum)に限局した発現を示した。これらの結果より、XCAP1は発生初期においては神経系に関わる組織/器官の形成に関与している可能性が考えられた。さらに新規遺伝子XHP-2-9のクローニングを行った。得られたcDNAの配列は2730bpで、861アミノ残基をコードする2583bpのORF配列をもつことがわかった。その後のホモロジー配列解析では相同性の高いホモログは検出されなかった。XHP-2-9遺伝子の一部に対する特異的プライマーを用いたPCRの結果、XHP-2-9は母性由来でmRNAとして存在せず、ステージ16あたりから微かに発現が始まり、後期尾芽胚に至るまで持続的な発現を示すことが分かった。さらに成体由来の組織では至る所に発現していることがわかった。ホールマウントin situハイプリダイゼーションにより発現の分布状況を確認した結果、XHP-2-9は神経胚期には局在がみられないものの、後期尾芽胚では頭部及び腎臓領域に限局した発現を示すことが分かった。これらの結果より、XHP-2-9は発生初期においては組織/器官の形成に関与していないことが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 一木順二君は「ツメガエルの腎臓由来のA6細胞の模擬微小重力環境下での遺伝子発現と形態形成」を行って下記のような優れた結果を得ている。

 一木君は両生類のツメガエルの腎臓由来細胞株であるA6細胞を用いて、この細胞の持つドーム形成などの形態形成運動と遺伝子発現を重力との関係において調べたものである。また対照群としてはドーム形成を行わない肝臓由来のA-8細胞を用いている。その結果、下記のようなことを明らかにした。

 今回の一木君の実験では細胞に対する重力による変化を細胞数の増減、位相差顕微鏡観察によるドーム形成などの形態形成の影響、RT-PCR法による遺伝子の発現変化を調べた。今回の研究では模擬微小重力をつくるために3D-クリノスタットという装置を用いた。3D-クリノスタットはお互いに直行する2軸の回転軸をコンピューター制御により3次元的に回転させることによって搭載されたサンプルの積算重力をゼロにし、地上で長時間にわたり微小重力環境を模擬的に実現できる装置である。3D-クリノスタットの回転制御方式として生成軌道制御方式という新しい3D-クリノスタットの回転制御方式を採用した。今回、一木君が明らかにした第一の点は3D-クリノスタットによる模擬微小重力環境下での培養は満液化した液体培地で行われた。ここで問題となるのが液体培地の流動による細胞成長やドーム形成などの形態形成への影響である。そこで一木君が独自に考案したスターラーバー内蔵型液体培地人工流動システムによって、この液体培地の流動の影響を調査した。地上鉛直下向き1G環境を維持したまま、満液化フラスコ下面に付着細胞、上面にスターラーバーが来るようにスターラーを逆さまにして固定し、10mmのスターラーバーを120,240,480rpmで回転させ、10日間培養した。その結果、120,240,480rpmのいずれにおいても有意な細胞増殖への影響は認められず、その後のドーム形成においても影響は認められなかった。A6細胞の模擬微小重力環境下培養では地上1G対照群と比較して有意な細胞数の減少、および著しいドーム形成の阻害が認められた。また、A6細胞の模擬微小重力環境下培養では地上1G対照群と比較して有意な細胞数の減少が認められた。A6細胞の過重力7G環境下培養では地上1G対照群と比較して細胞数の増加傾向が認められた。ドーム形成については地上1G対照群と比較して促進傾向が認められた。遺伝子発現では地上1G対照群のドーム形成期に発現が増加し、ドーム形成の著しい阻害が認められた模擬微小重力群では発現が低下、ドーム形成の促進が顕著な過重力7G群で発現が増加した。それらの過重力によって増加する遺伝子として、細胞増殖のみならず形態形成に重要な多面的機能因子であるHGFファミリー遺伝子、細胞膜を介したNa+及びK+の輸送に重要なXNa+,K+ATPase、アミロライド遮断性Na+チャネルのチャネル開口率を制御するXCAP1(Channe1 activating protease1)の遺伝子群の活性化がみられた。このことから、模擬微小重力環境下でのドーム形成の阻害はアミロライド遮断性Na+チャネルのチャネル開口率を制御するXCAP1及びXNa+,K+-ATPaseの遺伝子発現の低下により、ドーム形成機構の行程が阻害されたために起きたためと考えられた。一方、過重力環境下でのドーム形成の促進は、XCAP1及びXNa+,K+-ATPaseの遺伝子発現の増加により、ドーム形成機構が促進されたために起きた可能性が考えられる。さらに、模擬微小重力環境下での細胞成長の抑制及び過重力7G環境下での細胞成長の促進について主要な細胞成長因子を調べたところ、重力変化に伴って細胞増殖のみならず形態形成に重要な多面的機能因子であるHGFファミリー遺伝子の発現が変化していることを示した。

 第2の成果はA6細胞と腎臓で発現が認められ、A8細胞で発現が認められない既知遺伝子群として、上皮性アミロライド遮断性Na+チャネルのチャネル開口確率を制御するXCAP1,Xms-actin,XENaC-alpha subunit,Xc-fos protooncogene,尾芽胚のセメント腺特異的なXnp77が得られた。一方、A8細胞で発現が認められ、A6細胞で発現が認められない既知遺伝子としてXlimが得られた。ここでドーム形成及び重力レベルの変化に伴ってA6細胞で発現が変化する遺伝子群のうち、胚における発現時期や発現場所などが明らかとなっていない遺伝子群についてstagePCR法及びDIGラベルプローブを用いたホールマウントin situハイブリダイゼーション法による解析を試みた。既知遺伝子としてXCAP1、新規遺伝子としてXHP-2-9について調べた。XCAP1は母性由来でmRNAとして存在し、原腸陥入の進行と共に減少し、ステージ10あたりから微かに発現が始まり、神経胚にかけて発現が増加し、その後はオタマジャクシに至るまで発現を示すことが分かった。さらに一木君が新しく見つけた新規遺伝子XHP-2-9のクローニングを行った。得られたcDNAの配列は2730bpで、861アミノ残基をコードする2583bpのORF配列をもつことがわかった。その後のホモロジー配列解析では相同性の高いホモログは検出されなかった。XHF-2-9は母性由来でmRNAとして存在せず、ステージ16あたりから微かに発現が始まり、後期尾芽胚に至るまで持続的な発現を示すことが分かった。ホールマウントin situハイブリダイゼーションにより発現の分布状況を確認した結果、XHP-2-9は神経胚期には局在がみられないものの、後期尾芽胚では頭部及び腎臓域に限局した発現を示すことが分かった。

 このように一木君はA-6細胞を用いて、重力とドーム形成を中心として細胞学的観察から遺伝子発現まで行って、それらの因果関係を明らかにすると共に、新規の遺伝子のXHP-2-9をクローニングし、その発現様式を明らかにした。

 これらの研究の成果により審査員全員の評価を得た。よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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