No | 115902 | |
著者(漢字) | 小山,洋 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コヤマ,ヒロシ | |
標題(和) | 星間物質の物理過程と分子雲の形成理論 | |
標題(洋) | Physical Processes in the Interstellar Medium and the Formation of Molecular Clouds | |
報告番号 | 115902 | |
報告番号 | 甲15902 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3946号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 天文学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1 はじめに 分子雲は星形成の現場であるから、星形成の初期条件・環境条件を理解する上で分子雲の形成過程を明らかにすることは重要である。また銀河内の物質の循環を理解する上でも分子雲の形成過程の研究は不可欠である。しかしながら、分子雲の形成過程の理論的考察はほとんどない。例えば、銀河間物質のモデルとして著名なMcKee&Ostriker(1977,以後MOと記す)の3成分モデルは分子雲という相を含んでいない。 そこで、私は加熱・冷却過程や化学反応等を適切に採り入れた星間ガスのモデル、特に分子雲の形成理論モデル作りに取り組んだ。その中で、衝撃波による力学的な進化に着目し、基礎物理法則に基づいた非線形流体計算を行い、微小分子雲の形成過程・成長過程を明らかにした。 2 星間ガスの熱的・化学的過程 低密度ガス雲における熱的収支の解析はWolfire et al.(1995)によって行われている。私はこの結果を高密度分子雲まで発展したモデルに改良した。具体的には、温度が1万度K、密度が10-2cm-3の電離ガスから温度10度K、密度106cm-3の分子雲までの加熱・冷却過程を考慮して熱平衡状態を明らかにした。考慮した過程は重元素、水素分子、一酸化炭素分子およびダストによる冷却と、宇宙線、軟X線のイオン化に伴う加熱、及びUV光によるダストの光電加熱および水素分子の形成解離に伴う加熱である。図1はその計算結果である。低密度の圧力勾配が負になっている領域が熱的不安定領域である。Field,Goldsmith,&Habing(1969,以後FGHと記す)はこの領域を挟んで高温低密度な弱電離ガスと低温高密度の中性水素ガスが圧力平衡で共存できることを示し、二相の共存する静的な平衡モデルを提唱した。しかし、その後MOが指摘しているように現実の銀河内の星間ガスは超新星爆発による動的な影響を頻繁に受けていることがわかっている。従って、衝撃波による星間ガスの進化を考慮する必要がある。 3 熱的不安定性の線形解析 Field(1965)は熱的収支の釣り合った一様ガスの不安定性を線形解析している。従って現実の星間ガスは熱的に安定な弱電離ガスと中性水素ガスの複合体であると考えられていた(FGH)。しかし、超新星爆発などによって加熱された1万度のガスが冷えていく過程において熱的不安定性は重要になる(Schwarz et al.1972)。 そこで私は衝撃波によって圧縮された非平衡で動的に進化するガスの不安定性について線形解析を行なった。線形解析は熱的に非平衡な圧力一定のバックグラウンドに摂動を加えて行なった。その解析の結果、不安定性の最小スケールは数十AUであった。この最小スケールはField lengthと呼ばれ、熱伝導係数κと単位体積あたりの冷却率n2Λによって〓と見積もられる(Field1965)。最近の観測による中性水素雲や分子雲の中に数十AUの構造があることが報告されているが、熱的不安定性による分裂はこのような微小構造や広い輝線幅の観測を説明するモデルとして有効である。観測される構造は非線形に成長した微小雲の集合体であるので非線形の流体計算を行ってこれと比較検討する。 4 衝撃波による星間ガスの進化と熱的不安定性による構造形成 分子雲の形成を考える上で星間ガスの置かれている動力学的な環境が重要になる。銀河内の超新星爆発頻度を考慮すると、銀河内の全ての超新星残骸の占める体積は星間ガスの典型的な冷却時間では銀河の体積を越えてしまうことが分かる(MO)。このことは星間ガスの置かれている環境が、常に圧縮・掃き集めといった動的な環境であることを示している。従って、星間ガスの進化を考える上で衝撃波による進化が重要であることがわかる。 4.1 衝撃波による分子雲の形成 このような圧縮される星間ガスの非平衡で時問発展する様子、特に異なる相の間の循環としての動的進化を追うために、具体的な加熱・冷却過程や非平衡化学反応、及び熱伝導を含めた高精度の一次元非線形計算によって行なった。 計算には様々な加熱・冷却過程及び熱伝導を考慮した。計算の結果、弱電離ガスを圧縮した場合でも、中性水素ガスを圧縮した場合でも、衝撃波の後面に高密度分子の層が形成された。この結果と線形解析と比べると、高密度分子の層は熱的不安定性を経て作られていることがわかった(図2)。層の厚みは熱的不安定性の最小スケールと一致し、その実スケールは数十AUであった。従ってこの1次元の計算によって得られた高密度層は実際には熱的不安定性によって面方向に分裂すると予想される。この分裂現象や分裂片のその後の進化を追うためには二次元の非線形計算が必要となる。 4.2 衝撃波圧縮層の分裂による微小雲の形成とその成長 衝撃波圧縮層の一次元計算によると衝撃波の後面に熱的不安定性による高密度分子の層が形成されていた。線形解析によるとこの高密度層は面方向に分裂することが予想される。その詳細を調べるために加熱・冷却過程、及び熱伝導を含めた高空間精度二次元の非線形計算を行った。この計算から圧縮層の内側に微小(0.01pc以下)な冷たい(20K)高密度雲(2000cm-3)が多数形成されることが明らかになった。分裂片は周りの暖かいガスからの降着によって成長する。また分裂片同士は熱伝導によって引き寄せ合い合体成長する。 さらに、これらの微小雲は数km/sの速度分散を伴っていた(図3参照)。熱的不安定性の線形成長によって微小雲形成時の速度の揺らぎは成長する。しかし速度揺らぎの非線形成長は周囲の暖かいガスの音速(=10km/s)程度が上限である。この周囲の暖かいガスの音速は冷たい微小雲にとっては超音速である。このように冷たい雲の広い速度分散は熱的不安定性を起源とする周囲の暖かいガスの影響によって引き起こされていると説明することが出来る。 このように雲とそれを取り巻く周囲の暖かなガスの性質が星間ガスの動的進化に大きな影響を示すことがわかった。このとき冷たい雲と周囲の暖かいガスとの温度分布を滑らかに繋ぐのは熱伝導の効果である。この雲の表面の厚みは熱的不安定性の最小スケールField length程度である。雲の進化の際、この薄い表面の熱的。動的進化は無視できない。 5 星間ガスの二相構造の力学的進化 希薄な星間ガスの加熱・冷却率の収支を考えると、冷たいHIガスと暖かい弱電離ガスの2つの異なった温度・密度状態が同じ圧力の元で共存することが知られている(FGH)。従って、定常状態にある静的な星間ガスは二相が共存しているものであると考えることが出来る。今、二相の境界に注目すると、熱伝導の効果により境界面の温度は連続的に接続しているはずである。従ってこの境界面内は輻射による熱収支だけでは釣り合わず、熱伝導による熱の流れによって定常状態を保つことが出来る。Zel'dovich & Pikel'ner(1969,以後ZPと記す)はこのような定常状態が実現する圧力は一意に決まることを示している。しかし、状態の変化するタイムスケールは天体現象に比べて非常に遅いので、現実には様々な圧力の下で二相構造が存在するとZPは結論している。 私はこのような二相構造の進化を追うために詳細な一次元の非線形計算を行った。計算の初期条件は熱的に不安定な状態に1%の線形揺らぎを与えて、境界条件は体積一定に保った。時間発展の計算の結果、線形揺らぎは成長し、最終状態は圧力一様で冷たい中性水素雲と周りを取り巻く暖かい弱電離ガスが出来た。様々な圧力の初期条件のもとで計算をした結果は必ず一つの圧力に収束することがわかった。この値はZPの示す条件を満たしている。しかし、収束するタイムスケールは1000万年と天体現象としてそれほど長くはなく、ZPの結論と矛盾する。彼らの解析には圧力一定の準静的変化を扱っているのに対して、私は運動方程式を解いて直接動的な進化を追っていることが最も大きな違いである。従って今回の結果は二相構造の維持に関して圧力勾配が重要であることを示している。このような力学進化を経て雲は進化する。 6 まとめ 星間ガスの熱的力学的進化を考える上で衝撃波による進化に着目し、物理法則に基づいた非線形計算を行うことでこの現象を明らかにした。衝撃波によって星間ガスは熱的不安定性を引き起こし、速度分散を伴った冷たい微小雲の複合体を形成した。微小雲は熱伝導を介して周囲の暖かい弱電離ガスからの影響を受けて進化した。その振る舞いは圧力がほぼ一定であるが準静的ではなく、力学的な進化であることがわかった。 6.1 分子雲の形成過程 銀河内の星間ガスは超新星爆発などによる強い衝撃波の影響を強く受けている。本論文で明らかになったことは、衝撃波によって圧縮されたガスは微小構造として内部に分子雲を形成することである。現実の中性水素雲においても、このような圧縮現象によって雲が形成されたとすると、その中には必ず分子雲を含んでいることが予言される。 この論文は分子雲形成期の初期に微小雲の形成とそれらの合体・成長過程の基礎物理過程を明らかにしたものである。今後更なる研究として磁場の効果や巨大分子雲の形成過程などが考えられるが本研究は分子雲形成理論の基礎を確立したということが出来る。 図1: 左図:熱的収支の釣り合った温度・密度。右図:主な加熱(波線)冷却(実線)過程。 図2: 弱電離ガス中(左図)と中性水素ガス中(右図)に伝播する衝撃波の進化。実線は熱的収支の釣り合い、波線は非線形計算の時間発展を示す。網掛けの領域は熱的不安定性の線形解析による不安定領域。 図3: 左図:非線形計算の結果の密度分布。右図:非線形計算から求めた12CO(J=1-0)輝線による位置−速度図 図4: 二相構造の進化。1から5は時間発展を表す。 | |
審査要旨 | 本論文は7章およびAppendixからなる。 第1章では、銀河系の星間ガスのほとんどが100万年に一度は超新星爆発によって生じた衝撃波に掃かれていることから、衝撃波によって圧縮されたガスの進化を調べることが星間ガスの諸相の関係を探る上で重要であることを述べ、本研究の目的を 1.そのような中性ガス中で起こる輻射過程、化学反応などの過程を従来の研究より精密化する。 2.等圧の条件下で一様に収縮するガスの熱的な不安定性を線形解析によって調べる。 3.衝撃波によって圧縮されたガスの進化を2次元数値流体計算によって調べる。 4.衝撃波によって圧縮された層に形成される冷たいガスとその周りの暖かいガスの2相構造がどのように進化するかを数値流体計算によって調べる。と定めた。以下の章で順に議論している。 第2章では、本研究で考慮した化学反応や輻射との相互作用をまとめて記述している。具体的には、水素のイオン化や分子の形成、炭素を含む化学反応とともに、宇宙線や軟X線による加熱と原子から放射される輝線や水素分子及び一酸化炭素からでる輝線による冷却の取扱いを詳述している。 第3章では、等圧で一様に収縮するガスの線形安定性を議論するための定式化を行い、分散関係を得た。この分散関係は次の章で扱う衝撃波によって圧縮されたガスが輻射によってエネルギーを失っていく過程の考察に用いられる。 第4章では、ちょうど圧力駆動雪掻き段階にある超新星残骸の衝撃波と同じくらいのマッハ数を持った平面状の衝撃波によって圧縮されたガスが熱平衡状態に至るまでの進化を1次元数値流体コードによって計算し、輻射によって冷えながら収縮する際に前章での線形安定性の議論に基づいて、不安定になることを示した。この不安定性によって、ガスは5天文単位くらいの大きさに分裂していくことが示された。この様にして得られた高い圧力をもった冷たいガス塊(小分子雲)はHI cloudsで観測されていることも指摘している。 続く第5章では、2次元数値流体計算によって衝撃波によって圧縮されたガスが分裂していく様子を調べている。その結果、線形解析で示唆された大きさの分裂が起こることを確認し、形成された小分子雲は周りの熱いガスの中を数km/sの速さで動くことが示された。また、この速度は温かいガスの音速(〜10km/s)を上限とすることを見出した。この小分子雲の運動速度が星間ガスのスペクトルに見られる分子の輝線幅を決めていることを論文提出者は指摘した。すると、小分子雲中のガスの温度に比して線幅が広いことが自然に説明できる。また、熱伝導によって2つの小分子雲の間に引力が働くことを発見した。このような過程をさらに調べることによって、小分子雲のサイズ分布についても議論できると期待される。 第6章では、初期に不安定な熱平衡状態にあったガスの進化を1次元流体計算によって追跡し星間ガスでは数百万年で温度数千Kの温かいガスと数十Kの冷たいガスの2相が共存する平衡状態になることを示した。すなわち、星間ガスの多くはその場所の環境によってきまる飽和圧力のもとに平衡になっている2つの相からなることを示唆している。従来は、定常状態を仮定した解析から、このような平衡状態に落ち着く時間は宇宙年齢を超えていると考えられていた。従って、この結果は星間ガスの各相の状態の見方に大きな変更をもたらす可能性があり、観測によっても検証可能と思われるので重要である。第7章で結論とまとめを述べている。 本論文は、圧力駆動雪掻き段階にある超新星残骸などの衝撃波によって圧縮された星間ガスの熱的進化を輻射による加熱・冷却と化学反応、熱伝導などの基礎過程を組み入れた数値計算を駆使して詳細に調べ分子雲の起源に迫ろうとする野心的な試みである。本論文によって得られた結果は、衝撃波が圧縮した星間ガスには1天文単位ほどの小さい分子雲が存在することを予言し、星間ガスの運動やその各相の力学的熱的な関係について新しい知見を与えるものとして高く評価できる。 なお、本研究は、犬塚修一郎氏との共同研究である。ただし、数値計算コードの開発は主に論文提出者によってなされた。また、5章及び6章の計算結果から新たな現象を発見したのも論文提出者であることから、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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