学位論文要旨



No 115815
著者(漢字) 西村,有香子
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,ユカコ
標題(和) 卵細胞のアクチン細胞骨格形成における低分子量Gタンパク質 Rho ファミリーの役割
標題(洋)
報告番号 115815
報告番号 甲15815
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第300号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 助教授 豊島,陽子
 東京大学 助教授 上村,慎治
 東京大学 講師 村田,隆
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

 アクチン細胞骨格のダイナミクスは細胞が営む様々な生命現象においてなくてはならないものである。細胞の増殖、移動、形態形成時には、アクチン細胞骨格は消滅したり、新たな構造を形成したりして、これらの現象で主要な働きをする。このダイナミックな構造変化がどのように制御されているのか調べるために、本研究ではウニ卵細胞を用いた。この細胞は、生化学的解析、細胞生物学的解析が容易であり、古くから細胞骨格を調べるためのモデル細胞として用いられてきた。

 近年、細胞内のアクチン細胞骨格の制御に低分子量Gタンパク質のRhoファミリータンパク質が関与していることが分かってきた。このタンパク質は、GDPと結合すると不活性型に、GTPと結合すると活性型となって下流にシグナルを伝えるスイッチ分子である。ウニ卵においても細胞質分裂時の収縮環中のF-アクチンの再配列の制御に、Rhoタンパク質が関わっていることが示唆された(Mabuchi et al.,1993)。そこで、私はウニ卵の初期発生時にRhoファミリータンパク質がどのようにアクチン細胞骨格を制御しているかについて解析を行った。第一部ではRhoの機能を調べるため、抗体を作成し局在を観察したことについて、また、第二部ではCdc42がウニ卵抽出液中でアクチン重合を引き起こすことを見い出し、その解析を行った結果について述べる。 第一部 ウニ卵におけるRhoタンパク質の局在

 近年、Rhoファミリータンパク質が細胞質分裂において、重要な役割を持っていることが明らかになってきた。RhoファミリーのうちのRhoを特異的に阻害する効果のあるC3酵素をウニ卵(Mabuchi et al.,1993)やカエル卵(Kishi et a1.,1993)に顕微注入すると収縮環構造の形成が阻害されることが分かった。このことからRhoが細胞質分裂において何らかの役割を担っていることが示唆された。そこでRhoの局在を知るためにヒトRhoAをプローブとして単離されたウニRho遺伝子urho1を用い、リコンビナントタンパク質を作成し、これを抗原とし て抗URho1抗体を作製した。まずURho1の局在をイムノブロッティングによって調べた。URho1は未受精卵、受精卵共に、細胞質画分よりも表層画分に多く存在していることが分かった。次に細胞表層からの溶出実験を行った。多くのURho1が界面活性剤で可溶化されてくることが分かった。そこでURho1は細胞膜に直接結合して機能していることが示唆された。

 次に、バフンウニ卵とアカウニ卵を用いて、第一分裂時の各ステージの卵を固定し、抗URho1抗体、ローダミンファロイジン、DAPIを用いて染色を行った。URho1は細胞分裂後期の終わりまで、細胞全体に広がって存在し、特に局在している様子は観察されなかった。細胞質分裂期に収縮環が形成され卵がくびれ始めると、URho1は分裂溝部分に徐々に集積し始め、収縮がさらに進むとURho1はリング構造を形成した。このリング構造は分裂終了時にも残っており、次の細胞周期になっても消えなかった。また、このリング構造は二つの割球間から伸びているintercelllar bridgeと呼ばれる微小管構造の中央(midbody)に位置していることが明らかになった。 URho1がどのような状態でこの部分に集積しているのかは抗体を用いた実験だけでは示すことができないが、最近、Rhoの標的タンパク質が同様に分裂溝に集積することが報告されていることから、活性型の状態で分裂溝部分に存在して下流にシグナルを伝え、収縮環の制御に働いていると考えられる。また、URho1がいつまでもmidbodyに残っている機構やその生物学的意味についてはよく分からないが、この部分にRhoの標的タンパク質も濃縮されていることからmidbodyにおいて何らかの機能を担っている可能性がある。

 第二部 ウニ卵抽出液中でCdc42が誘導するアクチン重合の解析

 多くの生物でRhoファミリーのCdc42は細胞の極性やfilopodiaの形成などのアクチン細胞骨格系の制御に働いていることが分かってきている。ウニ卵のアクチン細胞骨格の制御機構にもCdc42が重要な役割を果たしているのではないかと考え、この分子のウニ卵における働きを調べた。ウニcdc42cDNAのクローニングを行い、その遺伝子ucdc42を単離した。イムノブロッティングによる解析から、UCdc42はURho1と同じように、表層画分により多く存在し、表層に直接結合していることが示唆された。さらに、UCdc42の標的タンパク質を同定する目的でUCdc42アフィニティービーズをウニ卵抽出液中でインキュベートしたところ、活性型特異的にビーズ周囲にアクチンのアグリゲーションが観察された。この現象を解析するため、アクチン重合アッセイシステムを開発した。さらにUCdc42の下流でアクチン重合を誘導するタンパク質を同定するため、活性型特異的に結合するタンパク質を検索した。その結果、分子量180kDa、100kDa、80kDa、65kDa、60kDaのタンパク質が得られた。これらのタンパク質の部分アミノ酸配列の解析を試みたところ・180kDaタンパク質(以下p180)はヒトIQGAP1と、また65kDa、60kDaタンパク質はマウスのp21-activated kinase1(PAK1)とそれぞれホモロジーがあった。IQGAP、PAKは共にCdc42の活性型に結合してアクチン細胞骨格に働く標的タンパク質として様々な動物種で同定されている分子である。

 このうちp180の解析を行うため、抗体を作製した。得られた抗体で、細胞分画実験を行った。p180は卵表層画分にも細胞質画分にもほぼ等量含まれており、細胞周期を通じてその量に変化はなかった。またp180とF-アクチンとの関係を調べるため、溶出実験とF-アクチンとの共沈実験を行った。表層画分中のp180はF-アクチンが脱重合すると一緒に溶出されてきた。また、抽出液をF-アクチンとインキュベートすると、p180の多くが沈殿画分に落ちてくることが分かった。これらの結果より、p180はF-アクチンに直接的あるいは間接的に結合していることが示唆された。次に、ウニ卵抽出液からp180を免疫吸収除去し、アクチン重合アッセイを行った。その結果、p180を除去したものではアクチン重合が起こらないことが分かった。p180はUCdc42の誘導するアクチン重合に関して何らかの役割を行っていることが明らかになった。この役割について、いくつかの可能性が考えられる。第一にはp180それ自身がアクチン重合の引き金を引いている可能性である。第二は、p180がアクチン重合因子が結合し、それらが活性化するための足場となって働く可能性である。第三は、p180はUCdα42ビーズ上で抽出液中のアクチンフィラメントを結合し、そこからさらにアクチンが重合する可能性である。

 さらに、抗p180抗体を用いて第一分裂時のウニ卵におけるp180の局在を観察した。全卵の染色像では、細胞質分裂が始まる前までp180は卵全体に拡散しているように見えた。細胞質分裂時になると、p180はF-アクチンとほぼ同時期に細胞の赤道面表層直下に集積しはじめた。そしてF-アクチンもp180も同様に同じ位置にリング構造を形成した。また、表層を単離して未受精卵、受精卵、細胞質分裂時のp180の局在を観察した。p180の局在はF-アクチンの局在と非常によく似ており、p180の方がわずかに細胞質側にパッチ状に存在していることが多かった。また、分裂期には収縮環全体を取り囲むようにパッチ状の局在が観察された。in vitroの実験結果と考えあわせると、p180は受精時の卵表層や分裂溝部分で上流因子(UCdc42)によって活性化され、アクチン重合を誘導している可能性がある。in vitroでUCdc42が誘導するアクチン重合は非常に早く、5-10分程でUCdc42ビーズの周囲に目に見える位の重合が起こるので、ウニ卵の細胞質分裂中に同様の重合反応が起こることは充分あり得ると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり。第1章はウニ卵におけるRhoの局在について、第2章はウニ卵抽出液中でCdc42が誘導するアクチン重合について述べられている。アクチン細胞骨格のダイナミクスは細胞が営む様々な生命現象一細胞の増殖、移動、形態形成等においてなくてはならないものである。ウニ卵は、生化学的解析、細胞生物学的解析が容易であり、古くから細胞骨格を調べるためのモデル細胞として用いられている。近年、細胞内のアクチン細胞骨格の制御に低分子量Gタンパク質のRhoファミリータンハク質が関与していることが分かってきた。ウニ卵においても細胞質分裂時の収縮環中のF-アクチンの再配列の制御に、Rhoタンバク質が関わっていることが示唆された。しかしこれらのシグナル伝達の詳しい分子メカニズムについては分かっていない。そこで、提出者はウニ卵の初期発生時にRhoファミリータンバク質がどのようにアクチン細胞骨格を制御しているかについて解析を行った。

1.ウニ卵におけるRhoタンパク質の局在

 Rhoの局在を知るためにウニのRhoタンパク質URho1の抗体を作製し、まずURho1の局在をイムノブロッティングによって調べた。URho1は細胞質画分よりも表層画分に多く存在し、表層画分からの溶出実験では多くのURho1が界面活性剤で可溶化されてくることから、URho1は細胞膜に直接結合して機能することが示唆された。

 次に、蛍光抗体法による局在の観察を行った。細胞質分裂期に収縮環が形成され卵がくびれ始めると、URho1は分裂溝部分に徐々に集積し始め、intercelllar bridgeと呼ばれる微小管構造の中央(midbody)にリング構造を形成した。このリング構造は次の細胞周期になっても消えなかった。

 URho1がどのような状態でこの部分に集積しているのかは抗体を用いた実験だけでは示すことができないが、最近、Rhoの標的タンパク質が同様に分裂溝に集積することが報告されていることから、活性型の状態で分裂溝部分に存在して下流にシグナルを伝え、収縮環の制御に働いていると考えられる。

2.ウニ卵抽出液中でCdc42が誘導するアクチン重合の解析

 Rhoファミリーのうちの一つ、UCdc42(sea u-rchinCdc42)の活性型がウニ卵抽出液中でアクチンを重合させるという現象を見い出した。このシグナル伝達経路で働くタンパク質の同定を試みた。アフィニティーカラムを用い、活性型特異的に結合するタンパク質を検索した。その結果、幾つかのタンパク質が見い出された。このうち、180kDaタンパク質(以下p180)はヒトIQGAP1と、また65kDa、60kDaタンパク質はマウスのp21-activated kinase1(PAK1)とホモロジーがあった。IQGAP、PAKは共にCdc42の活性型に結合してアクチン細胞骨格に働く標的タンパク質として様々な動物種で同定されている分子である。しかしアクチン重合に関与しているかどうかは不明である。

 次に、p180の解析を行うため、抗体を作製した。p180とF-アクチンとの関係を調べるため、表層画分からの溶出実験とF-アクチンとの共沈実験を行った。表層画分中のp180はF-アクチンが脱重合する条件で一緒に溶出されてきた。また、抽出液をF-アクチンとインキュベートすると、p180の多くが沈殿画分に落ちてくることが分かった。これらの結果より、p180はF-アクチンに直接的あるいは間接的に結合していることが示唆された。次に、ウニ卵抽出液からp180を免疫吸収除去し、in vitroでアクチン重合が起こるかどうかを調べた。p180を除去したものではアクチン重合が起こらなかった。p180はUCdc42の誘導するアクチン重合に関して何らかの役割を行っていることが明らかになった。さらに、抗p180抗体を用いて第一分裂時のウニ卵におけるp180の局在を観察した。全卵の染色像では、細胞質分裂が始まる前までp180は卵全体に拡散しており、細胞質分裂時になるとF-アクチンとほぼ同様に細胞の赤道面表層直下に集積しはじめ、リング構造を形成した。未受精卵、受精卵、細胞質分裂時の表層上のp180の局在を詳細に観察したところ、P180の局在はF-アクチンの局在と非常によく似ていた。また、分裂期には収縮環のF-アクチンの周りにパッチ状に観察された。in vitroの実験結果と考えあわせると、p180は受精時の卵表層や分裂溝部分で上流因子(UCdc42)によって活性化され、アクチン重合を誘導している可能性がある。in vitroでUCdc42が誘導するアクチン重合は非常に早く、5-10分程でUCdc42ビーズの周囲に目に見える位の重合が起こるので、ウニ卵の細胞質分裂中に同様の重合反応が起こることは充分あり得ると思われる。

 なお本論文第1章は中野賢太郎、馬渕一誠との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。従って、博士(学術)の学位を授与できると認める。

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