学位論文要旨



No 115871
著者(漢字) 高橋,一輝
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,カズキ
標題(和) X線観測によるセイファート銀河NGC4151の中心核周辺物質の研究
標題(洋) X-ray study of circum-nuclear matter in the Seyfert galaxy,NGC4151
報告番号 115871
報告番号 甲15871
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3915号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,文昭
 東京大学 教授 黒田,和明
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 助教授 半場,藤弘
 東京大学 助教授 浜垣,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

 活動銀河核は、太陽の1億倍ものエネルギー放出率で明るく輝く天体で、太陽質量の1億倍にも達する大質量ブラックホールへの物質降着がエネルギー放出の起源と考えられている。活動銀河核は電波からγ線に至る広い波長域で大量の光子を放出しており、時には相対論的なジェットを放射する。活動銀河核からの放射の起源を解明することは、近年の天体物理学の重要な研究目標の一つである。

 X線の領域で活動銀河核を理解するために鍵となる役割を果たすのは鉄輝線である。ASCAによる活動銀河核MCG-6-30-15の観測で初めて5-7keVの領域に非常に幅広で歪曲した鉄輝線が検出されて以来、ASCAは幾つかのセイファート銀河からその様な鉄輝線を検出してきた。その鉄輝線は6.4keV付近に明るいコアを持ち、さらに4.5keV程度まで裾を引いた様な形状をしている。幅広で歪曲した鉄輝線はブラックホール近傍の降着円盤の極内側から放射された蛍光鉄輝線であると解釈されている。その様な鉄輝線は、いわゆる「disk line モデル」とよばれるモデルで再現できる。このモデルでは、幅広で歪曲した鉄輝線は、輝線を放射している物体が相対論的な速度で運動していることによって生じるドップラー効果とブラックホールの重力場による赤方偏移とによって説明される。非常に幅広で歪曲した鉄輝線を検出したことは、ブラックホールが存在することを観測的に証明するものと考えられている。これはASCAによってもたらされた最も重要な結果の一つである。

 もしエネルギースペクトルに現れる非常に幅広で歪曲した輝線構造が実際にdisk lineならば、その様な構造を解析することはブラックホールの性質や降着物質の物理的な条件を研究するための有力な手段となりうる。例えば、鉄輝線の形状を解析することでブラックホールの時空構造を知る手懸が得られるであろう。実際、観測された鉄輝線を説明するためにはKerr metricを導入することが必要であると主張する論文もある。また、広がった鉄輝線の形状を解析することで、降着円盤の我々の視線方向に対する傾斜角度を推測することもできる。傾斜角度というのは、活動銀河核を統一的に理解しようとする考え方(unified scheme)においては鍵となる物理量の一つで、その重要性はきわめて大きい。

 確かに、disk lineを解析することは活動銀河核を研究するための有力な手段であるが、disk lineモデルから求められる傾斜角度が他の観測から得られた結果と一致しない場合が時として見受けられる。近年のASCAによる観測から、幅広で歪曲した輝線構造が、傾斜角度が40°程度以上と、いわゆるedge-on型と言われる2型セイファート銀河からも検出されている。disk lineモデルから得られる傾斜角度は30°程度である。これは2型セイファート銀河では、降着円盤の傾斜角度が大きいとするunifled schemeの仮説と一致しない。この問題は、幅広で歪曲した輝線構造を6.4keVに中心を持つ細い輝線と、ある程度の傾斜角度を持つdisk lineを重ね合わせることで部分的には解決されている。しかし、幅広で歪曲した輝線構造が実際に複数の輝線の重ね合わせであることを示す観測的な証拠はむしろ少ない。

 NGC4151は我々の近傍にある非常に明るいほぼ2型のセイファート銀河で、ASCAの初期の観測から非常に幅広で歪曲した輝線構造が4.5-7.5keVにあることが知られている。したがって、NGC4151は、輝線構造を研究するためには、もっとも良い天体の一つである。disk lineモデルによる解析では、得られた傾斜角度は20°以下とface-onを支持する結果である。他方、可視光による観測で得られた傾斜角度は65°程度とむしろedge-onを支持するものである。両者の不一致は、2つのdisk lineと6.4keVに中心を持つ細い輝線の重ね合わせを仮定することで部分的には解決される。その結果得られる傾斜角度の一つは58+32-12°であり、これは可視光による観測結果と一致する。しかしながら、異なる傾斜角度をもつdisk lineが同時に放射される理由は明確でない。

 これまでのところ、NGC4151の鉄輝線の解析はdisk lineモデルに依った解析が行なわれてきた。しかし、鉄輝線付近のスペクトル構造を作る他の可能性として、例えば中心のブラックホールを取り巻くように存在すると考えられているダストトーラスによる部分的な吸収の効果であるとか反射による効果なども考えられる。これらの可能性については、ASCAの観測結果の解析では十分に検討されてきたとは言い難い。

 NGC4151の鉄輝線の特性をdisk lineモデルに依存した方法ではない方法で解析し、その起源を探ることがこの研究の目的である。この目的の為に、2000年5月に約2週間程度行なわれたASCAの観測のデータと1999年の1月から6月に掛けて行なわれたRXTEの長期観測のデータを解析した。特に注目したのは異なる時間尺度でのエネルギースペクトルの変化である。これらのデータは現在のところNGC4151の観測で得られたデータのなかで最良のものと思われ、鉄輝線を解析するのに必要なものであると考えられる。

 解析の結果、連続成分に対して有意に超過しているX線成分が4.5-7.5keVの範囲にあることを確認した(図1)。但し連続成分としては、一様でない吸収の影響を受けた巾関数を仮定した。4.5-7.5keVの範囲の超過成分は、6.4keV付近に明るいコアを持ち、さらに4.5-6.0 keVと6.8-7.5keVに裾をを引いた様な形状をしていた。

 ASCAのデータを解析した結果、連続成分の強度は105-106sec以下の時間尺度で変化するものの、その時間尺度では輝線の強度に有意な変化は見られなかった。一方.RXTEのデータより、輝線の強度は106-107secの時間尺度で有意に変化していることが判った。しかしどちらの時間尺度でも、超過成分の形状に有意な変化は見られなかった。これは4.5-7.5keVの超過成分を説明するために、複数の輝線モデルを導入することは必ずしも必要でないことを支持するものと考えられる。輝線の光度曲線は連続成分の光度曲線を3×106secの時間尺度でsmearingさせたものと考えて良いことが判った。このことから、輝線を放射している領域の大きさは1017cm程度と考えられる。これは、今回の解析で明かになったことである。一方、視線方向にある吸収体の柱密度は105-106secの時間尺度で有意に変化していたことから、吸収体の大きさはせいぜい1017cm程度と考えられる。

 仮に超過成分をブラックホール近傍の重力場による赤方偏移の影響を受けた鉄輝線であると解釈する立場に立てば、超過成分を1つのdisk lineモデルで再現することも可能であることが我々の解析でも確認された。しかし、過去の観測結果や現在広く受け入れられている活動銀河核についての考え方に沿って解析結果を説明しようとすると、次のような困難が生じることが判った。

 1. 1017cm程度と考えられる輝線を放射している領域の大きさが、重力半径の数倍から十数倍に相当するならば、中心核の質量は太陽質量の1011倍程度となる。これは、銀河全体の質量に相当し、しかもNGC4151の中心核の質量は太陽質量の107倍程度とされている過去の観測結果と一致しない。

 2. 吸収体の大きさは輝線を放射している領域の大きさと同程度であることから、吸収体も重力半径の数倍から十数倍程度の大きさということになる。これは、吸収に寄与する領域は中心核から離れたダストトーラス付近であろうと考えるunified schemeと一致しない。

 3. 得られる傾斜角度は20°程度となり、他の観測から求められた傾斜角度〜60°とは一致しない。

 一方、超過成分を再現するモデルの一つに反射モデルが挙げられる。この考え方ではX線によって照らされた冷たい物質が、X線を反射し鉄輝線を放射すると考えるのである。得られたエネルギースペクトルは連続成分と反射モデルの重ね合わせで再現できた。過去の観測結果に沿って解析結果を説明してもdisk lineモデルの場合に生じた1-3の様な困難は生じないことも判った。さらに、輝線の等価幅も1keV程度と反射の仮定で生じる鉄輝線の等価幅にほぼ等しかった。

 以上より、少なくともNGC4151における幅広で歪曲した超過成分を説明するモデルとしてはdisk lineモデルを排除することはできないにしても、反射モデルがもっともらしいという結論になった。

図1: 連続成分に対して超過しているX線成分。太線はGISのデータを、細線はSISのデータをそれぞれ表す。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は明るい活動的銀河NGC4151のX線観測データを用い、特に蛍光鉄輝線の詳細な解析を行い、巨大ブラックホールと考えられているその活動銀河中心核とこれを取り囲む周辺物質の物理的特性を明らかにしようとするものである。論文は6章からなり、第1章序論、第2章これまでの研究経過のレビューに続いて第3章では解析の用いたデータを観測した「あすか」衛星、RXTE衛星及びこれらに搭載検出器の諸元について述べられている。第4章は本論文の中心なすもので、観測データの処理、その時系列解析、エネルギースペクトル解析について詳細に述べられ、一連の解析で得られた結果がまとめられている。続いて第5章では得られた結果の考察・物理的解釈が議論され、最後に第6章で新たに得られた結果とその物理的意義がまとめられている。

 一般的に活動的中心核を持つセイファート銀河からのX線放射は冪型(Power Law type)のエネルギースペクトルを持つ事が知られている。活動的中心核周辺に降着円盤等相当量の物質が存在する時には、放射されたX線の一部がこの物質に吸収され、重元素からの特性X線輝線を再放出する。特に、宇宙に於ける鉄元素の組成比は大きく、鉄の蛍光輝線(6.4keV Kα線)がしばしば観測される。日本のX線天文衛星「あすか」による初期の観測で、I型セイファート銀河であるMCG-6-30-15から広がって長波長側に歪んだ鉄輝線を観測した。これは降着円盤の極内縁部から放射された鉄輝線が、降着円盤の相対論的回転によるドップラー効果で広げられ、それが中心ブラックホールの重力場により重力赤方偏移を受けて歪んだものと解釈され、活動銀河核に巨大ブラックホールが存在する事を検証する重要な成果と考えられた(Tanaka et a.1995;Nature375,659)。その後、他のセイファート銀河でも同様の鉄輝線構造が「あすか」の観測で見られる事が、多くの研究者によって報告された。

 本論文は明るく、吸収の大きな近傍のセイファート銀河、NGC4151の観測データを用い、これからどのような鉄輝線構造が見られるか、そしてその起源はMCG-6-30-15同様に降着円盤内縁起源説で説明できるかを研究する事を目指した。そのための本論文提出者は指導教官共々NGC4151の「あすか」による長時間観測を提案し、異例に長時間である2週間連続観測を行い、そのデータを解析した。さらにより長時間に渡る変動を調べるためには、米国のRXTE衛星によって半年間に渡って間欠的の観測が続けられたNGC4151キャンペーン観測のデータも合わせて解析した。

 この「あすか」による長時間観測データを用いて本論文提出者は6.4keV周辺の鉄輝線構造をかってない良い統計精度で求める事に成功した。そしてその構造は6.4keVの強く鋭い鉄のKα輝線成分と4.5-7.5keVに渡り広がって歪んだ輝線成分の混合として解釈できる事を明らかにした。モデルフィットを用いた考究の結果この構造は上で述べた(1)相対論的ドップラー効果と重力赤方偏移を受けた降着円盤内縁からの輝線放射のモデルでも解釈できる。しかし本論文提出者はさらにこの鉄輝線構造は、(2)活動銀河中心核から遠く離れてその中心核を取り囲むダストを多く含むトーラス状の高密度ガスで吸収・反射されるX線連続成分と、同時にここで再放出される6.4keV蛍光鉄輝線の和とするモデルでも解釈できる事を明らかにした。

 今回の研究で得られた特に重要な知見は、「あすか」による2週間の連続的な観測の間にX線連続成分の強度は1日程度の時間尺度で大幅に(3倍程度)変動しているにも関わらず、鉄輝線構造はその強度も形状も2週間に渡って一定である事を明らかにした点である。論文提出者はさらにRXTE衛星による半年間に跨がる観測データを解析して、鉄輝線の強度はこの間には変動しており、その鉄輝線の強度変動の時間尺度は約1ヵ月である事、しかし形状は半年の観測期間中一定であった事を明らかにした。

 この結果は広がって歪んだ鉄輝線の起源を考える上で非常に強い制約を与える事になる。上記(1)のモデルでこの鉄輝線の長期安定性を説明するには、そのセイファート銀河の中心にあるブラックホールの質量は太陽質量の千億倍程度が必要となる。これは従来知られている活動的銀河核の質量に比べ千倍以上も大きく、このモデルはこのセイファート銀河NGC4151の鉄輝線構造の時間変動特性を説明する事が困難である。一方、上記(2)のモデルでは蛍光鉄輝線は元来X線連続成分の吸収・反射に伴って発生するものであり、また、その反射体が銀河中心核から数百万光年離れたダストトーラスであるとすれば鉄輝線強度の平滑化の時間尺度も説明できる。以上の考察から論文提出者は、少なくともこのセイファート銀河NGC4151の鉄輝線構造とその時間変動特性は上記モデル(2)の銀河中心核から遠く離れた物質による反射と蛍光輝線放射に基づくものと考えられるとの結論に達した。これは今後のこの分野の研究に大きな影響を与える重要な成果である。

 なお、本論文は指導教官である井上一・堂谷忠靖との共同研究であるが、観測から解析および考察の全般に渡って論文提出者が主体となって行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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