No | 115860 | |
著者(漢字) | 小野田,繁樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オノダ,シゲキ | |
標題(和) | 高温超伝導体における反強磁性と超伝導の相互影響 | |
標題(洋) | Interplay between Antiferromagnetism and Superconductivity in High Temperature Superconductors | |
報告番号 | 115860 | |
報告番号 | 甲15860 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3904号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | Hubbard模型がバンド幅の狭い電子軌道に対する模型として提唱されて以来[1]、強い電子相関の効果は盛んに研究されてきている。高温超伝導[2]も強相関効果から生じると考えられている。これを記述する有効Hamiltonianとして、Hubbard模型の他にd-p模型、t-J模型も研究されてきている。しかし、強相関効果を理論的に記述することが困難であるため、どの理論模型の性質も十分に理解されたとはいえない。特に、超伝導の出現に関する詳細や反強磁性絶縁体への相転移近傍の性質の記述は最も困難な個所である。したがって、高温超伝導体の相図や実験的に観測されている擬ギャップ[4,5]、磁気共鳴ピーク[6]を理解するためGinzburg-Landau理論のように微視的模型の詳細な性質に依存しない理論を考えることには意義がある。この学位論文では、高温超伝導体の相図において反強磁性(AFM)相とdx2-y2波超伝導(dSC)相がほぼ近接していることに着目し、AFMとdSCに関するGinzburg-Landau-Wilson有効作用を考える。この有効作用におけるモード間結合を、量子揺らぎと熱揺らぎの両方を考慮しながら自己無撞着に繰り込む。有効作用中のパラメーターをそれぞれの物質に対応した値にとることによって、擬ギャップや磁気共鳴ピークの振る舞いをも含めた、高温超伝導体の1粒子励起、AFMスピン励起の様々な特徴的性質を説明することに成功した[7]。結果として、擬ギャップをえるためには、超伝導の揺らぎが低エネルギーのAFMスピン揺らぎ抑制していなければいけないという結論を得た。 アンダードープ領域の高温超伝導体(HTSC)では、超伝導転移温度Tcより高いTPGから1電子、スピン、電荷など様々な励起に擬ギャップが出現する。この擬ギャップはNMR、中性子散乱、角度分解光電子分光(ARPES)、STS、比熱、光学伝導度、電気抵抗等で検証されてきている[3]。ARPESの結果は、第1に温度の低下とともにまずTPGで擬ギャップが(π,0)、(0,π)から発達し、(π/2,π/2)方向へ広がり、Tc以下のdx2-y2波超伝導(dSC)ギャップに連続につながること、第2に(π,0)、(0,π)近傍の1粒子エネルギー分散がかなり平坦で、減衰も強いことを示唆する(以下この点を“flat spots”と呼ぶ)[4]。第1点は擬ギャップとdSCゆらぎの強い関連を、第2点はflat spotsのフェルミオンの擬ギャップ形成への重要な寄与を意味する。NMRからも、アンダードープ領域ではTcより高温のTPG付近に1/63T1Tがピークをもつことが確認されている[5]。また、多くのアンダードープ領域の物質では、1/T2GはTcにいたるまで減少せずむしろ増大する傾向にある[5]。このNMRの結果は、中性子散乱で、TcないしTPG以下で有限周波数に共鳴ピークが発達することと矛盾なく理解できる。Imχ(Q,ω)のピーク周波数はドープ量の減少とともに減少し、共鳴ピークがAFMのブラッグ・ピークにつながるように見える。これらの実験結果からも、HTSCのアンダードープ領域の議論には、dSCゆらぎとAFMゆらぎの対等な扱いが求められる。 スピン、d波対に対して引力をもつ2次元電子系を考え、スピン、d波対に対応したオーダーパラメーターφσとφd、φdを導入して、フェルミオンをトレース・アウトし、これらの補助場について4次まで展開して、有効作用S=S(0)+S(2)+S(4)、 を得る。q4=-q1-q2-q3で、q=(iωn,q)、ωn=2πnTである。 はスピン、dSCの磁化率、uσσ、udd、uσdはそれぞれスピン波間、dSCモード間、スピン波dSCモード間のカップリングである。ξσ(0)はRPAでのスピン相関長、ξd(0)はT-マトリックス近似でのdSC相関長で、γσとcσはスピン波の減衰と速度、γdとcdはdSCのモードの減衰と速度である。Q=(π,π)とする。モード間結合のうち、uσσ,uddは常に正である。一般に、スピン励起の擬ギャップを再現するためには、少なくともuσdは斥力的でなければいならない。減衰に関しては、2つの場合に大別できる。flat spotsのフェルミオンの寄与が支配的な場合、減衰は短距離秩序の発達につれて減少し、相関長ξσやξdほどの距離をボゾンが伝播するのに要する時間に反比例すると考えられる。一方、flat spotsから離れたフェルミオンの寄与が重大な場合、減衰は一定と考えられる。これはγσ,d=2γσ,d(0)/(ξσψ+ξdψ)により、ψ=1が前者、ψ=0が後者に対応する。速度は一般に転移点近傍で有限なので、cσ,cdは一定としてよい。次にモード間カップリングを相関長に自己無撞着に繰り込んで、AFMとdSCの競合効果を考慮する。ここではdSC相関長が強く増大し始める温度T*を転移温度安と見なす。 YBa2Cu3O7-xを念頭に、ARPESのデータ[8,9]、NMR、中性子散乱の結果からt,cσ,γσ(0))を決定した。Γσ,Гd,uσσ,uσd,uddを現象論的パラメーターとした。多くのアンダードープ領域の高温超伝導体の例としてYBa2Cu3O6.63に対応した場合を図1に示す。高温からAFMとdSCの相関長ξσとξdはともに増大するが、ξdがT=0に向けて発散し、dSCの基底状態をもつことである。ξdの増大傾向が強くなるとξσが減少に転じる。ξdがξσよりも速く増大し始めると、これがスピン波の減衰を抑制し、S(ω,Q)のピークが有限周波数に移る。このために1/T1T∝γσξσ2∝ξσ2/(ξσ+ξd)はT*より高温のTPGで減少に転じる。つまり、AFMスピン励起の擬ギャップが生じる。このときのスピン構造因子は図2に示されている。TPG以下で磁気共鳴ピークが発達することがわかる。また、得られた2粒子励起の性質を用いて、電子の自己エネルギーに対する1ループ近似で1粒子スペクトルを計算し、図3に示されるように、dx2-y2波の対称性をもつ1粒子励起の擬ギャップも再現した。 擬ギャップが生じないオーバードープ、最適ドープ領域に対応した結果、また、1/63T1Tと1/T2Gの両方がTcより高温にピークをもつHgBa2CuO4+δのアンダードープ領域に対応した結果もそれぞれ得られている。アンダードープ領域のLa2_xSrxCuO4については、ノード付近のフェルミオンを的確に取り入れる必要があると考えられる。 以上要約すると、高温超伝導体の相図、特にアンダードープ領域に対する物理的描像を得るために、微視的詳細によらない議論を展開した。AFM、dSC揺らぎの大きな2次元電子系の有効作用を、スピンとdSCの秩序パラメーターで記述した。斥力的モード間結合の効果、特に、AFMとdSCの競合を扱うことにより、擬ギャップや磁気共鳴ピークも含めた、AFMスピン励起、1粒子励起の性質を再現した。ここで擬ギャップは、AFMとdSCの集団励起の低エネルギーにおける強い競合の結果として得られた。このことは超伝導をもたらす引力が低エネルギーのAFMスピン揺らぎに媒介されているのではないことを意味する。微視的理論の構築のためには、AFMとdSC揺らぎの低エネルギーでの競合を扱うことのできるような、従来の弱結合側からのアプローチを超えた手法が必要となる。 参考文献 [1]J,Hubbard,Proc.Roy.Soc.A 276,238(1963).Proc.Roy.Soc.A 281,401(1964). [2]J.G.Bednortz and K.A、Muller,Z.Phys.B 64,189(1986). [3]M.Imada,A.Fujimori and Y.Tokura,Rev.Mod.Phys.70(1998),1039,Sec IV,C. [4]Z.-X.Shen and D.S.Dessau,Physics Reports 253,1(1995). [5]H.Yasuoka et al.,“Strong Correlation and Superconductivity”ed.by H.Fukuyama,S. Maekawa and A.P.Malozemoff(Springer Verlag,Berlin,1989),p.254. [6]J.Rossat-Mignod et al.,Physica C 185-189,86(1991). [7]S.Onoda and M.Imada,J.Phys.Soc.Jpn.68,2762(1999);J.Phys.Soc.Jpn.69,312(2000);J.Phys.Soc.Jpn.69 Suppl.B,32(2000);J.Phys.Chem.Solid 62,221(2000). [8]S.Massidda,J.Yu and A.J.Freeman,Phys.Lett.A 122(1987),198. [9]Q.Si,Y.Zha,K.Levin and J.P.Lu,Phys.Rev.B 47(1993),9055. 図1: ψ=1の場合のスピン相関長(実線)、T=1での値で規格化した1/T1T(破線)、dSC相関長(長破線)。擬ギャップの温度はTPG=0.06tと与えられる。 図2: スピン構造因子。より鋭いピークをもつものから温度がT/t is 0.024,0.033,0.042,0.051,0.06(=TPG),0.069,0.078,0.102。 図3:フェルミ面上の様々な運動量におけるリーディング・エッジの中点のシフトが温度の関数として与えられる。 | |
審査要旨 | 高温超伝導体におけるクーパー対の対称性がd波であることが実験的に確立されるにともない、低ドープ領域における擬ギャップの理解が最近の研究の焦点となってきている。当学位論文では、その理論的理解を目標として、高温超伝導で重要な役割をしていると期待されるスピン揺らぎとd波超伝導揺らぎの競合について考察している。 当論文は本文三章と付録二章からなっている。第一章では、高温超伝導の問題の基礎に横たわる強相関電子系の問題について簡単に触れた後、本論文で議論される実験結果が要約されている。光電子分光で観測される一粒子スペクトルに表れる擬ギャップ、核磁気共鳴に見られるスピン励起の擬ギャップ、そして中性子散乱で観測されている共鳴ピークなどである。第一章の終りでは、現在までに試みられている高温超伝導に対する各種の理論的アプローチについて著者の見解が述べられ、当学位論文で用いられる半現象論的アプローチの必要性と有効性について議論している。 第二章が本論文の中心である。まず、反強磁性のスピン揺らぎとd波超伝導揺らぎについて4次までとったGinzburg-Landau-Wilson流の有効作用を導入する。2次のGaussianの項については長波長近似を導入するが、そこで二つの仮定を設けている。第一は、相関長については(π,0),(0,π)近傍のvan Hove singularityからの寄与が支配的であるとする。第二の仮定は、揺らぎのダンピングが、揺らぎの相関長によって変更を受けるというものである。その程度をダンピング項の相関長依存性に対する指数としてパラメーター化している。この指数を1として、ダンピングが相関長によって線形に押えられる場合が擬ギャップの発現の場合に対応することになる。 次に、4次の項からの繰り込みを行なうのであるが、それは自己無撞着なスピンの揺らぎの理論で用いられている処方せんに従い実行する。その結果、相関長に関する自己無撞着な繰り込み方程式が得られ、スピン揺らぎと超伝導相関の温度依存性が決定される。 以上が理論の枠組であるが、それをYBa2Cu3O7-x、などの具体的な高温超伝導体に適応するに当たっては、Ginzburg-Landau-Wilson流の有効作用に表れるパラメータを光電子分光、核磁気共鳴、中性子散乱などの実験から決めている。このパラメータ決定のプロセスは第二章への付録としてまとめられてい,る。さらに、低ドープ領域では、ダンピング項の相関長依存性に対する指数を1としている。その結果、超伝導相関の成長とともにスピン相関が押えられ、とくに核磁気共鳴の緩和率1/T1TにTcより上の温度から擬ギャップ的振舞いが再現される。また、中性子散乱で測定される磁気構造因子に共鳴ピーク的構造が現れる。さらに、これらの揺らぎをグリーン関数の自己エネルギーにとり入れることにより、一粒子励起の擬ギャップ的振舞いも再現する。これに対して、オーバードープ領域では、ダンピング項の相関長依存性が弱いと仮定することにより顕著な擬ギャップ的振舞いがないことが記述される。第三章では主要な結論がまとめられ、今後に残された課題について触れられている。 なお、付録の二章では高温超伝導の理論に関して、著者が後期課程在学中に行なった研究の要約がなされている。 以上見てきたように、本論文では高温超伝導体の擬ギャップという重要な問題に対して、反強磁性スピン揺らぎと超伝導揺らぎの両者を同時に扱い、それらの相互作用を考えることによって、半現象論的にではあるがさまざまな物理量に現れる擬ギャップ現象への理解の糸口をつけた功績は大きい。また、本論文は指導教官である今田正俊教授との共同研究であるが、本人の寄与は主体的で十分であると認められる。 よって論文審査委員会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認めた。 | |
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