学位論文要旨



No 115867
著者(漢字) 櫻井,信之
著者(英字)
著者(カナ) サクライ,ノブユキ
標題(和) スーパーカミオカンデによる1117日の太陽ニュートリノ昼・夜スペクトルの観測から得られたニュートリノ振動パラメータの決定
標題(洋) Constraints of the neutrino oscillation parameters from 1117day observation of solar neutrin day and night spectra in Super-Kamiokande
報告番号 115867
報告番号 甲15867
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3911号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 手嶋,政廣
 東京大学 助教授 森,俊則
 東京大学 教授 小林,富雄
 東京大学 教授 木舟,正
 東京大学 教授 福島,正己
内容要旨 要旨を表示する

 スーパーカミオカンデは、岐阜県神岡町神岡鉱山の地下1000mに建設された50,000tの水チェレンコフ型検出器である。太陽ニュートリノ観測は、入射ニュートリノと検出器内の電子との弾性散乱による反跳電子を観測することによって行う。1996年5月31日に太陽ニュートリノ(8Bニュートリノ)の観測を開始して以来、2000年4月24日までに1117日分のデータを蓄積してきた。

 その結果得られた8BニュートリノのフラックスとBahcall、Pinsonnealtによる標準太陽模型で予想される値の比をとると、

0.465±0.005(stat.)-0.013+0.015(syst.).

と得られた。

 太陽ニュートリノについては、過去に行われた全ての実験において観測されるフラックスの値が理論予想値よりはるかに小さいという結果が得られている。これは「太陽ニュートリノ問題」とよばれ原因はまだ解明されていない。

 現在最も有力な解と考えられているのがニュートリノのフレーバーが飛行中に別のフレーバーに変化するというニュートリノ振動である。

 ニュートリノ振動が起こる確率は2つのパラメータで表現される。一つは、振動する二種類のニュートリノの質量差の二乗(Δm2)、もう一つはニュートリノフレーバーの固有状態とニュートリノ質量の固有状態との間の混合度を表す量(sin22θ)である。

 ここで、ニュートリノ振動の発生機構について二つの可能性が考えられている。一つは、真空中でのニュートリノフレーバーの変化である。もう一つは電子型ニュートリノ(νe)(太陽ニュートリノは電子ニュートリノ)と他の型のニュートリノ(νμor r)が感じるポテンシャルが物質中で異なるために、更に振動が促進されるというMSW効果をいれたニュートリノ振動である。

 全ての太陽ニュートリノフラックスの観測実験の結果をニュートリノ振動を仮定して説明しようとすると、上に挙げた2つのパラメータ(sin22θ,Δm2)の平面上に、ニュートリノ振動が許される領域(解と呼ばれる)が4つ現れる。この図を図1に示す。各々の線の内側が、95%信頼度でニュートリノ振動が許容される領域を示している。

 左の図は物質中でのMSW効果が入ったニュートリノを仮定した場合で、これらの許容領域(解)は各々、以下の様に呼ばれる。

 ・SMA解sin22θ=5×10-3,Δm2=3×10-6eV2.

 ・LMA解sin22θ=0.9,Δm2=3×10-5eV2.

 ・LOW解sin22θ=0.9,Δm2=1×10-7eV2.

 右の図は真空中のニュートリノ振動を仮定した場合で、この中での解は真空解と呼ばれる。

 これらの解に制限を与えることが、本論文の目的である。

 もしニュートリノ振動が太陽ニュートリノ問題の原因であるならば、太陽ニュートリノフラックスが小さくなるだけでなく、フラックスの昼夜または季節変動、或はエネルギー分布の理論予想からの歪みが観測されるはずである。

 本論文ではスーパーカミオカンデで観測された昼の時間の反跳電子のエネルギー分布と夜の時間の反跳電子のエネルギー分布を用いてニュートリノ振動の解析を行った。エネルギーの範囲は、5.0MeVから20MeVである。

 図2にスーパーカミオカンデでの1117日の観測で得られた昼と夜のエネルギー分布を理論予想で割った分布を示す。

 この分布と、ニュートリノ振動を仮定したときに予想される分布とをχ2検定の方法を用いて比較することによって、ニュートリノ振動のパラメータに対する制限を得る。

 ここでは例として三つの解析の結果を示す。まず。8Bニュートリノのフラックスの絶対値をフリーパラメータとして行った解析の結果を紹介する。結果を図3に示す。実線で囲まれた領域が95%信頼度で禁止される領域である。黒い星印は検定の結果、χ2が最小になったパラメータを表している。この解析の結果、真空解の全て、SMA解の大部分、LMA解の下半分が95%信頼度で禁止されることが分かった。

 次に、8Bニュートリノフラックスの理論予想が正しいとして行った解析を紹介する。昼・夜のエネルギースペクトルを使うだけで95%信頼度でニュートリノ振動を許容する領域があらわれる。この結果を図4に示す。2つの領域はともにニュートリノ混合角が大きいことを示し、各々LMA解とLOW解と重なっている。

図1:

図2:

図3:

図4:

審査要旨 要旨を表示する

 櫻井信之君は、岐阜県神岡町神岡鉱山の地下1000mに建設された50,000tの水チェレンコフ型検出器スーパーカミオカンデを使い、太陽ニュートリノ観測を行い、電子型ニュートリノの振動パラメーターに制限を与えた。

 スーパーカミオカンデでは入射ニュートリノと検出器内の電子との弾性散乱による反跳電子を観測することによって太陽ニュートリノ測定を行う。1117日分のデータから得られた8BニュートリノのフラックスとBahcall、Pinsonneaultによる標準太陽模型で予想される値の比として 0.465 ± 0.005(stat.) +0.015-0.013(syst.).を得ている。

 ニュートリノ振動が起こる確率は2つのパラメータで表現される。一つは、振動する二種類のニュートリノの質量差の二乗Δm2、もう一つはニュートリノフレーバーの固有状態とニュートリノ質量の固有状態との間の混合度を表す量sin2(2θ)である。ここで、ニュートリノ振動の発生機構について二つの可能性が考えられている。一つは、真空中でのニュートリノフレーバーの変化である。もう一つは電子型ニュートリノと他の型のニュートリノが感じるポテンシャルが物質中で異なるために、更に振動が促進されるというMSW効果をいれたニュートリノ振動である。

 櫻井君はスーパーカミオカンデで得られた結果から、ニュートリノ振動パラメーター空間に強い制限を加えた。ニュートリノの振動解としては、LMA(Large Mixing Angle Solution),SMA(Small Mixing Angle Solution),Low(Low Mass Solution),Viacuum(Vacuum Oscillation Solution)の4つが、今まで知られていたが、本論分では、昼夜のスペクトルからVacuum 解とSMA 解をほぼ完全に否定することができ、LMA解、Low解のみが許されることを結論した。

 本論文は、

1. Introduction

2. The Standard Solar Model and Solar neutrino observations

3. Super kamiokande

4. Event Reconstruction

5. Calibration

6. Data reduction

7. Results on day and night spectra

8. Discussions

9. Conclusions

の以上9つの章から構成されている。

 まず、一章、二章では従来の観測結果と標準太陽モデルについてまとめ、太陽ニュートリノ問題を詳細にわたり議論し、唯一ニュートリノ振動によりこの矛盾が説明されることを適切に解説している。

三章ではスーパーカミオカンデ実験装置についての解説を行っている。

四章では、スーパーカミオカンデ装置での事象の解析方法について詳細を説明している。

五章では、特にニュートリノのエネルギー較正、そして検出効率について、時間的な変化、検出器内での位置依存性などについて、線形電子加速器等により詳細に調べたことを述べている。もっとも、この部分が彼がスーパーカミオカンデ実験で担当した部分であり、かなり詳しく述べられている。

六章では太陽ニュートリノをデータの中から選び出す手順をモンテカルロシミュレーション、そして実験データを駆使しながら、順序良く説明している。

七章では選び出されたデータから太陽ニュートリノのフラックスが明らかにそれが標準太陽モデルから外れていることを示した。また昼・夜のエネルギースペクトルを驚くべき精度で導出した。また、これらの解析に付随するシステマティックエラーについて考察をおこなっている。

八章、九章ではこれらの結果について議論・解釈を行い、ニュートリノ振動パラメーター空間に強い制限を加えた。ニュートリノの振動解としては、LMA(Large Mixing Angle Solution),SMA(Small Mixing Angle Solution),Low(Low Mass Solution),Vacuum(Vacuum Oscillation Solution)の4つが、今まで知られている。本論分では、昼夜のスペクトルからVacuum 解とSMA 解をほぼ完全に否定することができ、LMA解、Low解のみが許されることを結論した。

 彼はこの研究の中で、物理学上非常に重要な結論を導き出している。スーパーカミオカンデ実験の中で、彼の最も重要な貢献は、シミュレーションのチューニング及び、電子線形加速器からの電子ビームを使ったスーパーカミオカンデのキャリブレーションであり、これはこの重要な結論をより強固なものに位置付けている。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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