学位論文要旨



No 115854
著者(漢字) 岩崎,弘典
著者(英字)
著者(カナ) イワサキ,ヒロノリ
標題(和) 非弾性散乱を用いた12Beのガンマ核分光
標題(洋) In-beam Gamma Spectroscopy of 12Be with Inelastic Scattering
報告番号 115854
報告番号 甲15854
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3898号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,英行
 東京大学 助教授 永江,知文
 東京大学 助教授 宮武,宇也
 東京大学 助教授 浜垣,秀樹
 東京大学 助教授 久保野,茂
内容要旨 要旨を表示する

 近年、安定線から遠く離れた不安定核ビームを用いた実験的研究が盛んに行なわれるようになり、安定核およびその近傍で構築された従来の原子核描像とは大きく異なる特異な核構造が明らかになりつつある。特に、軽い中性子過剰核では、原子核が殻構造をもつことの現われであった魔法数が消滅する現象が見出されており、その研究の重要性が認識されている。一般に、魔法数(8、20、28...)をもつ原子核はその閉殻構造から球形とされてきたが、32Mgをはじめとして、陽子数Z〜11、中性子数N〜20近傍領域の中性子過剰核は大きく変形していることが分かってきている。

 本研究の目的は、中性子数として魔法数8をもつ12Beを対象とした実験により、軽い中性子過剰核における殻構造の異常な変化を明らかにすることである。

 これまで、この領域における核構造研究は、典型的な中性子過剰核11Be、11Liを対象に盛んに行われてきた。これらの中性子過剰核におけるN=8の閉殻構造の破れが盛んに議論され、中性子ハローに代表される核半径の増大、低励起エネルギーに現われる強いE1遷移強度など、実験的に見出されてきた異常な核構造は、基底状態の波動関数に2S1/2配位成分が混在することに起因しているという説明がなされてきた。この2S1/2配位が基底状態にあらわれる端的な例としては、11Beの基底状態のスピンパリティーが、従来の殻模型の予想1/2-と異なり、1/2+となっていることがあげられ、現在の殻模型理論の枠組みでは、シェルギャップの変化、変形、対相互作用の3つの効果が関連していると議論されている。

 最近、中性子過剰核12Beは、その閉殻構造が破れている可能性が指摘され、注目を集めている。12Be近傍に現われる核構造を見ると、同じ中性子数N=8の偶偶核14Cは閉殻構造をもち、従来の殻模型でよく説明がつくのに対し、近傍の同位体11Beはその殻模型からは全く逸脱した構造を持っており、12Beの構造は周辺の原子核の系統性からは一意に定まらないことがわかる。したがって、N=8近傍の中性子過剰核の核構造を議論する際に、12Beの構造を明らかにすることが非常に重要な意味を持つといえる。これまでは、β崩壊強度の理論的解析やノックアウト反応の測定など、12Beの基底状態の波動関数を調べる研究が多くなされてきた。そこで我々は、偶偶核の低励起状態が殻構造の変化に敏感なことに着目し、12Beの低励起状態を対象として、主に2つの核分光実験を行った。第一にクーロン励起を用いて、低励起1-状態の探査、及び、E1遷移強度の決定を行い、第二に陽子非弾性散乱実験を行って2+状態への遷移強度を導出した。シェルギャップに関する情報が、1-状態の励起エネルギーから得られ、また、2+状態を励起する遷移強度からは、四重極変形に関する情報を得ることができる。

 実験は、理化学研究所加速器施設ならびに不安定核ビームラインRIPSを用いておこなった。1次18Oビームと9Be標的の入射核破砕反応により12Beビームを2次ビームとして生成した。毎秒約2×104個の12Beビームを鉛、陽子標的に照射し、クーロン励起実験、及び、陽子非弾性散乱実験を行った。入射エネルギーは、核子あたり約50MeVに設定した。非弾性散乱事象は、脱励起のガンマ線を散乱粒子と同時計測することによって同定した。この手法の特徴は、高分解能、高効率な測定が可能である点にあり、エミッタンスが大きく、強度が弱いという2次ビームの欠点を克服することができる。高分解能な測定は、ビームと散乱粒子の全運動量を測定するのではなく、脱励起のガンマ線の測定により散乱粒子の励起エネルギーを測定することによって達成され、高効率な実験は、厚い標的と運動学的収束条件を利用することによって可能となる。

 まず、12Beビームを鉛標的に照射して、脱励起のガンマ線を測定するクーロン励起実験を行った。核力による寄与を見積もるため炭素標的での測定も行った。これらの測定では、鉛標的で12Beの第二励起状態(Ex=2.68MeV)が強く励起されたのに対し、炭素標的ではほとんど励起されなかった。この標的依存性は、第二励起状態がE1クーロン励起によって励起されたことを示し、第二励起状態のスピンパリティーを1-と初めて決定した。この1-状態は、価中性子がP殻からsd殻へシェルギャップを越えてできた状態と考えられるため、1-状態の励起エネルギーはシェルギャップの大きさを強く反映した物理量といえる。他のN=8をもつ原子核の1-状態の励起エネルギー(14C:6.09MeV、16O:7.12MeV)と比較すると、12Beの1-状態の励起エネルギー2.68MeVは、極端に小さいことがわかり、12Beにおいてシェルギャップが小さくなっていることを明らかにした。

 また、鉛標的で測定したクーロン励起断面積46.5(11.5)mbから、E1遷移強度B(E1;0+g.s.→1-)を0.051(13)e2fm2と求めた。このE1遷移強度は、これまで偶偶核の束縛状態間で測定されたもののうちで最も大きい。中性子過剰核の低いE1励起はこれまで、11Beや11Liを中心に研究されてきたが、非束縛状態への遷移が測定の対象とされてきたため、連続状態への励起が優勢で特定な状態への遷移強度の導出が困難であった。本研究では、束縛状態間の遷移強度を導出した点がこれまでの研究と大きく違う点である。12BeのE1遷移強度に関して得られた実験値は、弱く束縛されていることによる波動関数の広がりの効果の他に、基底状態に1P1/2配位と2s1/2配位が混合し、遷移強度をコヒーレントに足し合せている寄与を考慮した殻模型計算とよく一致しており、12Beの低励起のE1遷移強度が増大する機構には、閉殻構造の破れが重要な役割を果たしていることがわかった。

 つぎに、中性子過剰核12Beを対象に陽子非弾性散乱実験を行った。クーロン励起実験と同様、脱励起のガンマ線を測定した。変形した原子核として知られる10Beでも同様な測定を行い、比較対象とした。脱励起のガンマ線の測定により非弾性チャンネルを同定する実験手法を、陽子非弾性散乱実験に適用したのは本研究が初めてである。従来の標的から散乱される陽子を測定する手法を基準にして比較すると、今回の手法では、励起エネルギー分解能が約一桁向上し、また、約10倍の厚さの標的が使えるため、特にビーム強度の弱い原子核に対して効力を発揮する実験手法を確立したといえる。

 実験の結果、10,12Beの2+状態から基底状態への遷移に相当するガンマ線を測定することに成功し、ガンマ線の収量から、陽子標的によって2+状態を励起する全非弾性散乱断面積を10Beに対して17.6(3.2)mb,12Beに対して27.0(4.0)mbとそれぞれ求めた。チャンネル結合計算コードを用いて変形パラメーターを求めたところ、10,12Beともにβ2〜0.7に対応する値が得られ、12Beが、変形した原子核として知られる10Beと同じく大きな変形パラメーターを持つことがわかった。また、他の同位体9Beに関しても非弾性散乱の測定がなされ、β2にして0.5〜0.9という結果が報告されている。これらの測定値の比較により、変形の可能性はBe同位体に普遍的に広がっており、N=8の閉殻構造から期待される変形の抑制が12Beには働いていないことがわかった。

 また、N=8の魔法数の破れを定量的に議論するために、殻模型計算に基づいた遷移強度の解析をおこなった。この解析模型では、陽子非弾性散乱で求めた変形パラメーターは、陽子側と中性子側の四重極変形度の一次結合でかかれる。魔法数N=8の破れを端的に調べるため、12Beの基底状態の波動関数として、閉殻構造を保っている場合と45%程度ほど閉殻構造が破れている場合の2種類の殻模型計算を行い、比較を行った。閉殻構造が破れている計算は、2s1/2軌道の一粒子エネルギーを下げることによって行った。結果、前者では実験値の半分程度の遷移強度しか説明できないのに対し、後者は実験値とよく一致した。前者の計算が大きく実験値を過小評価しているのは閉殻構造により中性子側の変形が極端に小さく計算されていることによっていると考えられる。したがって、今回測定された陽子非弾性散乱の結果に12Beの閉殻構造を破った効果が確かにあらわれていることがわかった。

 本研究は、入射エネルギーや標的の種類に対応した非弾性散乱の選択測を駆使することによって、12Beの低励起状態の核分光を行い、閉殻構造の破れをあきらかにした。魔法数N=8の破れに関連する殻構造の変化は12Beを中心として広く起こっていると考えられる。また、閉殻構造の破れには、1P1/2、2s1/2軌道の縮退が重要な役割を果たしていることが示唆され、その結果として中性子過剰領域の核構造に、新たな秩序が形成されている可能性がある。特に中性子数N=10が新魔法数としてふるまうことが期待でき、今後、14Beを対象とした低励起状態の実験的研究をすることが意義深いと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、非弾性散乱を用いた中性子過剰核12Beの低励起状態の核分光に関するものであり、6章からなる。第1章は「導入」部分であり、本研究の意義が中性子過剰核に現れる魔法数消滅の問題と、それに伴って現れ得る低励起状態の特異な性質という観点から述べられている。第2章「実験手法」においては、12Be核の低励起状態を励起するために用いた非弾性散乱の特長と測定に用いた実験手法について述べられている。第3章「実験装置」においては、実験に用いた施設および設置した検出器について述べられている。第4章「解析」においては、測定データの解析から12Be核の低励起状態への非弾性散乱断面積を求めるまでの過程が詳述されている。第5章「実験結果と議論」においては、各励起状態への非弾性散乱断面積の測定結果、12Be核の第2励起状態のスピンパリティーの決定、遷移強度の導出結果をまとめている。また、実験結果に基づいて12Be核における殻構造の変化、それに基づく特異な励起様式に関して議論している。第7章は「結論」である。

 近年、不安定核ビーム生成技術の発達により、これまで困難であった安定線から遠く離れた原子核の研究が可能になり、安定核およびその近傍で構築された従来の原子核描像とは大きく異なる核構造が明らかにされつつある。特に、軽い中性子過剰核では、原子核が殻構造をもつことの現れである魔法数が消滅する現象が議論されており、その実験的確立が求められている。

 中性子過剰核12Be核は中性子数が魔法数8であり閉殻構造を持つと期待されるが、β崩壊強度や、その近傍核11Be、11Liの励起準位様式から、閉殻構造が破れている可能性が指摘されていた。もし仮に閉殻構造が破れていれば、低励起状態には安定核には現れない特異な励起様式が現れるはずである。しかしながら、実験的に12Be核の構造はほとんど調べられていなかった。そこで、論文提出者は、中間エネルギーの非弾性散乱の特長を生かし、12Be核の低励起状態に関して、2つの核分光的研究をおこなった。

1)中間エネルギーのクーロン励起による12Be核の低励起1-状態探査実験。これはこれまで観測例のない実験であり、負パリティー状態の励起エネルギーは、殻構造を特徴づけるシェルギャップの大きさに関して定量的な情報を与える。

2)陽子非弾性散乱による2+状態の励起強度の測定。この測定は、原子核の代表的な励起様式である四重極変形(または振動)の発現強度が得られる。

 これら2つの非弾性散乱実験は、理化学研究所の不安定核ビームライン(RIPS)において、逆運動学的手法すなわち660MeVの12Be核を二次ビームとして生成し、標的核との衝突により励起させることによって行われた。クーロン励起実験には、208Pb標的が、陽子非弾性散乱実験には、(CH2)nと12C標的が用いられた。非弾性散乱事象は、崩壊γ線と散乱粒子を同時計測することによって同定した。この実験手法の特長は次の2点である。

i)脱励起のγ線により、励起エネルギーを決定するので、エネルギー幅の大きい二次ビームを用いても十分に良い分解能(励起エネルギー2MeVに対して180keV程度)が達成できる。

ii)比較的厚い標的が使えるため、強度の弱い二次ビームにも適用できる。

 収集されたデータは次の手順で解析された。i)プラスチックシンチレーター・ホドスコープの波高および時間情報から散乱粒子の識別を行い、非弾性散乱事象に対応する脱励起のγ線エネルギースペクトラムを得る。ii)得られたγ線の収量から非弾性散乱断面積を得る。

 208Pb標的を用いたクーロン励起実験では、12Be核の第2励起状態(2.68MeV)が強く励起された。12Be核の様にZの小さな原子核のクーロン励起では、E1遷移が選択的に励起される事から、この準位のスピンパリティーを1-と同定した。12Be核の1-状態は価中性子のp-殻、sd-殻間の遷移に対応し、励起エネルギーが小さいということから両殻間のエネルギー差が安定核近傍のそれに比べて極端に小さいことが明らかにされた。また、E1遷移強度として極めて大きい値、B(E1)=0.051(13)e2fm2が得られた。E1遷移強度に関する実験値は、2つの価中性子の波動関数にp-殻、sd-殻の成分が強く混合し、遷移強度がコヒーレントに足し合わされる効果を考慮した理論計算とよく一致した。その結果、12Be核の基底状態において(P)2配位と(sd)2配位がほぼ同じ割合で混合していることが明らかになった。

 12Be核の陽子非弾性散乱測定では、2+状態を励起する非弾性散乱断面積をもとめた。変形した原子核として知られている10Be核に於いても同様な測定を行い、12Be核の結果と比較した。散乱断面積の結果とチャンネル結合計算を比較し、変形パラメーターβ2を求めたところ、12Be核も10Be核もともにβ2〜0.7という大きな変形度を持つことが明らかになった。このことから12Be核が、大きな四重極変形(または振動)をしていることがはじめて明らかになった。また、実験で求められたβ2の値と殻模型解析と比較するとにより、12Be核の基底状態の配位混合の大きさが、前述した1-状態の核分光実験で得られている特異な結果と矛盾しないことも明らかにした。

 この様に論文提出者は、i)中間エネルギーの非弾性散乱の特長を生かした不安定核の低励起状態の新しいガンマ線核分光的手法を確立し、ii)中性子過剰核12Be核の低励起1-状態の観測、E1遷移強度の測定にはじめて成功し、iii)12Be核の大きな四重極変形をはじめて見出し、12Be核の構造に関連する情報をそれぞれの実験結果から明快に引き出した。本研究は、安定線から遠くはなれた原子核の低励起状態の研究に対して極めて有効な核分光的手法を開拓したものである。

 なお、実験は東京大学、立教大学および理化学研究所による共同研究であるが、論文提出者は実験の発案、設計段階から参加し、実験の準備、遂行において常に中心的役割を果たした。また、実験データの解析は、ほぼ全てを論文提出者一人で行った。

 以上のことから、審査委員全員が、博士(理学)の学位を授与できると認めた。

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