学位論文要旨



No 115866
著者(漢字) 国分,紀秀
著者(英字)
著者(カナ) コクブン,モトヒデ
標題(和) 硬X線を用いた銀河系バルジの研究
標題(洋) Hard X-ray Study of the Galactic Bulge
報告番号 115866
報告番号 甲15866
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3910号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 教授 吉澤,徴
 東京大学 教授 山崎,泰規
 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 助教授 櫻井,博儀
内容要旨 要旨を表示する

 銀河バルジは、銀河の形態を特徴づける二つの基本的な要素の一つであり、銀河円盤と同様に、銀河の性質及び形成過程を決定する重要な役割を果たしていると考えられている。しかし、電波からγ線にわたる広い波長で観測が行われ、多様な角度から研究が行われてきた銀河面に対して、銀河バルジ、特にそこに付随すると思われる高エネルギー現象については、過去のX線観測がその存在を示唆していたにも関わらず、これまでほとんど研究が行われていない。そこで本論文は、硬X線を用いた観測と系統的なデータ解析によって、我々の銀河系バルジに付随する高温プラズマや高エネルギー粒子の存在をつきとめ、またその性質を明らかにすることで、バルジにおける星間物質の加熱・加速という高エネルギー現象についての統括的な知見を得ることを目的としている。

 我々の銀河系は、薄い円盤と厚いバルジから構成される典型的な渦巻き銀河である。銀河面には、可視光で観測される恒星の他にも多様な温度の星間物質や磁場、高エネルギー粒子などがそれぞれ相をなして存在している。従来の観測によって、それらの固有な性質はほとんどが明らかにされつつあるが、未だにその性質や起源が謎であるものも存在する。その一つが銀河面に沿って、薄く広く存在する銀河面X線放射(Galactic Ridge X-ray Emission;GRXE)である。「てんま」衛星による高階電離した鉄イオンからのK殻遷移X線の検出、及び、極めて高い位置分解能を持ったX線衛星による観測においても個別の天体には分解されないことから、GRXEが、真に拡がった、温度3〜10keVという高温プラズマからの熱的放射であることはほぼ確実である。しかし、銀河系の重力ポテンシャルや典型的な星間ガス圧をはるかに超えるような高温プラズマを、どのようにして加熱・供給し、また銀河面内に閉じ込めておくかという問題に対して、未だに明確な結論は得られていない。

 一方、「ぎんが」衛星によって、類似の高温プラズマが銀河系バルジにも存在するのではないかということが指摘された。銀河面が活発な星形成領域や高温の超新星残骸を多く含むのに対して、バルジは一般に古い種族の星のみからなり、特に星形成活動は現在ほとんど行われていないと考えられている。従って、仮に真に拡がった高温プラズマがバルジにも存在するとすれば、それはきわめて驚くべき事実であり、またその性質及び生成起源を明らかにすることが、多くの物理的意義を含むことは明白である。さらに、近年の観測によって、GRXEが熱的な放射だけでなく、γ線領域までなめらかに伸びる非熱的な放射をも含むことも示唆されている。仮に同様の非熱的な放射がバルジからも検出されれば、それは加速された高エネルギー粒子(電子・イオン)の存在を意味するため、さらにダイナミックな加速メカニズムが銀河系スケールで働いていることの直接的な証左となるであろう。

 以上の科学的意義をふまえて、本論文では、「あすか」衛星とRXTE衛星による硬X線バンドでのバルジ領域の観測データに対して系統的なデータ解析を行った。「あすか」衛星に搭載されたGIS(GasImaging Spectrometer)検出器と、RXTE衛星に搭載されたPCA(Proportional Counter Array)検出器はともに、広い視野、大きな有効面積と低いバックグラウンドレベルを持ち、またそれぞれ0.7-10keV、3-20keVという広いエネルギー帯をカバーするため、バルジ放射の研究に対しては現時点で最適な観測手段である。また、GIS検出器は硬X線での撮像能力を持つため、視野内に混入する天体からの寄与を除去してバルジX線のスペクトルを調べることが出来る。そこでまず、特に明るい天体のいない領域を選んでデータを解析し、バルジ放射のスペクトルを作成した。図1に、両検出器から得られた銀河系バルジの典型的なエネルギースペクトルを示す。

 注意深くバックグラウンドを除去した結果、まず、確かにバルジからのX線放射が0.7keVから20keVというエネルギー範囲全てにおいて存在することが確認された。さらに、これらのスペクトルに対して電離平衡にある希薄な高温プラズマからの放射モデルを用いて詳細な解析を行った結果、「あすか」衛星のスペクトルからは低温と高温の成分が、RXTE衛星のスペクトルからは高温と非熱的成分が検出された。すなわち、バルジX線放射は、低温と高温の2つの熱的成分と、さらに非熱的成分の、3つの成分から構成されることがはじめて明らかになった。熱的成分の温度は低温成分が0.6keV、高温成分が3keV程度であり、また非熱的成分のスペクトルのべきは1.8程度であるという結果が得られた。

 次に、同様の解析を全てのデータに対して行って、温度と表面輝度の空間分布を調べたところ、おどろくべきことに、熱的成分は銀河系バルジの全域に渡ってほぼ定温であり、非熱的成分もそのべきがほとんど変化しないという結果が得られた。さらに、高温成分と非熱的成分の表面輝度の空間分布は非常に良く相関しており、また銀経及び銀緯方向に、良く対称性が成り立っていることが明らかになった。図2に、低温成分の温度と、高温成分と非熱的成分の表面輝度の和の空間分布を示す。

 以上の観測事実を銀河系バルジのさらに広い領域で検証するため、次にRXTE衛星によるスキャン観測のデータを用いて、バルジX線放射が示す大局的構造について調査を行った。RXTE衛星は撮像能力を持たないため、明るい天体がスキャン領域内に含まれている場合には特徴的なピークが検出される。これを利用してモデルフィッティングを行うことによって、個別の天体の寄与を除去し、バルジ放射の寄与のみを定量的に評価した。図3に、銀緯方向及び銀経方向のスキャンの結果得られた表面輝度分布の一例を示す。

 これらのスキャンデータを解析した結果、X線バルジの銀緯方向のスケールハイトはおよそ2°であり、一方、銀経方向のスケール長さは7°程度であることが明らかになった。これは、近赤外線領域で良く観測されるバルジ内の星の分布ときわめて良く一致しており、X線バルジと、恒星が形成する銀河系バルジとに何らかの相関があることを強く示唆する。

 また、本論文では、従来良く研究されてきたGRXEとの比較を行うことで、両者の間にどのような相似と相違があるかについても調査した。上記と全く同様のスペクトル解析及びスキャンデータ解析を行った結果、少なくとも3keV以上のエネルギーバンドにおいては、GRXEのスペクトルもバルジと同様な成分で良く表すことが出来、従って放射を行っている高温プラズマの性質にバルジと銀河面で大きな差がないことが明らかになった。また、特に銀緯方向の空間分布について調べたところ、実はGRXEも銀河面だけに局在するのではなく、バルジと同程度のスケールハイトを持つ成分が存在することを見い出した。しかし、銀経10°より外ではその表面輝度はバルジ放射に比べておよそ4倍以上低く、バルジとは明確に異なった成分であると考えられる。

 以上の観測結果をもとに銀河系バルジX線放射の光度を求めると、2-10keVで1×1038ergs s-1と、GRXEのおよそ半分程度に達する。さらにプラズマが銀河面より狭い領域に存在していることを考慮すると、単位体積当りのエネルギー放射率ではGRXEを数倍上回る。X線バルジの表面輝度分布はきわめてよく星の分布と相関しているが、このX線光度は銀河系バルジに存在する古い星からのX線放射だけではとうてい説明できず、真に拡がった高温プラズマが、なんらかのメカニズムによってバルジ内で加熱・加速されていることになる。一方で、高い銀緯まで伸びるGRXEとバルジ放射のスペクトル上の類似性は、同様なメカニズムが、銀河系のさらに広い範囲で粒子の加熱・加速を行っている可能性をも示唆していると考えられる。

図1: (左):「あすか」衛星と、(右):RXTE衛星の観測から得られた、銀河系バルジの典型的なエネルギースペクトル。破線はスペクトルフィットにおいて用いた個々のモデル成分の寄与を示す。

図2:「あすか」衛星の観測から得られた、(左):低温成分の温度の空間分布と、(右):硬X線バンドでの銀河系バルジの表面輝度に対して、銀河座標上の楕円を仮定して得られる空間分布。

図3:RXTE衛星のスキャン観測から得られた、銀河系バルジの(左):銀緯方向と、(右):銀経方向の3-8keVバンドでの表面輝度分布。左図中の実線は、それぞれ、個別の天体とバルジ自身からの寄与、及びそれらの総和を示している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は8章からなり、第1章の序文、第2章のこれまでの研究のレビューに続き、第3章では本研究で用いたASCA衛星及びRXTE衛星ならびに観測に用いた計測器GIS(Gas Imaging Spectrometer)及びPCA(Proportional Counter Array)の説明がされ、第4章ではそれぞれの衛星による観測の概要が述べられている。第5章、第6章ではそれぞれASCA、RXTEによる観測結果及び解析結果が詳述されており、これら2章がこの論文の中心となっている。第7章では、実験結果より物理量を導出し、関連する観測結果との比較、X線を放射している高温プラズマの加熱・加速機構についての考察を行っており、第8章で結論が述べられている。この他、付録として観測記録、ASCAで観測した画像とスペクトル、フィッティングの結果、RXTEにより観測したスペクトル及び空間分布が収録されている。

 本論文では、ASCA衛星及びRXTE衛星による硬X線観測と系統的なデータ解析により、銀河系バルジに高温プラズマの存在することを示し、その特徴づけを行い、その起源についての物理的な考察を行っている。観測に用いられたGIS及びPCAはともに広い視野、大きな有効面積、低いバックグラウンドレベルをもち、それぞれ0.7-10keV、3-20keVという広いエネルギー帯をカバーしている。またGISは撮像能力を持つため、視野内に混入する天体からの寄与を除去することができる。PCAは撮像能力を持たないが、スキャン観測のデータにモデルフィッティングを行うことにより個別の天体の寄与を除去することができる。その結果バルジ放射の寄与のみを定量的に評価することが可能となった。本論文により明らかとなったことを以下に要約する。

 銀河バルジからのX線放射が0.7keVから20keVのエネルギー範囲にわたって存在することが明確に示され、エネルギースペクトルの解析より、低温(0.6keV)及び高温(3keV)の熱的成分、さらに冪指数1.8の非熱的成分の3成分から成ることが初めて明らかとなった。これらの温度及び冪指数はバルジの全域に渡ってほぼ一定であり、また高温成分と非熱的成分の表面輝度の空間分布は相関が高く、銀経方向・銀緯方向とも対称性が高いことがわかった。また、RXTE衛星によるスキャンデータの解析より、X線バルジの銀緯方向のスケールハイトは2°、銀経方向のスケール長は7°あり、近赤外線領域で観測されたバルジ内の星の分布と良く一致していることがわかった。

 銀河系バルジからのX線放射と銀河面X線放射(GRXE)との比較の結果、3keV以上のエネルギーバンドにおいては、スペクトルは極めて類似しており、放射源である高温プラズマの性質に大きな差はないことが示された。またGRXEも銀河面だけに局在するのではなく、バルジと同程度のスケールハイトを持つ成分が存在することが明らかになった。

 銀河系X線放射の光度を求めると、2-10keVのエネルギー領域で1×1038erg s-1であり、GRXEのほぼ半分に達する。さらにプラズマが銀河面より狭い領域に存在していることを考慮すると、単位体積当りのエネルギー放射率はGRXEを数倍上回ることになる。このX線強度は、銀河系バルジに存在する古い星からのX線放射だけでは説明できず、真に拡がった高温プラズマが、何らかの機構によりバルジ内で加熱・加速されていることになる。この機構について、いくつかの可能性を吟味しているが、知られている機構のうち唯一可能性が残されているのは、局所的に高い磁場(20-30μG)によって閉じ込められ、かつ磁気再結合により加熱・加速されているというシナリオであるが、これを裏付ける証拠はまだ見つかっていない。銀河系バルジからのX線放射とGRXEのスペクトルの類似性より、バルジでの加熱・加速のメカニズムは、銀河系のさらに広い範囲で働いていることが示唆される。

 以上、本論文ではX線観測により銀河系バルジ全域にわたり高温プラズマが存在していることが明確に示され、そのプラズマの特徴付けが行われた。この実験結果は、銀河系バルジに存在するプラズマに関する重要なデータとして高く評価できる。特に既知の常識では説明できない高いX線放射率は、これを説明する理論に対して大きな制約を与えるので意義が大きい。

 なお、この結果は牧島一夫教授との共著論文として投稿準備中で、Astrophysical Journalに投稿予定である。この論文の内容は、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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