学位論文要旨



No 115886
著者(漢字) 前澤,裕之
著者(英字)
著者(カナ) マエザワ,ユキノリ
標題(和) サブミリ波CI輝線観測による牡牛座分子雲の構造と進化の研究
標題(洋) Structure and Evolution of Taurus Molecular Cloud as Studied by Submillimeter-Wave CI Line Observations
報告番号 115886
報告番号 甲15886
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3930号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高橋,忠幸
 東京大学 助教授 江尻,晶
 東京大学 助教授 酒井,広文
 東京大学 教授 牧島,一夫
 国立天文台大学 教授 長谷川,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

 星間分子雲は星形成の場である。1980年代より、様々な波長帯で星形成領域の観測が行われるようになり、星間ガスの収縮とともに原始星が形成されて、やがて主系列星に至るという星形成のシナリオが、観測・理論の双方から確立されてきた。これらの星の性質(質量)は、その生みの親である分子雲の性質(密度、サイズ、構造)に深く関わっていると考えられる。一方で、その分子雲の形成・進化過程については、まだほとんど理解が進んでいないのが現状である。

 この状況を打開するため、我々は分子雲における炭素の存在形態に着目をした。希薄な星間雲が重力収縮して星間分子雲を形成する過程を考えた時、炭素の主要な形態はC+(CII)、Co(CI)、COの順に変化する。従って、星間分子雲においてCIとCOの分布を広く比較することで分子雲の構造や形成・進化過程にアプローチできると考えられる。COについては、これまで国内外の研究グループが、銀河面全域にわたるサーベイ観測を活発に行っている。しかしながらCIのスペクトル線の観測は、現在CSOの10m望遠鏡やJCMTの15m望遠鏡、AST/ROなどの望遠鏡が稼働しているものの、限られた領域のみの観測にとどまっており、分子雲スケールでの広域観測は今のところほとんど行われていない。

 その原因の一つとして、CIのスペクトル線(3P1-3P0:492GHz;3P2-3P1:809GHz)が大気の吸収を受けやすいサブミリ波帯に存在するため、観測が容易ではないことがあげられる。もう一つの原因としては、ミリ波帯で使用されてきた超伝導SIS素子の製作が、サブミリ波帯では非常に困難であったことがあげられる。しかし最近、我々のグループの調査により、冬季の富士山頂が優れたサブミリ波観測サイトとなり得ることがわかってきた。また、これまで製作が困難であった微小面積の接合を用いたサブミリ波帯SIS素子が国立天文台野辺山においても作られるようになってきた。

 このような背景を受け、我々はCI(3P1-3P0:492GHz;3P2-3P1:809GHz)のスペクトル線の広域観測を目的とする専用望遠鏡:富士山頂サブミリ波望遠鏡、の開発に取り組んできた。その中で、私は望遠鏡の心臓部である受信機の開発を行なった。開発した受信機は500GHz/345GHz2バンド受信機(1998年度)と500GHz/810GHz/345GHz3バンドの受信機(1999年度)であり、いずれも実用的な性能を得た。345GHzバンド受信機は、ポインティング観測に使用する。

 特に私が興味を持っている暗黒星雲からのCI輝線は極めて微弱(〜2K)であるため、受信機の性能は観測能率に大きく影響する。よって、受信機性能向上のため、素子の選定・性能評価を繰り返すとともに、各構成要素による雑音と損失の低減を図った。また、富士山頂へは冬期のアクセスが極めて難しいため、望遠鏡は完全に遠隔制御で運用する。その都合上、受信機の調整箇所は最小限におさめ、かつ安定で信頼のおける受信機システムの構築を心がけた。また810GHzという高周波においては、観測周波数がNbの超伝導ギャップ周波数を超えているため、光子がNbに吸収され、これが損失となって大幅に性能が悪化する。しかし、磁場やミキサーの温度といった周辺環境を最大限に最適化することで、Nbの素子を搭載した810GHz受信器としては世界最高の感度を達成することができた。そして、1999年の12月には、世界に先駆けてCI3P2-3P1(809GHz)スペクトル線でオリオンKL領域のマッピング観測に成功した。

 いずれの受信機も、望遠鏡搭載時には、実験室の性能よりも若干性能が下がっている。この原因としては、ミキサーの冷却温度が若干高めであること、LOパワーの調整が完全に最適化できていないこと、809GHzミキサーに至っては、途中のバンドパスフィルターの損失が効いていると考えられる。今後、これらを改善すれば、更に観測効率を向上できるものと思われる。

 牡牛座暗黒星雲におけるCI輝線の観測

 開発した受信機システムを富士山頂サブミリ波望遠鏡に搭載し、1998年の冬期から、CI3P1-3P0輝線(492GHz)で牡牛座暗黒星雲にあるHeiles’Cloud2(HCL2)周辺領域の広域観測を開始した。観測領域は3.4平方度、観測点数は1389点とかつてない規模に及んでいる。

 その観測の結果、CI輝線は観測領域のほぼ全域で検出された。図1に取得されたHCL2周辺領域のCI輝線積分強度の分布(カラー)と、砂田らによるC18O J=1-0輝線積分強度の分布(等高線)を示す。特にHCL2領域の南側ではCIの強度が強い領域が分布しているのがわかる。このCIの分布は、大局的には13COの分布と似ているが、細かい構造は分布が異なっている。CIとC18Oの分布とでは、その違いがより顕著に見える。TMC-1などの高密度分子雲コアが存在するHCL2領域の北側では、C18Oが強いのに対し、南側では逆にCIが強くなっている(CI rich cloud:図2では16の周囲)。

 さらに、CI/CO存在比を正確に評価する目的で、国立天文台野辺山の45m望遠鏡を用いたC18Oと13COのJ=1-O輝線の観測を行い、26方向について信頼おけるCI/CO存在比を導いた。CIとCOの柱密度の導出の際は、局所熱力学平衡(local thermody-namical equilibrium:LTE)を仮定し、励起温度はすべての領域で10Kとした。実際、C18Oと13COのデータをもちいて3箇所(図2の17、18、19)でCOの励起温度を求めたところ、10.1K-10.3Kという値を得たため、10Kの仮定は基本的に妥当であると考えている。結果を図2においてカラーのイメージで示した。これによりHCL2領域から東の方向に伸びた領域で系統的にCI/CO比が高く、HCL2領域の北側ではCI/CO比が明らかに低い(〜0.1)ことがわかった。

 さらに、CIの分布と物質の分布の関係を比較するため、IRASによる100μmと60μmのサーベイデータから我々のCI観測領域全域の可視減光量(ダストの柱密度)を求めた。これから、HCL2領域の東側に広がった領域は1等から4等程度のtranslucent cloud(希薄な雲)であることが明らかになった。この領域のCIの柱密度やCI/CO比は星間紫外光による光解離を考慮した理論モデル(Photodissociation Region(PDR)モデル)で説明できる。このことはtranslucent cloudでは星間紫外光が入り込みやすく、その結果、雲の内部にもCIが存在していることを意味する。一方、高密度分子雲コアが数多く存在するHCL2領域の北側では、CIは主にPDR層(星間紫外光に照らされた分子雲の表面)に分布していると推察される。

 一方、CI rich cloud(図2の16周辺)では、CI/CO比は0.2-0.7の値をとる。特に、CIの強度が最も強いところでは、CI/CO比は0.7以上をとる。図3が示すように、CI rich cloudでは、ある程度のCOと可視減光が存在しつつ、かつCIが豊富に存在している。したがって、CI rich cloudは空間的な意味も含めてtranslucent cloudと高密度分子雲コア領域の中間にある領域として特徴付けることができる。このような領域は、もはや単純なPDRモデルでは説明できない。また、CIの分布とIRAS点源やT-Tauristarなどの原始星候補天体の分布には有意な相関が見られないため、それらの天体がCI rich cludの形成に関係しているとは考えにくい。

 私は、CI rich cloudが高密度分子雲コアと同程度の質量を有することや、図3を考慮して、CI rich cloudは、まさに分子雲から高密度分子雲コアが形成される途中の様子を捉えているのではないかと考えている。実際、数値化学モデル計算によると、CIがCOへと固定する化学進化の時間スケールと雲の力学的な時間スケールは同程度であることが示される。CI rich cloud内における高いCIの柱密度やCI/CO比のばらつきは、その時間の効果でおよそ説明ができる。CIrich cloudが分子雲コアの形成過程の中で若い段階にあるとすると、HCL2領域では、現在、北(高密度分子雲コア領域)から南(CI richcloud)へと分子雲の進化・形成が進みつつあると考えられる。なお、CI rich cloudが、我々の観測では分解できないクランプ構造からなっており、それぞれのクランプの表面が星間紫外光で光解離されCIで光って見えているという可能性も考えられる。ただしtranslucent cloud、CIrich cloud,高密度分子雲コアに対して得られたCI/CO比の違いが、クランプ構造の数やサイズの違いによるものかどうか疑問は残る。現時点では、CI rich cloudは、高密度分子雲コアに至る途中の段階にある若い分子雲か、場合によってはclump構造が卓越した領域、もしくはそれらの両方の効果が効いている領域であると考えている。

 本研究で確立した分子雲スケールでのCI広域観測は、分子雲の進化過程や構造を理解するための重要な指針を与えることを明らかにした。

 図1.CIの積分強度図(カラー)。等高線は国立天文台野辺山の45m望遠鏡で観測されたC18O(J=1-0)の積分強度図(Sunada&Kitamura2001)。HCL2領域は、図のRIGHT ASCENTIONでほぼ04h40m-04h35mの間に分布しているガスの領域をさす。(東が左に対応する。)

 図2.26点において、CI/CO比をカラーでイメージ化したもの。CI/CO比が1以上の領域は赤味がかった色、0.2以下の領域は紫色に対応している。

 図3.translucent cloud(希薄なガス)、CI rich cloud、dence core regions(高密度分子雲コア領域)におけるCIとCOの柱密度の関係。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなり、第1章は、論文の目的、第2章は富士山頂に建設されたサブミリ波望遠鏡、第3章は論文提出者が、設計、製作を行った高感度受信機、第4章は牡牛座分子雲の中性炭素原子による観測結果とその解釈、第5章はまとめと結論が述べられている。

 星間分子雲は星形成の場である。1980年代より、様々な波長帯で星形成領域の観測が行われるようになり、星間ガスの収縮とともに原始星が形成されて、やがて主系列星に至るという星形成のシナリオが、観測・理論の双方から確立されてきた。これらの星の性質(質量)は、その生みの親である分子雲の性質(密度、サイズ、構造)に深く関わっていると考えられる。一方で、その分子雲の形成・進化過程については、まだほとんど理解が進んでいないのが現状である。そのために論文提出者のグループは、世界で初めての中性炭素原子スペクトル広域観測用望遠鏡を富士山頂に建設し、炭素の化学変化で星間分子雲の形成過程を探るプロジェクトを行っている。

 論文提出者は、プロジェクトの最初から、これに従事し、多大な貢献を行った。特に、望遠鏡の心臓部である受信機の開発を行なった。開発した受信機は500GHz/345GHz2バンド受信機(1998年度)と500GHz/810GHz/345GHz3バンドの受信機(1999年度)である。暗黒星雲からのCI輝線は極めて微弱(〜2K)であるため、受信機の性能は観測能率に大きく影響する。よって、受信機性能向上のため、素子の選定・性能評価を繰り返すとともに、各構成要素による雑音と損失の低減を行なった。

 開発した受信機システムを富士山頂サブミリ波望遠鏡に搭載し、1998年の冬期から、中性炭素原子からの輝線(492GHz)で牡牛座暗黒星雲にあるHeiles’Cloud2(HCL2)周辺領域の広域観測を行った。観測領域は3.4平方度、観測点数は1389点とかつてない規模に及ぶ。さらに、中性炭素原子(CI)と一酸化炭素分子(CO)の存在比を正確に評価する目的で、国立天文台野辺山の45m望遠鏡を用いたC18Oと13COのJ=1-0輝線の観測を行い、26方向について信頼おける存在比を導いた。こうした探査の結果、いままで知られてこなかった、濃い中性炭素原子の雲(CI rich cloud)が存在する事を発見した。一方、IRAS衛星による100ミクロンと60ミクロンの波長域でのサーベイデータから本論文で行われたCI観測領域全域の可視減光量(ダストの柱密度)を求め、HCL2領域の東側に広がった領域は1等から4等程度のtranslucent cloud(希薄な星間ガス)であることを示した。

 論文提出者は、取得したデータ、およびそこから引き出される物理パラメータの系統誤差などの評価を行い、さらにCI rich cloudに対して様々な角度から検討を行った。

その結果、CI rich cloudでは、ある程度のCOと可視減光が存在しつつ、かつCIが豊富に存在していること、また、CIがCOへと固定する化学進化の時間スケールと雲の力学的な時間スケールは同程度であることなどを示した。CIrich cloud内における高いCIの柱密度やCI/CO比のばらつきは、その時間の効果でおよそ説明ができる。

 したがって、牡牛座分子雲において、CI rich cloudは、紫外光から切り離されてまもない領域と考えることができ、形成が進んだ高密度分子雲とは、明らかに異なる。このように本論文は、分子雲が北から南に向かって形成される現場を世界ではじめて、実際に示すことに成功したいえる。

 本研究によって、CI輝線の広域探査が可能となる以前は、観測を行っても、理論の予想を裏付けるだけにすぎないといわれてきた。ところが、実際の観測結果は、そうした予想をくつがえすものであった。本論文は、分子雲スケールでのCI広域観測が、分子雲の進化過程や構造を理解するための重要な指針を与えることを明らかにしたという点で高い価値を持つ。また、論文提出者が、富士山頂という激しい環境の中で動作する受信機を自らの手で製作し、その性能を引き出して、学術的に非常に興味深いデータを得ることが出来たことも高い評価に値する。

 なお、本文第3章は、野口卓、史生才、関本祐太郎、山本智との、また本文第4章は、池田正史、伊藤哲也、斉藤 岳、関本祐太郎、山本智、立松健一、有川裕司、麻生善之、史生才、野口卓、宮沢敬輔、斉藤修二、尾関博之、藤原英夫、大石雅寿、稲谷順司との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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