学位論文要旨



No 115880
著者(漢字) 中澤,知洋
著者(英字)
著者(カナ) ナカザワ,カズヒロ
標題(和) 「あすか」により検出された銀河群からの硬X線放射
標題(洋) Hard X-ray Emission from Groups of Galaxies Detected with ASCA
報告番号 115880
報告番号 甲15880
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3924号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 江尻,晶
 東京大学 助教授 徳宿,克夫
 東京大学 助教授 久保野,茂
 東京大学 助教授 須藤,靖
 国立天文台 教授 富阪,幸治
内容要旨 要旨を表示する

 銀河団は、大きなものになると数千の銀河からなる字宙で最大の自己重力系であり、暗黒物質を含めたその重力エネルギーは1064ergにも達する。銀河団には、その重力ポテンシャルによって温度5〜10keVのプラズマ(ICM)が大量に閉じ込められており、その中を1000km s-1という速度で銀河がランダムに運動している。

 最近になってSAXやRXTEといった衛星の活躍により、Coma銀河団などから、非熱的なハードX線の超過成分が初めて報告された。この発見は銀河間の大きく広がった空間において、粒子加速が行なわれていることを意味しており、2つの点で極めて興味深い。一つには、加速のメカニズムそのものである。銀河団は、1024cmというスケールを持つプラズマの塊であり、密度が希薄なので高エネルギー粒子のエネルギー散逸も小さいため、原理的に他の天体プラズマよりも高エネルギーまでの加速が可能である。このことから、いわゆる「最高エネルギー宇宙線(1020eV)」の起源として注目される。もう一つには、X線の観測から非熱的粒子のエネルギー密度や、銀河間磁場の値が求まるために、これらを考慮せずに求められている銀河団の質量、とくに1暗黒物質が増える可能性である。この値は宇宙の進化と深く関係していることから、宇宙論に対して大きな影響を与える可能性がある。

 ところが、銀河団からのX線放射はICMからの熱的放射が強く、ハードX線は〜30keV以上にしか現れてこない。10keVを越える硬X線の領域ではX線の集光技術が実用化されていないために、検出器の感度が極めて限られており、非熱的な放射が報告された銀河団は今のところ3つしかない。

 そこで我々は銀河群に注目した。銀河群は小型の銀河団といえる天体であり、重力エネルギーも1062ergと大きい。一方で、銀河群の銀河間プラズマ(IGM)の温度は1keV程度と低く、その熱的放射は〜4keV以上のバンドにはほとんど寄与しない。したがって、もし銀河群に非熱的な放射が存在すれば、10keVまでに高い感度をもつ「あすか」衛星などを用いてこれを検出できる。特に「あすか」搭載のGIS検出器は非常に低い、安定したバックグラウンド特性を持ち、ハードX線の検出にもっとも適した装置といえる。

2 銀河群からの硬X線の検出

 われわれは「あすか」の観測データの中から、充分な統計を持つ近傍の銀河群18個を選びだし、硬X線の存在を系統的に調べた。図1aに「あすか」で得られたHCG62銀河群(z=0.0146)のX線スペクトルを示す。この銀河群は半径15’以上までに広がったX線放射を持ち、そのスペクトルは温度1keV程度の熱的なプラズマ放射の特徴を示すが、同時に4keVより上に明らかな超過成分が見られた。この成分の広がりを調べると、IGMと同じ程度かそれ以上に広がっている(図1b)。我々は混入X線源や検出器に由来する系統誤差、とくにバックグラウンドの見積もりなどを詳細に検討したが、いずれの成分でも説明できないことが判明した。これら結果は、真に広がったハードX線の放射の存在を強く示すものである。ハード成分のスペクトルは、光子指数Γ〜2のパワーロー、または温度6keV以上の高温プラズマの放射モデルで良く合い、その2-10keVでの明るさは〜4.2×1041erg s-1で、IGMからの放射(0.5-10keV)の20%に相当する。

 この他の17個の銀河群についても、同様の解析をしたところ、全体の半分に当たる〜9個の銀河群から、ハードX線の兆候を発見した。その明るさは、1〜18×1041erg s-1程度であり、IGM放射の10〜40%に相当する。この比は、非熱的なハードX線が観測された3つの銀河団のそれに近い。一方で、残りの8個の銀河群は超過ハード成分をほとんど示さず、その明るさの上限はIGMの5%以下となった。これらの結果から、ハード成分の強度は銀河群によって大きく異なり、その明るさはIGMの明るさの30%をほぼ上限として、広く分布することが示された。

3 ハードX線の放射のメカニズムと加速/加熱

 我々はHCG62銀河群をモデルに、ハードX線の放射機構について考察した。100keV程度の電子による非熱的な制動放射であるとする説では、同時にIGMが強く加熱されるため全体としてのエネルギー散逸が極めて大きい。我々の銀河群のサンプルから加熱の証拠が見られないこと、および総エネルギーが大き過ぎることから、この説は考え難いと結論される。相対論的電子が3Kの宇宙背景放射を逆コンプトン過程で叩きあげている場合には、HCG62が有意なシンクロトロン放射をしていないことから、銀河間の磁場が〜0.1μGよりも小さいと求まった。電波のファラデー回転などから一般に銀河間の磁場は1μG以上と考えられるので、この説が正しいためには、磁場の強度に大きなムラがある必要がある。熱的な放射を考えた場合には、その明るさからしてハード成分とIGMの圧力平衡を仮定するには無理が多く、20μG程度の磁場で閉じ込めてやる必要がある。逆コンプトン説または熱的な説では、いずれも非熱的な圧力は局所的に大きな値を持つものの、全体としては小さいことが示唆された。

 このようなハード成分を生み出す、加速/加熱の機構については、現状では複数の可能性が残されている。その中で我々は、メンバー銀河の運動エネルギーの散逸に注目した。銀河群の形態とハード X線の相関を調べたところ、強いハードX線を示す銀河群では中心部に複数の銀河を持つのに対し、示さないものでは単一の卓越した銀河がある傾向を発見した(図2)。この傾向は、プラズマ中を運動する銀河のエネルギーがハード成分の起源であることを示唆している。

図1:(a)HCG62銀河群から得られた0.5-10keVのX線スペクトルを、熱的な放射モデルでFitしたもの。(b)4-8keVのX線の半径方向の輝度分布(■)を0.5-4.0 keVの熱的な放射成分(○)と比べたもの。太線は点源を仮定した時の分布。

図2:(a)HCG62銀河群の中心100kpc四方の可視光イメージ。4つの銀河が密集している。(b)NGC533銀河群の中心300kpc四方のイメージ。明るい銀河は一つしか見られない。(1))中心50kpcに存在する銀河の数(Ngast)の頻度分布。18個の銀河群を、ハード成分の強いもの(□;HCG62群ほか6例)、弱いもの(●;NGC533群ほか8例)、どちらともいえないもの(Δ;4例)の3つに分類した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はX線衛星「あすか」で観測した銀河群の半数程度に、非熱的な硬X線成分が存在することを明らかにしたものである。

 最近の研究で、より構成銀河数の多い銀河団において、非熱的な成分の存在が示された。これに対して、論文提出者は、銀河群に注目した(第1章、第2章)。その理由は以下の3つである。(1)個々の銀河の識別ができる。(2)銀河団に比べて温度の低い銀河群では非熱的成分が「あすか」の観測エネルギー領域に適合する。(3)微弱な信号を検出する必要があるため、雑音、背景X線の評価が精度よく行われている「あすか」が有利である。

 論文提出者は、雑音、背景X線をさらに厳密な手法で評価し、硬X線成分での観測精度を従来よりも3倍程度向上することに成功した(第3章)。

 その結果、HCG62銀河群において、1keV程度の熱的な成分以外に、3-7keV付近に超過硬X線(非熱的成分)が確かに存在することを統計的な精度を考慮して明らかにした。また、非熱的成分が熱的成分と同程度に広がったものであり、銀河内から放射されるものでは無いことがわかった(第4章)。

 同じ手法を他の17個の銀河群に適用した結果、およそ、半数程度に非熱的成分が存在することがわかった。また、複数の銀河群での非熱的成分と、X線の強度、温度との比較から、雑音、背景X線の評価方法と解析結果が矛盾しないことを示した(第5章)。

 第6章において、非熱的成分の生成原因として、超高エネルギー電子と宇宙背景輻射の逆コンプトン散乱、非熱的高速電子の制動放射等の様々な候補を取り上げ、観測結果の合理的な説明が可能であるかを検討した。

 本論文提出者は、x線衛星「あすか」の特性をよく理解した上で、観測対象として銀河群を選んだ。その結果、オリジナルでユニークな成果をあげ、論文にまとめられた。この論文によって存在が明らかにされた非熱的成分は、最高エネルギー宇宙線、暗黒物質、銀河間磁場と関連している可能性があり、その意味で宇宙物理の進展に大きく寄与するものである。

 なお本論文の第5章は深沢泰司、牧島一夫との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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