学位論文要旨



No 115893
著者(漢字) 山岡,和貴
著者(英字)
著者(カナ) ヤマオカ,カズタカ
標題(和) X線観測による、銀河系内超光速天体における降着流の研究
標題(洋) X-ray study of accretion flow in Galactic superluminal sources
報告番号 115893
報告番号 甲15893
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3937号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷畑,勇夫
 東京大学 教授 満田,和久
 東京大学 助教授 関口,真木
 東京大学 助教授 森,正樹
 東京大学 助教授 中村,典雄
内容要旨 要旨を表示する

 宇宙ジェットは、活動銀河核などで見られる普遍的現象であるにも関わらず、その生成機構や起源については謎である。ここ数年、銀河系内でもマイクロクエーサーと呼ばれる、相対論的ジェットを放出するブラックホール候補天体が続々と発見されている。これらは近傍に位置し明るいこと、かつ短いタイムスケールで変動することから、詳細な観測を通して、ジェット生成機構や降着流とジェットの関連を探ることができる絶好の天体である。本論文では2つの系内超光速天体(GRS1915+105とGRO J1655-40)のASCA衛星とRXTE衛星によるX線観測データを用いた研究を行なった。ASCAは0.5-10keVの軟X線に感度をもち、エネルギー分解能に優れる。一方、RXTEは2-250keVの広いエネルギー帯に感度をもち、その大きな有効面積から短い時間変動を追うことに威力を発揮する。さらにRXTEは1996年3月打ち上げ以来、アウトバースト中にあるこれらの天体を少なくとも週に1度は観測している。これら同時期に活躍する衛星を組み合わせることで、マイクロクエーサーについて統一的描像を与えることが期待される。我々が取り扱ったのはASCAが観測した全てのデータ(GRO J1655-40計5回、GRS1915+105計7回)と、RXTEによるGRS1915+105の1999年1月から2000年5月までの164観測のデータである。系内超光速天体について、このような系統的解析を行なったのは本研究が始めてである。

 GRO J1655-40については、1997年2月にASCAによって行なわれた軌道周期2.6日を網羅する観測を中心に解析を行なった。この観測の目的は、上田ら(1998)が過去の観測で発見した、高電離した鉄による共鳴吸収線の起源を突き止めることにあった。我々は、得られたスペクトルを軌道位相で4等分し、その全てから鉄のK吸収線構造を検出した。これは共鳴吸収をするプラズマがブラックホールの周りにほぼ軸対称的に分布していることを示唆する。吸収線の見かけの幅(160eV)が広いことから、我々は水素様およびヘリウム様の鉄イオンが混合していると結論づけた。

 得られた水素様の鉄の吸収線の等価幅は40eVと大きく、成長曲線(吸収線の等価幅を柱密度の関数として表したもの)で説明するには、鉄の運動速度にして30keV以上の速度分散が必要となる。プラズマがこの熱温度なら鉄イオンは完全電離しているはずなので、この速度分散はバルク運動によるものであると結論される。考察の結果、吸収線を生み出すプラズマは、400-1300kms-1の速度の乱流を伴った降着円盤の一部であるという解釈が最も自然であることが分かった。軌道傾斜角が70°であることから、その円盤は幾何学的に厚くなければならない。さらに、成長曲線の解析と静水圧平衡の条件から、プラズマの距離は〜1010cmと制限される。我々は本観測により、降着円盤の中に大きな乱流が存在することを始めて実証した。多分これが、αディスクモデルの必要とする効率良い角運動輸送に重要な役割を果たしていると考えられる。

 GRS 1915+105については、主にASCAを用いた鉄Kバンドの構造と、主にRXTEを用いた連続成分の起源の解明を行なった。ASCAは毎年1回ずつ観測している。2000年には、一週間に渡る多波長観測キャンペーンを行なった。1994、1995年のデータに高電離した鉄による吸収線が存在することは小谷ら(2000)によって報告されていた。解析の結果、それ以外の時期では吸収線構造は有意には検出されなかった。吸収線が検出された上の2つの時餌は20-100keVでのフラックスが小さい時に対応し、硬x線照射による光電離がプラズマの電離状態を決めている可能性を示唆する。さらに我々は、2000年の長期観測のデータを用いて、〜6.5keVに見られる鉄輝線の起源を調べた。鉄輝線は中心からのX線照射によって発生していると考えられるため、時間変動を利用して照射体と反射体の距離に制限を与えることができる。つまり、X線照射の時間変動が、反射体と照射体の距離を光が伝わる時間よりも短い場合、蛍光輝線の強度は連続成分の変動を追随できず、等価幅が変化するはずである。我々は、様々なタイムスケールでの鉄輝線構造の変動を解析することで、反射体までの距離を1011〜1013cmと制限した。その起源として、吸収線を作るプラズマと同一の降着流を考えて矛盾はない。

 次に、GRS 1915+105の連続成分を起源を調べるため、4-10keVと25-50keVの強度相関図を作り、3つの状態(very high state、high state、low state)に分類した。一般に、ブラックホール候補天体のX線スペクトルにはソフト成分とハード成分の2つがある。very high stateはソフト・ハード成分とも高いフラックスを示す状態で、high stateはソフト成分が卓越、low stateはハード成分が卓越した状態である。ソフト成分は光学的に厚い降着円盤からの熱的放射(Multi Color Disk=MCDモデル)、ハード成分はべき関数(power law)で近似されることが知られている。しかし、ハード成分が広いエネルギー範囲に渡って単一のべき関数である物理的根拠はなく、ソフト成分と切り分けることは容易ではない。

 時間変動は、X線放射の基礎過程を最も直接的に反映していると考えられる。そこで我々は、エネルギーバンドごとにパワースペクトルを作成し、ある周波数成分の変動を作っているエネルギースペクトルを調べた。その結果、1-10Hz程度の早いタイムスケールの変動スペクトルは、状態によらず普遍的に、特徴的なbroken power lawの形で表されることを突き止めた。それは5-10keV程度のエネルギーに折れ曲がりをもち、それより低エネルギー側で光子指数〜1.8を示す。一方0.1Hz以下の遅いタイムスケールでは、ソフト成分の変動が顕著になる。我々は、この時間変動の違いを利用し、最もモデルに依存しない仮定としてハード成分を上のbroken power lawの形で表したところ、全てのスペクトルがそれとMCDモデルとの和でよく再現できることがわかった。

 強度変動が小さいデータに対し、MCDモデルによって得られた内縁半径、温度のパラメータ(Rin,Tin)をプロットすると、2つのブランチにはっきりと分かれる(図1)。高温ブランチ(HTB:Tin〜2.O keV、Rin〜20km)はhigh stateに対応し、低温ブランチ(LTB:Tin〜1.O keV、Rin〜50km)はvery highおよびlow stateに対応する。HTBの温度は高く、光度がエディントン光度だとしても、内縁半径が3倍のシュワルツシルド半径となっているような標準円盤では説明できない。また、光度はRinに寄らずほぼ一定となっている。この観測事実を自然に説明するものとして、光学的に厚い移流優勢円盤(optically thick ADAFあるいはslim disk)がある。これは質量降着率が十分大きい場合に存在し、度会ら(2000)の計算によると、見かけの内縁半径は最内安定軌道よりも小さく、光度はエディントン光度付近で飽和することが知られている。さらに、HTBの円盤成分のスペクトルは、温度が半径の-0.5乗に比例していると考えて矛盾はなく、理論の予言とよく一致する。一方、LTBの結果は、標準円盤モデルでよく説明できる。Rinが質量降着率とともに増加する事実は、円盤が熱的に不安定になる半径が質量降着率とともに変化することを表している。

 ハード成分の特徴は以下のようにまとめられる。very high stateの20-30keVの範囲の光子指数は2.6-3.2に分布し、low stateのそれは2.0-2.6に分布する。光子指数と円盤成分の光度との間に正の相関が見られる。また、very high stateではハード成分の全光度が円盤成分の光度にほぼ比例するが、low stateでは円盤成分の光度によらずファクター2の範囲でほぼ一定である。ハード成分の起源は、標準円盤が何らかの不安定性を生じて光学的に薄いADAFがブラックホール近傍で形成され、その中の高エネルギー電子が、降着円盤からの軟光子を逆コンプトン散乱することによって生じたものと考えられる。光子指数と円盤光度との正相関は、逆コンプトン散乱による冷却とイオンによる重力エネルギー供給のバランスが電子温度、すなわち光子指数を決定していると考えて矛盾がない。一方、ハード成分の光度と円盤成分の光度との関係は、very high stateでは円盤の質量降着率とADAFの質量降着率が同一だが、low stateでは両者が異なることを暗示している。

 1999年と2000年のASCAとRXTEの同時観測中に見られた特徴的な時間変動(図2)は、光学的に厚いADAFと標準円盤の間の遷移によって引きおこされていると考えられる。これらは降着円盤の熱平衡曲線によってよく説明される。さらに、こうしたADAFと標準円盤との間の遷移によってジェット放出が引き起こされている可能性がある。その証拠として、我々は2000年の多波長キャンペーンの観測で、この遷移に伴う赤外線でのフレアを観測した。標準円盤に溜った物質がADAFとなって自由落下に近い速度で中心付近に流れ落ちるとともに、膨大な重力エネルギーが解放されて、ジェットが放射されるのかもしれない。

図1:標準円盤モデルによって得られた内縁半径、温度の関係。2つの領域(高温と低温)にはっきりと分かれる。これらはRXTEのモニタ観測データから得られた。

図2:超光速天体GRS 1915+105の特徴的な時間変動。左が1999年で右が2000年のASCAとRXTEの同時観測中に得られた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は8章よりなり、第1章の導入に続き、第2章で銀河系内超光速ジェット天体と降着円盤についてのレビューがなされ、第3章では氏が解析を行ったデータを集積した、ASCA衛星およびRXTE衛星に搭載された検出器の概要が述べられている。その後、第4章ではGRO J1655-40天体、第5章ではGRS 1915+105天体のデータの記述がなされている。第6章ではASCAで観測されたGRO J1655-40の、1997年におけるアウトバーストのスペクトルに見られる、鉄-K吸収線について議論をし、この吸収は乱流を含む降着円盤によるものである可能性を示している。第7章ではGRS 1915+105天体の連続スペクトルの部分について議論をし、ソフトな成分とハードな成分の時間変動解析から両者を分離し、ソフトな成分の起源であると考えられる光学的に厚い降着円盤には二つの違った状態が有ることを見つけだした。その解釈として、通常状態の他に光学的に分厚いADAF(advection-dominated accretion flow)状態で有ることを提案している。さらに、GRS 1915+105天体の急激な時間変動はこの二つの状態間の遷移によって起こることを提案している。最後の第8章では論文全体がまとめられている。

 この論文で氏は低いエネルギーのX線の時間変化と高いエネルギーのX線の時間変化の間の相関を見るという新しい解析法を導入し、降着円盤の状態に二つの違ったものがあることを発見している。これは、臨界光度に近いX線光度において光学的に厚いADAFの存在を直接示唆する初めての観測事実である。このことは、氏の論文が学術的に優れたものであることを示している。

 なお本論文の内容は、井上一、上田佳宏との共同研究であり三名の共著で日本天文学会欧文研究報告(PASJ)に投稿予定であるが、論文提出者が主体となって分析・解析を行ったもので、特に上記の新しい解析法の導入など論文提出者の寄与が重要で有ると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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