学位論文要旨



No 115856
著者(漢字) 遠藤,貴雄
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,タカオ
標題(和) X線連星パルサーを用いた星周物質の探査
標題(洋) Proding Circumstellar Matter with X-ray Binary Pulsars
報告番号 115856
報告番号 甲15856
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3900号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪野,公夫
 東京大学 助教授 森,正樹
 東京大学 教授 満田,和久
 東京大学 助教授 山本,智
 東京大学 教授 高瀬,雄一
内容要旨 要旨を表示する

1 X線連星系-GX301-2の特徴

 GX301-2/Wray977は1973年の気球による観測で大きな強度変化を示す明るいX線天体として発見された(Ricker et al.1973)。その後、世界各国の飛翔体観測機器が詳細に観測を続け、現在までに以下のような特徴が明らかになっている。(1)主星は自転周期が約680秒、表面磁場強度4×1012ガウスの中性子星、伴星Wray977は質量〜35M〓1のB2Iae型超巨星であり、連星系としては大質量X線連星系(High-Mass X-ray Binary:HMXB)に分類される。(2)2つの星は離心率0.46の長楕円軌道上を周期〜41日で公転している(図1参照)。軌道長半径は約380光秒であり、HMXBの中で最大である。(3)連星の軌道位相に強く依存したX線光度の変動(2-200×1035erg s-1)がある。近星点付近で最大光度となり、20keV以上の高エネルギー帯では、遠星点でも極大光度を示す。(4)中性子星の自転に伴うX線パルス周期の長さは、時間とともにランダムに変動する。これはGX301-2が典型的な星風捕捉型パルサーであることを示す。(5)エネルギースペクトルは、中性子星の磁極からの放射である強い吸収を受けた巾関数型の連続成分に、冷たい物質からの蛍光鉄Kα輝線(エネルギー6.4keV)を加えたモデルで表される。等価幅2が200eVから最大で1800eVにも達する鉄のKα線と、水素柱密度(NH)にして2×1022cm-2から最大で2×1024cm-2に及ぶ光電吸収は、ともにHMXBの中で最大である。(6)Saraswat et al.(1996)は、GX301-2の光電吸収吸収は2種類の水素柱密度で表されることを初めて導いた。彼らは、2つのうち少ない柱密度による吸収を受けた連続スペクトル成分はGX301-2からの放射を散乱したものであると指摘している。(7)Leahy et al.(1989)によれば、鉄のKα線の中心エネルギーと鉄のK吸収端のエネルギーはそれぞれ6.46土0.05keVと7.36±0.05keVである。両者とも鉄が電離していることを示しているが、両者から示唆される鉄の電離度は一致しない。(6)と(7)は、GX301-2の星周物質の密度や電離状態に、空間的な非一様性があることを示唆している。これが本当であれば、一様等方的であるはずの星風から、星周物質の非一様性がどのようにして生じるのかという点が興味深い。

 1太陽質量:M〓=1.99×1033g

 2連続成分に対する輝線の強度

2 ASCAによる観測

 1993年2月に打ち上げられたASCA衛星は、0.5-10keVのX線を有効に反射するX線望遠鏡の焦点面に、高い分光能力(5.9keVで全半値幅〜130eV)を有するX線CCDカメラ(SIS)と、高エネルギー側で高い検出感度を有する撮像型ガス蛍光比例計数管(GIS)を搭載した我が国4番目のX線天文衛星である。特にSISは0.5-10keVのX線を、かつてない精度で分光できるという特長を持つ。我々はこの優れた特性を活かし、GX301-2に特徴的な強い鉄輝線(6.4keV)と鉄のK吸収端(〜7.1keV)のスペクトル構造を詳細に評価することで、超巨星Wray977からの星風の電離状態や、中性子星近傍での降着流の運動、過去の観測で指摘されている中性子星の星周物質の空間的非一様性を調べることを目的とした高精度の分光観測を行なった。

 ASCAはGX301-2/Wray977系を1994年と1996年に合計3回観測した。図1はGX301-2/Wray977系の連星軌道と観測点を図示したものである。近星点を公転位相の原点(Θorb=0)と定義したとき、3回の観測はそれぞれΘorb〓0.31、〓0.47(遠星点近傍)、〓0.97(近星点近傍)で行なわれた。各観測におけるGISでの平均のX線強度は、それぞれ1.06±0.01、3.18±0.01、6.37±0.02count s-1であった。

3 解析と結果

 1.各観測の平均スペクトルは、基本的にはSaraswat et al.(1996)が指摘したように、二種類の吸収(NH〜1023cm-2と〜1024cm-2)を受けた巾型の連続成分(Γ=1.2-1.6)と鉄のKα輝線(等価幅=160-1030eV)の和で表される(図2参照)。巾型連続成分の強度で重みをつけた平均の水素柱密度はΘorb〓0.31、0.47、0.97の3つの位相でそれぞれ6.9×1023cm-2、3.8×1023Cm-2、1.0×1024cm-2であり、パルサーと伴星の距離が近いほど吸収が大きいことがわかった。

 2.ASCAの優れたエネルギー分解能によって、鉄のKα輝線に加えてKβ輝線が存在することが初めて示された。Kβ線の強度はatomic dataが示す通り、Kα線の13%と考えて矛盾しない。

 Kβ線を取り込んでスペクトルを評価すると、Kα線のエネルギー、K吸収端のエネルギーは、ともに鉄の電離状態として、中性もしくは低電離を示す結果となった。

 3.観測された鉄のKα線の等価幅と平均の水素柱密度の相関を詳しく解析した結果、鉄輝線を出す星周物質は、パルサーの回りの空間をほぼ等方的かつ一様な厚さで取り巻いていることが示された。

 4.吸収を補正したパルサーの全X線光度は上記の3つの軌道位相でそれぞれ2.1×1036erg s-1、2.4×1036erg s-1、1.8×1037erg s-1であり、近星点付近のみ他の位相に比べて1桁大きくなっている。

 5.パルス波形はなだらかな2山構造を持つ。パルス成分の割合は、1つの観測ではエネルギーが高い程大きくなっている。また、異なる観測の間では、吸収の強い軌道位相のところほど小さく、最も吸収の強いΘorb=0.97では10keV付近で10%であるのに対し、他の軌道位相では同じエネルギー帯域で20%ほどあることがわかった。

 6.鉄のKα輝線(以後コア成分)は、すべての位相で有意な広がり(σ=40-80eV)を持つことが確認された。この広がりをパルサー周りの星間物質の運動が起源だと考えると、ν/c=0.01という高速運動が示唆される。

 7.このコア成分の加えて、近星点の位相でのみ明らかに広がった裾(ν/c=0.03)をもっていることが初めて発見された。この裾成分はASCA SISの放射線損傷等によるエネルギー分解能の劣化を考慮しても、有意な広がりであることを同時期に観測されたCentaurus銀河団の細い鉄輝線を使って検証した(図3)。Centaurus銀河団では鉄のKα線はnarrow(σ<57eV)であり(図3a)、GX301-2に見られる裾を持った輝線プロファイルは統計的に棄却される(図3b)。従ってGX301-2で検証された鉄輝線の広がった裾成分はrealであると結論できる。この広がった裾成分のエネルギー幅はパルサーの自転位相に同期してσ=110-200eVの範囲で6.4keVを中心に左右対称に変化しており、連続成分の強い時に狭く、弱い時に広いことが分かった。

4議論と結論

鉄のKα線のコア成分の起源

 鉄Kα線のコア成分の広がりをDoppler効果によるものと考えるとν/c=1%という高速運動が示唆される。これは予想される星風の速度νrel/c=0.16%より一桁大きい。したがって観測された輝線の幅を説明するには、蛍光輝線を出す物質がより高速に運動していることが要求される。この起源として中性子星近傍の強い重力場による自由落下を仮定すると、コア成分の放射領域はAlfv〓n半径の4倍以内という制限が得られた。一方、異なる位相の連続スペクトル成分が受ける平均の吸収量と裾成分を除いた鉄Kα輝線の等価幅の関係を定量的に調べることにより、星周物質が中性子星の周り立体角4πをほぼ均一に覆っていることが示された。

 以上の二つの事実から、蛍光鉄Kα線は連星軌道にわたって広がっている星風起源ではなく、伴星からの濃い星風を中性子星がかき集めたより近傍の星周物質が起源であることがわかった。

鉄のKα線の広がった裾成分の起源

 裾成分が6.4keVを中心に左右対称に広がることから、電離鉄輝線の混合(>6.4keV)や、静止系Compton散乱(<6.4keV)は左右非対称になることから不適切であることがわかる。よってコア成分と同様に、裾成分の広がりをDoppler効果によるものと考えると、蛍光物質はモデルにより光速の3-6%の運動をしているという結論になる(図4)。一方、降着物質が磁力線に沿って降着し始めるAlfven半径での自由落下速度は、X線光度が1036-37erg s-1の範囲で光速のほぼ2%に過ぎないので、裾成分を放射している物質はAlfven半径の内側に存在していることになる。HMXBにおいて、中性子星のこれほど近傍から鉄輝線の情報が得られたことはなく、X線パルサーにおいて、X線放射領域へ突入する直前の物質の物理状態を知る上で画期的な発見と言える。

 実際に裾成分の起源として、accretion column内に閉じ込められた衝撃波通過前の物質を考えると、裾成分の等価幅の大きさや、X線光度が低い軌道位相では裾成分が見えないこと、裾成分の幅の広さが連続スペクトル成分の強度と逆相関を示すことなど、裾成分の性質の大部分を自然に説明することができる。しかしこの描像では、Alfven半径の内側では観測結果に反して、鉄の電離がかなり進むことが予想されるという問題が残った。これを解決するには、降着物質が仮定している自由落下よりゆっくり落ちるか、Alfven半径付近で磁気的な不安定を起こしblob状になるという描像が考えられる。

パルサーの星周物質の一様等方性

 Saraswat et al.(1996)は2種類のうちの弱い吸収を受けた連続スペクトル成分が、星周物質からの散乱によるものであると指摘した。しかし星周物質が立体角4πを一様等方的に覆っていることから、パルサーからいったん星周物質に散乱されて観測者に達するX線は、パルサーから直接観測者に達するX線よりも必ず長い経路を通ることになる。このため散乱成分のX線スペクトルは直接成分よりも強い吸収を受けるはずである。また、我々の解析から、弱い方の吸収を受けた成分からもパルスが見つかった。以上のことからSaraswat et al.(1996)の指摘が誤りであり、弱い吸収を受けた成分もパルサーから直接我々に届いている放射であると結論される。2種類の柱密度は、むしろ星周物質の小さい空間スケールでの非一様性を表しており、このような非一様性が立体角4πに亙って等方的に存在していると解釈するほうがより自然である。

鉄のKβ輝線の発見

 ASCAの観測により、GX301-2から鉄のKβが初めてKα線から分離して検出された。Kβ線をスペクトルモデルに取り込んで、鉄のK殻による6-7keV付近の構造を評価すると、Kα線の中心エネルギー、K吸収端のエネルギーともに、星周物質中の鉄が、実は中性、もしくは低電離状態にあるという結果になった。これはLeahy et al.(1989)が示唆した高階電離した鉄という星周物質の描像を覆すものである。また、視線方向とそれ以外で鉄の電離度が異なるという、彼らが導いた奇妙な結論も、Kβ線が検出できなかったための間違いであることが判明した。

 このように、ASCAの観測により、パルサーの星周物質に関するこれまでの知見には多くの誤りがあったことがわかった。我々は、ASCAの観測によって、パルサーを取り巻く星周物質が極めて一様等方的で、かつ低電離であるという描像を確立した。

5 結び

 以上のようにASCAの優れたエネルギー分解能により、鉄輝線の精密な分光観測が可能になった。これによりパルサー周辺の幾何学と運動学が初めて議論の俎上にのぼるようになった。今後はChandra衛星やAstro-E-II衛星による更に精度の高い分光観測によって、この方面の研究が一層進むことが予想されるが、本研究はその先鞭となるものである。

 図1.連星軌道と観測時期

 図2.エネルギースペクトルの連星位相依存性

 図3.Centaurus銀河団の細い鉄輝線による検証

 図4.鉄輝線のパルス位相変化

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、X線を用いて連星系GX301-2/Wray977の探査を行い、その星周物質の密度や電離状態に関する研究をまとめたものである.

 GX301-2/Wray977は大きな強度変化を示す明るいX線天体として知られている.この天体は自転周期が680秒の中性子星パルサーと、質量35M〓超巨星伴星からなる連星系であり、大質量X線連星系に分類される.これまでの研究では、星周物質の密度や電離状態に空間的な非一様性があることが示唆されていた.

 ASCA衛星には0.5-10keVで高い分光能力をもったX線CCDカメラ(SIS)が積まれており、これを用いて過去3回にわたりGX301-2の高精度の分光観測をおこなった.その結果わかった主なことは以下のとおりである.

 ・平均スペクトルは2種類の吸収を受けた冪型の連続成分と鉄のKα輝線の和で表される.

 ・鉄のKα輝線に加えてKβ輝線が存在することが初めて示された.

 ・鉄輝線を出す星周物質は、パルサーの周りの空間をほぼ等方的かつ一様な厚さで取り巻いていることが示された.

 ・鉄のKα輝線は、有意な広がりをもつことが確認され、これが星間物質の運動によるとするとν/c=0.01という高速運動が示唆される.

 ・近星点の位置で明らかに広がった裾成分をもっていることがはじめて発見された.また、この広がりが装置に起因するものでないことが確認された.

 これらの観測結果をもとにパルサーの星周物質に対して考察をおこない、以下のような結論を導いた.

 ・鉄のKα輝線のコア成分の起源.星周物質の放射領域はAlfven半径の4倍以内であり、中性子星の周り4πをほぼ均一に覆っている.

 ・鉄のKα輝線の広がった裾成分の起源.さらに高速運動する物質が起源であり、Alfv〓n内部からの放射と考えられる.中性子星のこれほど近傍からの鉄輝線の情報が得られたことはこれまでに無く、X線パルサーにおいてX線放射領域へ突入する直前の物質の物理状態を知る上で画期的な発見といえる.

 ・鉄のKβ輝線の発見.発見されたKβ輝線をスペクトルモデルに取り込んで評価すると、星周物質の鉄は中性もしくは低電離状態にあるという結果になる.

 以上のようにASCAの観測によって、パルサーを取り巻く星周物質が極めて一様等方的であり、かつ低電離であるという描像が確立された.これは従来の定説を覆す新たな知見であり、今後のパルサー周辺の研究に大きく貢献する成果であるといえる.

 なお本論文は共同研究として進められたが、論文提出者が主体となって開発、研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断される.

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める.

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