学位論文要旨



No 115884
著者(漢字) 羽根,慎吾
著者(英字)
著者(カナ) ハネ,シンゴ
標題(和) フラストレーシヨンを持つ近藤反強磁性体CePdAlの高圧下における量子臨界現象
標題(洋)
報告番号 115884
報告番号 甲15884
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3928号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,征靖
 東京大学 助教授 松田,祐司
 東京大学 助教授 久保田,実
 東京大学 教授 榊原,俊郎
 東京大学 教授 藤中,保彦
内容要旨 要旨を表示する

 ハミルトニアンのあるパラメータを変化させたとき、基底状態において起きる相転移を一般に量子相転移という。この量子相転移では、系のもつ量子性も臨界点で重要な役割を果たしているので量子相転移と呼ばれている。量子相転移の例としては、磁性体における磁気秩序と無秩序の間の転移、金属における正常相と超伝導相の間の転移などがある。この量子相転移の近傍では磁気的に不安定で量子揺らぎのため様々な臨界異常現象が出現すると考えられている。一般的に、磁気秩序のない金属はフェルミ液体的な振る舞いをすると考えられており、重い電子系においても低温での物性は有効質量の大きいFermi液体して記述される。一方、繰り込み群の手法やSCR理論によればこの量子臨界領域では、種々の物理量が特異な温度依存性を持ち、非Fermi液体の性質を示すと予想されている。これを実験的に観測するのが本研究の第一の目的である。そこで、重い電子系を中心に量子相転移を起こしそうな物質を探し、CePdAlを研究対象にした。重い電子系の物質では、圧力又はケミカルプレッシャーでcf相互作用jcfを増加させて、近藤効果とRKKY相互作用の比を変えることによって、量子相転移を実現し臨界現象を観測することが可能である。しかし、これらの観測には実験的な困難が存在する。ケミカルプレッシャーを用いて実現しようとすると系が汚れてしまい、加えたその不純物や格子の変形などの効果によって、物理の本質が見えない恐れがある。高圧下において量子臨界点近傍の測定を行おうとすると、高圧、低温を組み合わせた多重極限下で測定を行わなければならず非常に困難である。加圧することによって量子臨界点を得た研究例が極端に少ないのも実験の困難さのためである。

 この様な測定を可能にするため、多重極限下での磁化測定装置および電気抵抗測定装置の開発、研究を行い、20T、1.3GPa、0.5Kという環境で精密な磁化測定と電気抵抗測定が可能な装置を開発した。このような測定装置のおかげで、ケミカルプレッシャーと比べて系を汚す効果を考慮する必要がない、圧力間で抵抗の大きさを比較することができる、という非常に強力な手段を用いて研究を進めることができた。本研究ではCePdAlのPdサイトをNiで置換してケミカルプレッシャーを与えた試料を用意し、CePdAlの加圧状態と比較して、ケミカルプレッシャーの妥当性も考えた。このような測定を通して、量子相転移を実現し、そこで現れるであろう臨界異常を観察して臨界指数を求めるのが主な目的である。

 本研究で用いるCePdAlは主に2つの側面がある。一つ目は反強磁性を示す重い電子系としての側面である。上記のように加圧によって近藤効果を強め反強磁性から常磁性の量子相転移の実現が期待できる。二つ目はIsing的な磁性原子であるCeが図1のようにカゴメ格子的な配列をしているという、幾何学的なフラストレーションがある物質としての側面である。磁気モーメントを担う原子が三角格子やカゴメ格子などの配置を取り、その三角形の格子の頂点におかれる磁性原子間に反強磁性相互作用があると、その相互作用をすべて満たすような磁気モーメントの配置は存在しない。これが磁気モーメント間のフラストレーションである。この物質においても2次元性があればc面内でのフラストレーションの影響がしていると予想される。この、低次元性やフラストレーションの効果は特に磁化過程や帯磁率などに現れる。

 CePdA1は比熱測定の結果によると反強磁性相での電子比熱係数が270mJ/molKと非常に大きい。また、λ型の比熱の異常が反強磁性転移温度TN=2.7Kで現れる重い電子系として知られている。抵抗は20K近辺で- lnT依存性があり、30K付近で極小値を取る事から近藤効果の存在すると考えられている。また、結晶構造や帯磁率に強い異方性をもち、c軸が容易軸である。1.5Kでの磁化過程は、容易軸であるc軸に平行な磁場による反強磁性から磁場誘起強磁性状態へのメタ磁性的な転移が観測されている。磁化は磁化困難方向であるc面に平行に磁場をかけてもほとんど誘起されず、この系がIsing的であることを示す。中性子散乱測定の結果によれば磁気構造は2.7K以下で逆空間ベクトルk=[1/2,0,0.35]であらわされる。c面内の磁気構造は、c面に対して上を向いているものと下を向いているものが鎖状に1列に並び、その間のCe原子は磁気秩序状態になっていない。

本研究では

(1)パルス磁場を用いたB<45T、T>0.5Kの領域での誘導法による磁化測定

(2)多重極限下、B<20T、T>0.5K、P<1.3GPaの領域での引き抜き法による磁化測定

(3)多重極限下、B<9T、T>0.5K、P<1.1GPaの領域での直流四端子法による抵抗率測定

(4)低温高圧下、T>0.4K、P<1.4GPaの領域での交流法による比熱測定

を行った。試料は富山大学理学部石川義和教授より提供していただいた。単結晶のCePdAIおよびその置換系CePd0.9Ni0.1AIを使用した。これらは同研究室の炉でCzochealski法により作成された。

 図2に示す0.5Kにおける磁化過程に3段のメタ磁性転移を発見し、磁気抵抗率にも同じ磁場で異常が現れていることがわかった。磁場をかけると反強磁性転移温度以下でフラストレーションを解消するように、磁場中で安定ないくつかの磁気構造に変化しながら最終的には強磁性的な配列に転移してゆくと考えられる。この様な多段の転移は物質に存在するフラストレーションを反映した結果だと言える。また、0.5Kまでの帯磁率において、反強磁性転移に対応する折れ曲がりよりも上の温度で、ブロードなピークを作る。このピークを示す温度と転移温度の関係を求め、これと2、3次元格子Isingモデルの理論計算の結果と比較した。その結果、この物質が2次元的であることがわかった。この2次元性はc面内のフラストレーションを反映したものである事がわかる。同様に反強磁性転移温度より上に現れる比熱のすそもフラストレーションを反映したものであると考えられる。常圧で観測されたこれらの特徴的な振る舞いは高圧下において徐々に弱くなって、低次元性が抑制されているように見える。しかし、この抑制は急には進まず、臨界圧力付近でも2次元的な振る舞いが観測できる。

 電気抵抗率に現れる極小・極大や、低温での比熱係数γ、5Kでのエントロピーを用いて近藤温度の見積もりを行った見積もり方によって近藤温度に違いが出るものの、常圧での近藤温度を約3K、1.2GPaでは大きくなつて約15K程度であると見積もった。

 CePdAlの反強磁性転移温度は加圧によって減少することが、帯磁率、電気抵抗率、比熱の測定からわかった。また、圧力−温度相図、圧力−磁場相図を決定した。図3に示す相図より約0.95GPaで反強磁性一常磁性の量子相転移を起こしていることがわかった。量子相転移近傍の圧力において帯磁率、電気抵抗(図4)、比熱に非Fermi液体の振る舞いを観測し、この温度依存性を求めて臨界指数を表1のように決定した。比熱と抵抗率の結果は、SCR理論で予想される2次元の反強磁性と、3次元の反強磁性の両方に一致する。この結果とSCR理論からは臨界現象が2次元か3次元かを区別がつかない。他の理論でも次元性を区別できなさそうである。一方、帯磁率の振る舞いは1.6と見積もられ、これは少なくとも1より大きく、3次元のSCR理論では理解するのが困難である。また、他の理論や物質で見られる臨界指数も1より大きい指数を支持しているものは見当たらない。なぜ、臨界指数がこんなに大きいのか問題である。この原因の可能性のひとつとして低次元性が考えられる。常圧では低次元性による短距離相関の影響で磁化の値がゆっくりと減少してTNより上にブロードなピークを作った。臨界圧力付近でも同じような短距離相関が残っていて磁化の値をゆっくりと抑制させていると考えられる。この事によって大きな臨界指数が得られたと考えられる。また、通常の物質では臨界点から離れてゆくと臨界指数は増加してゆくが、CePdAlにおいては臨界指数が減少してゆく。この原因としても低次元性が一つの原因として考えられる。それは、加圧してゆくと低次元性が徐々に解消され、磁化を抑制する短距離相関が減少して、他のいくつかの理論や物質でも支持している1より小さな臨界指数に近づいてゆくと考えられる。臨界異常が観測されている状況に磁場を印加すると、臨界揺らぎが抑制されてFremi液体の振る舞いを示すことから、ゼロ磁場で観測された非Fermi液体の振る舞いが臨界異常であることがわかった。

 一方、CePdAIの置換系であるCePd0.0Ni0.1AIの磁化測定を高圧化で行い、圧力効果と置換効果の比較を行った。その結果Ni10%の置換効果は約0.8GPaと見積もられた。圧力効果や臨界指数、帯磁率と磁化過程の振る舞いは良く似ており、置換効果による結晶の汚れは観測されなかった。同時にCePdAlにおいて置換系で量子臨界点での臨界指数を求めることは妥当であると結論した。また、静水圧1.2GPa+置換効果0.8GPaで予想される2.OGPaの圧力でも依然として、非Fermi液体の振る舞いが0.6Kまで観測されている。

 以上のように本研究ではフラストレーションを持つ近藤反強磁性体CePdAlの高圧下における量子臨界現象を帯磁率、比熱、電気抵抗率測定において観測し、臨界指数を決定した。

 図1 Ceのc面内の結晶構造

 図2 0.5Kでの磁化過程。矢印は3段階の転移磁場を示す。

 図3 帯磁率、抵抗率、比熱から求めたCePdAlの圧力−温度相図。

 図4CePdAlの抵抗率の臨界点近傍の振る舞いP∝Txでフィッテングされることを示す

 表1量子臨界点近傍におけるFermi液体とCePdAl振る舞いとSCR理論予測

審査要旨 要旨を表示する

 本学位論文の研究対象物質であるCePdAlは、磁性原子セリウムがc面上にカゴメ格子を成す特殊な結晶構造を持つ化合物で、その構造に由来するフラストレーションを持つ近藤反強磁性体として知られている興味深い物質である。

 本論文では、低温、高圧、高磁場の多重極限下で本化合物の量子相転移を電気抵抗、比熱、帯磁率などの測定を通して調べ、臨界指数を求めることを目的としている。

 本論文は5章からなり、第1章は、序章、第2章は、磁場発生法と測定方法など実験方法について述べられている。第3章は、磁化、帯磁率、電気抵抗率、比熱の測定結果、第4章は、測定結果の考察、第5章は、まとめと結論に当てられている。

 第1章では、重い電子系、近藤効果、量子相転移、フラストレーションなどの物理的背景と研究対象物質であるCcPdAlの一般的性質が述べられている。第2章では、まず超伝導マグネットやパルスマグネットなどの磁場発生法について述べ、パルス磁場下および高圧下における磁化測定装置と電気抵抗および比熱測定装置がそれぞれの測定に使用された圧力セルの構造と共に詳しく記述されている。それから本研究で使用した単結晶試料についてその大きさや形状などが述べられている。第3章では、CePdAlとその置換系CePd0.9Ni0.1Alの磁化、帯磁率、電気抵抗率、比熱の測定結果が測定毎にまとめられている。磁化はT>0.5K、P<1.3GPaの温度・圧力領域で、パルス磁場ではβ<45T、定常磁場ではβ<20Tで測定され、電気抵抗率はB<9T、P<1.1GPaで直流四端子法により測定され、比熱はT>0.4K、P<1.4GPaの領域で交流法により測定された。これらの物理量の高圧下での測定から反強磁性が消える臨界圧力が約0.95GPaであることを確認し、特に帯磁率のブロードなピークは0.8GPaでも観測されていることからも、その臨界圧力近傍でもフラストレーションが残っていると推定している。

第4章では、フラストレーションと低次元性、近藤効果などの観点から測定結果の総合的な考察がなされ、臨界圧力近傍の測定結果から臨界指数が求められている。たとえば、常圧で比熱曲線がネール点に対応するピークより高温側で大きな裾を引いていることや、帯磁率がブロードなピークを示す温度(3.7K)とネール点(2.7K)との比が3次元格子に対する計算値と2次元格子のそれの中間にあることから、少なくとも常圧では2次元性によるフラストレーションが低温まで残っている系であることが指摘されている。また0.5Kにおける磁化過程測定から3段のメタ磁性転移を発見し、これはネール点以下の磁場中でフラストレーションを解消しながら幾つかの安定な磁気構造に変化しつつ強磁性的な配列に転移してゆく過程であると解釈した。また、近藤温度を、比熱から求めたγ値と磁気エントロピーや電気抵抗率の温度曲線を近藤効果の理論と比較の上求めた。しかし、それらの間には1.3GPaで約3〜4倍の差や異なった圧力依存性があることが明らかになったが、常圧で約3Kであった近藤温度は1.2GPaで15K程度まで上昇しているらしいと結論した。すなわち、少なくとも0.8GPa以上の高圧下では近藤効果は強くなり、フラストレーションも徐々に解消されてゆくものと予想している。臨界圧力近傍で観測された電気抵抗と帯磁率の非フェルミ液体的振る舞いが9テスラの磁場印加によりフェルミ液体的振る舞いに変わることから、ゼロ磁場で観測された非フェルミ液体的振る舞いは量子相転移近傍での臨界異常によるものであると仮定して、帯磁率、電気抵抗率、比熱(厳密には比熱/温度)の温度依存性から臨界指数がそれぞれ1.6±0.2、0.99±0.02、0と求められた。比熱と電気抵抗率の臨界指数はSCR理論をはじめとする多くの理論から予想されている結果と一致したが、1.6という帯磁率のそれはSCR理論ばかりでなく本論文提出者が調べたいかなる理論の予想をも超えるものであった。したがって、当初期待された低次元性に基づくフラストレーションの臨界指数への直接的な証拠とは断定できなかったものの、本研究で得られた帯磁率の大きな臨界指数が低次元性によるものではないかと推定している。

第5章では、本研究の際立った成果は、フラストレーションを持つ近藤反強磁性体CePdAlの磁化、電気抵抗、比熱の測定を常圧および高圧下で行い、高圧下で磁気的フラストレーションが存在する状態で量子相転移を観測し、臨界指数を決定したことであると結論している。

 本研究は、フラストレーションを持つ近藤反強磁性体CePdAlの高圧下における量子臨界現象を帯磁率、比熱、電気抵抗率測定において観測し、臨界指数を決定したばかりでなく、多重極限下での精密な磁化の測定技術を確立するなど学位論文として評価に値するものであることが審査員全員によって認められた。なお、本論文は、後藤恒昭氏をはじめ試料提供者など数名との共同研究であるが、論文提出者が主体となって測定及び測定結果の解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であったものと認め、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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