学位論文要旨



No 115869
著者(漢字) 澁佐,雄一郎
著者(英字)
著者(カナ) シブサ,ユウイチロウ
標題(和) 11次元超重力背景場の中でのM(embrane)理論
標題(洋) M(embrane)-theory on 11-dimensional supergravity backgrounds
報告番号 115869
報告番号 甲15869
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3913号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 助教授 相原,博昭
 東京大学 助教授 加藤,晃史
 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 藤川,和男
内容要旨 要旨を表示する

弦理論が最近、非常に興味を持って研究されているのは、唯一知られた重力を含んだ、有限の理論だからです。今のところ他に11次元超重力理論が場の理論として数ループのオーダーまで繰り込み可能性が議論されてもいますが、弦理論の中のM理論が有効理論として11次元超重力理論を含んでいますので、その優位性は確かなものだと言えます。

 そしてここ数年、DブレーンというBPS状態の発見により非摂動的な取り扱いが可能になってきました。すなわち重力の非摂動的性質を知る手がかりができたのです。M理論には、このDブレーンに対応するBPS状態としてsupermembraneがあります。

 しかし、実際のブレーンの研究はまず平坦な時空の上で行われてきました。平坦でない時空の上のブレーンは、まずBosonicな1枚のブレーンのslow varyingの有効作用としてDirac-Born-Infeldの作用が知られています。この一般化としては、複数枚のブレーンのNonabelian化というものと超対称化というものが考えられます。前者の方は、D0ブレーンに関してはmembrane理論がその第2量子化を与えるという予想があります。一方後者の方は、超対称化は実は抽象的な意味ではすでに作用が与えられています。ここでの抽象的と言う意味は、それが超空間の超空間場形式で与えられているということです。すなわち具体的な超重力理論の物理的な場との相互作用はまだ完全には知られていません。また先に述べた11次元超重力理論を含むと思われるM理論の基本的な物体であるsupermembraneの理論も一般11次元背景場中での作用は抽象的に超空間の超空間場形式で与えられているのです。よって私はこの11次元超重力背景場の中のmembrane理論を研究しました。

 この論文において私は、特に2種類の背景場を考えます。1つ目は超空間場形式で記述されるもっとも一般的な質量殻上の11次元超重力背景場で、2つ目は11次元超重力理論の中に存在する3階反対称場の定数背景場です。前者は上で述べたように超対称化の問題に関係があり、後者は最近活発に議論されている非可換幾何と関係があります。

 まず最初に一般の11次元超重力背景場ですが、前述の通り重力の非摂動的性質を知るための一般背景場中のブレーンの物理を知る上で、特に11次元の超空間の構造を調べることがとても重要となってきます。今までは、超空間場として平坦時空の解は知られていましたが、一般には反交換座標の低次の成分のみ知られていました。その他にわかっている解としては、ある特別な対称性のある時空を剰余空間と同一視し、Maurer-Cartan方程式で解ける場合などです。これの例としては、AdS空間などです。

 そこで私は、超空間場形式における一般の背景場の知られていない非自明な成分のいくつかを‘Gauge Completion’という方法を使って計算しました。そもそも11次元の超空間は反交換座標の32次まで存在し、非常に大きな自由度を含んでいます。それらを物理的な場である、多脚場、gravitino場、3階反対称場の汎関数として記述しなくてはなりません。‘Gauge Completion’とは、通常の11次元超重力理論に存在する一般座標変換、局所Lorentz変換、3階反対称場をゲージ場とするU(1)変換が形成する代数を、超空間に存在する一般座標変換、局所Lorentz変換、3階反対称場をゲージ場とするU(1)変換が形成する代数の中に埋め込み、その部分代数と同一視する方法です。具体的には、まず超空間の超空間場と変換の超パラメーターの0次の成分をそれぞれ通常の超重力理論の場とその変換パラメーターに同定する。そしてその上に超空間の変換を作用させて、それが通常の超重力理論における変換と同じになるように超空間場の1次の成分を決定していく。さらに、各々の変換の代数が求まった成分の上で同じになるように超空間の変換の超パラメーターの1次の成分を決定していく。次に1次の成分に同様の操作をして超空間場と超パラメーターの2次の成分を決定する。このようなことを繰り返し、高次の成分を決定して行くのが‘Gauge Completion’であります。

 原理的には、これによって全ての超空間場の成分は反交換座標の32次まで全て求まると信じられていますが、実際には求まっていません。11次元超重力理論では、E.Cremmerらによって超空間場の1次の成分まで求められていて、B.de Witらによって超空間場の2次の成分の一部が求められていました。しかしそれ以上は求まっておらず、例えば4次元超重力においても全く同じような状況で止まっていました。私はこの論文において今まで自明と信じられていた自由度が非自明な作用を起こすことを示し、それによって今まで求まっていなかった2次の成分を超接続の1つの成分を除き全て求めました。そもそも今までも、求まっていた1次の成分において解はある種の任意性があることが知られていました。しかしこの自由度とは超空間における1次の一般座標変換によって表現できる自由度であり、それはsupermembrane理論の作用がもつ対称性なので自明な解にゲージ固定して一般性を失わないと信じられていました。しかしこの論文で、真に通常の11次元超重力理論の変換と同定するには、この自由度に条件が課されることを見つけ、超重力理論と同定できる一般解を求めました。この手法はさらに高次の成分を求める際にも必要であり、有効であると思われます。

 一方、3階反対称場の定数背景場についても研究しました。3階反対称場はM理論仮説では‘dimensional reduction’の方法によって弦理論のNS-NS2階反対称場と関係がつきます。最近、NS-NS 2階反対称場の定数背景場中の弦理論が盛んに研究されています。すなわち非可換時空のことであります。その自然な拡張として非可換M理論すなわち11次元の3階反対称場の定数背景場の研究が為されるようになりました。そこでは非可換時空では『点』が非可換的構造を持ったようにM5ブレーン中のmembraneの端である『弦』が非可換的な構造を持ちます。私はこのような状況を拡張して非可換的な構造を持つpブレーンを導入しました。これは(p+2)ブレーン中のpブレーンの多体系でトポロジカルな作用で記述されていますが、pブレーンから作る流体力学における渦度のような量が(P+2)ブレーンのvolume preserving diffeomorphismをうまく表現するという面白い性質を持っています。私は具体的にトポロジカルな作用から導かれる、拘束系の正準量子化を行い、ディラック括弧を計算し、予想される非可換の交換関係をpブレーンが満たすことをstaticゲージで示し、その渦度が(p+2)ブレーンのvolume preserving diffeomorphismの代数の表現を満たすことを示しました。もともと一般のsuper p-braneはライトコーンゲージにおいてvolume preserving diffeomorphismを対称性とするゲージ理論で記述できることは知られていたので、この結果は低い次元のブレーンの多体系で高い次元のブレーンを作るというブレーンの第2量子化という面でもさらなる研究が期待でき、また超対称化や、そもそもの非可換性の一般的な性質など様々な発展が期待できます。

審査要旨 要旨を表示する

 いわゆる超弦理論は、重力を含めた相互作用の統一理論へ向けてほとんど唯一の手掛かりとみなされ、様々な観点から研究されてきた。特にここ5年ほどのあいだに、超弦理論の捉え方自体に関してそれまでとは質的に異なった新しい段階に達しつつあると思わせるような数々の新知見が得られている。なかでももっとも目覚ましい発見として、摂動論的に可能な10次元時空における5種類の理論が、次元が一つ上がった11次元時空におけるある理論の存在を想定することにより実は一つの理論の異なった実現として理解できることが判明したことである。ここで想定された11次元理論のことを通称M理論と呼んでいる。現在の最先端における研究課題の一つは、このM理論の具体化にあり、活発に研究がなされている。

 M理論において、弦の役割を果たす物理的自由度は摂動的弦理論における太さがゼロの1次元のひも=弦の代わりに、一つ次元が上がった厚さのない2次元の面、メンブレーンであると考えられている。従って、M理論を構築する上で鍵になる手掛かりの一つは、メンブレーンの量子論の定式化にある。メンブレーンの量子論の定式化自体に関してはすでに10年以上前から試みられているが、極めて困難な問題であることが分かっている。一方、M理論が満たすべき性質として、その低エネルギー(=長距離)極限での有効理論が11次元超重力理論に帰着すべきことが挙げられる。メンブレーンの古典論の研究からは、11次元時空での明白な超対称性を実現するためには、弦の場合と同じように、メンブレーンが時空での軌跡のなす3次元超曲面上の場の理論として、κ対称性と呼ばれるある局所対称性が必要であることが知られている。さらに、メンブレーンを11次元の曲がった時空におくと、背景場は、ちようど超重力理論から導かれる場の方程式を満たすときにこのκ対称性が存在できることが知られている。すなわち、メンブレーンの力学を構成するには、すでに古典論を構築する段階で、超重力理論との整合性が重要な役割を果たすことが判明している。このことから、11次元時空での超対称性を明白にした形式で、11次元超重力理論の背景場のもとでのメンブレーンの古典作用を具体的に書き下すことは、メンブレーンのM理論としての定式化のために解決されなければならない重要な課題の一つである。本博士論文では、こうした立場から超重力背景場中のメンブレーンの古典論に関して、以下の2点に絞って研究を行った。

 1. 超重力背景場のもとでのメンブレーン作用を書き下すために必要な超場(super fields)を超重力場の成分を用いて表すこと。

 2. 背景場のうち、定数の3階反対称なテンソル場だけを取り入れたときの、作用の構築とその対称性を定式化すること。

最初の点に関しては、これまでに知られている超座標に関する展開による表式を拡張することにより、超座標の2次までの近似でこれまで求められていなかった項についても陽な表式を得ることにより精密な結果を導いた。これが本論文の主要な新知見である。また、第2の点に関しては、メンブレーンを一般の次元のpブレーンに拡張したうえで、定数のp+1形式に対応する反対称テンソル場を背景場としてもつ場合の正準形式を調べ、p=1のときに知られている弦理論と非可換場の理論との関係を一般の次元に拡張しその応用を目指した興味深い議論が与えられている。

 次に各章の概要を述べる。序論である第1章では非自明な背景場のもとでのメンブレーン理論の研究に関してこれまで得られている主な成果と問題点を簡潔に整理し、本論文への動機づけがまとめられている。第2章は、第3章以降への準備として、11次元超重力理論の成分表示と超座標表示がレビューされ、さらに超座標表示を用いて一般の超対称背景場中のメンブレーンの作用原理の要点を説明している。第3章において、本論文の主要結果の導出に進む。まず、メンブレーンの作用に現れる一般的な超場を超重力理論の成分により具体的に表すために用いられるゲージ完成化(gauge completion)の手続きの詳細を論じている。ゲージ完成化とは、超座標の最低次を初期条件として与えて、高次の項を超対称変換と整合的になるように決定する方法である。これは概念的にはごく自然な方法ではあるが、実際の実行には、超重力理論のいくつかの異なった対称性の混合およびその非線形性のため、極めてこみいった手続きになり、これまでは超座標に関して2次までの一部の項が求められているにすぎない。本論文提出者はまず既知の結果を要約した後、その拡張のためにはこの手続きにおいてこれまで用いられてきた仮定をはずしたより一般的な解法が必要なことを示す。続いて、超座標の2次までの一般解が導出される。第4章では、時空自体は平坦であるが、メンブレーンに特有な高階反対称テンソル場の存在のもとでの作用原理に話題を転じる。ここでは、その幾何学的構造を明確にするため、一般のp-ブレーンの議論が展開されている。その場合の対称性として重要なp次元における体積を不変に保つ局所座標変換(Volume preserving diffeomorphism)の母関数の代数を表すp次元ポアッソン括弧構造がp-2形式の渦度テンソルにより表せることが論じられる。一方、反対称テンソル場が定数であるときには、p-1ブレーンの境界をなすp-2ブレーンのディラック括弧には非可換構造が現れる。これらの準備の後、p-2ブレーンがpブレーンに埋め込まれているとして、後者の体積保存局所座標変換に対応するp-2渦度形式を、非可換構造をもったp-2ブレーンのディラック括弧から導くという立場をとり、pブレーンの力学に現れる代数構造を定式化することを試みている。

 前半部分は、メンブレーンの超重力外場中での性質を調べるために重要な背景場中のメンブレーンの作用の具体形を定めるため、既知の結果を拡張して超座標の2次までの一般形を定めるという複雑な計算を実行して新しい結果を得た。また、後半部分では、pが2の場合にMatrix theoryとして知られているアプローチを高次元の場合に拡張する可能性を示唆する意義のある議論が展開されている。

 なお本論文の第4章は松尾秦氏との共同研究に基づいているが、論文提出者が主体的に考察と計算を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

 よって、審査委員会は全員一致で本論文が博士(理学)の学位を授与するのにふさわしいものであると判定した。

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