No | 115882 | |
著者(漢字) | 野村,大輔 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ノムラ,ダイスケ | |
標題(和) | 超対称標準模型におけるレプトンフレーバーの破れ | |
標題(洋) | Leptoh Flavor Violation in Supersymmetric Standard Models | |
報告番号 | 115882 | |
報告番号 | 甲15882 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3926号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | この論文では、超対称標準模型において、最近の太陽、大気ニュートリノ振動の実験結果を考慮に入れた上で、μ→eγやγ→μγなどのレプトンフレーバー数を破る稀過程に関して詳細に調べた。また、JLCをはじめとする将来のレプトン加速器で、レプトンフレーバー数を破る過程がどの程度観測できるか論じた。以下、この論文の背景から順を追って紹介する。 最近Super-Kamiokandeグループによって発表された大気ニュートリノ振動の実験結果は、ニュートリノに0.1eV程度のごく微小な質量と、大角度の世代間混合があることを強く示唆している。また、太陽ニュートリノ実験の結果も、やはりニュートリノにごくごく微小な質量と世代間混合のあることを示唆している。これらの質量の小ささを理解するには、非常に重い右巻きニュートリノを理論に導入して、シーソー機構が起こると考えるのが最も自然である。 ところで、超対称標準模型は輻射補正に対するウィークスケールの安定性を保証する点で有望な模型と考えられているが、一方において実際の自然では超対称性がexactではないため、超対称性の破れを記述するパラメータを現象論的に導入する必要がある。このとき導入される、ウィークスケールの安定性を保ちつつ超対称性を破るパラメータのうち、スカラー粒子のsoft SUSY breaking masses(soft masses)とスカラー粒子の3点結合項(Aterms)とは世代の添字をもつことができ、もとの標準模型に存在する世代間混合とは何らかの仮定をおかない限り独立な世代間混合をもたらす。 このことは超対称標準模型に深刻な影響を及ぼす。すなわち、標準模型を超対称化したことによって新たに現れた世代間混合行列がK0-K0混合、μ→eγなどのflavor-changing中性カレント過程に寄与して、これらの実験的制限を越えてしまうことが大いにありうる。実際、これらの過程が実験の制限を越えないためには、squarkやsleptonの質量がそれぞれの世代間で強く縮退していなければならない。これは非自明な関係であるから、このような状況が実現されるためには、その背後に何らかの基礎理論があると考えるのが自然である。 その有力な候補の一つがこの論文でも仮定した、minimalな超重力理論である。このシナリオは、我々の知らないセクターで起こった超対称性の破れが重力の相互作用を介して我々の観測しているセクターに伝わると考えるもので、重力が世代に依らないことから、soft massesは世代に関してuniversalになる。ただしこのuniversalityは重力の効果が重要になるスケールMgravでのみ成り立つものであって、もしウィークスケールとMgravとの間に、世代に依存し、かつ、世代間を混ぜるような相互作用があれば、その効果が輻射補正を通じてウィークスケールでのsoft mass matrixに非対角成分をもたらす。したがってこのシナリオを仮定した場合、ウィークスケールでのフレーバー物理は高いエネルギースケールの物理を反映したものとなり、非常に興味深いものとなる。とくにμ→eγやγ→μγは強い相互作用による不定性が入らずに計算できるので、高エネルギーの物理を探るには適当である。 大気ニュートリノ振動の実験結果をシーソー機構で理解しようとした場合、ニュートリノのディラック質量項が第2第3世代間を大きく混合していると考えるのが自然であるが、このような相互作用は輻射補正の形でleft-handed sleptonのsoft mass matrixの第2第3世代間を混ぜる成分を大きく生成する。したがってτ→μγの分岐比はsleptonのsoft massmatrixの(2,3)成分を拾うようなダイアグラムによって大きくなる。 このこととまったく同様なことが、太陽ニュートリノ振動についても起こる。すなわち、太陽ニュートリノ問題の解の有力な候補であるMSW大角度解、MSW小角度解、“just so”解のうち、MSW大角度解ではニュートリノのディラック質量項が第1第2世代間を大きく混合すると考えるのが自然である。しかももしニュートリノの質量が階層的である(mvr>>mvμ>>mve)と仮定するとこの解では第2世代のニュートリノ湯川結合定数fv2が比較的大きいため、これによる輻射補正はslepton質量の縮退を解くのに十分である。従ってこのとき、上とパラレルな議論から、μ→eγの分岐比Br(μ→eγ)はsoft mass matrixの(1,2)成分を拾うようなダイアグラムによって大きくなる。ニュートリノ湯川結合定数からsoft mass matrixの非対角成分が輻射補正の形で生成されることは既に知られていたが、第2世代のニュートリノ湯川結合定数fv2の寄与からだけでも十分大きなBr(μ→eγ)が導かれることは久野純治氏との共著論文Phys.Rev.D59(1999)116005において我々が最初に指摘した。我々は、同時に数値計算によってすでに実験的に排除されているパラメータ領域さえ存在するほど大きなBr(μ→eγ)の値が得られることを示した(図1)。現在東京大学素粒子物理国際研究センター(ICEPP)が中心となってスイスPSI研究所で準備中のμ→eγ崩壊探索実験は分岐比Br(μ→eγ)が10-14までの精度でμ→eγ崩壊を探ることを試みているが、もしMSW大角度解が本当なら、μ→eγ崩壊が見付かることが大いに期待できる。 このようにsleptonの世代間混合を間接的に調べる手法のほかに、JLCなどの将来の加速器でsleptonを実際に生成して、その崩壊モードを調べることによって、直接的にsleptonの世代間混合を探る試みもあり、博士論文の後半の部分ではこれを調べた。 超対称模型ではsleptonはsoft mass matrixによって世代間で混合するために、弱い相互作用に関する固有状態と質量の固有状態とが、一般には一致しない。このことはニュートリノ振動と同じ理屈でslepton間の振動(スレプトン振動(slepton oscillation))をもたらす。つまり、sleptonが違うフレーバーのcharged leptonに崩壊するような確率は、sleptonの世代間混合に大きく依存するため、このことを利用してsleptonの世代間混合を探れる可能性がある。 μ→eγやτ→μγなどのsleptonが仮想粒子としてしか効かない過程に比べた場合のスレプトン振動の利点は、sleptonがreal particleとして寄与するために、GIM的な相殺が弱いことにある。実際、left-handed sleptonの第2第3世代間の混合に関してはスレプトン振動はJLCなどの現在計画中のe+e- colliderでτ→μγの現在の実験的制限よりも2-3桁鋭敏である可能性があることが指摘されていた。この論文ではこの解析を拡張し、e+e- colliderでは第1第3世代間の混合に関してはs-channelからの寄与に加え、t-channelも断面積に寄与するので、第1第3世代間の混合に関しては非常に鋭敏なprobeでありうることを指摘し、数値計算の結果、少なくとも我々のサンプルパラメータに対しては第1第3世代間のスレプトン振動実験はτ→eγの現在の実験的制限よりも5桁程度鋭敏でありうるという結果を得た(図2)。 図1:μ→eγの分岐比の、第2世代右巻ニュートリノ質量Mv2に対する依存住。MSW大角度解に対応するパラメータVD21=-0.42,mvμ、=0.004eVをとった。第1第3世代間混合を記述するパラメータVD31は0にとった。点線は現在の実験的制限。他のパラメータはwino mass 130GeV,left-handed selectron 170GeV,mvr=0.07eV,tanβ=3,10,30。大きいtanβの値ほど大きい分岐比を予言する。 図2:我々のサンプルパラメータに対する第一第三世代間スレプトン振動現象の5σディスカバリーリーチをleft-handed sleptonの第一第三世代間の混合角θv~と質量差Δmv~の関数として示した図。積分ルミノシティーがL=50fb-1の場合(太い破線)とL=500fb-1の場合(太い実線)を示してある。Br(τ→eγ)=10-9,10-10,10-11,10-12にそれぞれ対応する等高線(細い破線)も示した。 | |
審査要旨 | 本論文は6章からなり、第1章は序章で本論文の主題であるレプトンフレーバーの破れを議論する動機が最近の神岡実験におけるニュートリノ振動の発見と関連して述べられている。第2章では以後の議論をする上での理論的枠組みとなる超対称性標準モデルが、超対称性の必要性、ミニマルなモデル、ゲージ相互作用の結合定数の統一についてそれぞれ簡潔にまとめられている。 第3章では、超対称性モデルにおけるフレーバー問題とその解決法が解説されている。超対称性理論に基づく素粒子モデルでは現実の世界では超対称性がある程度破れているために、超対称性の破れを記述するパラメターを導入する必要があり、それによって一般にはフレーバー数が大きく破れるという問題がある。これを解決するために超対称性の破れが重力やゲージ相互作用といったフレーバーを感じない力によって引き起こされるモデルが提案されていて、本論文では超重力理論に基づいて超対称性の破れが重力で素粒子の標準モデルの粒子に伝えられるというモデルに基づいて議論するということが述べられている。 第4章からが論文提出者のオリジナルな研究に基づいた結果が述べられている。まず、4章では太陽ニュートリノ問題を物質中のニュートリノ振動によって説明しようとする解のうち、「MSW大角度解」ではシーソー機構を使うとニュートリノのディラック質量項が第1第2世代間を大きく混合すると考えられることから輻射補正によってスカラー・レプトンの質量の縮退が解け、ミューオンが電子と光子に崩壊する(μ→e+γ)分岐比になり、現在の実験で排除されるパラメーター領域さえ存在することを数値計算によって示している。また、現在計画中の実験によってμ→e+γ崩壊が見つかる可能性が大いにあることが述べられている。 続く第5章では、スカラー・レプトンの世代間混合を加速器を使って調べる方法が議論されている。超対称性理論では超対称性を破るパラメータによる世代間混合によって、スカラー・レプトンの質量の固有状態と弱い相互作用の固有状態は一般には一致しないので、ニュートリノ振動と同じようにスカラー・レプトン振動は起こる。本論文ではスカラー・レプトン振動の解析から電子・陽電子衝突実験が第1第3世代間の混合を探るのに適していることが示されている。 第6章はそれ以前の章の結論がまとめられている。 以上、本論文は、超対称性モデルにおけるレプトン・フレーバーの破れを超重力理論に基づいて数値計算も含めて詳しく解析し、実験的検出の可能性を議論したもので素粒子物理における意義は高いものである。なお、本論文第4章は久野純治氏と柳田勉氏との共同研究に基づくものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、この論文で示された幾つかの具体例を通じて論文提出者の研究に関する資質は十分であるものと判断し、博士(理学)の学位を受けるに値するものと考える。 | |
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