学位論文要旨



No 115853
著者(漢字) 池田,正史
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,マサフミ
標題(和) オリオン巨大分子雲における炭素原子の広域分布
標題(洋) Distribtion of Atomic Carbon in the Whole Region of Orion Giant Molecular Cloud
報告番号 115853
報告番号 甲15853
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3897号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 森,正樹
 東京大学 教授 佐野,雅己
 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 教授 松本,敏雄
 東京大学 教授 満田,和久
内容要旨 要旨を表示する

 我々の銀河系の質量の大部分を担う星は、星間分子雲で生成されることが近年の観測で明らかになってきた。生まれる星の質量は、母体である分子雲の質量などの物理的性質によって決まることが高空間分解能による観測から分かってきている。しかし、分子雲自体が希薄な星間ガスからどのように形成されるかはよく分かっていない。その一つの理由は、分子雲の広域観測が主に、分子ガスをトレースする一酸化炭素分子(CO)で行われてきたたためである。炭素原子は希薄なガスと分子雲の中間的な領域をトレースするので、分子雲の構造や進化過程を調べる上で重要である。しかし、その遷移周波数はサブミリ波帯にあり(3P1-3P0;492GHz,0.6mm)、地上の水蒸気に強く吸収されるため、標高の高い乾燥した場所でしか観測することができない。そのため、炭素原子(CI)の分布は、一部の代表的な小さな領域(最大0.4平方度程度)でしか調べられてこなかった。

 富士山頂は、ハワイのマウナケア山頂などと同程度にサブミリ波観測に適していることが近年明らかになった。そこで、我々はCI492GHz輝線の広域観測を目的として、小口径のサブミリ波望遠鏡を開発し、富士山頂に設置した(富士山頂サブミリ波望遠鏡)。口径は1.2mで、492GHzにおけるビームサイズ(HPBW)は2.2となり、分子雲に対する広域サーベイに適している。この望遠鏡の指向精度としては15"〜20"が要求される。そのために、アンテナ駆動モータの温度特性を詳細に測定し、モータの駆動精度を高めた。その上で星を用いた光学ポインティングと、満月と太陽を用いた電波ポインティングを行い、指向精度14"(rms)を達成した。観測期間中も頻繁に電波ポインティングを行い、指向精度20"を維持した。なお、山頂は、冬季はアクセスできないため、衛星通信を用いた完全なリモート運用に重点をおいて開発を行った。その結果、1998年から2000年にかけて、2シーズンにわたり望遠鏡の運用に成功し、オリオン巨大分子雲に対してCIの広域観測を行った。

 オリオン巨大分子雲(距離450pc)は、2つの巨大分子雲Orion AとOrion Bからなり、典型的な巨大分子雲として様々な研究がなされている領域である。CIの観測は3'グリッドと1'.5グリッドで行い、計15平方度もの領域にたいしてCIの広域分布を明らかにした。その結果を図1に示した。

 CIは、分子雲全体にわたって分布しており、その分布は13CO(J=1-0)の分布と非常によく似ていることが分かった。さらに、スペクトルのプロファイルや速度構造も非常に似ていることが明らかになった。これらより、CI輝線の放射領域は、13CO(J=1-0)のそれとほぼ同じであることが示唆された。そこで、CIと13CO(J=1-0)の励起温度が等しいと仮定し、12CO(J=1-0,Maddalena et al.1986)と13CO(J=1-0,Bally et al.1987)のデータを併用して、CIとCOの柱密度(それぞれ、N(CI),N(CO))を、すべての観測点に対して求めた。結果を図2に示す。その結果、N(CI)とN(CO)はOrion A,B全体にわたり、良い相関を示した。すなわち、分子雲のリッジの外側の領域において、N(CI)/N(CO)比が高くなっている傾向がみられるものの、N(CI)/N(CO)比はリッジ方向に対しては、0.1から0.2と分子雲全体に対してほぼ一定の値を示した。ただし、その中で、Orion Aの南のL1641暗黒星雲において、その比(〜0.2)が北部の領域より(〜0.1)系統的に、わずかに高くなっていることが分かった。Orion A分子雲全体においても、Orion B分子雲全体よりも、その比が同様に高くなっている傾向が見られた。CIは、紫外線が当たり、COが光解離される分子雲または分子クランプ表面に存在すると考えられている。よってこれらは、領域間のクランプ構造の違いや、もしくはCIがCOに変換されている程度の違いを反映している可能性がある。

 次に、CI強度のピークを、Orion A分子雲に対して39点、Orion B分子雲に対して44点同定した。CIピークの約半分が13CO(J=1-0)のピークを伴っていた。N(CI)/N(CO)比は、0.1から2.9まで広範囲に分布し、一部のピークは、非常に高い値を示した。これらの比と、CIピークを含む“CI Cloud”の力学的性質の関係を調べるため、CI Cloudの、LTE質量(MLT)を、N(CI)とN(CO)より、ビリアル質量(MVT)を、CIのデータから求めた。すると、CI cloudの光度(LCI)とMVTの間に、COで分子雲に対して観測されるのと同様な相関が見られた。さらに、質量スペクトルについても、COやCSで観測されたものと同様の結果が得られた。すなわち、分子ガス(CO)と原子ガス(CI)が存在する雲が似た物理的性質を持つことが明らかになった。そして、N(CI)N(CO)比と、MVT/MLT比との間によい正の相関が見られた。これを、図3に示した。MVT/MLT比の変化は、次のように解釈することができると思われる。すなわち、外部の圧力に支えられた希薄な星間ガスが集まり、密度が上がるにつれて重力エネルギーが卓越し、やがて不安定になり収縮していく、といった過程でMVT/MLT比が小さくなると考えられる。すると、N(CI)/N(CO)比は、このような分子雲の進化過程に伴い、その比が小さくなっていく可能性が大きいと思われる。モデル計算においても、密度が上がり、時間がたつにつれてN(CI)/N(CO)比は大きく変化し、小さくなっていくことが示唆されており、上記のシナリオと矛盾しない。

 今回明らかにされた分子雲規模におけるCIの広域観測の結果より、CIの起源を支配しているのは、分子雲の進化過程である可能性が示唆された。しかし、Orion A,B両分子雲全体にわたって、そのリッジにおいて、CI/CO比が0.1から0.2という狭い範囲に収まるということは、既存のモデルでは説明することが困難である。分子雲が我々の観測では分解できないようなクランプで形成されていて、その密度が10 3〜10 4cm-3であるとすると、CI/CO比がほぼ一定なることを説明できる可能性があるが、そのようなクランプは、今だ観測的には見つかっていない。この観測事実は、既存のモデルを大きく改良する必要があることを示唆している可能性がある。

図1:オリオンA(a)とオリオンB(b)に対して観測されたCIの積分強度図。積分範囲は、a)3to13km s-1,b)7to14km s-1である。a)Orion-KLとb)NGC2024におけるCIのスペクトル図も示してある。

図2:オリオンA(a)とオリオンB(b)における、N(CI)/N(CO)比。

図3:N(CI)/N(CO)比とMVT/MLT比の相関。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章からなり、第1章は研究内容の概説であり、第2章は研究に使用した富士山頂サブミリ波望遠鏡について述べ、第3章はオリオン巨大分子雲の中性炭素原子の観測について述べ、第4章は観測から得られた結論について述べている。

 星は星間分子雲から形成され、分子雲は希薄な星間ガスから誕生すると考えられている。星間ガスは電離水素原子の観測から、分子雲は一酸化炭素分子の観測から主に研究が進められてきたが、両者の中間的な領域を調べるのに適した中性炭素原子の観測はこれまで系統的には行われていなかった。中性炭素原子の遷移周波数(3」P-3P0;492GHz,0.6mm)はサブミリ波帯にあり、地上の水蒸気に強く吸収されて観測が困難なためである。

 富士山頂はサブミリ波観測に適していることがわかり、論文提出者らは口径1.2mのサブミリ波望遠鏡を開発し、富士山頂に設置した。特に論文提出者は天体を精確に追尾できるようにモータと望遠鏡架台の特性を詳細に測定し、指向精度20秒角という目標精度を達成した。さらに、アクセスの困難な冬季の富士山頂においても観測が可能なように、衛星通信を用いてリモート運用が可能なシステムを構築し、1998年から観測を開始させた。

 論文提出者は共同研究者とともにこの富士山頂サブミリ波望遠鏡を用いてオリオン巨大分子雲(Orion A,Orion B)を観測し、分子雲全体をほぼカバーし、計15平方度という従来の30倍以上の広域にわたる中性炭素原子の電波強度マップを得た。中性炭素原子は分子雲全体にわたって分布しており、その分布は一酸化炭素13の分布と類似していることが明らかにされた。さらにスペクトルのプロファイルや速度構造も似ており、炭素原子と一酸化炭素13の放射領域とほぼ同じであることが示された。そこで、他の望遠鏡による一酸化炭素のデータも用いて炭素原子と一酸化炭素の柱密度を計算し、マップを得た。両者は良い相関を示したが、一部に炭素原子が過剰な部分が見られ、一酸化炭素に紫外線が当たり炭素原子を作る過程を反映していると考えた。次に炭素原子の強度のピークをOrion Aに対し39点、Orion Bに対し44点同定し、これらの「炭素原子雲」の局所温度平衡質量を炭素原子と一酸化炭素の柱密度から、ビリアル質量を炭素原子データからそれぞれ求めた。炭素原子雲の光度とビリアル質量は正の相関が見られた。また、炭素原子と一酸化炭素の柱密度の比と、ビリアル質量と局所温度平衡質量の比とは良い相関を示した。外部の圧力に支えられた星間ガスが集まり、密度が上がるにつれて重力エネルギーが卓越し、やがて不安定になり収縮していく過程でビリアル質量と局所温度平衡質量の比は小さくなると考えられるので、それに伴い炭素原子と一酸化炭素の柱密度の比も小さくなるという分子雲の進化をこの相関は示唆している。以上のように、今回得られた分子雲に対する炭素原子の広域強度分布は、分子雲の進化過程を扱うモデルが定性的なものから定量的な議論が行えるモデルへの精密化を促す基礎データとなる画期的な成果である。Orion Aの観測結果については学術雑誌に既に掲載されている(Masafumi Ikeda et al.,“Large-scale Mapping Observation of the CI(3P1-3P0)and CO(J=3-2)Lines toward the Orion A Molecular Cloud”,Astrophysical Journal,527:L59-L62,1999;Erratum,ibid529:L119,2000)。

 なお、本論文第3章は東京大学初期宇宙研究センター 前澤裕之・伊藤哲也・斉藤岳・関本裕太郎・山本智、国立天文台野辺山観測所 立松健一・有川裕司・麻生善之・野口卓・史生才・宮澤敬輔、分子科学研究所 斎藤修二・尾関博之・藤原英夫、国立天文台 大石雅寿、宇宙開発事業団 稲谷順司との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測及び解析・解釈を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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