学位論文要旨



No 115899
著者(漢字) 生田,ちさと
著者(英字)
著者(カナ) イクタ,チサト
標題(和) 局所銀河群矮小銀河の星形成史
標題(洋) Star Formation Histories in Local Group Dwarf Galaxies
報告番号 115899
報告番号 甲15899
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3943号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学 助教授 茂山,俊和
 国立天文台大学 教授 家,正則
 国立天文台大学 教授 富阪,幸治
内容要旨 要旨を表示する

 矮小銀河の形成と進化を解明する重要性はますます高まっている。銀河形成・進化の研究において矮小銀河が中心的な役割を果たすようになったのは、近年の観測的・理論的な研究の発達によって、次のようなことが明らかになり、また示唆されるようになったためである。(1)矮小銀河は宇宙で最も個数頻度が高い銀河である;(2)我々の銀河系などの大質量銀河は矮小銀河が集まって形成した;(3)矮小銀河は初期宇宙における銀河形成および進化をとどめており、それらを探る手がかりになる。

 一般的に受け入れられている宇宙論に基づくと、質量の高いものよりも低いものの方が早く重力崩壊する。つまり、矮小銀河のほうが大質量銀河よりも先に形成することになる。そして、矮小銀河が合体融合して、大質量銀河が形成したという銀河形成・進化の描像を提示する。すなわち、矮小銀河は我々の銀河系を含めた大質量銀河のBuilding Blockだと考えられている。逆に、近傍宇宙で観測されている矮小銀河は、生き残りの天体ということになる。銀河系に降着しつつある矮小銀河、Saggitariusが近年発見され、これは矮小銀河が集まって銀河系を作ったという仮説を裏付ける証拠と考えられている。数値計算によっても、矮小銀河のような天体が降着し、銀河系のハローを形成した場合、ハローの星の金属量分布を再現できることが示されている。したがって、我々の銀河系を含め、大質量銀河がどのように形成し、進化したのかを明らかにするためにも矮小銀河の進化を調べる必要がある。このシナリオが正しければ、初期宇宙の銀河形成を解明するかぎを矮小銀河は持っているはずである。

 我々の銀河系は、局所銀河群と呼ばれる銀河の集団に属している。局所銀河群は、二つの大質量銀河(銀河系とアンドロメダ銀河)、および、現在発見されている約四十個の矮小銀河で構成されている。近傍にあるため、局所銀河群にある矮小銀河は、それらを構成する個々の星を分解して観測することができる。通常、銀河は星の積分された光しか観測することができない。そのため、銀河がどのような年齢をもつ星で構成されているか、銀河が形成したのはいつかを明らかにすることは難しい。たとえ宇宙初期に誕生した銀河であっても、その後に星形成を起こしていると、銀河全体からの積分光を調べる限り最近の星形成の時期を銀河年齢と見積もってしまうからである。一方、個々の星に分解できる場合、二色以上の測光観測によって色等級図を作ることができ、そこから星の年齢を見積もることができる。最近の星形成の様子だけではなく、過去に遡って銀河の中でどのように星形成が起こったのか、という星形成史を個々の星に基づいて研究することができるのである。銀河進化の研究において、このように詳しくまた最も正確な情報を提供するのは、近傍の銀河だけである。また、局所銀河群には、様々な矮小銀河が分布している。現在星形成を行っている矮小不規則銀河、ガスがほとんどなく古い星で構成されている矮小楕円体銀河及び矮小楕円銀河である。なぜこのような形態の違いが生じたのか、進化の系列なのかというのは、いまだ解決されていない問題の一つである。矮小銀河の環境も多様である。銀河の個数密度が高い領域に分布しているものもあれば、比較的孤立しているものもある。一般的にガスがない銀河は密集して分布している。つまり、局所銀河群矮小銀河を研究することによって、銀河進化において環境が果たした役割を解明することができる。このように、局所銀河群の銀河は貴重な研究対象である。

 宇宙年齢に匹敵するほど昔までの星形成史を明らかにするためには、十分に暗い星まで観測する必要がある。ハッブル宇宙望遠鏡の登場により、局所銀河群の矮小銀河のほとんどを暗い星まで観測し、色一等級図を得ることができるようになった。色一等級図と星の進化理論を用いると、銀河がどのような年齢や金属量の星で構成されているかを調べることができる。つまり、銀河の星形成史を解明できる。ハッブル宇宙望遠鏡で活発に観測が行われ、現在までに20-30個の矮小銀河についてデータが蓄積されている。

 これまでの色一等級図をつかった研究は、個々の銀河を対象に行われてきた。研究グループも異なり、そのため観測データの解析や星形成史を導く手法などが違うので、矮小銀河の星形成史を比較し、それらの相関や進化の関係を明らかにするという視点での研究は行われていなかった。また、色一等級図の解釈も、最もよく観測を再現するように様々な年齢・金属量の星の組み合わせを探すというものであった。この方法では、観測された色一等級図の再現を追求することになり、銀河進化の流れの中で星形成史を捉えるという視点が失われる。既存の研究結果を寄せ集めて得られた矮小銀河の星形成史に対する描像は、一つとして同じ星形成史をもつ局所銀河群矮小銀河はなく矮小銀河の星形成は断続的であり、非常に複雑だというものである。しかし、同じデータ解析方法で得られた色一等級図を、同じ手法で解析をしてはじめて、星形成史の比較ができ、矮小銀河全体の進化の描像が得られるはずである。

 この考えに基づき、本論文では、まずハッブル宇宙望遠鏡(HST)で得られたデータを解析し直した。アーカイブされているデータのうち、撮像領域が銀河の極一部分だけである場合を除いて、約20個の矮小銀河についての色一等級図を得た。色一等級図から星形成史を導くために、色一等級図を数値計算で作りだすコードを構築した。エラーなどの観測条件をとりこんで、できるだけ観測された色一等級図に近いものを数値計算で作りだすことにより、直接観測結果との比較が可能である。すでにいくつかの研究グループが同様の色一等級図を計算するコードを構築している。しかし、これらのコードは、星形成にともなって金属量が変化することを考慮していない。金属量が変化すると星の進化路および色や明るさが変化する。したがって金属量の時間発展(化学進化)を同時に計算して、色一等級図をシミュレートしなければならない。本研究では、星形成と化学進化を連動させて計算する色一等級図のシミュレーションコードを世界で始めて構築した。このコードを用い、同様の手法で解析して得られた色一等級図に基づいて、次のような結果を得た。

 矮小銀河の星形成史は、基本的に星形成率と星形成の継続期間という二つのパラメータで記述できる。これは、これまでに示唆されている断続的星形成という描像を否定するものではない。しかし、銀河年齢を時間尺度として考えると、低い星形成率・連続的星形成という描像は、よい一次近似である。このような進化の描像に基づいて計算した色一等級図は、観測されたものとよく一致している。さらに、現在ガスをほとんど含まない矮小楕円体銀河と矮小不規則銀河において星形成率はほぼおなじであることがわかった。矮小楕円体銀河の色一等級図を再現する星形成率を仮定し、現在まで星形成を続けたとして色一等級図を計算すると、それは矮小不規則銀河の色一等級図と一致している。つまり、矮小不規則銀河からガスが抜けたものが矮小楕円体銀河である。異なる形態の矮小銀河が進化系列であるかどうかは、未解決の問題であった。この研究から、矮小不規則銀河から矮小楕円銀河へ進化したのだという描像を得た。

 それでは、なぜガスがぬけたのであろうか?それは、星形成による影響で銀河からガスが抜けたためなのか、それとも外的な要因でガスが奪われてしまったのか。これを明らかにするために、星形成とそれにともなう超新星爆発が星間物質に及ぼす影響を考慮し、孤立した矮小銀河についての解析的なモデルを構築した。その結果、系が小さいためフィードバックが効率よく作用し、星形成が起こるとガスが温まって、連続的な星形成を起こさないことがわかった。温まったガスは冷却時間を過ぎて冷え、次の星形成を起こす。星形成が止まっているのは、銀河年齢に比べると短期間であり、平均すると低い連続的な星形成と近似することができる。ガスが銀河から完全に抜けてしまう場合もある。それは、高い星形成率を仮定した場合である。しかしこの場合、最初の星形成で銀河からガスが抜けてしまう。これは色一等級図の研究から、矮小楕円体銀河でも星形成は数十億年続いたという結果と矛盾する。星形成が数十億年続いた後で、ガスが抜けることはなかった。つまり、矮小楕円体銀河にガスがほとんどないは、銀河自体に起因するものではないといえる。この結果と、矮小楕円体銀河は、大質量銀河の周りに分布する傾向があることから、大質量銀河のまわりを運動しているうちにガスを剥ぎ取られたのではないかと考えられる。

 まとめると、本研究により得られた矮小銀河進化の描像は非常に単純である。矮小銀河の星形成率は低い。その進化は環境の影響をうける。大質量銀河のまわりにいると、ガスを剥ぎ取られ矮小楕円体銀河へと進化する。現在観測されている矮小銀河は、銀河系のBuilding Blockというよりも、生き残りの天体である。なぜならば、化学組成を調べると、銀河系八ローと矮小楕円体銀河では特徴が異なっているためである。得られた星形成史に基づいて化学組成を予測すると、やはりどの矮小銀河の化学組成も銀河系ハローのそれとは異なっていることが予測される。すなわち、大質量銀河のBuilding Blockを直接研究するためには、遠方の矮小銀河を研究しなければならない。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、星の個数分布の情報まで含めた色一等級図(ヘス図:Hess Diagram)を用いて、我々の銀河系やアンドロメダ銀河を含む局部銀河群中の矮小銀河の形成と進化に関して新しい興味深い知見をもたらしたものである。

 論文の第1章は序説として、矮小銀河研究の重要性を、近年の観測および銀河形成史研究の観点から、次のようにとらえている。(1)矮小銀河は宇宙で最も個数頻度が高い銀河である、(2)我々の銀河系などの巨大銀河は矮小銀河が合体をくりかえして形成したと考えられている、(3)矮小銀河は初期宇宙における銀河形成および進化の痕跡をとどめており、それらを探る手がかりになると考えられる。

 第2章では、矮小銀河における星形成の基本メカニズムは共通であり、かつ恒星の初期質量関数は一定と仮定し、星形成率と星形成継続時間をパラメタとしてヘス図を計算するアルゴリズムとコード(ヘスシミュレーターと呼ぶ)を申請者が開発し、本研究に用いたことを解説している。引き続き、このシミュレーターを用いて、銀河の年令は共通として、星形成率と継続時間を違えた場合に得られるヘス図の特徴の違いを具体的に示している。

 第3章では、比較的小質量の3個の矮小銀河についてヘス図のシミュレーションを行い、それぞれについて、年齢および初期質量関数を一定として上記パラメタを決定した。また、鉄とマグネシウムの比[Mg/Fe]が鉄と水素の比[Fe/H]の関数としてどのように振る舞うかという重元素パターンが、これら矮小銀河の星々と銀河系など巨大銀河を構成する星々とでは異なることを示した。このことから、これらの矮小銀河と同種のものが合体しても銀河系のような巨大銀河にならない場合もあることを示した。

 第4章では、局部銀河群に属する18個の矮小銀河について、ハッブル宇宙望遠鏡による個々の星の測光観測データをアーカイブから入手し、新たに解析しなおして各銀河について精度のよいヘス図を構築し、誤差解析を行っている。本研究では、宇宙年齢に匹敵するほど昔までの星形成史を明らかにする必要があり、そのためには、十分に暗い星まで含むヘス図の構築が必須である。このためハッブル宇宙望遠鏡による観測データの活用が必要であった。ヘス図の特徴を第3章のシミュレーション結果と照合し、それぞれの矮小銀河における星形成率と星形成継続時間に差異があることが示されている。銀河を化学組成の違いによる2タイプにまず分類し、それぞれの中で、星形成の継続時間の差から、進化が進んでないもの(継続時間が短いもの)、やや進んだもの(中くらい)、進んだもの(長いもの)の3クラスに分類した。

 第5章では、第4章で得られたヘス図を各銀河について詳細に検討し、銀河の固有の性質、すなわち合成カラー、等級、化学組成比、質量、巨大銀河からの距離などと、ヘス図によって分類されたタイプおよびクラスとの関連を調べている。さまざまな結果を理解するため、各銀河の年齢が一定であり、初期質量関数が一定であるという仮定のもとに、矮小銀河の進化について次のような明快なシナリオを提案している。すなわち、「宇宙初期の矮小銀河形成時においては、星形成のメカニズムと進化のプロセスは共通である。しかし進化の途上、何らかの原因で星形成の材料となる星間ガスが銀河からなくなり星形成が停止した時期、すなわち星形成の継続時間が銀河によって異なるため、進化段階が異なる上記3クラスの矮小銀河が同時に存在する。」さらに、興味深いことに、上記の3クラスは、局部銀河群中の二つの巨大銀河(アンドロメダ銀河および銀河系)からの距離が、比較的近いもの、中くらい、そして遠いものに、それぞれ対応している。このことから、星形成が停止した理由は、超新星爆発による銀河風などの内的要因ではなく、環境効果によるガスのはぎ取りなどの外的要因であると結論している。

 第6章は、論文の総括である。

 本研究によって新たに得られた進化の描像を要約すると、矮小銀河では星形成率は低く、また進化は環境の影響をうけやすい。巨大銀河を周回する過程で、星間ガスを剥ぎ取られ、その時点で星形成が停止して、矮小楕円体銀河へと進化する。星形成が停止するまでの時間、すなわち星形成継続時間の差異によって、観測されるヘス図の違いが生ずる。この描像は従来、矮小銀河の星形成史は、二つとして同じものはない、と形容されるほど多様性に富むと考えられていた矮小銀河の星形成史を、新しい観点から見事に整理して見せたものであり、矮小銀河進化の本質的かつ明快な理解を与えるものとして高く評価することができる。

 本研究は指導教官有本信雄氏およびP.ジャブロンカ氏との共同研究であるが、データ解析、ヘスシミュレータの構築とシミュレーション、新たな矮小銀河進化描像の提案と考察の各過程において、本申請者が中心的な役割を果たしていると判断される。以上の審査結果にもとづき、本委員会は全員一致で、博士(理学)の学位を授与できると認めた。

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