学位論文要旨



No 115896
著者(漢字) 今枝,佑輔
著者(英字)
著者(カナ) イマエダ,ユウスケ
標題(和) シアー流解析のための新しいSPH法の開発とその天体物理学への応用
標題(洋) Development of a New SPH Scheme for Shear Flows and Its Astrophys ical Application
報告番号 115896
報告番号 甲15896
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3940号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 助教授 吉村,宏和
 東京大学 助教授 牧野,淳一
 国立天文台大学 教授 観山,正見
 国立天文台大学 教授 木下,宙
内容要旨 要旨を表示する

 新しい観測技術、新しい観測装置の立ち上がりなどによって、星形成領域における我々の知見は、近年、飛躍的に増大してきた。なかでも、若い星の多くが誕生時にガス円盤を伴っていることがわかったことは、大きな発見である。このガス円盤は原始惑星系円盤とよばれている。まさにこの原始惑星系円盤の中で、惑星形成や連星系形成が進行するものと考えられる。観測的に、恒星は単独星として生まれるよりも、連星もしくは多重星として生まれることのほうが多いことがわかってきた。太陽系外に新たに発見された惑星から、この宇宙には多種多様な形態の惑星系が存在していることもわかってきた。現在、連星系や惑星系がどのように形成されるのか、その形成過程を調べる研究が、非常に活発に行われている。

 例えば、形成途中にある惑星や連星系は、周囲に残っている原始惑星系円盤と激しく潮汐相互作用を行う。この潮汐相互作用は、惑星・連星系さらには原始惑星系円盤の、その後の進化を決定するのに非常に重要な役割を担っている。例えば惑星の軌道離心率が進化と共に増加するのか、それとも時間と共に減少し円軌道を描くようになるのかといった問題は大変興味深い問題である。また、惑星は形成されたそばから軌道長半径が減少し、短時間で中心星まで落下してしまうといった描像が線形計算の結果から得られている。一方、我々の太陽系は、現在確かに存在している。このことは、どこかの段階で何らかの非線形的効果が重要になることを示唆している。現在、惑星・連星系と原始惑星系円盤の相互作用を理論的に詳細に解析することが求められている。

 しかし、惑星・連星系と原始惑星系円盤の潮汐相互作用は非常に非線形的な現象であり、解析的に取り扱える部分は限定される。従って、数値実験による研究が持つ意味は非常に大きい。一方、潮汐相互作用による進化の時間尺度は、動的時間尺度(つまりケプラー回転周期)に比べて非常に長い。進化を知るには、運動の長時間積分を行わなければならない。従って長時間の現象の時間進化を正しく追えるような数値計算法を開発していくことも惑星系・連星系の形成過程を研究していく上で、必要不可欠な重要なことである。

2 シアー流の解析においてSPH法が抱える問題点

 我々は数値実験のひとつの手法としてSPH法を考える。しかしながら、従来の必要になる。SPH法はシアー流を含む系の長時間積分に対して、非常に大きな問題点を抱えている。1動的時間を超えて時間積分を行うと、Δp/p〓1の密度誤差を生じてしまい、流体の正しい時間進化を追うことができない。我々はこの問題点が生じるメカニズムについて詳しく解析した。シアーは常に流体を一方的に引き伸ばす一方、SPHにおける粒子の広がり(カーネル)は、シアーによる引き伸ばしを考慮していない。従って、粒子と粒子が近づきすぎた場合には、密度が高くなったものと間違えてしまう(図1右)。従って、その適用限界は、シアーによるカーネルの引き伸ばしが球形のカーネルで近似できなくなる時点、すなわち1ダイナミカル時間程度であると説明できる。この結果は、従来のSPH法で問題が生じる時間尺度を正しく説明している。(図1左)。

3 シアー流を高精度に記述するSPH法の改良

 シアー流の長時間積分が可能なSPH法を開発するために、SPH法の再定式化を正しく行った。その結果、密度の定義と流体の連続の式が同時に正しく満たされるためには、流体の速度場も同時に

のように定義される必要がある。この速度場の定義式は、位置xiで流体の速度viを定義する。しかしこの流体の速度は、一般に粒子白体の速度x・iとは異なる。その差は非常に小さく、空間精度に対応するところのカーネルの大きさhの2乗の誤差である。しかしながら、シアーによる流体素片の変形は時間的に一方的に変化するので、長時間積分を行う際にはこの小さな誤差が無視できない。我々は、粒子の速度と流体の速度を区別して取り扱うことで、長時間の時間積分に対しても、正しくシアー運動を追うことができるような新しいSPH法を開発した。

4 改良SPH法を用いたCircumbinary Diskの長時間進化の解析

 我々は、改良SPH法をCircumbinary Diskの運動に対して適用し、その長時間積分を追った。一般に、連星系の軌道離心率がある程度大きな値を持っている場合には、解析的な取り扱いが難しい。このような計算は、空間メッシュを用いた数値計算でも取り扱いが難しい。そこで我々は、他の手法では取り扱うことが困難である、連星系の軌道が楕円であるような場合について、連星系とCircumbinary Diskの相互作用を調べた。

 観測的には多く連星系が大きな離心率をもった軌道を描いている。一方、理論的にも初期に円軌道を描いている連星系はガス円盤との相互作用の結果、軌道離心率を獲得することがわかっている。いったん離心率を獲得した後の進化の議論は、本来軌道が楕円であるような研究によって行われなければならない。従って、今回我々が行った計算は、まさに一般的な連星系を想定していることにあたる。

 我々は数値実験の結果、離心率がある場合にはCircumbinary Diskにm=1の密度波が励起されることをあきらかにした。この波は連星系から非常に遠い位置で励起される。この結果は、これまで多くの研究者によって研究が進められてきた線形解析の結果と一見矛盾する。しかし、この結果は解析的に説明できる。我々が見ていた結果は、これまでその物理的重要性が軽視されてきたl=0のモードに属する結果、すなわち(m=1,l=0)のモードであり、天体力学における3体問題での永年共鳴に起源を持つ波の励起である。

 我々は、この数値実験の結果と、GG Tauriの観測結果を比較した。その結果、両者は良い一致を示すことが示された。UY Aurigaeとの比較では、良い一致は見られなかった。しかしながら、その観測の不定性を考慮すると、観測結果から得られた連星系の軌道要素に関する結果は不確定である。逆に我々の結果から、UY Aurigaeの連星系は軌道離心率が大きいと予言することができる。このことは、今後の詳細な観測によって確かめることができる。

5 今後の課題

 今回我々が改良したSPH法の手法は、原始惑星系円盤の現象を解き明かすのに役立つだけでなく、シアーを含んでいるような他の天体物理学的現象(例えば銀河円盤の運動の解析など)を研究する際にも適用が可能である。数値計算上の今後の課題としては、例えば計算のダイナミックレンジを稼ぐ手法として導入される、variable smoothing lengthを使った計算手法を我々の計算スキームの中で確立させることなどが挙げられる。Variable smoothing lengthによる計算は、多くのSPH法で使われているにもかかわらず、その正しい理論的導出はいまだに行われていない。

 一方、我々が考えているようなガス円盤の物理と、粒子系の物理との間には密接な関係があり、今回我々が示した(m=1,l=0)の結果と同様な結果が粒子系の物理でも得られている。両者の類似点及び相違点、そしてそれらを決めている物理過程を明らかにすることも今後、非常に重要な研究になるものと考えられる。

 図1:左図:シアーによる流体素片の変形。右図:シアーによるSPH粒子の運動

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章からなりその構成は以下の通りである。第1章は本論文の持つ天文学的背景及びその意義、第2章は考慮ざれる物理方程式系、第3章は従来の計算法についてのレビュー、第4章は従来の計算法がシアー流の計算において本質的に持っている問題点、第5章はその問題解決の為の方策と新しい流体計算法の構築、第6章は新計算法の天体物理学への応用計算、第7章は論文全体のまとめとなっている。

 惑星系や連星系といった天体の形成に関しては、原始惑星系円盤と呼ばれるガス円盤の中で形成が進行するというシナリオが、観測的にも理論的にも受け入れられている。しかしその詳細は未だ不明である。特に、最近の太陽系外の惑星系や、若い連星系を取り囲む円盤の形状などの観測によって、円盤と連星系の相互作用や、円盤内での巨大惑星へのガスの流入問題など、理論的に解明すべき問題が明らかとなってきた。それらの過程を定量的に詳しく解明するためには、特にガス円盤が何回転もするような長時間にわたって原始惑星系円盤の力学進化を調べる必要がある。この力学進化は非線形過程であるので、数値的に計算する必要がある。ところが、既存の数値計算法は、これらの問題を解く上で様々な問題点を抱えていた。従って、原始惑星系円盤の長時間力学進化を正しく計算できる新しい数値計算法の開発が必要とされていた。

 本論文で論文提出者は、数値計算法として、Smoothed Particle Hydrodynamics(SPH)法と呼ばれる数値計算法を採用した。SPH法はラグランジュ的計算法に分類される計算法で、流体をN個の粒子で代表させて時間進化を考える。SPH法は天体物理学の様々な分野において流体運動の時間進化を計算する方法として広く使われている計算法のひとつである。しかし従来のSPH法は音速が小さい場合のシアー流を含む問題において、長時間計算すると密度進化を正しく追うことができないという問題を含んでいることを、論文提出者は明確に示した。そして、この問題点がSPH法という数値計算法自体に含まれる根本的な問題であることを明らかにした。

 この問題を解決するために、論文提出者は、SPH法の定式化を詳細に再解析して、従来のSPH法では粒子の時間発展そのものを流体の運動方程式に従って与えていたのに対し、流体の運動方程式が満たされるためには各粒子の時間発展は流体の運動方程式とは違う時間発展方程式によって定められるべきであることを示した。そして、流体の運動に無矛盾な形で粒子の運動を決定する時間発展方程式を初めて導出した。さらに、この粒子の時間発展方程式を使う新たなSPH法は、シアー流の長時間計算においても密度進化を安定かつ高精度に計算することを実証した。

 論文提出者は、新しく構築した計算法によって、連星系とそれを円環状にとりまく原始惑星系円盤との潮汐相互作用を解析した。ここで考慮されたのは、連星系の軌道離心率の違いである。その結果、軌道離心率が十分大きな場合には(軌道離心率が0.5以上)、原始惑星系円盤内にm=1の定常的な密度構造が形成されることを明らかにした。この結果は、新たな計算法の開発により、長時間の数値計算が可能となることで初めて得られた結果であり、同時に、天文学的にも興味深い現象の発見である。最近の観測によれば、生まれて間もない連星系を取り巻く円盤において、円盤からの輻射にm=1のモードと解釈できる非一様性が存在することが報告されている。今後の詳細な観測を待つ必要があるが、本論文の結果が、これらの観測的結果に理論的解釈をつける可能性がある点で、観測的観点からも重要な研究である。

 以上、論文提出者は、1)従来の数値計算法の問題点を根本的に解決する新たなSPH法を開発して、シアー流を含むような円盤系の長時間の力学進化の計算に初めて成功し、2)その方法を用いて、原始惑星系円盤と連星系との相互作用の結果生じる新たな現象を発見した。本論文によって示されたこれらの成果は、惑星系や連星系の形成過程の解明を大きく前進させるものとして高く評価できる。

 なお、本論文第5章は犬塚修一郎氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク