学位論文要旨



No 115900
著者(漢字) 大朝,由美子
著者(英字)
著者(カナ) オオアサ,ユミコ
標題(和) 星形成領域における超低質量天体探査とその光度関数
標題(洋) Very Low Mass Stellar Populations in Star Forming Regions : Deep Near-Infrared Surveys and Luminosity Functions
報告番号 115900
報告番号 甲15900
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3944号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山下,卓也
 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 教授 中田,好一
 国立天文台 教授 小林,行泰
内容要旨 要旨を表示する

 星の質量は、分子雲からの誕生時にその大半が決定される。誕生する星の質量及び質量分布は、星自身の物理状態を決めるだけでなく、銀河の形成や化学進化にも影響を及ぼす。1954年にSalpeterは、星が誕生する際の質量と数を表す質量分布(初期質量関数)が、大質量星から低質量星に向かって単調増加する関数で表現されることを発見した。このことは、生まれてくる星の大半は我々の太陽より軽い星が占めることを意味する。その後の様々な観測的研究から、太陽の約1/10以上の質量(0.1M〓)を持つ近傍の星から求めた初期質量関数は、約0.3M〓付近に分布のピークを持ち、褐色矮星は数が非常に少ないという説と、質量のより軽い方向に向かって減少傾向は見られないという相反する説が提唱されている。この矛盾は、質量が軽い天体は光度が非常に暗いために観測が困難であり、統計的な議論にはまだ数が不十分であるのが大きな要因である。褐色矮星や惑星などの超低質量天体の数は、太陽のような恒星の数よりも多く、軽いほどその数は増え続けるのだろうか?この問いに答えるためには、低質量星から超低質量天体について詳細な探査観測が必要となる。ところで、初期質量関数については普遍的であると仮定されることが多い。しかし、場所によらず単一の形で表されるかについては現在までのところ明確に示されていない。形成される超低質量天体の数は、母体である分子雲の温度などの初期条件や同時に形成されている星の物理条件に依存するのだろうか?それとも、異なった条件から形成されても、その過程で自己調整が行なわれ、生まれてくる星は普遍的な質量分布を持つようになるのだろうか。初期質量関数の形及び普遍性を解明する目的には、異なる物理状態を持つ星形成領域において若い褐色矮星を無バイアスに検出し、その光度関数を求める手法が非常に有効である。近赤外線波長域では、星間塵による減光量が小さく分子雲に埋もれた若い星をも検出可能なこと、星周ディスクを持つ前主系列星の幅射が最大であること、から埋もれている天体の探査観測に最適である。従って、近傍の複数の星形成領域に対して、質量の大部分が決まりつつある若い褐色矮星が十分検出可能である詳細な近赤外高感度探査観測を行った。本論文では、異なる物理状態を持つ星形成領域における光度関数を求め、その質量関数を推測するという手法を用いて、初期質量関数の超低質量側の形、普遍性について比較検証する。以下に、これらの観測・研究の詳細を述べる。

1.低質量星形成領域における探査

 低質量星形成の現揚に埋もれている生まれたての褐色矮星の有無、及び質量分布を求めるための探査観測を行った。非常に暗い褐色矮星を検出するために最近傍の低質量星形成領域である、カメレオン座分子雲(距離160pc)とおうし座分子雲(距離140pc)を選択した。これらの分子雲では大質量星は形成されておらず、主にK型星からM型星などの低質量の星を形成している暗黒星雲である。

 観測はカメレオン座分子雲中で最も密度の濃いコアの領域30平方分とおうし座分子雲中で平均的な密度を持つ領域100平方分について、チリのセロトロロ天文台の1.5m望遠鏡、パロマー山天文台の1.5m望遠鏡に近赤外カメラを取りつけてJ(1.2μm),H(1.6μm),K(2.2μm)の3バンドで行なった。星像のFWHMは典型的に1-1.5程度である。S/N=10の限界等級はKバンドで16等を越え、以前の同領域における観測よりも3-4.5等深い観測が達成さた。

 3バンドで同定され、かつ、Kバンドにおける測光誤差が0.1等以下(S/N=10)の天体はカメレオン座分子雲で61天体、おうし座分子雲で130天体であった。ディスクやエンベロープなどの星周構造を伴う若い天体(Young Stellar Objects:YSOs)は近赤外超過を示すことから、分子雲の手前、もしくは後ろにある星とJ-H/H-Kの二色図上で区別できる。YSO候補天体は、カメレオン座分子雲で19天体、おうし座分子雲で10天体であり、新しく同定されたYSOs候補天体は、カメレオン座領域で12天体、おうし座領域で10天体である。

 新しく検出されたYSOsの光度は、既知のTタウリ型星より7等以上も低光度であった。なかにはプレアデス星団(125pc,〜108年)に存在する、より年老いた褐色矮星よりもさらに3等程度暗い天体が存在した。そこで最新の理論モデルによる進化トラックを用いてこれらの天体に対して質量を推定した。YSOsの光度は年齢と質量に依存しているので、年齢を仮定することにより質量光度関係を求め、それぞれの天体の光度から質量を求めた。YSOsの光度はJバンドの光度を赤化補正して求めた。星周ディスクを持つYSOsは、その輻射エネルギー分布の形から、Jバンドで中心星の光球からの輻射が星とディスクを合わせた輻射量に比べて最も優勢になる。年齢はディスクを持つTタウリ型星の典型的な年齢と同じ106年を仮定した。結果、若い褐色矮星候補天体はカメレオン座分子雲では11天体、おうし座分子雲では8天体であった。これは、Tタウリ型星の年齢の上限と考えられる107年と仮定しても変わらなかった。つまり、若い褐色矮星がカメレオン座分子雲、おうし座分子雲中で形成されていると考えられる。さらに木星の質量の数倍程度、つまり巨大惑星の質量のものも含まれており、伴星ではなく単独天体として巨大惑星質量の天体が形成されている可能性が示唆された。

 同定したYSOsについて求めた星間吸収を補正したJバンドの光度関数は、星形成のモードが異なる両領域ともに限界等級までカットオフがなく、0.3M〓付近でのターンオーバーは見られなかった。一方おうし座分子雲の光度関数については単調増加を示すのに対して、カメレオン座分子雲については若干平坦な傾向が見られた。

 C180分子輝線の電波観測との比較から両領域におけるYSOsの星形成率、数密度について求めた結果、おうし座領域では孤立的な星形成、カメレオン座領域ではクラスター的な星形成が行なわれていることが判明した。したがって、星形成のモードが異なっても褐色矮星は低質量星の数に比べて減少することなく形成されていると考えられる。

2.中質量星形成領域における探査

 低質量星が形成される現場では、光度が暗い、つまり質量が軽くなるほど星の数が多くなる傾向が褐色矮星についても当てはまることが明らかになった。次に、中質量星が形成されている分子雲に埋もれている若い褐色矮星の探査観測を行った。観測領域は最近傍の中質量星形成領域である、ペルセウス座分子雲中のNGC1333領域(距離320pc)である。ペルセウス座分子雲はOBアソシエーションを伴い、中質量から低質量の星を形成している。NGC1333はその中のB型星によってできた反射星雲である。

 観測はNGC1333星雲の約25平方分について、マウナケア山頂にあるハワイ大学2.2m望遠鏡に近赤外3バンド同時撮像カメラ(SIRIUS)を取りつけてJ,H,Ks,の3バンドで行なった。星像のFWHMは典型的に0.6程度である。S/N=10の限界等級はKsバンドで18等を越え、以前の同領域における観測よりも2等深い観測が達成された。観測は一部、岡山1.8m望遠鏡と近赤外カメラ(OASIS)を用いても行った。

 3バンドで同定され、かつ、Ksバンドにおける測光誤差が0.1等以下の天体は76天体であった。J-H/H-Ksの二色図から近赤外超過を示すYSO候補天体として同定された天体は42天体である。YSO候補天体の中には低質量星形成領域で見つかったのと同様の超低光度天体が多数存在していることがわかった。これらの若い超低光度天体について、天体の年齢を106年、または107年と仮定して、進化モデルを用いて質量を推定すると、25天体が若い褐色矮星候補天体であった。またこの領域においても、巨大惑星に迫る質量を持つ単独天体が存在する可能性がある。

 同定したYSOsについて求めた星間吸収を補正したJバンドの光度関数は、褐色矮星域に対して減少せず、平坦な傾向を示していた。0.3Mo付近でのターンオーバーは見られなかった。また、その光度関数から恒星と褐色矮の境界質量付近のポピュレーションと褐色矮星と惑星の境界質量付近のポピュレーションの二つが存在する可能性が示唆された。

 また、野辺山の45m電波望遠鏡を用いて、13CO及びC180分子輝線観測を行い、母体である分子雲について調べた。赤外観測から得られたYSOsの情報と電波観測から得られた分子雲の情報を合わせると、今回同定されたYSO候補天体は高密度分子雲の表面近くで密集して形成されていると考えられる。

3.大質量星形成領域における探査

 超低質量天体の銀河系全体での頻度を推測するためには、大質量星形成領域についての褐色矮星の頻度分布についても調べる必要がある。しかしこれまでのところ、0.2Mo付近でターンオーバーがみられると考えられているオリオン座分子雲(距離500pc)についてしか超低質量側での観測はない。そこで、近傍の大質量星形成領域である、はくちょう座分子雲中のS106領域(距離600pc)に埋もれている若い褐色矮星の探査観測を行った。OBアソシエーションを多数伴うはくちょう座分子雲は大質量から低質量の星を形成しており、S106はO9.5型星によってできたHII領域である。

 S106星雲の中心星を含む約25平方分について、マウナケア山頂にあるすばる8.2m望遠鏡に近赤外カメラ(CISCO)を取りつけてJ,H,K’の3バンドで観測した。星像のFWHMは典型的に0.3程度であり、S/N=10の検出限界がK'バンドで20等を越える撮像観測が達成された。これは現在までのいかなる星形成領域における探査観測よりも深い。

 3バンドで同定され、かつ、K’バンドにおける測光誤差が0.1等以下の天体は1697天体であった。J-H/H-K’の二色図から近赤外超過を示すYSO候補天体として同定された天体は575天体であった。過去に同領域でYSO候補天体と同定されている天体は明るい天体〜10個程度であり、この観測により分子雲に埋もれている新たな超低光度天体の検出が可能となった。これら超低光度天体は中・低質量星形成領域で見つかった天体と同種の光度を持つ。同様に天体の年齢を106年、または107年と仮定して、進化モデルを用いて質量を推定すると、半数以上の天体が若い褐色矮星候補天体であった。また、大質量星形成領域においても、巨大惑星と同様の質量を持つ可能性がある天体が多数存在する。

 これらの天体は空間的に一様には分布しておらず、その星間吸収やYSOsの数密度、割合などから、4つのグループに分類できた。グループごとに求めた星間吸収を補正したJバンドの光度関数は、どれも0.3M〓付近でのターンオーバ一は見られなかったが、褐色矮星の質量域に向かって、増加するもの、平坦な傾向を示すものがあった。従って、一つの分子雲に対しても空間分布や分子雲、星の密度に対して光度関数は一様ではないことが明らかになった。これにより、異なった条件から形成されてもその過程で自己調整が行なわれ、普遍的な初期質量関数を持つという説が否定された。以上の観測から、星形成領域には超低質量天体が分子雲によらず形成されていること、超低質量天体の数が低質量星の数に比べて減少しないことが判明した。さらに、本論文で得られた結果とオリオン座分子雲で低質量星の数にピークがあることも考え合わせると、光度関数は母体となる分子雲、同時に形成される星の数や密度により異なるといえる。

Jバンドの光度は、赤化補正された絶対等級で表している。緑色のヒストグラムはより確実なYSO候補天体を示す。破線は106年における0.08M〓の質量を持つ天体の光度を表す。これは恒星と褐色矮星の境界であり、これより暗い天体は若い褐色矮星である可能性が高い。点線は限界等級の平均を示し、限界等級は場所により異なり±0.8等程度の幅を持つ。

 大質量星形成領域S106における星周ディスクを持つ前主系列星のJバンド光度関数。

審査要旨 要旨を表示する

 星の質量は寿命など星自身の運命を決定するのみならず、その形成や終末の過程において銀河全体の進化とも深く関わっており、星の形成時の質量ごとの数分布である初期質量関数の決定は天文学の重要な課題である。これまで、太陽近傍の恒星の統計的解析などから初期質量関数についての研究がなされてきたが、低質量側の形状に関しては議論の余地が残されている。特に、近年、質量が小さいために主系列に達しない褐色矮星の存在が確認され、これを含む超低質量範囲の初期質量関数の形状が重要な課題となっている。星はその形成時には光度が大きいことから、近傍の星形成領域では比較的容易に超低質量天体が統計的な数まで検出可能となる。従って、赤外線測光によって得られる光度関数に基づく方法では、星の光度から質量への換算の際の年齢とモデル計算の不定性が避けられないものの、その精度の範囲内では有効な手法である。

 本論文は、このような視点にもとづき、若い褐色矮星を十分に検出できる深さまで撮像観測を行い、初期質量関数の低質量端の形状に制限を与えることを目的としている。

 本論文は全7章から構成されており、まず第1章では研究の目的と動機を述べている。初期質量関数の天文学において重要な意味を持つこと、その低質量端ではまだ共通の認識が得られていないことを強調し、これまでの低質量星形成についての研究のレビューと基本的理解のまとめを述べている。

 第2章では、それ以降の章での解析に用いられる、“背景や前景の星を含んだ検出天体から形成中の若い天体候補の同定法”、“星の光度から質量への変換方法とその信頼性”などの方法論についてまとめている。これは、近赤外線帯のJ(1.25μm)、H(1.65μm)、K(2.2μm)の3バンドの測光データを用いて星周物質からの赤外線超過を指標に若い天体候補を同定し、赤外線超過の影響の少ないJバンドの光度をモデル計算と比較し質量を推定するという、この分野ではオーソドックスな手法を踏襲している。

 第3章では、低質量星しか形成されていないカメレオン座分子雲の近赤外線撮像観測から若い超低質量星候補天体を11天体同定し、年齢等の不定性を考慮しても、若い褐色矮星を検出している可能性が極めて高いことを示した。また、質量関数の詳細な形状を統計的に議論するには天体数が十分ではないが、少なくとも低質量側に向けて観測の検出限界まで質量関数のカットオフ(急激な減少)が見られないことを示唆している。

 第4章では、中質量星まで形成されているペルセウス座のNGC1333星形成領域をターゲットとし、第3章と同様の観測・解析・考察を行っている。この観測では若い超低質量候補天体を25天体同定し、この領域でも低質量側に向けて観測の検出限界まで質量関数のカットオフが見られないとしている。

 第5章では、大質量星も形成されている白鳥座のS106星形成領域の観測から300天体以上の若い超低質量候補天体を同定し、その空間的分布についても議論している。大質量星を含む中心領域と周囲の3つの領域に分類し、そのすべての領域で質量関数の低質量側のカットオフは見られないが、低質量側に向かって大きく増加している領域から平坦になって増加の見られない領域まで存在することを明らかにした。

 第6章では、以上の結果を受け、これまでの観測的研究も含めて初期質量関数の低質量端についての考察を行っている。これにより、褐色矮星の質量範囲まで質量関数の減少が見られないこと、また、これまで、暗黙の了解に近かった初期質量関数の普遍性は低質量端では成立していない可能性が高いこと指摘している。

 第7章では、初期質量関数の研究における星形成領域の近赤外線観測の有用性とその結果をまとめ、今後の展望としてさらに多くのサンプルと正確な質量決定のための分光観測の必要性を述べている。

 以上のように、本論文は、近傍の星形成領域の近赤外線の撮像観測により、若い褐色矮星が多数存在すること、初期質量関数は褐色矮星の質量範囲でも低質量側に向けて増加することを示したものである。また、これまで余り疑われてこなかった初期質量関数の普遍性についても議論の余地のあることを提唱しており、本論文の成果は博士(理学)を与えるに十分な内容であると認められる。なお、本論文は田村元秀、伊藤洋一、中島紀、杉谷光司との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測・解析・考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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