学位論文要旨



No 115901
著者(漢字) 岡本,美子
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,ヨシコ
標題(和) すばる望遠鏡用中間赤外分光撮像装置の開発および超コンパクトHII領 域の中間赤外線観測
標題(洋) COMICS:A CooledMid-Infrared Camera and Spectrometer for theSub-aru Telescope and Mid-Infrared Observations of Ultracompact HII Re-giionsitions
報告番号 115901
報告番号 甲15901
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3945号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,浩
 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 助教授 田中,培生
 国立天文台 教授 長谷川,哲夫
 国立天文台 助教授 関本,裕太郎
内容要旨 要旨を表示する

 波長数〜数十ミクロンの中間赤外線は、減光の影響を受けにくく、数百K程度の物質からの放射に敏感であるため、星形成領域など塵に覆われた活動的な領域の観測に適している。また、多様な固体物質からのバンド放射・吸収が存在し、それらのスペクトル形状は固体物質の種類、組成、構造、粒径等によって変化するため、宇宙空間の固体物質の物性や進化をさぐるのに非常に適している。しかし、この波長での観測的研究は、高い背景放射と検出器技術の遅れのために他波長に比べて大きく立ち後れていた。近年8m級望遠鏡の建設が進み、高感度の大フォーマットアレイ検出器の開発が進んだため、より高感度・高効率の観測が可能になった。そこで我々は、より高性能の中間赤外線観測の実現を目指し、国立天文台がハワイ島マウナケア山頂に建設した8.2mの大型光学赤外線望遠鏡「すばる」の第一期専用観測装置の一つとして中間赤外線分光撮像装置(Cooled Mid-Infrared Camera and Spectrometer、通称COMICS)を開発した。

 COMICSは、中間赤外線域にある二つの大気の窓であるNバンド(8-13ミクロン)とQバンド(16-25ミクロン)での撮像と分光を行う装置である。Nバンドでの観測に最適化し、8.2mの回折限界を達成できるよう撮像で0.13角度秒、分光で0.165角度秒のピクセルスケールを有する。撮像系は42角度秒×32角度秒の視野を有し、分光時にはスリットビュワーとして機能する。分光系は、Nバンドでの低分散(R〜250)、中分散(R〜2500)・高分散(R〜10000)の分光とQバンドでの中分散(R〜2500)分光の各モードを持つ。検出器は量子効率の高いSBRC社製のSi:As320x240IBC型検出器を採用、撮像・分光で異なる検出器を使用し、特に分光では効率良くバンド全域のスペクトルを取得できるよう、計5個の検出器を波長方向に並べて使用する設計である。

 COMICSは1999年12月にすばる望遠鏡に取り付けての初観測に成功した。現在までに3個の検出器を搭載して試験観測を行い、2000年7月までにNバンドでの撮像と低分散分光について実現性能と問題点をほぼ確認した。その結果、空間分解能については、点源撮像で0.30角度秒(於11.7μm)、分光でも0.28角度秒(於10μm)の半値全幅を実現した。低分散分光の波長分解能は、10.5ミクロンでR=240を達成している。1秒積分で1σを実現する点源天体の明るさは、撮像において、Nバンドの幅約1ミクロンのフィルターを用いた場合・30-70mJy、低分散分光では、200-800mJyであった。これらの性能は、現在利用できる中間赤外線観測装置の中でもトップクラスの値を実現しており、今後の中間赤外線観測に活躍することが期待される。

 このCOMICSと、COMICSのプロトタイプ装置であるMICSとを活用し、超コンパクトHII領域の中問赤外線観測を行った。

 大質量星は、星間物質や銀河そのものの進化に重要な役割を果たす。その高い放射光度、大量の紫外線放射、激しい星風等を通じ、周囲の分子雲の熱、電離、乱流、運動、化学反応などに大きな影響を与え、最期には超新星爆発を起こして内部で生成した重元素を星間に放出し、その莫大なエネルギー放出によって次の星形成のきっかけとなることもある。生まれたばかりの大質量星は高密度の分子雲残骸に覆われており、自身の紫外線でこれら高密度ガスを電離し、超コンパクトHII領域を形成する。この天体はやがて高い内圧によって膨張し、より大きなHII領域へと成長する。すなわち、超コンパクトHII領域は誕生した大質量星が周辺物質と相互作用を始めた段階にあり、大質量星の形成過程とそれが周辺に及ぼす影響を考える上で重要な天体である。

 本論文では超コンパクトHII領域の電離状態と、その内部の物質分布を調べるため2つの観測を行った。超コンパクトHII領域の電離星は周囲の濃いダスト雲によって光球放射がほとんど吸収されてしまい直接観測が難しい。そのスペクトル型は従来、領域の電波総強度や、遠赤外線光度から、電離星が単一星もしくはある質量分布を持つ集団であると仮定して推定されてきた。これに対し、異なる電離エネルギーを持つ重元素イオンの微細構造線を観測することで、電離領域の紫外線放射場の色の情報を得られ、電離星のスペクトル型を決めることができると期待される。中間赤外線域にはこの方法に好都合な微細構造線[NeII]12.8ミクロン、[ArIII]8.99ミクロン、[SIV]10.5ミクロンが存在する。それぞれのイオンの形成に必要な電離エネルギーは21.56eV,27.63eV,34.83eVで、より早期型の電離星に感度が高い。また、超コンパクトHII領域のスペクトルには9.7ミクロン付近にシリケイトダストによる吸収がしばしば観測される。これを利用して、領域内の温かいダストと冷たいダストの分布や、温度構造について知ることができる。

 まず第一の観測として、超コンパクトHII領域を2つ含む大質量星形成領域W51IRS2を、COMICSのプロトタイプ装置であるMICSを用いてNバンドでの撮像および長スリット低分散分光で観測した。W51IRS2のNバンドスペクトルには、ダスト熱連続放射、シリケイト吸収、[NeII]、[ArIII]、[SIV]の3つの微細構造輝線が検出された。スペクトルから各空間位置での減光を求め、減光補正した3輝線のマップを再現、連続波撮像とあわせて、7つの中間赤外線源線が存在することを明らかにした。

 これらの赤外線源を電波連続波源や近赤外線源と比較し、7赤外線源のうち4つは独立した超コンパクトHII領域、1つはシリケイト吸収の非常に深い埋もれた天体と同定した。このうち超コンパクトHII領域については、電離星のスペクトル型を見積もるために、各領域で積分した3輝線の強度を求め、横軸に[NeII]強度に対する[ArIII]の強度の比・縦軸に[NeII]強度に対する[SIV]の強度の比をとった強度比図を作成しプロットした(図)。これを、他文献で同輝線の観測がなされている他の(超)コンパクトHII領域の強度比と比較すると、W51IRS2中の超コンパクトHII領域は中程度の電離状態にあることがわかった。また最近の電離領域モデルから予想される強度比とも比較を行った。このモデルは、最近提案された非局所熱平衡と星風の影響を考慮した恒星大気モデルを基に、一定蜜度のガス中で単一の大質量主系列星が形成するHII領域において、Ne,Ar,Sその他の元素が各々どのようなイオン状態にどのくらいの割合で存在するかを予想したものである。この比較の結果、W51IRS2中の超コンパクトHII領域の輝線強度比はおよそ09V相当で、これまでの電波による推定値(05.5および07.5)に比べてかなり晩期になっている。

 また同図からは、(超)コンパクトHII領域の輝線強度比が図上で一つの直線にのることが明らかになった。これは、領域の密度、銀河中心からの距離、.減光などとの相関はなく、電離星の温度に対応した系列であると考えられる。一方で、この観測系列がモデル予想の系列とかなり異なっており、この原因として恒星大気モデルによる大質量星の紫外線スペクトル予想が現実のものと異なっている可能性と、超コンパクトHII領域の電離星が単一ではなくクラスターをなしている可能性が考えられる。

 上述の輝線強度比図でプロットされたW51IRS2以外のHII領域は、数角度秒程度のアパーチャで観測されており、W51IRS2のように個別に分解されたHII領域を見出せた場合にやはり同じ系列にのるかについては、検証を要する。また、もし大質量星クラスターが超コンパクトHII領域の電離源であるなら、個々のメンバー星はより高い空間分解能で観測することで分離される可能性があると考え、第二の観測として、COMICSとすばる望遠鏡によるK3-50A超コンパクトHII領域のNバンド観測を行った。

 K3-50Aは、05.5主系列星1個相当の電波連続波強度を持つ。この領域をNバンド4色撮像し、長スリット低分散分光によって、連続波の強い中心領域の大半を観測した。そのスペクトルには、ダストからの熱放射による連続波、シリケイトダストによる吸収、[NeII],[SIV],[ArIII]の3つの輝線が検出された。スペクトルから放射ダスト量、温度、吸収の光学的厚さの分布を求め、減光補正した輝線マップを再現した。この結果、5つの輝線放射ピークとアーク構造を見出した。これらの個々の構造が独立した大質量星に対応するのかについて、輝線強度比・放射ダスト温度の空間分布、近赤外線点源の分布から考察し、この領域には少なくとも2つの大質量星が存在するが、うち1つはさらに複数の大質量星が対応する可能性もあることを指摘した。領域を二つに分離した場合の輝線強度比は、いずれも観測的輝線強度比系列にのり、うち1つは08-09V、もう1つは09-BOVの星に電離されている場合のモデル輝線強度比に最も近かった。これは、電波で見積もられているスペクトル型に比べかなり晩期であるため、ここで分解された二つの電離領域がさらに複数の大質量星によって形成されている可能性がある。

Figure1:超コンパクトHII領域における[ArIII]8.99μm,[SIV]10.51μm,[NeII]12.81μmの輝線強度比図。▲がW51IRS2の、●がK3-50Aの今回分離された各ソースでの強度比を示す。○、◎、△、および星型△は、文献から得た、他の(超)コンパクトHII領域の輝線強度比で、うち、星型△はI([SIV])/I([NeII])が上限値しか求まっていない領域、△はI([ArIII])/I([NeII])、I([SIV])/I([NeII])とも上限値しか求まっていない領域である。実線でつないである■は、モデル計算による単一主系列電離星の作る超コンパクトHII領域について予想される輝線強度比で、電離星の有効温度、対応質量、スペクトル型が図中に示してある。この図から観測は明らかに一つの系列をなしているのが読み取れるが、その系列がモデル予想からかなりずれていることも示している。

審査要旨 要旨を表示する

 超コンパクト電離水素領域は、形成直後の大質量星が周りの高密度分子雲を電離して作られる。大きさは0.1pc程度で、いずれは膨張して通常の電離水素領域へと成長する。超コンパクト電離水素領域の観測は、大質量星の形成過程や初期質量関数を知る上で重要である。本論文ではその研究の第一歩として、超コンパクト電離水素領域の物理状態を考える上で基本的な情報でありながら可視光により直接観測できないために知ることが難しい、電離星のスペクトル型、及び個数の特定を目指している。

 本論文は2章8節から成る。第1章では、すばる望遠鏡用の中間赤外線分光撮像装置COMICS(Cooled Mid-Infrared Camera and Spectrometer)の開発について、第2章では、COMICS及びそのプロトタイプとなったMICS(Mid-Infrared Camera and Spectrometer)を用いて行なった超コンパクト電離水素領域の研究について述べられている。

 第1章に述べられている中間赤外線分光撮像装置COMICSは、すばる望遠鏡の第一期専用観測装置の一つである。冷凍機を用いて極低温冷却された光学系およびアレイ検出器から成り、一中間赤外域の大気の窓である波長10μm帯(Nバンド)と20μm帯(Qバンド)における撮像と分光の機能を有する。論文中では、COMICSの設計概要、開発現状、及び実際にすばる望遠鏡に搭載しての性能評価について述べられている。COMICSは1999年12月に初観測に成功し、ほぼ設計通りの基本性能を持つことが確認された。論文提出者はこの装置開発において、回折格子の設計、フィルターや回折格子切替え機構の駆動系の設計・製作、および装置全体の性能評価、データ解析手法の確立の面で大きな寄与をなしたと認められる。

 第2章の内容は大きく二つに分けられる。前半では、United Kingdom Infrared TelescopeにMICSを取り付けて行なった、大質量星形成領域W51IRS2中の超コンパクト電離水素領域の観測について述べている。電離星についてこれまで通常用いられてきた塵の熱放射観測に基づく全放射エネルギー、あるいは熱的電波の観測に基づく全電離光子数の情報は、電離源が単一星の場合にはそのスペクトル型までを与え得るが、星団であった場合には困難が伴う。これに対して本論文は、Nバンド内に微細構造線が観測される3つのイオンNe+,Ar2+,S3+の電離エネルギーが異なることを利用し、微細構造線強度比(イオンの組成比)から電離紫外光の「硬さ」を知り、電離星のスペクトル型を推定しようとするものである。論文提出者は撮像観測でW51IRS2領域に4つの超コンパクト電離水素領域を同定し、その内3つについて分光観測をにより微細構造線の強度比を得た。それを、単一大質量星が作る電離水素領域に関する最近のモデル計算と比較すると、電離星のスペクトルは3つの領域ともに09型程度に相当していた。このスペクトル型は電波観測に基づく見積もりに比べてより晩期であること、及び観測された輝線強度比がモデル計算から系統的にずれることを説明するため、論文提出者は、電離星は単一ではなくB型星までを含む星団であることを示唆している。

 第2章後半は、すばる望遠鏡の高い角分解能により電離星団を分解する狙いから、COMICSを用いて行なった観測について述べている。観測手法は基本的に2章前半と同様であり、観測対象はK3-50星雲中の超コンパクト電離水素領域K3-50Aである。論文提出者は、Ne+,Ar2+,S3+の微細構造線強度比分布に基づき、K3-50Aは少なくとも2つの大質量星によって電離されていること、そのうち一つは4星から成る星の集団である可能性があることを見い出した。モデル計算との比較では、2つの大質量星のスペクトル型はO8-9およびO9-BOに対応している。しかし電波観測に基づく全電離光子数は全領域でO5.5相当であることから、すばる望遠鏡の観測で分解された電離源もまた単一の大質量星ではなく、より晩期の星までを含む星団である可能性を指摘した。

 開発されたCOMICSは、近赤外域に比べて遅れている中間赤外線観測を発展させる原動力としての期待が大きい。またそれを用いた超コンパクト電離水素領域の観測は、すばる望遠鏡の高空間分解能を活かして電離星の間近に迫っており、今後の観測の一つの方向を指し示したものとして価値が高い。

 なお本論文第1章は、尾中敬、宮田隆志、片坐宏一、酒向重行、田窪信也、本田充彦、中村京子、山下卓也との共同研究、第2章は、尾中敬、宮田隆志、片坐宏一、酒向重行(後半のみ)、田窪信也(後半のみ)、本田充彦(後半のみ)、山下卓也との共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発あるいは解析を行なったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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