学位論文要旨



No 115897
著者(漢字) 鎌崎,剛
著者(英字)
著者(カナ) カマザキ,タケシ
標題(和) 野辺山ミリ波干渉計によるへびつかい座星形成領域の観測的研究星形成前期段階にある高密度コアの構造と進化
標題(洋) MM-Wave Interferometric Study of the ρ Ophiuchus Star Forming Region Detail Structures and Evolution of Pre-Protostellar Cores
報告番号 115897
報告番号 甲15897
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3941号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山下,卓也
 国立天文台 教授 長谷川,哲夫
 東京大学 助教授 山本,智
 東京大学 教授 中田,好一
 国立天文台 教授 川辺,良平
内容要旨 要旨を表示する

 星は誕生した時の質量によりその一生が決定されるので、その形成過程を探り、星の質量がどの様に決定されるかを知る事は非常に重要な事である。そして、その為には原始星の進化過程を探ると共に星形成の初期状態も知る事が必要である。その星形成の初期状態を所持していると考えられるのが原始星形成の母体である高密度コアである。そこで我々は野辺山ミリ波干渉計を用いてρOphiuchusA領域にあるサブミリ波源(SM1及びSM1N)の3mm連続波及び12CO(J=1-0)分子輝線の観測を行なった。これらのサブミリ波源は高密度(〜107cm-3)であるものの双極分子流やセンチ波という原始星に付随する現象が報告されておらず、星形成前期段階にある高密度コア(pre-protostellar core)と考えられている。

 我々の観測の結果、サブミリ波源(SM1及びSM1N)に付随する3mm連続波は大きさが600-1100AU程度の6つの微小なコアに分解された。その内の2つはSM1の位置より南東及び北西に位置している。またSM1Nに対応すると考えられる微小なコアも検出された。

 これらの微小なコアの天球面上での間隔は典型的には〜1200AUであり、全体としてSM1の北で交わる二つのフィラメント状の構造を形成している。微小なコアの水素分子ガスの質量は0.054・0.14M〓、密度は(2.0-15)x107cm-3である。さらに、この質量を小さなコアのサイズを持つ一様な密度の球において重力的に束縛される質量(ビリアル質量)と比較してみると同程度であり、これらの小さなコアが重力的に束縛されている事も分かった。

 3mm連続波はダストからの熱輻射によるものと考えられので、この結果はこの領域における柱密度を反映した結果であると考えられる。これまで分子輝線の観測からpre-protostellar core内に小さなスケールの存在を示唆する結果が一例報告されているが、その結果は分子の存在量の変化による可能性を否定出来無い。また、彼らの結果はそれらの小さなスケールの構造が重力的に束縛されていなく一時的な構造の可能性が高い。しかし、今回の我々の結果はその影響の無いダスト連続波の観測からであり、重力的にも束縛されている。よって、これまで一つのコアと思われてきたpre-protostellar coreがこの様な小さなスケールのコアの集合体である事を強く示している。

 さらに、CO分子輝線の観測より、この領域においてこれまで未検出の新しい双極分子流を一つ発見した。しかし、その双極分子流は微小なコアとは関係無い近赤外線源に付随するものと考えられ、微小なコアに付随するものは検出されなかった。また、一つの微小なコアを除いてセンチ波も検出されていない。高密度あるにもかかわらず、このような原始星の存在の兆候が検出されていない事はこれらの微小なコアの大半が双極分子流を伴う原始星が形成される前の進化段階にある事を示している。一方、一つの微小なコアにはセンチ波源が付随している可能性がある事が分かった。この事はこの微小なコアにおいては原始星の形成が起きている可能性が高い事を示唆している。また、微小なコア単体で収縮する時間と小さなコア同士の衝突の時間を比較してみるとどちらも〜104年程度と同じである。以上の結果は、少なくともこの領域においてはこれらの微小なコアが単独もしくはそれらの集合合体という過程で星形成が起きている事を強く示唆している。

 フィラメント状の分子雲の分裂及び収縮過程において加熱が冷却よりも効き出すと等温性が破られて温度が上昇し、内部圧力が強くなり収縮及び分裂が停止して微小なコアが多数形成される事が理論的に提案されている。ρOphiuchusA領域は近くにあるB3型星S1の影響でフィラメント状の構造をしており、我々の発見した微小なコアはその様な過程の結果、誕生したものであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 低質量星の星形成は中心に原始星が形成される進化段階に達すると分子双極流などの活動現象を示すようになることから、注目を集めて盛んに研究がなされて、多くの知見が得られてきた。しかし、原始星が形成される前の進化段階にあり原始星形成の初期条件についての情報を有すると考えられる前原始星コアについては、観測データが少ないために統一的な理解には達しておらず、実証的研究はまだ始まったばかりといってよい。

 本論文の目的は、このような背景のもとで、そのもっとも有力な候補である“へびつかい座”星形成領域の前原始星コアについて、野辺山宇宙電波観測所のミリ波干渉計(NMA)を用いた高空間分解能の連続波の観測により、前原始星コアの内部構造を明らかにすることにある。ミリ波帯の連続波は固体微粒子からの熱放射であり、光学的に薄く化学反応の影響を受けにくいことから、天体の密度・温度構造の良い指標と考えられているが、これまでの干渉計では、前原始星コアの連続波の観測を行うには感度が十分ではなかった。こういった状況の下で最近のNMAの受信機等の改良によって感度が向上したのをうけて、論文提出者は世界に先駆けて観測的研究を行った。

 本論文は全4章から構成されており、まず第1章では、高密度コアから前主系列星に至る低質量星形成の研究についてレビューし、中心にまだ原始星の形成されていない高密度コア(前原始星コア)の基本的理解の欠如を指摘して、その観測的研究の重要性を述べている。その上で、最も近い活発な星形成領域である“へびつかい座”領域のこれまでの観測的研究をレビューし、高密度で星形成活動が見られず、かつ連続波が強いという条件を満たした“へびつかい座A”領域の高密度コアであるSM1,SM1Nをターゲットとして選択している。

 第2章では、本論文の最も重要な3mmと2mmの連続波による観測により明らかにされた詳細構造とその解釈が述べられている。これまでの観測では2つの高密度コアからなると考えられていた対象天体を、6つ以上の小さなコアに分解することに成功している。これらの小さなコアは1000天文単位程度のサイズと0.1太陽質量程度の質量を持ち、それぞれが、ほぼ自己重力による拘束状態にある事を示した。また、同領域の12CO輝線の高感度の観測も行い、新たな分子双極流を発見しているが、これらは今回着目している小さなコアには付随していない。これに過去の観測結果を加えて、6つのうち1つを除く5つの小さなコアが前原始星コアの進化段階にあることを示している。この上で、これまでの観測から推定されるもっともらしい速度構造を仮定した考察により、これらの小さなコアのそれぞれが星に進化する可能性と共に、これらの小さなコアが合体して星形成を起こす可能性を指摘している。

 第3章では、連続波の観測では得られない速度情報を得るために行った分子輝線観測の結果とそれに基づいた考察を述べている。C170とH13CO+輝線データからは10以上の小さなコアを同定し、そのデータをもとにこれらの小さなコアも自己重力による拘束状態にあると推定している。しかし、そのピークの位置などの2次元分布は連続波のそれと必ずしも相関が良いとは言えない。論文提出者は、詳細な検討の後、この原因として、いくつかの可能性の中から、ガス相の分子が低温高密度の環境で固体微粒子に固着する説をもっともらしいものと結論している。また、小さなコアの相対運動は領域全体にわたる系統的なものではなく、ランダムに近いもので、その速度も含めて前章での推論と矛盾しない。

 第4章では、前原始星コアがこれまで思われていたよりも小さなコアに分解した今回の結果にもとづき星形成の理論的研究との整合性のあるシナリオを提唱し、今回の結果の普遍性の検証のために、今後、同種の観測の必要性を述べている。

 以上のように、本論文は、野辺山干渉計の連続波観測により、星形成の過程のもっとも初期にあたる前原始星コアをさらに小さなスケールの構造により構成されていることを初めて明確に示し、星形成の起こる前の状態を明らかにしたものである。これにより、星形成における小さなコアの合体による成長の可能性、また、クラスター形成、多重星形成の手がかりになることが期待され、本論文の成果は博士(理学)を与えるに十分な内容であると認められる。なお、本論文は齊藤正雄氏、平野尚美氏、梅本智文氏、川辺良平氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測・解析・考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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