学位論文要旨



No 115870
著者(漢字) 清水,則孝
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ノリタカ
標題(和) モンテカルロ殻模型における四重極集団運動状態
標題(洋) Quadrupole Collective States in the Monte Carlo Shell Model
報告番号 115870
報告番号 甲15870
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3914号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,浩一
 東京大学 教授 下浦,享
 東京大学 教授 初田,哲男
 東京大学 教授 松井,哲男
 東京大学 助教授 櫻井,博儀
内容要旨 要旨を表示する

 中重核領域における原子核構造の研究は、1950年のJ.Rainwaterによる四重極モーメントの発見ををはじめとして、飛躍的な発展をとげてきた。

 質量数が100を超えるような原子核では、核子間の対相互作用の影響がより重要となり、独立粒子模型のような単純な描像はなりたたなくなる。そこで、1952年にA.BohrとB.R.Mottelsonによって集団運動模型が提唱された。これにより、表面運動や回転運動などの集団運動をある程度統一的に理解することが可能となった。

 しかし、このような巨視的な観点からの理解では、球形振動状態と変形回転状態との間の中間状態や非軸対称変形などの微視的な性質を取り扱うことが困難であり、より詳細な立場からの研究が求められている。しかし、これらの物理系の力学的自由度の大きさから、微視的な研究はほとんどなされていなかった。

 本学位論文では、偶々核における四重極集団励起状態に着目し、原子核殻模型の手法を用いて集団運動状態を微視的に取り扱うことを目指す。しかしながら、原子核殻模型では上記のような困難は対角化すべきハミルトニアン行列のヒルベルト空間の大きさとなって現れる。この対角化の困難さを克服するために、本間らによって1995年にモンテカルロ殻模型が提唱され、sd-,pf-shell領域の比較的軽い幅広い原子核に適用され成功を収めてきた。中重核領域では集団運動状態において対相関が重要となるため、新たにモンテカルロ殻模型に対相関基底を導入し、さらに発展させた手法について論じる。この手法は、求めたい状態の波動関数を少数のモンテカルロ的に選ばれた対相関基底の線形結合で表現するものであり、これにより様々な物理量を比較的容易に得ることができるものである。

 具体的には、バリウムのアイソトープを例に取り、中性子数の増加による球形振動から変形回転へゆるやかな変化、いわゆる「形の相転移」とよばれる現象をとりあげる。これまで相互作用するボゾン模型によって研究されてきたが、フェルミオン系によって中間状態を記述することは困難であった。ここではモンテカルロ殻模型により、単一の枠組みによる中間状態も含めた統一的な記述を与えることに成功した。励起エネルギーや遷移確率の側面から詳細を論ずる。また、キセノンのアイソトープには非軸対称変形をするものが知られており、それも同様に原子核殻模型の観点から論じていく。

 以下に結果の一例を示す。左図はバリウムのアイソトープにおける励起エネルギーである。実線がモンテカルロ殻模型計算(MCSM)の結果をあらわし、記号が実験値を比較している。中性子数増加による振動準位から回転準位への“形の相転移”が読み取れる。また、右図において132Xeの励起エネルギーがMCSMの結果と実験値を比較している。非軸対称状態に特徴的な励起準位構造をよく再現していると言える。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなる.第1章において本研究の動機を述べ,第2章で歴史的背景を述べた後,第3章でモンテカルロ殻模型(MCSM)の解説を行っている.第4章と第5章が本論文の主要部分で,「形の相転移」と3軸非対称変形の計算結果が述べられている.第6章には本研究全体のまとめと結論が述べられている.

 中重核領域では,核子間の対相互作用の影響が重要で,独立粒子模型のような描像は成り立たない.また,集団運動模型のような巨視的模型では,球形振動状態と変形回転状態との間の中間領域や非軸対称変形などを微視的に取り扱うことが困難であり,より微視的立場からの研究が必要であるが,これらの物理系の力学的自由度が余りにも大きいことから,微視的な研究には手が着けられていない状態であった.

 本論文は,殻模型の手法を用いて集団運動状態を微視的に取り扱うことを目的としている.殻模型ではハミルトニアン行列を厳密に対角化するため,中重核ではハミルトニアン行列の大きさが計算の障害になる.この対角化の困難を克服するために,1995年に本間らがMCSMを提唱し,sd,pf殻領域の幅広い原子核に適用して成功を収めてきた.

 本論文では,中重核領域での集団運動状態における対相関を効率的に取り入れるため,新たにMCSMに対相関基底を導入し,MCSMを発展させた.この手法は,ハミルトニアン行列の固有状態波動関数を少数のモンテカルロ的に選ばれた対相関基底の線形結合で表現するものであり,これにより様々な物理量を比較的容易に計算することを可能にした.

 まず,バリウムのアイソトープを取り上げ,中性子数の増加による球形振動から変形回転へゆるやかな変化,いわゆる「形の相転移」とよばれる現象を調べた.これまで相互作用するボゾン模型によって研究されてきたが,フェルミオン系によって中間領域を記述することは困難であった.本論文ではMCSMという単一の枠組みによって中間領域を含める統一的な記述を与えることができた.バリウムのアイソトープにおける励起エネルギーや遷移確率について,MCSM計算の結果を実験値と比較し,中性子数増加による振動準位から回転準位への「形の相転移」を示すことができた.また,変形とB(M1)との間に線形関係が成り立つことを確かめた.平均場近似との比較を行い,遷移領域において平均場近似を超えるアプローチが必須であることを示した.

 また,キセノンのアイソトープ132Xeの非軸対称変形をMCSMを用いて調べた.ポテンシャルエネルギー面はγ変形に対してなだらかで,γ変形を固定した模型は非軸対称変形の記述には十分ではないことを示した.MCSM,軸対称を仮定したMCSM,軸対称を仮定した平均場近似を用いた132Xeの励起エネルギー計算値を比較し,γ変形自由度が不可欠で,MCSMの結果は非軸対称状態に特徴的な励起準位構造をよく再現した.

 本論文は対症療法的に対応する現象論的方法ではなく,固定した微視的模型に基づいて中重核の構造を統一的に明らかにしたと評価される.

 なお,本論文は大塚孝治・水崎高浩・本間道雄との共同研究であるが,論文提出者が主体となって数値計算を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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