学位論文要旨



No 115849
著者(漢字) 村本,成洋
著者(英字)
著者(カナ) ムラモト,ノリヒロ
標題(和) 4体相互作用を持つ拡張XXZ模型
標題(洋) Extended XXZ model with four-body interactions
報告番号 115849
報告番号 甲15849
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3893号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 国場,敦夫
 東京大学 教授 和達,三樹
 東京大学 教授 神保,道夫
 東京大学 教授 石川,征靖
 東京大学 教授 後藤,恒昭
内容要旨 要旨を表示する

 最近接以外の中距離相互作用を持たせた最も簡単な模型のひとつはJ1-J2模型である。しかしながら、J1-J2模型は、J1/J2=1/2かつ等方的である場合を除いては、厳密解を得ることはできない。本論文では、J1-J2模型を手本に、可積分な中距離相互作用を持たせた模型を提案し、かつその解析を行う。

 模型の構成は以下のように行った。六頂点模型の転送行列を対数微分するとXXZ模型のハミルトニアンが得られることはよく知られている。この構成がうまく行くのは、転送行列が可換な演算子の生成子となっていることと、転送行列がある特定のパラメーターにおいてシフト演算子となる性質とを併せ持っているからである。この特徴を利用すれば、繰り返し微分することによって、転送行列と可換な演算子、つまりはXXZ模型のハミルトニアンと可換な演算子が次々と得られる。これらの演算子は、先に述べた転送行列の特長によって、局所スピン相互作用の和の形で得られる。そこでそれらの演算子をXXZ模型に追加し、それらを追加的な相互作用とみなすことで、XXZ模型の拡張を行うのである。この構成法により、XXZ模型と拡張模型とは全く同じ基底状態を持つので、XXZ模型で得られた結果や解析手法を援用できる長所がある。類似の模型は、TsvelikやFrahmらによっても解析されているが、本論文で扱った相互作用は、彼らが扱わなかったものを採用したことで、新しい内容となっている。

 解析は、熱力学的ベーテ仮説法を用いて、解析解を中心に行った。熱力学的ベーテ仮説法は、高橋によるストリング仮説に基づく方法を採用した。当面のところ興味があるのは基底状態付近のみであるから、絶対零度極限をとった。そのために、本来無限個ある未知関数の方程式が、パラメーターの値によって1個乃至2個となるために、比較的容易に解析ができるわけでる。具体的には、異方性パラメータがイジング的あるいは等方的な場合には1個の、そうでない場合には2個の未知関数による(連立)積分方程式を解析することになる。

 解析の結果、追加された相互作用によって、磁化に影響が起こることが判明した。具体的には、スピン相互作用がイジング的あるいは等方的な場合に限り、追加相互作用の大きさがある特定な値を超えると、それまでにはありえなかった自発磁化の立ち上がりが見られた。すなわち、追加相互作用は、それまでの基底状態がもっていた対称性を自発的に破壊する働きをもつ。自発磁化が立ち上がる臨界値については、解析的な表式も得られた。一方、スピン相互作用が異方的で、かつXY平面的である場合には、自発磁化は立たない。しかしながら、やはり相転移は起こっていて、励起スペクトルのモードが増える。この相境界についても、解析的な表式が得られた。また、本来強磁性的である場合にこの相互作用を追加すると、今度は逆に強磁性を弱めてしまうことも分かった。

 次に、磁化の立ち上がり方についての考察を行った。第一に行ったのは、先に述べた自発磁化の立ち上がりについてである。自発磁化が立ち上がるのは、素励起の分散関係が追加された相互作用によって変形を受け、その変形によってフェルミ面を逸脱してしまうからである。フェルミ面をはみ出てしまった擬粒子は、基底状態では存在し得ない。ゆえに、それまでとは擬粒子の数、すなわち磁化の値が変化を受けるわけである。このとき、もっとも最初にはみ出る部分の領域の広さが、磁化の大きさに比例する。一方、はみ出る部分は2次関数で近似できるため、はみ出た高さは幅の2乗に比例する。はみ出た高さは追加相互作用の強さに他ならないから、磁化の立ち上がりは追加相互作用の強さの1/2乗に比例すると結論できる。実際に数値的に積分方程式を解くことによって、このことは確かめられた。なお、いくら追加相互作用を強くしても、完全に磁化されることは無い。数値計算によって、追加相互作用が正のときには約64%、負の場合には約29%が上限であることが分かった。

 次に外部磁場に対する応答としての磁化について考察した。外部磁場に対する応答については、数値的にではあるが、密度行列繰り込み群の方法によって、J1-J2模型の磁化過程にカスプ特異性が見られることが、奥西たちの論文で報告されている。カスプ特異性が起こる機構は分散関係が中距離相互作用の影響で変形を受けるためと考えられており、拡張XXZ模型の場合と全く同じである。可積分模型の特徴を生かして、変形の様子を含めた観察を行った。カスプ特異性が起こる領域についての評価も行った。

 最後に、可積分模型の特徴を最大限に活用した結果として、カイラルオペレータの近距離相関関数の値を厳密に得ることに成功したので報告する。隣接スピンとのカイラル性を示すオペレータについて、それらの相関関数を得たのである。すなわち4体相関の値が厳密に得られた。この結果は、一般の高次ハミルトニアンに対する期待値から得られていて、この期待値がリーマンのζ-関数によって表されることは興味深い。

審査要旨 要旨を表示する

 統計力学における磁性体の模型として、1次元量子スピン系は良く研究されている。特にスピン1/2ハイゼンベルグXXX模型とその非等方的拡張であるXXZ模型では厳密解が知られており、多くの結果が蓄積されている。XXZ模型のハミルトニアンは最隣接する二つのスピンの局所相互作用エネルギーの和からなる。本論文の主題は、隣接する四つのスピンの相互作用まで取り入れたハミルトニアンを持つ可解な拡張XXZ模型の研究である。その主な結果は、相図の決定と、磁化曲線の振る舞いの詳細な解析である。更に付加的な結果として反強磁性ハイゼンベルグ模型の最隣接カイラル相関関数の値も決定している。以下、各章ごとにその内容を概観する。

 第1章では導入として、問題の背景、特に関連するこれまでの研究の問題点等が指摘され、本論文の模型を提唱するに至った動機やその位置づけ等が述べられている。

 第2章では模型の定義、構成法とその可解性の根拠となる数理構造などについて既知の結果を解説している。具体的には6頂点模型と呼ばれる2次元正方格子上の古典スピン模型から出発し、代数的ベーテ仮説法を展開する。これにより転送行列が可換な族をなすことが示され、対角化される。転送行列の対数微分からXXZ模型、高階の対数微分からは可解な拡張模型のハミルトニアンが系統的に構成されるが、本論文で扱う4体相互作用の項は3階の対数微分から生じるものに対応する。これらハミルトニアンの同時固有値はベーテ方程式の根を用いて与えられる。一般に高階のハミルトニアンをスピン変数であらわに書き下す計算は煩雑であるが、付録Aにはそのために有効なブースト演算子法が解説してあり、特にハイゼンベルグ模型の場合に5階までの対数微分の具体形が与えられている。

 第3章では拡張XXZ模型の相図を調べている。この模型には、もともとXXZ模型に入っていた異方性のパラメータΔと4体相互作用の結合定数の大きさαという二つのパラメータがある。論文提出者は基底状態をΔ-α平面全体で考察した。その手法は熱的ベーテ仮説法の絶対零度極限に基づく(付録B)。特にXXZ模型(α=0)の基底状態は1-ストリングと呼ばれる自由度のみで記述されるが、一般のαに対してもストリング仮説の範囲内では同様の記述が正当化できる事を|Δ|1〓1とΔ=COS(π/N)(N:整数)で証明し、全てのΔにおいて信頼できる基本的な仮定として採用した。その結果、基底状態は一個ないし2個の繰り込まれたエネルギー関数に関する積分方程式の解析に帰着される。その解の一意性に関する仮定のもとに、αが0を含むある範囲αcrit-<α<αcrit+にある場合にはα=0の時と同一の解を持ち、それ以外では異なる解を持つ事を示している。また、臨界値α±critはΔの領域に応じて解析的に決定されるが、領域の境界で非自明に一致している事、XXZ模型の結果と整合する事などから、用いられた仮定と得られた相図の境界線は十分に信頼性のあるものと考えられる。α<αcrit-、またはα>αcrit+に対応する新しい相の物理的な性質に関する考察も行った。|α|が増大して相境界を超えると、Δ〓-1では完全強磁性状態が壊れる事、|Δ|<1では励起モードが増えて状態としては変化するものの依然として磁化しない事、Δ〓1では磁化し始める事など物理的に興味深い特徴を提示している。

 第4章では二つの要因による磁化の振る舞いを解析した。第一はΔ〓1領域でαが前章で求めた臨界値を超えることによるもので、|α-α±crit|1/2に比例して立ち上がる事を理論的に導いた。第二は外部磁場によるもので、XXX模型の場合には線型に立ち上がる滑らかな磁化曲線が知られていた。これに対し本論文の模型では新たにカスプ特異性が生じる。論文提出者は繰り込まれたエネルギー関数のα依存性に着目し、4体相互作用の項が特異性を引き起こす機構を解明した。これによりカスプの生じるαの範囲を解析的に決定し、臨界磁場において磁化が磁場の1/2乗で立ち上がる事を証明した。更にこれら磁化曲線の振る舞いを十分な精度の数値計算により確認している。

 第5章は最隣接カイラル相関関数の計算に充てられている。

 これらの成果は統計力学、物性基礎論における磁性体の理論に新たな知見を提供するもので、学位論文として十分な内容を持っている。なお、本論文第3章の一部と第5章は、高橋實氏との共著論文に基づくものであるが、それ以外は全て論文提出者単独の研究成果によるものである。よってその寄与は十分であると判断する。

 以上のことから、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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