学位論文要旨



No 115823
著者(漢字) 林,隆之
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,タカユキ
標題(和) 公的研究開発プログラムの研究実施過程 : ネットワーク形成と動員分析からみたプログラム特性
標題(洋) Research Implementation Process of Public R&D Programs:Analysis of Program Characteristics Focusing on Network Formation and Mobilization
報告番号 115823
報告番号 甲15823
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第308号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永野,三郎
 東京大学 教授 丹羽,清
 東京大学 助教授 藤垣,裕子
 東京大学 教授 広松,毅
 政策研究大学院 教授 平澤,れい
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、日本の主要な公的研究開発プログラムの特性を、その中で実施されたプロジェクトの研究実施過程を定量的に分析することにより明らかにすることを目的とする。すなわち、研究実施過程における研究者間のネットワーク形成と研究者の新規課題への動員 (mobilization)という2側面に焦点を当てた新たな分析手法を開発し、実際に分析を行うこと により、各プログラムがいかなる研究実施体制を構築する特性を持つのかを示す。

 第1章では本研究の背景と目的について述べる。1990年代の科学技術政策の焦点は重要研究開発課題の設定に置かれていたのに対して、今後は、これら課題をいかに実施するかという実施過程のあり方が問題になる。特に近年の科学基盤技術分野においては複数セクターの研究者の協調の下に研究開発を行うことが必要視されており、研究開発活動への資金提供制度である公的研究開発プログラムがいかに設計されるべきかを問うことが必要となる。このような背景のもとに、既存の日本の研究開発プログラムの特性を把握する必要性を指摘する。

 第2章では、研究開発プログラムを対象とした先行研究を概観し、本研究との関係を示す。先行研究ではプログラムの生産性に焦点を置いた分析が多くなされてきた。しかし、それら分析では研究実施過程をブラックボックス化するために研究過程にいかなる構造的変容が生じているかを把握することはできない。そのため、新たにネットワーク分析を研究開発プログラムの分析へ適応する必要性を指摘する。プログラム資金により研究者のネットワークが形成されることで、新たな研究実施能力がいかにして構築されているかを分析することが必要である。一方、研究開発プログラムの制度設計理念に関する先行研究では、プリンシパルーエージェント関係を基礎にした研究者の重要課題への動員分析がこれまでアンケート調査で行われてきた。本研究ではこのネットワーク形成と動員の分析について書誌計量学的手法を用いた新たな分析手法を開発することにより、これまで分析がなされていない日本の主要な研究開発プログラムを比較分析を行う。

 第3章では本研究の分析枠組みを述べる。まず本分析での「公的研究開発プログラム」の定義を説明してその構成要素を概念化する。次に、本研究ではプリンシパルーエージェントの多重的関係を基礎概念として用い、研究開発プログラムがエージェントである研究者間の連携形成といった組織的側面と、研究者の研究内容変化という内容的・認知的側面との2側面に対して持つ効果を分析することを述べる。また第3章以降の分析方法の概略について説明する。分析対象とするプログラムは、(1)科学技術振興調整費総合研究、(2)創造科学技術推進事業(ERATO)、(3)大型工業技術研究開発(大プロ)、(4)次世代産業基盤研究開発、(5)地域コンソーシアム研究開発である。これらは何れも産官学連携を制度内容に掲げており、その実施過程がいかに異なるかを比較分析する。また、これらの中で行われたプロジェクトからバイオ、材料、機械の分野から分析対象プロジェクトを選定する。

 第4章では個別プログラムの分析に先立ち、そもそも日本にはいかなる研究開発プログラムが存在してきたかを予算の変化と共に時系列的に分析する。1970年代以前の欧米へのキャッチアップ型プログラムに対して、1980年代には基礎・基盤研究志向のプログラムが順次設立され1990年代半ばまで日本の研究開発の基盤になっていたことを示す。他方でこのような基礎・基盤研究志向への変化が研究実施構造にマクロレベルでいかに影響していたかを学術論文のセクター構成から分析し、国研や企業といったセクターが大学との共同研究関係を増加させることで基礎シフトを進めてきたことを明らかにする。次に、分析対象とする各プログラムについて、その制度内容を公募書類などの資料をもとに構成要素ごとに整理し比較する。振興調整費総合研究は科学技術会議により設定された重要分野の反映と公募とをあわせ持つ課題形成を行う。ERATOはトップダウン的に選定されたプロジェクトリーダーが研究課題や研究実施者の選定の全てに責任を持つ制度設計がなされている。大プロは巨大システム開発を主な対象とし研究課題は省庁内部で形成されるトップダウン的な特性を有する。次世代制度においても研究対象は省庁内部で決定され、対象は先端的な基盤技術開発である。これに対して、地域コンソーシアム制度は特定地域の中で産官学のコンソーシアムを形成することによる研究開発成果の活用を目的とし、公募形式をとる。これら制度内容に対して実際の研究実施過程がいかに行われたかを第5章と第6章で分析する。

 第5章では、産官学連携を掲げる5プログラムのプロジェクトにおけるネットワーク形成を分析する。分析では、まず各プロジェクトから産出された論文・特許を成果報告書等から抽出してデータベースを作成し、それらの共著関係・共同発明関係を分析する。次に以下の2軸を用いて比較を行う。一つ目の軸はプロジェクト内部での連携形成と外部での連携形成の比であり、二つ目の軸はその連携関係がプロジェクト開始以前にも存在したか否かの比である。この2軸により、プログラムによる研究実施体制の構築をプロジェクトという枠組みの内外と時間変化との2側面から分析することが可能になる。分析の結果では、システム開発を目標とする大プロでは実際には課題分割を行うことによりプロジェクト内部での企業間連携はほとんど形成されていない。他方、振興調整費総合研究では、多くはプロジェクト外部との連携関係の下で研究を行っており、幅広い研究者に対するインフラ形成的な効果を有するものであることを示す。これらに対して次世代制度においては企業間連携は形成されにくいのに対し、国研・大学が企業との間で複線的に連携を形成することによってプロジェクト内部の有機的関係が形成されている。ERATOでは他では形成されにくい企業間の新規な連携も個人レベルで形成されている。地域コンソーシアム制度は既存の内部連携関係が継続してプロジェクト内部に存在する。このように、一様に産官学連携を掲げていても、システム開発や基礎研究を目的とするプログラムでは新たな連携関係は容易には形成され難く、その他のプログラムでは異なるタイプの連携形成がプログラムにより行われていることを示す。

 第6章では研究者の動員分析を行う。分析では、各研究者のプロジェクト参加前5年間とプロジェクト期間とにおける研究内容の一致度を示す指標を開発する。これにより、プログラム資金が以前から当該課題を研究していた研究者の強化を図っているのか、別の課題を行っていた研究者を新たに参入させているのかという、研究実施体制の構築の違いを分析する。指標は、特許では国際特許分類を、論文ではタイトルとアブストラクトにおける頻出単語を用いて作成する。特許を対象とした分析の結果では、プログラムごとに有意な差はない代わりに、各プロジェクト内部において研究者ごとに一致度に開きがあり、混成的な形成がなされていることを示す。そのため、分析対象者の数が多い大プロと次世代制度の2つのプロジェクトを取り上げて詳細な分析を行う。研究内容の一致度を異なる研究者の間でも測定した距離行列を基にして多次元尺度構成法で地図化することにより、研究内容の変化がいかに生じているかを分析する。大プロの事例では、要素技術課題が分割されることで研究者ごとに研究内容は異なっており、基盤技術では研究の継続性を有するのに対し、社会ニーズからブレークダウンされた課題では継続性は低い。他方、次世代制度では異分野の研究者がプロジェクトでは同一分野において多面的研究を行っていることを示す。次に、論文を対象とした分析では研究内容の一致度の指標を目的変数とした数量化一類分析を行う。その結果として、振興調整費と地域コンソーシアム制度では継続性が高く、ERATOと次世代制度の継続性が低いことを示す。この結果はERATOではリスクの高い新たな研究内容が求められるためと考えられ、次世代制度では企業研究者が自企業単独では行わない基盤技術を展開するためと考えられる。

 第7章では、まず分析結果を要約して、事例分析から得られた各プログラムの特性についてまとめる。振興調整費では研究者はプロジェクト外部との連携関係のもとに継続的な研究を行うというボトムアップ的傾向を有しており、大プロはシステム開発を目的とした制度内容でありながら要素技術が民間企業により個別に実施される傾向を有する。そのため、これらプログラムにおいてプロジェクトとしての効果を生むには情報交流や統合過程の明確化などのマネジメントが必要となる。これらに対して、地域コンソーシアムでは一部の継続した連携関係のもとに研究が行われており、ERATOでは新たな研究体制の構築により企業研究者間の連携が生じるとともに新規課題への展開が可能となっている。次世代制度では民間企業は国研・大学との連携関係を持つことで新規技術課題へと参入することを可能としている。これら実施過程の分析結果をもとにして、制度内容のうちのプログラム目的と課題形成過程の特性と実際に形成される実施過程との関係について考察を行う。

 最後に結論として、本研究で開発した分析方法がプログラムのマネジメント上で持つ意義を述べ、今後の課題を指摘する。本分析方法は、それまで多種多様に見えていた研究実施過程を特定の観点からカテゴリー化して把握するための軸を提供する。これにより、研究開発プログラムの形成や改善のために、実施過程に関する定量的指標を用いた議論を行うことを可能とするものである。今後は、分析対象プロジェクトやプログラムの数を増すことで、プログラム共通の特性をより明確にすることが必要である。また、書誌計量学的手法では得られない研究者の意識や成果産出を行わない連携関係の分析は別途アンケート調査等が今後必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 学術修士林隆之提出の論文は「公的研究開発プログラムの研究実施過程〜ネットワーク形成と動員分析からみたプログラム特性」(Research Implementation Process of Public R&D Program:Analysis of Program Characteristics Focusing on Network Formation and Mobilization)と題し、7章からなっている。

 我国の科学技術政策の焦点は、従来、研究開発課題の設定に置かれてきたが、今後はさらにこれら課題をいかに効果的に実施するかという実施過程のあり方が重要となる。特に近年の科学基盤技術分野においては複数セクターの研究者の協調の下に研究開発を行うことが必要となっており、研究開発活動への資金提供制度である公的研究開発プログラムをいかに設計すべきかが重要な問題となる。

 論文提出者は、日本の主要な公的研究開発プログラムの中で実施された数多くのプロジェクトの研究実施過程を定量的に分析することにより各種プログラムの特性を明らかにしようと試みている。すなわち、研究実施過程における研究者間のネットワークの形成、ならびに研究者の新規課題への動員(mobilization)状況という2側面に焦点を当てた新たな分析手法を開発し、各プログラムがいかなる研究実施体制を構築する特性を持つのかを明らかにしている。

 本論文の第1章では、上述のような背景と研究の目的について述べている。

 第2章では、研究開発プログラムを対象とした先行研究を概観している。先行研究ではプログラムの生産性に焦点を置いた分析が多くなされてきたが、それらの分析では研究実施過程をブラックボックス化するために研究過程にいかなる構造的変容が生じているかを把握することはできない。プログラム資金により研究者のネットワークが形成されることで、新たな研究実施能力がいかにして構築されているかを分析することが必要であり、新たにネットワーク分析を研究開発プログラムの分析へ適応する必要性を指摘している。一方、研究開発プログラムの制度設計理念に関する先行研究では、資金提供者(プリンシパル)-研究実施者(エージェント)関係を基礎にした研究者の重要課題への動員分析がこれまでアンケート調査で行われてきた。本研究ではこのネットワーク形成と動員の分析について書誌計量学的手法を用いた新たな分析手法を開発することにより、日本の主要な研究開発プログラムの特性を比較分析するという方法を提示している。

 第3章では本研究の分析枠組みを述べている。まず本分析での「公的研究開発プログラム」の定義を説明してその構成要素を概念化し、次いで、本研究ではプリンシパルーエージェントの多重的関係を基礎概念として用い、研究開発プログラムがエージェントである研究者間の連携形成といった組織的側面と、研究者の研究内容変化という内容的側面との2側面に対して持つ効果を分析することを述べている。また分析対象とするプログラムとしては、いずれも産官学連携を制度内容に掲げている科学技術庁の(1)科学技術振興調整費総合研究、(2)創造科学技術推進事業、および通産省の(3)大型工業技術研究開発、(4)次世代産業基盤研究開発、(5)地域コンソーシアム研究開発、の5つとし、各プログラムの中からバイオ、材料、機械のいずれかの分野に属するプロジェクトを2つずつ選んで、その研究実施過程がどのような特徴を持つかを比較分析することとしている。

 第4章では個別プログラムの分析に先立ち、そもそも日本にはいかなる研究開発プログラムが存在してきたかを予算額の変化と共に時系列的に分析し、1970年代以前の欧米へのキャッチアップ型プログラムに対して、1980年代には基礎・基盤研究志向のプログラムが順次設立され1990年代半ばまで日本の研究開発の基盤になっていたことを示している。他方でこのような基礎・基盤研究志向への変化が研究実施構造にマクロレベルでいかに影響していたかを学術論文のセクター構成から分析し、国研や企業といったセクターが大学との共同研究関係を増加させることで基礎シフトを進めてきたことを明らかにしている。次いで、分析対象とする各プログラムについて、その制度内容を公募書類などの資料をもとに構成要素ごとに整理し比較している。そして、これら制度内容に対して実際の研究実施過程がいかに行われたかを第5章と第6章で分析している。

 第5章では、産官学連携を掲げる5プログラムのプロジェクトにおけるネットワーク形成を分析している。分析では、まず各プロジェクトから産出された論文・特許を成果報告書等から抽出してデータベースを作成し、それらの共著関係・共同発明関係を詳細に分析するとともに、以下のような2軸を用いて比較を行っている。一つ目の軸はプロジェクト内部での連携形成と外部での連携形成の比であり、二つ目の軸はその連携関係がプロジェクト開始以前にも存在したか否かの比である。この2軸により、プログラムによる研究実施体制の構築をプロジェクトという枠組みの内外と時間変化との2側面から分析することが可能となっている。分析の結果では、一様に産官学連携を掲げていても、システム開発や基礎研究を目的とするプログラムでは新たな連携関係は容易には形成され難く、その他のプログラムでは異なるタイプの連携形成が行われていることを明らかにしている。

 第6章では研究者の動員分析を行っている。分析では、各研究者のプロジェクト参加前5年間とプロジェクト期間とにおける研究内容の一致度を示す指標を新たに考案開発して、プログラム資金が、以前から当該課題を研究していた研究者の強化を図っているのか、別の課題を行っていた研究者を新たに参入させているのかという、研究実施体制の構築のされ方の違いを分析している。指標は、特許では国際特許分類を、論文ではタイトルとアブストラクトにおける頻出単語を用いて作成している。特許を対象とした分析の結果では、プログラムごとに有意な差はない代わりに、各プロジェクト内部において研究者ごとに一致度に開きがあり、混成的な形成がなされていることを明らかにしている。また、分析対象者の数が多い2つのプロジェクトを取り上げて詳細な分析を行い、研究内容の一致度を、異なる研究者の間でも測定した距離行列を基にして多次元尺度構成法で地図化することにより、研究内容の変化がいかに生じているかを分析している。次に、論文を対象とした分析では研究内容の一致度の指標を目的変数とした数量化1類分析を行い、研究内容の継続性がプログラムによって如何に異なるかを浮き彫りにしている。

 第7章では、5章と6章における分析結果をまとめて各プログラムの特性について議論し、各プログラムの理念や制度内容のうちのプログラム目的と課題形成過程の特性と実際に形成される実施過程との関係について考察している。

 以上を要するに、論文提出者は、各種の公的研究開発プログラムによって行われる多種多様に見えるプロジェクトの研究開発実施過程を、ある一定の観点からカテゴリー化して把握するための方法論を提供し、研究開発プログラムの形成や改善のために、実施過程に関する定量的指標を用いた議論を行うことを可能としたものであり、研究開発マネージメントや科学技術政策研究などの学問上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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