学位論文要旨



No 115831
著者(漢字) 土屋,良重
著者(英字)
著者(カナ) ツチヤ,ヨシシゲ
標題(和) 高周波電磁応答をプローブとした銅酸化物高温超伝導体の混合状態における電子状態の研究
標題(洋)
報告番号 115831
報告番号 甲15831
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第316号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 前田,京剛
 東京大学 教授 小宮山,進
 東京大学 助教授 和田,信雄
 東京大学 助教授 加藤,雄介
 東京大学 助教授 松田,祐司
内容要旨 要旨を表示する

1 研究目的

 銅酸化物高温超伝導体の混合状態の物理は、これまではその磁束格子の多体系としての物理が注目され、様々な現象が研究されているが、それと共に、混合状態でのミクロな電子状態も興味深い。高周波電磁応答は、そのような混合状態の電子状態を探るプローブになりうる。そこで本研究では、高周波電磁応答を通じて高温超伝導体の混合状態の電子状態の性質を明らかにすることを目指し、具体的には以下の2つの視点から研究を行った。

 1.磁束コアの電子状態の研究

 2.磁束格子相転移と電子状態との相関に関する研究

 1.の研究目標について、銅酸化物高温超伝導体は磁束のコアの大きさの目安であるコヒーレンス長が非常に短く、また、超伝導ギャップの対称性がd波的でギャップにノードがあるということが言われている。そのような特殊な超伝導体の中に現れる磁束のコアの周りの電子構造も従来と異なったものになり、コアの運動たよる散逸のメカニズムもまだ不明な点が多い。

 銅酸化物高温超伝導体のようなピニングの強い系では、その散逸的な振る舞いを調べるためには高周波で調べる必要がある。そこで銅酸化物高温超伝導体YBa2Cu3OyおよびBi2Sr2CaCu2Oyの混合状態でのマイクロ波表面インピーダンスを測定し、磁束ダイナミクスの理論との比較から、磁束の運動による粘性散逸を求め、コアの電子状態との関連性を検証する。また、従来超伝導体の測定結果と比べることにより、高温超伝導体の特殊性を明らかにすることも目的とする。

 2.については、本研究の初期の段階でBi2Sr2CaCu20yのマイクロ波測定の結果から考えられている磁束格子の1次相転移に伴う超流体密度の減少という磁束格子の構造と電子状態の関連を示唆する報告に基づき、この現象の解明に向けて、キャリア濃度の異なるBi2Sr2CaCu20yや、YBa2Cu30yで磁束格子相転移をまたいだマイクロ波表面インピーダンスの測定を行い、普遍性を検証する。

2 実験方法

 本研究で用いた非双晶YBa2Cu3Oy単結晶試料は東北大学金属材料研究所の小林研究室より提供していただいた。Bi2Sr2CaCu2Oy単結晶は当研究室においてFZ法により作製した。また1.の従来超伝導体はNbSe2,およびYNi2B2Cの単結晶を東京大学大学院工学系研究科北沢研究室より提供していただいた。

 マイクロ波応答の測定には空洞共振器摂動法を用いた。空洞共振器摂動法は、金属の壁に囲まれたマイクロ波の共振器である空洞共振器に微小試料を挿入し、共振特性としてのQ値の変化Δ(1/2Q)と共振周波数の変化Δf/fから挿入した試料の表面インピーダンスZs、などの情報を得る手段である。

 空洞共振中の交流磁場の強い領域に金属または超伝導体試料を挿入した場合には、表面インピーダンスが測定され、実部の表面抵抗Rs及び虚部の表面リアクタンスXsは、測定量Δ(1/2Q),Δf/fと以下のように結び付けられる。

ここでGは幾何学因子,Cはメタリックシフトと呼ばれる。本研究では、この原理を用いて、低温磁場中で測定可能なシステムを構築した。測定周波数は19.1,31.7,40.8,43.7,96.3GHzである。特にYBa2Cu3Oyについては、初めて15Tの高磁場までの表面インピーダンスの測定を行った。

3 結果と考察

 図1(a)には、YBa2Cu3Oyへの31.7GHzにおけるZsの磁場依存性の結果を示す。この結果から計算された複素抵抗率ρ=Z2S/iμ0ωは磁場に比例した振る舞いになり、これはd波の理論とも矛盾しない。

 解析のため、Zsの実部である表面抵抗Rsを横軸、虚部である表面リアクタンスXsを縦軸にとった平面にプロットしたものが図1(b)である。おなじ図の中に引いてある実線は、CoffeyとClemによる磁束ダイナミクスの平均場での計算から求められた直線で、YBa2CuOyの結果が理論と非常によく一致することがわかる。この平面上ではそれぞれのラインが、磁束に働くピニング力の強さの定数κ、と磁束の粘性係数ηの比で表されるピニング周波数ωp=κp/ηで規格化した周波数γを与える。この得られたrをもちいて、データをηを含むパラメーターでZsの磁場依存性の式にフィットすることで粘性係数を求める。

 この方法で各データから求めた各温度でのηが図1(c)である。この試料についてはほかに19.1GHz,40.8GHzでの測定を行ったが、各測定から得られたηの値はほとんど一致している(図1(c))。

 温度10Kにおけるη〜4×10-7Ns/m2の値はコアの散逸を表すパラメーターω0Τ〜0.3を与える。ここでτはコア内準粒子散乱時間でω0はコア内の準位間隔を表す周波数である。この値はYBa2CuOyのコアがほぼクリーンであることを示している。

 一方Bi2Sr2CaCu2Oyでの測定結果は、Coffey-Clem理論に従わないという結果を得た。これは、次に述べる磁束格子相転移付近の異常と対応していると考えられる。また、従来超伝導体では、最もクリーンな試料においてもω0τ〜0.1程度であり、これらのことを考え合わせると高温超伝導体の磁束コアは特殊であると言うことができる。

 図2(b)にはBi2Sr2CaCu2Oyのキャリア濃度が異なる試料でのZsを、磁束格子の1次相転移線(図中の矢印)をまたいで測定した結果を示す。散逸が支配的なRsの方には異常がないのに対し、Xsのほうに大きな異常が現れている。これは磁束ダイナミクスの観点から、1次相転移に伴うデピニングの振る舞いでは説明できない振る舞いであり、格子の相転移に伴って超流体密度がが減少していること示す。また、Bi系試料のキャリア濃度の違いによる異方性の差異には依存しない現象である。

 これにたいして同様の測定をBi系に比べて異方性が圧倒的に小さいYBa2Cu3Oyを用いて行った結果が図2(b)であり、こちらでは相転移近傍(図の点線)で何の異常も観測されなかった。これらのことより、この現象は2次元的な磁束系でのみ起こるということが示唆される。しかし、面間のカップリングの変化による電流分布の変化の影響と考えるだけではRsにシグナルがほとんど現れないということは説明されない。したがって、やはり電子状態と関連する現象の存在があるのではないかと考えられる。

4 結論

 本研究では複素表面インピーダンスの測定を通じて銅酸化物高温超伝導体の混合状態の電子状態の解明を試みたそして以下の2つの目的に対して次のような結論を得た。

1.磁束コアの電子状態の研究

 ・まず、YBa2Cu3Oyの混合状態での複素表面インピーダンスZsの測定結果を磁束ダイナミクスの平均場理論と比較し、よい一致を得た。これはすなわち、磁場に依存しない粘性係数とピン止め力を仮定したモデルで妥当ということである。また、それに伴って評価されるvortex resistivityは磁場に比例した振る舞いを示すが、この磁場に比例する振る舞いはd波超伝導体の磁束フローの理論から導かれており矛盾しない。

 ・解析により得られた粘性係数の値からは、YBa2Cu3Oyのω0τは、0.3-0.5程度と見積もられる。この値は、YBa2Cu3Oyの磁束コアはスーパークリーンというよりはモデレートクリーン領域になっているということを意味する。マイクロ波領域で、ピニングと磁場依存性を考慮し、良質の非双晶単結晶を用いて、15Tの高磁場までの測定から低温でのYBa2Cu3Oyの粘性係数を評価したというのは初めてである。

 ・Bi2Sr2CaCu2Oyの測定結果は、平均場のダイナミクスとかなり異なり、それは、Bi2212では低磁場でのリアクタンスの増大が観測されることに起因する。高磁場領域での粘性係数を荒い近似で見積もると10-8Ms/m2程度の値が得られた。

 ・従来超伝導体NbSe2,およびYNi2B2Cの表面インピーダンスの測定を行い、高温超伝導体の結果との比較を試みた。とくにこの2つの物質に関してはクリーンな試料とダーティな試料との差についても考慮した。NbSe2の結果は非常によく従来超伝導体の磁束フローの様子を再現する。これに対してYNi2B2Cは逸脱する振る舞いを見せ、これは異方的ギャップの効果ではないかと考えている。従来超伝導体の磁束フロー抵抗から見積もったω0τは、それぞれの最もクリーンな試料でも0.1程度となり、YBa2Cu3Oyの値と比べると、高温超伝導体は特殊なコアを持つことがわかる。

2.磁束格子相転移と電子状態との相関に関する研究

 ・本研究の初期の段階での報告によるBi2Sr2CaCu2Oyの磁束格子融解転移に伴う対破壊効果について、測定周波数依存性を調べた結果、対破壊効果の考え方と矛盾しない結果を得た。

 ・さまざまなキャリア濃度をもつBi2Sr2CaCu2Oy試料での測定を行った結果、Bi2Sr2CaCu2Oyの中での異方性の差の中では普遍的である事がわかった。また、キャリア制御などの影響により磁化のとびが観測されないような試料では、この現象は見られないことから、やはり1次相転移に特徴的な現象であるといえる。

 ・同じように1次相転移が観測されるYBa2Cu3Oy試料においても測定を試みた。そして、YBa2Cu3Oyの磁束格子1次相転移近傍では、マイクロ波の応答に何のも異常も観測されないということが明らかになった。

 ・この2つの試料における異なった振る舞いから考えられることはまず1つは異方性の大きな違いがこの現象とかかわっているということである。。ただ、面間のカップリングが変わることによる電流分布の変化などの影響は、散逸をあらわすRsに信号がないことから考えにくく、電子状態と関連する現象の存在があるのではないかと考えられる。

図1:(a)YBa2Cu3Oyの31.7GHzにおけるZsの磁場依存性,(b)インピーダンス平面,(c)ηの温度依存性

図2: 磁束格子相転移付近のZsの振る舞い:(a)Bi2Sr2CaCu2Oyの最適ドープ(Tc=91K)と過剰ドープ(Tc=83K),(b)YBa2Cu3Oy

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章は研究背景の概説、第2章は用いた試料の性質と実験方法および実験装置の説明にあてられている。第3章では、高温超伝導体における磁束コアの電子状態の研究に関する実験結果とそれに対する考察、第4章では高温超伝導体における磁束格子の相転移と電子状態の相関に関する研究の実験結果と考察が詳述されている。第5章は高温超伝導体での副次的な秩序パラメーターが混ざった超伝導状態の検証に関する記述がなされ、第6章は結論が述べられ、全体の総括がなされているという構成である。

 この論文は、非常に興味深い研究対象である銅酸化物高温超伝導体の混合状態の物理に対して、高周波電磁応答の磁場依存性の測定により、その磁束のダイナミクスを通じて、混合状態の電子状態を研究した結果をまとめたものである。

 第1章は、研究の背景についての記述であるが、これまでの銅酸化物高温超伝導体の混合状態の電子状態に関する研究結果が非常に良くまとめられている。とくに、混合状態における高周波電磁応答に関する既存の測定データの問題点を指摘し、複素量としての表面インピーダンスの磁場、周波数依存性を、混合状態の広い領域で行うことの動機付けが明確になされている。また、銅酸化物高温超伝導体の混合状態における磁束の多体系の振る舞いと電子状態の関連性についての研究に関する実験データがほとんど存在しないことを指摘し、この相関の研究を行うに至った経緯が記述されている。

 第2章の実験方法に関する記述では、用いた試料の特性、マイクロ波表面インピーダンスの測定原理および測定装置に関して具体的に述べられている。とくに、低温高磁場領域での測定用インサートを自らの手により作製したことは評価できる点である。また、空洞共振器部の製作の際に測定精度を高める工夫を行うなど、実験技術として未開拓な要素も含むマイクロ波物性測定法の確立という課題に対しても貢献している。

 第3章がこの論文の中心的な部分で、高温超伝導体の磁束ダイナミクスを通じて、磁束コア近傍の電子状態の関する性質を解明ための測定結果およびその考察がなされている章である。本論文では、代表的な銅酸化物高温超伝導体であるYBa2Cu3Oy単結晶試料の複素表面インピーダンスの測定を、ミリ波マイクロ波領域の異なる3つの周波数で行っている。とくに、31.7GHzの測定では、新たな測定システムの構築により、15Tの高磁場までの測定を世界で初めて行うことで、混合状態の広い領域での振る舞いを探索することに成功している。また、ピニングの比較的強い高温超伝導体においては、磁束コアのダイナミクスを評価するためには、複素量として表面インピーダンスを知ることが本質的であることを明確に意識し、測定を行っている。測定結果の解析は、既存の混合状態における交流応答の理論計算のモデルを用いて行っているが、その解析の際に、表面インピーダンスの実部を縦軸、虚部を横軸とするインピーダンス平面プロットを導入し、複雑な理論式をより理解しやすい形式に解釈しなおすというような新たな工夫を行っている。

 これらの、実験的、解析的な改良を及ぼすことにまり、表面インピーダンスの温度、磁場、周波数依存性から得られている結果としては、まず、YBa2Cu3Oyの低温での表面インピーダンスの振る舞いは、磁束に対して働く力が、変位に比例したピニング力と速度に比例した粘性力であるという仮定の下に計算された磁束ダイナミクスの理論と非常によく一致しているという点、また、それに伴って観測されている複素抵抗率の磁場に比例した振る舞いは、高温超伝導体で予測されているd波の対称性から考えられる理論と矛盾しないという点である。

 解析結果から評価されたYBa2Cu3Oyの粘性係数は10Kで4-5×10-7Ns/m2程度の値であり、この値から、磁束コアの散逸機構の目安を表すパラメーターであるω0τ(ただしω0はコア内の準粒子離散準位の間隔をあらわす周波数、τはコア内の準粒子の散乱時間)は0.3-0.5程度の値が得られている。これは、これまで測定方法や解析方法のばらつきにより様々な値が報告されていたYBa2Cu3Oyのω0τの値に対して、マイクロ波領域の多くの測定パラメーターから、この値を決定した結果として評価できるものである。このω0τの値は、YBa2Cu3Oyのコアがほぼクリーンな領域にあるということを明確に示したものであり、今後の高温超伝導体の磁束コアの研究に1つの方針を提示するものであると言える。また、論文中には、同じ銅酸化物高温超伝導体であるBi2Sr2CaCu2Oyや、従来超伝導体であるNbSe2系、YNi2B2C系の測定結果も示されており、2次元性の強いBi2Sr2CaCu2Oyでの理論と合致しない異常な振る舞いや、従来超伝導体との比較によってわかる高温超伝導体の磁束コアの特殊性についても論じられている。

 第4章では、磁束格子の相転移と電子状態の相関に関する研究結果についてまとめられている。この章では、研究の初期段階において観測された、Bi2Sr2CaCu2Oy磁束格子の1次相転移に伴う超流体密度の減少を示唆する実験結果に基づき、同じBi2Sr2CaCu2Oyのキャリア濃度の異なる試料や同様に磁束格子の1次相転移が観測されているYBa2Cu3Oyでの相転移線をまたいだ表面インピーダンスの測定により、これまでほとんど議論されていない、高温超伝導体の電子状態と磁束格子1次相転移の関連性の解明を試みている。得られている結果としては、1次相転移に伴う表面インピーダンスの虚部に観測される異常は、Bi2Sr2CaCu2Oy試料ではキャリア濃度によらず普遍的であり、YBa2Cu3Oyでは観測されないということである。これは、新たに観測された相転移付近の異常な現象に対して、2次元的な磁束系において特徴的であると言うことを明らかにしたという点において評価できるものである。

 第5章では、高温超伝導体の磁場下での電子状態に関連して議論されている、副次的な秩序パラメーターの混合した状態の実現可能性ということに対して、Bi2Sr2CaCu2OyおよびYBa2Cu3Oyの測定結果をもとに議論している。結果は、この実現可能性は低いというものであるが、新しい理論的提案に対して、実験的な解明を試みるというフロンティア精神は非常に評価できる点である。

 第6章の総括においては、この論文のテーマである、高温超伝導体の混合状態における電子状態に解明ということに対して、高周波電磁応答をプローブとして明らかにしたことξして、3章の磁束コアの電子状態、4章の磁束格子1次相転移と電子状態の相関、5章の副次的な秩序パラメーターが混合した状態の検証という各項について簡潔にまとめられている。各章に関する記述においても述べてきたように、高温超伝導体の混合状態の物理に関して、新たに明らかになったことがいくつか含まれており、評価できる内容である。

結び

 なお、本論文における研究結果は、本学大学院総合文化研究科の前田京剛氏、北野晴久氏、岩谷克也氏、木下健太郎氏、本学大学院新領域創成科学研究科の花栗哲郎氏、高木啓史氏、東北大学金属材料研究所の小林典男氏、西嵜照和氏、柴田憲治氏、電力中央研究所の安藤陽一氏、竹谷純一氏、中村啓氏との共同研究であるが、論文の提出者が主体となって分析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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