学位論文要旨



No 115857
著者(漢字) 太田,直美
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ナオミ
標題(和) X線による遠方銀河団の構造と進化の研究
標題(洋) X-ray Study of Distant Clusters of Galaxies:Structure and Evolution
報告番号 115857
報告番号 甲15857
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3901号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 関口,真木
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 助教授 手嶋,政廣
 東京大学 助教授 中村,典雄
 東京大学 教授 吉澤,徹
内容要旨 要旨を表示する

 銀河団は、重力的に閉じた天体としては宇宙で最も大きな天体である。このため、宇宙の構造と進化の歴史をよく保存する重要な天体として注目されてきた。銀河団は、可視光領域ではもちろん銀河の集団であるが、むしろダークマターの重力に支配された系ととらえる方が適当である。その重力に閉じ込められた高温ガスから放射されるX線は、ダークマターの最もよいトレーサーの一つである。そこで、銀河団の構造についてX線観測から制限を与えることができる。このような解析を多数のサンプルについて一様な解析手法によって行うことで、そこにある共通の性質とredshiftの依存性を調べることができるであろう。その結果から銀河団の構造と進化、さらには、それを重力的に支配しているダークマターについて強い制限が得られると期待される。

 X線分光に優れた能力を持つASCA衛星と空間分解能に優れたROSAT衛星のデータの組み合わせによって、遠方の銀河団までこのような解析を適応することが可能である。すでに、それぞれの約7年間観測により多数の観測データが蓄積されている。これまでにredshift,zが、z<0.1の銀河団については、Mohr et al.(1999)により45個のサンプルによる研究が行われている。しかし、z>0.1のサンプルについては、20個程度のサンプルについて系統的な解析が行われただけである。

 本論文で私は、ASCA衛星とROSAT衛星の両方で観測が行われているredshiftの範囲0.1<z<1のすべての銀河団、80個(望遠鏡の視野中心から外れた位置で観測が行われた3個を含まない)について、ASCA衛星、ROSAT衛星の両方のデータに対して一様な解析方法を適用し、銀河団の構造(X線ガスの空間分布および温度)を調べた。その結果を用いて、遠方銀河団サンプルのX線パラメータのredshiftに対する依存性、およびそれらのパラメータ間の相関について議論を行なった。

 X線空間輝度分布の解析にはROSAT衛星のHRI検出器のX線データを用いた。解析の第一ステップとしてX線輝度分布の中心をX線光子の空間上の重心を求める手法により求めた。この方法のシステマティックな誤差を検討する過程で、この方式により軸対称な形をしたregular clusterと非対称性を持つirregular clusterの2種類に、銀河団が分類できることがわかった。次に、方位角方向に平均した輝度分布(radial profile)を求めた。これを、まずisothermalβ-modelによる輝度分布モデルでフィッティングを行い、β、コア半径rc、中心でのX線表面輝度を決定した。この解析に伴うシステマティックな誤差として、中心の決定誤差、使用する画像領域の大きさの取り方、バックグラウンドの非一様性、画像の空間分解能の影響をシミュレーションなどで検討し、その影響が光子統計的による誤差に比べて小さいことを確認した。ただし、コア半径が、解析に用いた画像の分解能5''角以下の場合には、常に5''角程度の値が得られるので、注意する必要があることもわかった。

 βモデルフィットのχ2の値は一つ一つの銀河団で見ればacceptableな範囲である。しかし、80個の銀河団の値の分布は、χ2分布よりも有意に値の大きい方にずれている。実際、いくつかの銀河団について、中心付近でデータにモデルからのシステマティックなexcessが見られた。そこで、regular clusterについて、二通りの方法で中心のexcessを検討し、9個の銀河団は統計的に有意なexcessがあることがわかった。これらの銀河団の輝度分布はコア半径の異なる二つのβモデル成分を持つモデル(doubleβモデル)で表現できた。9個の銀河団において、2つのコア半径は、それぞれ約50kpcと約200kpcでその比は約4であった。一方、表面輝度の比は、2個については約1:1、残りの7個は1:0.03から1:0.2の範囲でコア半径の大きな成分の方が小さかった。また、これらを、一成分の普通のβモデル(singleβモデル)でフィットすると、コア半径として、前者の2個については、大きなコアの成分のコア半径が、後者の7個は小さなコアのコア半径が得られることがわかった。そこで、doubleβモデルが統計的には必要がないと結論された銀河団について、上記の平均的な性質を持つもう一つのβモデル成分を仮定し、その存在が統計的に許されるかどうかを検討した。その結果、もともとのコア半径が比較的小さいものについてはその外側に、比較的大きなものについてはその内側に、もう一つの成分がある可能性を、約80%の銀河団ついて否定できないことがわかった。

 次に、NFW profileを仮定したモデル関数,NFW-SSM(Navarro, Frenk, White-Suto, Sasaki, Makino)モデルにより、表面輝度分布のフィッティングを行った。その結果、NFW-SSMモデルによるパラメータとβmodelのパラメータの間にほぼ1対1の対応関係があることを確認した。

 最後に、ASCA衛星のスペクトルデータを解析し、銀河団ガスからの熱的な放射の銀河団の平均温度T、および、銀河団全体のX線光度Lxを決定した。

 以上で求めたX線パラメータおよび、それらから求めた銀河団を特徴づける物理量について、そのredshift依存性、パラメータ間の相関を検討した。その重要な結果は以下のようにまとめられる。

 ・X線光度と平均温度の関係、いわゆるLx-T relationを、regular clusterとirregular clusterについて分けて調べると、関係のべきは同じであるが、Normalizationに有意な違いが見られる。しかし、regular clusterの中でもコア半径の大きなものは、irregular clusterと同じ相関を示しており、この違いは、コア半径の違いにより強く相関している。

 ・温度T,β,コア半径rc,および(X線表面輝度とrc,T,βから求められた)銀河団中心での電子密度ne0には、明らかなredshift依存性は見られない。(Tとrcには一見redshift依存性があるように見えたが、シミュレーションなどにより検討した結果、これらは遠方で暗い、または表面輝度の低い銀河団が検出できない、という一種のSelection effectで説明できることがわかった。)

 ●Spherical Collapse modelの考え方にたって、ビリアル半径を、その内側での銀河団の平均密度がcollapse時の宇宙のcritical densityの200倍になる半径と定義して求め、その内側の銀河団質量、ガスの質量と銀河団の全質量の比(gas mass fraction)などを求めた。collapse時のredshift,zcol,は、観測されたredshift zobsに等しいという仮定で解析を行った。その結果、ビリアル半径(および、ビリアル質量)に弱いredshift依存性が見られた。

 ●銀河団のパラメータの中で、rcは、1桁以上の最も大きな銀河団ごとのばらつきを示す。その度数分布は、約60kpcおよび220kpcに二つのピークを持ち、100kpc程度のコア半径を持つ銀河団が少ない。

 ●Fujita&Takahara(1999)によるFundamental planeの解析にならって、(logT,logrc,logne0)空間内での銀河団の分布を調べると、銀河団はほぼ平面にそって分布している。その面の方向と位置は、Fujita&Takahara(1999)によるz<0.1の銀河団に対する値と一致していると考えて矛盾しない。

 以上の結果に基づき、(1)redshift依存性と銀河団が作られた時期、(2)コア半径の分布と銀河団の構造、(3)宇宙の密度パラメータへの制限、の3つの観卓から議論を行った。

1.redshift依存性と銀河団が作られた時期

 ビリアル半径のredshift依存性は、仮定した宇宙のcritical densityのredshift依存性が現れたものとして矛盾しない。もちろん、ビリアル半径が、このようなredshift依存性を持つために、その他の銀河団パラメータが強いredshift依存性を持たないという可能性は否定できないが、むしろ、多くの銀河団についてzcol=zobsという仮定が成り立っていないと考える方が自然であろう。一方、銀河団の中心密度は必ずビリアル密度よりも高いことから、zcolに制限をつけると、コア半径の大きな銀河団についてはzcol<2を得る。

2.コア半径の分布と銀河団の構造

コア半径の分布を、z<0.1のMohr et al.の結果も含めて検討した。その結果、z<0.1のサンプルとz>0.1のサンプルは同様のrc分布を持つ。しかもsingleβモデルの銀河団は、約60kpcと約220kpcの二つの分布のピークを持ち、doubleβモデルの銀河団では、小さなコアと大きなコアはそれぞれ約60kpcと約260kpcにピークを持つことがわかった(図1)。

これは、(1)どの銀河団についても、X線輝度がもともとdouble-βモデルで表わされるような性質を持っている、(2)二つの成分のX線の明るさの比が銀河団ごとに異なり、それによって、rcの大きなsingleβ、double-β、rcの小さなsingleβ銀河団に見える、と解釈すると、統一的に理解することができる。rcの小さな成分についてはradiative coolingの時間尺度は銀河団の年令よりも十分に短い。私は、このことから、次のような可能性を考えた。銀河団の重力ポテンシャルにもともとdoubleβモデルで表現されるような構造がある。銀河団が生まれたころは、二つの成分は同じ程度の輝度を持ちrcの大きなsingleβとして認識される。しかし、内側でcoolingが効きはじめると、cooling flowにより内側のcoreの電子密度が高くなり、内側の成分のX線放射が強まり、double βmodel、さらには、小さなcoreのsingle betaとして認識されるようになる。これは、観測された銀河の中心での電子密度が、rcの小さな銀河団の方が高いこととコンシステントである。

3.宇宙の密度パラメータへの制限

ビリアル半径内のgas mass比は、宇宙の平均的なgas mass比を保存していると考えられるので、これから宇宙の密度パラメータに制限をつけることができる。その際、検出器の有効面積などの絶対的な校正の精度がシステマティック誤差として問題になる。これを検討した結果、gas mass比に最大25%で現れ得るという結果を得た。また、gas mass比はビリアル半径の取り方によっても変化する。そこで、zcol=zobsおよび、一様にzcol=1としてvirial半径を決めた場合の両者を含む範囲を推定値として求めた。その結果は、Ω0=0.28±0.10であった。

図1:コア半径の分布。今回解析した遠方銀河団(80個、うちdoubleβモデルが有意なもの9個)の結果にMohr et al.の近傍銀河団の結果(45個、うちdoubleβモデルが有意なもの18個)を足しあわせてある。上図はsingleβモデルの銀河団、下図はdoubleβモデルの銀河団を示す。下図においては、doubleβモデルの内側のコアと外側のコアを、それぞれ破線と点線で示してある。

審査要旨 要旨を表示する

 論文提出者は,ASCA衛星とROSAT衛星の両方で観測が行われた赤方偏移が0.1から1までの銀河団80個について,独自に開発した一様な解析方法を適用し,銀河団のX線ガスの空間部分と温度などを調べた。本論文ではこれら銀河団のX線パラメータの赤方偏移依存性およびパラメーター間の相関について,初めて系統的な研究を行った。

 論文提出者はまず独自の方法で重心を解析することで銀河団をregularおよびirregularに分類し,X線の強度Lxとガスの温度Tとの間の関係に違いが見られることを見出した。論文提出者はさらにregular銀河団の表面輝度分布は,コア半径の違う2つの成分を持つダブルβ-モデルによって良く説明できることを見出し,いくつかの重要な点が明らかになった。(1)銀河団の温度T,β,コア半径rc,および電子密度neには明らかな赤方偏移依存性は見られない,(2)single-βでフィットできる銀河団,double-βでフィットすべき銀河団の両者ともコア半径rcは銀河団によっては一桁以上のバラツキを示すにもかかわらず,その分布は60kpcおよび220kpcに局在している,(3)log T,log rc,log neに対する主要因解析ではすでに研究の行われている赤方偏移が0.1以下の性質と変化がなかった。

 以上のことから,論文提出者は,どの銀河団においてもX線輝度分布はもとともdouble-βで表せるような二成分を有しており,単に二つの成分のX線強度が銀河団ごとに異なり,それによってsingle-βに見えたり,double-βに見えたりする,との解釈に達した。

 論文提出者はさらに,ビリアル半径内のgass-mass比から宇宙の密度パラメーターに対する制限を導き出し,Ω0=0.28±0.10と算出している。

 銀河団のX線観測はこれまで統計が少なく個々の銀河団,特に赤方偏移が0.1以下のものが大多数であった。論文提出者の研究は赤方偏移が1近くにまで奥行きを広げた80個というこれまでの統計を大きく増やす画期的なものある。またその中で明らかになった,regular,irregular銀河の違い,二つのコア半径からなる銀河団の描像,X線パラメータには赤方偏移が1まで大きな変化が見られなかったなど,銀河団天文学において新しい知見をもたらした。

 なお本論分に使用したデータはASCA衛星チームなどとの共同研究であるが,データ解析,シミュレーションなど本論文の内容は論文提出者がまったく独自に研究・分析・解析を行ったものである。

 以上の点から論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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