学位論文要旨



No 115898
著者(漢字) 中村,理
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,オサム
標題(和) 近傍フィールド楕円銀河の星の種族構成の解明
標題(洋) The Stellar Populations in Nearby Field Elliptical Galaxies
報告番号 115898
報告番号 甲15898
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3942号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 助教授 牧野,淳一郎
 東京大学 助教授 土居,守
 国立天文台大学 教授 郷田,直輝
 国立天文台大学 助教授 山田,亨
内容要旨 要旨を表示する

 本論文はフィールドの楕円銀河の星の種族構成を解明し、楕円銀河の星生成史の描像を構築することを目的とする。また、そのために用いられる手法の精度を確立する。

 楕円銀河の星がいつ、どのようにして形成されたのかについては主に二つの仮説が提唱されており、いまだに議論が分かれている。一つの仮説は宇宙の初期に巨大なガス雲がエネルギー散逸を伴う収縮をして爆発的星生成を行い、以降は受動的進化を行って現在にいたる(Larson1974、他)というものである(散逸収縮説)。もう一つの仮説は、ガスを豊富に持った銀河同士が宇宙の初期から最近にいたるまで星生成を伴う衝突合体を繰り返して楕円銀河に成長したというものである。これはコールドダークマター(CDM)モデル(Kauffmann et al.1993、他)に基づく階層的衝突過程に沿って理解される(階層的衝突説)。散逸収縮説が楕円銀河の星の種族は一様に古いことを予言するのに対して、階層的衝突説は楕円銀河の星の種族に広い年齢幅があることを予言するため、楕円銀河の星の種族の年齢を知ることが両仮説の是非を知る手がかりとなる。しかし、近年の階層的衝突説は、銀河団においては、その密度の高さにより宇宙の早い時期に活発な衝突がおきて大半の星が生成されることを予言するようになった(Kauffmann&Charlot1998)。これは同説が、銀河団の楕円銀河は年齢差のあまりない古い星の種族によって構成されることを示唆しており、散逸収縮説の予言に非常に近づいている。実際この予言は、遠方から近傍までの銀河団の楕円銀河の持つ色と等級の関係を良く説明することができる。こうしたことから、銀河団の楕円銀河の星の種族によって両仮説の検証を行うことは難しくなっている。これに対し、階層的衝突説の予言するフィールドの楕円銀河の星の種族は、質量の大きな銀河のものほど若いという傾向を持つ。これは同説では、フィールドの密度の低さのために衝突頻度が下がり、大きな楕円銀河に成長するためにはより最近まで衝突を行う必要があるためである。これは散逸収縮説の予言とは異なる特徴である。したがって、フィールドの楕円銀河の星の種族の年齢が、楕円銀河の形成史を解く鍵を握る。

 しかし、従来、楕円銀河の星の種族の年齢を測定することは不可能であった。これは楕円銀河においては年齢のもたらす効果と金属量のもたらす効果がそのスペクトルにおいて縮退しているためである(Worthey1994、他)。この縮退を破って初めて年齢の導出を可能にしたのが、楕円銀河のスペクトルに見られるバルマー吸収線を用いる手法である。これは比較的年齢に敏感であるバルマー吸収線を、吸収の強さを定量化したモデルを介して光度平均年齢に変換するもので、Worthey(1994)によって最初のモデルが開発されて以降、急速に広まっている。当時、使用されていたバルマー吸収線指数は単独で縮退を解くものではなく、別の金属吸収線指数と組み合わせることが必要であった。そのため、組み合わされる吸収線の金属の存在比率が算出される年齢に大きな系統的誤差を与えていた。これに対し、Vazdekis&Arimoto(1999)とVazdekis et al.(2000)は単独で縮退を解く指数定義をHγにおいてVazdekis(1999)のモデルをもとに開発した(Hγσ指数)。これにより、他の金属吸収線に影響されない、絶対年齢の測定が初めて可能になったのである。本研究では、この指数を用いて楕円銀河の星の種族の絶対年齢を解明する。ところが、吸収線を用いた年齢算出法の信頼度に疑問を投げ掛ける問題がGibson et al.(1999)により報告された。彼らはこの手法を用いて我々の銀河系の球状星団の一つである47Tucの年齢を算出し、200億年を大きく越えるという結果を得たのである。球状星団の年齢測定法のなかでは最も精度の高い転向点を用いた結果からは100億年から140億年程度の年齢が同星団に示唆されている。そのため、この大きな年齢の差はバルマー吸収線を用いた年齢測定法の欠陥によるものとして認識されたのである。我々はこの手法を応用する以前に、この問題を解決しておかねばならない。

 この現状を踏まえ、本研究は以下の二つの取り組みを行った。一つ目の取り組みは、バルマー吸収線を用いた年齢測定法の精度の確立である。この目的のため、本研究では我々の銀河系にある球状星団を複数個分光観測し、47Tucに報告された問題が他の球状星団においても共通して見られるかを調べた。絶対年齢を解析するため、指数にはHγσを用い、年齢への変換にVazdekisのモデルを介した。その結果、得られた星団の年齢は、転向点より求められた年齢(80億年から120億年)と十分良く一致することを明らかにした(図1)。この結果はHγσ指数とVazdekisモデルの精度を保証するものである。いずれの星団においてもGibson et al.の報じたような極端に大きな年齢が見られなかったことから、彼らの報じた問題の原因は47Tuc自身か、彼らの用いた指数にあることが強く示唆される。本研究はまた、HδにおいてはCN分子の吸収線が大きな不定性を与えることを確認した。Hβでは輝線の影響をより強く受けやすい(Gonzalez1993)。したがって、Hγσ指数の利用は絶対年齢を知るための唯一安全で強力な手法である。

 次に、二つ目の取り組みとして、本研究は近傍フィールドの楕円銀河について、精度の保証されたHγσ指数とVazdekisのモデルを用いて、星の種族の絶対年齢を解析した。フィールドの楕円銀河の星の種族年齢については、Wortheyのモデルを用いてHβ吸収を調べたGonzalez(1993)以外に観測的研究がなされていない。彼の結果は、フィールドの楕円銀河の年齢は30億年から150億年までという大きな幅を持つものであった。しかし、Hβには輝線の影響が不定性を与える上、組み合わせる金属吸収線の系統的誤差によって相対的な年齢しか分からない。そこで本研究は、これらのフィールドの楕円銀河が実際に大きな年齢幅を持つものであるのか、Hγσ指数を利用した絶対年齢の測定によって明らかにし、それぞれの星の種族の他の特徴からフィールドの楕円銀河の星生成史の描像を構築することを試みた。対象とするフィールドの楕円銀河はGonzalezのサンプルの中から年齢の広がりにそって6つを選びだし、それらのHγの分光データを処理し、Hγσ指数を求めて光度平均での絶対年齢を導いた。その結果、絶対年齢においてフィールドの楕円銀河には大きな年齢差があることを明らかにした(図2)。楕円銀河の絶対年齢の測定は世界で初めてである。

 年齢差の存在は、散逸収縮説を否定し、階層的衝突説に沿う。しかし、階層的衝突説が予言するような、大きな楕円銀河ほど若いという傾向は見られなかった。これはGonzalezの結果においても同様であり、階層的衝突説をも否定する。ここで本研究はマグネシウムと鉄の相対存在比に注目した。鉄とマグネシウムのそれぞれの吸収量からモデルを介してマグネシウムの鉄に対する存在比を算出すると、光度平均での種族年齢が古いほど高く、若いほど低い。これはマグネシウムを多く放出するII型超新星と、鉄を多く放出するIa型超新星の影響の違いによるものと考えられる。II型超新星が星生成とほぼ同時期から現れるのに対して、Ia型超新星は星生成が起きてから10億年以上を経てから現れると考えられているため、この比の高い楕円銀河では星生成がたかだか10億年以内に終わったことを示し、逆にこの比の低い楕円銀河では星生成がより長い時間に渡って行われたことを示している。Gonzalezのサンプルと合わせて見ると、この比の低い楕円銀河は少数であり、代表的な存在ではないことが示唆される。これらの事象は次のような描像を考えれば矛盾なく説明することが可能である。即ち、多くのフィールドの楕円銀河は宇宙の初期に形成されて以後、受動的な進化をたどったが、一部は最近に質量のたかだか10%程度が二次的な星生成を行った、というものである。なぜならば、後から生まれた二次的な種族はIa型超新星の影響を受けているためにマグネシウムの鉄に対する比が低くなるはずであり、こうした若い星の種族は古い種族に比べて圧倒的に明るいために、ごくわずかにでもそうした種族が含まれていれば観測される光度平均年齢を支配するからである。

 以上、本研究はHγσ指数を用いた絶対年齢の測定法の精度を確立し、これを用いて初めて楕円銀河の絶対年齢をフィールドのものについて求めた。そして、フィールドの楕円銀河の星生成史として、多くの楕円銀河は宇宙の初期に星生成を終え、ごく一部の楕円銀河は二次的に少量の質量の星生成を行った、という描像を得た。

図1:測定された球状星団の年齢。Hγσ指数のうち、Hγ≦130を左図に、Hγ125を右図に示す。横軸はともにFe4383である。実線と点線はそれぞれモデルの年齢が一定の線、[Fe/H]が一定の線を表す。黒丸が観測した球状星団である。測定を行った際のスペクトルの速度分散は、左図が観測時のもの(60km/s)、右図が125km/sでのものである。

図2:測定されたフィールドの楕円銀河の年齢。Hγσ指数のうち、左から順に、Hγ125、Hγ200、Hγ275を示す。これらは銀河の速度分散にしたがって使い分けられる。黒丸が観測した楕円銀河である。モデルは図1に同じ。

審査要旨 要旨を表示する

 楕円銀河を構成する星の種族の年齢を決定することは、楕円銀河の起源を研究する上で重要である。これまで、楕円銀河のスペクトルでは年齢の効果と金属量の効果とが縮退しており、その年齢を決定することが事実上不可能であった。最近、水素Hγ吸収線に両端の金属吸収線を含めてその強度を測定すると、この縮退が解けることが明らかにされ、金属量とは独立に楕円銀河の年齢を決定するHγ法が提唱された。本論文はこのHγ法によって楕円銀河の年齢を求め、未決着の楕円銀河の起源の問題を新しい観点から考察したものである。

 本論文は4章から構成されている。Hγ吸収線による年齢決定法の信頼性を銀河系の球状星団を観測して確認した第一部(第2章)と、楕円銀河のHγ吸収線の強度を測定してその年齢を決定した第二部(第3章)とからなり、第1章は本論文全体への導入の役割を果たし、第4章では本論文の結論がまとめられている。

 第一部ではHγ法の信頼度を銀河系の球状星団を用いて詳細に検討している。Hγ法が提唱された後、それを47Tucに適用するとその年齢が200億年を越えるとの報告がなされた。これは色一等級図の転向点から求めた精度の高い年齢の約2倍にも達するので、Hγ法は年齢を過大評価しているのではないかと、その信頼性に強い疑問が投げかけられた。ここでは、この現状を踏まえ、47Tucと同程度の金属量を持つ複数の銀河系の球状星団を分光観測し、47Tucの問題がHγ法の欠陥に起因するものであるのか、それとも47Tucという球状星団の持つ特異な性質によるものであるかを調べている。観測した6個の球状星団のうち、データの処理の過程で背景光の除去が困難であると認められた球状星団NGC6440とNGC6712を除くと、残りの全ての球状星団NGC6316、NGC6356、NGC6624、NGC6652について得られた年齢は転向点より求められた年齢(80億年から120億年)と十分良く一致する。この結果はHγ法の精度を保証するものである。いずれの星団においても47Tucで報じられたような極端に大きな年齢が見られなかったことから、問題の原因はむしろ47Tucの特異性にあったことが強く示唆される。また、Hγ線と類似のHδ線とHβ線を用いて年齢を評価する方法についても検討している。Hδ線においてはCN分子の吸収線が大きな不定性を与えること、Hβ線では輝線の影響を強く受けやすいことを明らかにし、Hγ線のみが星団や楕円銀河の年齢を知るための唯一安全で強力な手法であることを十分な説得力をもって示した。これはHγ法によって楕円銀河の年齢を評価することに対して強い根拠を与える重要な結果である。

 第二部では楕円銀河の起源について散逸収縮説と階層的衝突説という二つの仮説の違いが、フィールドの楕円銀河の年齢の推定結果に顕著に現れることに着目している。散逸収縮説では、楕円銀河は環境によらず一様に古いとの結論になる.それに対し、階層的衝突説では、フィールドの密度の低さのために衝突頻度が下がり、大きな楕円銀河に成長するためには最近まで衝突を繰り返す必要があるため、質量の大きな銀河ほど若くなると予想される。この観点から、ここでは第一部で精度を保証したHγ法を用いて、フィールドの楕円銀河について世界で初めて年齢を評価している。本論文では過去の研究によって大きな年齢差があると推定されている楕円銀河6個を選び出し、それらの分光データを処理し、Hγ法により年齢を導いている。その結果はNGC584(82+19-12億年)、NGC720(1116+65-33億年)、NGC821(114+121-46億年)、NGC1700(69+23-18億年)、NGC3379(173+77-68億年)、NGC7454(76+29-16億年)であった。過去の研究では年齢と金属量の縮退が解かれておらず、導出された年齢の精度には問題があったが、今回初めて本論文においてフィールドの楕円銀河には年齢に50-100億年の大きな幅があることが明らかにされた。年齢に幅があるということは散逸収縮説とは相容れない。また、サンプル数が僅か6個という制限はあるが、小さい楕円銀河ほど若いという、階層的衝突説の予想とは逆の傾向も見出している。これは楕円銀河の起源が散逸収縮説と階層的衝突説の二者択一で説明できるほど単純ではないことを示した重要な結果である。

 以上、本論文は水素Hγ吸収線の強度から星団や楕円銀河の年齢を求める方法を確立し、それをフィールドの楕円銀河に適用してその年齢を求め、大幅な年齢の違いが存在することを確実にした。これは楕円銀河の起源を明らかにする上で重要な観測事実を導き出した先駆的研究として高く評価できる。

 なお、第一部は山田善彦、青木健太郎、有本信雄、M.Bergmann、I.Jorgensen、H.Kuntschner、A.Vazdekisとの共同研究であり、また、第二部は山田善彦、有本信雄、R.Davies、H.Kuntschner、A.Vazdekisとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、審査員全員一致で博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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