学位論文要旨



No 115903
著者(漢字) 藤井,高宏
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,タカヒロ
標題(和) 漸近巨星分枝段階以降における恒星の観測的研究
標題(洋) Observation Study of Post-AGB Stars
報告番号 115903
報告番号 甲15903
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3947号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 尾中,敬
 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 助教授 有本,信雄
 国立天文台 教授 笹尾,哲夫
 国立天文台 助教授 関口,和寛
内容要旨 要旨を表示する

 惑星状星雲は、中小質量星が華麗な最後を迎える姿としてよく知られている。この輝線星雲を形成するガスは、中心星が漸近巨星分枝(AGB)星として巨大で低温の恒星外層を有していた時代に、自らが放出した恒星外層部そのものである。質量放出を終了したAGB星は収縮を開始し、高温の惑星状星雲中心星へと急激な進化をたどる。AGB星から惑星状星雲へのこの短い移行期の星はPost-AGB星と呼ばれる。Post-AGB星は、数百から数千年の間にスペクトル型を急速に早期型へと変化させていく中心星と、内側からの放出ガスの補給を欠いたまま膨張していく星周雲との2つの組合せからなるため、非常に多様なスペクトルを含む星のグループである。そのスペクトルエネルギー分布は天体構造を反映して、一般に可視紫外域と遠赤外域の双方にピークを持つという特異な形を示す。この特徴を利用して近年多くのPost-AGB星が発見されているが、観測結果から進化シナリオを導くにはまだ至っていない。筆者はPost-AGB星の多様な側面を研究するには複数の観測手法を組み合わせて統計的に十分な量のサンプル星を詳しく調べることが必要と考えた。そこで、本論文では、多波長測光観測、変光モニター、近赤外分光観測、電波メーザー観測を行い、Post-AGB星の誕生と進化を観測データに基づいて解明することを試みた。

 Post-AGB星の誕生はAGB星からの質量放出停止が原因である。過去の多くの研究にもかかわらず、質量放出現象は未だにその原因、放出の全体像、恒星進化への影響が不明の難問であるが、賃濃放出機構は長周期かつ大振幅の脈動と強く結びついている点では多くの研究者の意児が…致している。したがって、変光観測により脈動の有無を調べ、それを質量放出の指標として用いることでAGB段階の終了とPost-AGB星の誕生がいつおこるのか探ることにした。IRAS天文衛星による赤外線源カタログからPost-AGB星,AGB星候補113天体を選択し4年問に渡る近赤外線変光モニター観測を実施した。観測には東京大学天文学教育研究センター木曽観測所シュミット望遠鏡に搭載された赤外カメラKONICが使用された。波長1.6μm(Hバンド)で対象星の画像を撮り、周辺星のH級と比較して変光を測定した。

 観測の結果、長周期大振幅の変光AGB星はIRAS遠赤外強度比を用いた2色図上で一定の枠内に限られることが判った。一方、その領域の外側では、変光AGB星とは別の弱い変光を示す天体が、非変光天体とともみつかった。また、重要な点として、それら非変光天体は、設定された変光AGB星領域にも一部存在していた。質量放出星は強い脈動による変光を必ず伴うという立場に立てば、こうした弱変光、非変光天体は質量放出停止と判定されるが、IRAS遠赤外カラーでは近い位置に存在するため、実際に質量放出を停止しているかどうかは慎重に決定されなければならない。そこで、変光停止ライン周辺の星に対して一酸化珪素(SiO)43GHzメーザーの探査観測を野辺山45m電波望遠鏡を使用して行った。一酸化珪素メーザーは多くの質量放出星から検出される。水メーザーやOHメーザーが星周雲の内部から放射されるのに対して、一酸化珪素メーザーは恒星表面に近い極小な領域から放射され、恒星表面の活動度すなわち質量放出を反映しているとみなされている。野辺山での観測結果によると変光AGB星からのメーザー検出率は82%であった。一方、弱変光、非変光天体の検出率は0%であった。以上のことから弱変光、非変光天体の表面活動は低下しており、質量放出が停止していると裏付けることができた、したがって、これらの天体は質量放出を停止したPost-AGB星である可能性が高い。

 次の問題としてそれらのPost-AGB候補星が、どのような進化段階にあるのか検証する必要がある。そのためには、分光観測によりスペクトル型を決定し天体の温度を調べることが有効である。最初に述べたように、質量放出を終えた星はスペクトル型を急速に早期型へと変えていく。したがって天体の温度を調べるという事は、Post-AGB星の進化段階を決定することに等しい。一方、AGB期にPost-AGB星周辺に形成された星周雲の方は広がるにつれダスト温度を下げ光学厚みが減少するが、この過程の初期段階はまだ濃い星周雲の奥深くで進行するため赤外分光観測が不可欠となる。国立天文台岡山天体物理観測所のOASIS近赤外分光撮像装置はこのような天体のスペクトル型を知るには最適である。そこで、岡山188cm望遠鏡により木曽で変光を調べた星のH(1.6μm)及びK(2.2μm)バンドスペクトルを取得した。H,Kバンドには、水素原子によるブラケット系列吸収線と一酸化炭素COの吸収線が共に存在する。水素ラインはG型より早期の星に見られ、一酸化炭素ラインはG型より晩期の星で検出されるため、両者のライン強度から中心星スペクトル型を決定できる。その結果、当然ながら変光AGB星はすべてM型星に見られるような強いCOの吸収を示すことがわかった。KからM型スペクトルのテンプレートが少ないため、今回詳しいサブクラスの解析は難しいが、質量放出の段階と中心星スペクトル型の関連は今後研究すべき分野である。

 一方、弱変光星、非変光星のスペクトル型はM型からB型まで広い範囲に渡っていた。この観測結果は、Post-AGB星の進化によるスペクトル型変化をとらえたものと考えられる。特に興味深いのは5つのM型星.である。このうち2天体は、明瞭なダブルピーク型のスペクトルエネルギー分布を持ちかつ、AGB天体の変光とは異なる非常に小さな振幅の変光を示しおり、変光観測により設定された変光AGB星領域のすぐ外側に存在していた。中心星スペクトル型がM型というこの鍵は、極めて近い過去の質最放出を停止を示峻している。あえて推測すれば、これらはミラ型脈動が止まりつつある極めて貴重な例である可能性がある。残りの3天体については、非変光であるにもかかわらず、変光AGB足領域の内側の奥深い所に存在していた。一時的に脈動を停止しているAGB星である可能性も否定できないが、Post-AGB足であるとすると、これまでにPost.AGB畢の存在が考えられていなかった領域で、既にPost-AGB足が誕生していることになる。IRAS12,25μm赤外線強度比が小さいことから推測すれば、低質量のPost-AGB星の誕生の現場をみている可能性がある。いずれにしてもこれら5天体の長期観測は恒星進化を直接観察する希な機会となるであろう。

 また、中心星のスペクトル型以外にもPost-AGB星の進化段階を推定する方法が存在する。Post-AGB星は中心星と星周雲の複合系であるため、その進化は中心星のスペクトル型と星周雲の大きさの2つで規定される。この内、中心星の方は上に述べたOASIS観測でデータを取得した。星周雲の広がりを知るため木曽観測所において可視近赤外測光観測を行いBVRIJHKの7バンドでの等級を定めた。これらとは別に、いくつかの典型的なPost-AGB星で測光観測を行った結果にIRASデータを加え、ダストシェルモデルでスペクトルエネルギー分布を合わせた。その結果B型星までのスペクトル変化は質量放出停止後500年以内に起こることが判った。この結果は理論モデルからはある程度予測されていたが、観測データから承認されたことは重要である。さらに、シェルモデルの検討から発見した興味深い天体がある。それは質量放出停止後の年令が1,000-2,000年であるのに拘わらずF,A型のスペクトル型を持つ2つのPost-AGB星である。このようにスペクトル変化が遅いと、中心星表面温度が上がり周辺ガスを電離できるようになる頃には星周雲は星間空間に散逸してしまうだろう。すなわち、Post-AGB星のすべてが、言い換えれば中小質量星のすべてが、惑星状星雲になるわけではないのである。これらの星は直接白色綾星へと進化すると考えられるが、こうした惑星状星雲にならないPost-AGB星の例はこれまで観測的に知られていなかった。

 このようにAGBのミラ型変光を停止した後のPost-AGB星の進化を、中心星スペクトルとシェルモデル適用の2つから追ってきた。Post-AGBの段階では既にAGBの脈動は停止しているが、スペクトル型が早期になってくると星はHR図上のセファイド不安定帯を横切ることになる。そして、実際そのためと思われるPost-AGB星を6つ発見した。これまでにもPost-AGB星の変光の報告は数例あった。しかしそれらは単独の報告で特異なPoSt-AGB星という位置付けであった。これに対し筆者の発見はグループとしての新しい種類の変光星の発見である。スペクトル型はすべてF-G型でセファイド型不安定脈動である可能性を強く示唆している。さらに興味深い点はこれらの変光星がIRAS2色図上で限られたボックス内に存在していることである。中心星のスペクトルを反映するHR図と星周雲スペクトルを示すIRAS二色図との双方で変光Post-AGB星が固まって存在するということの意味は何であろうか?それはこれらのPost-AGB星が共通の進化タイムスケールにしたがっているということで、中心核質量がほほ同じ値をとるということを意味していると考えられる。この点はさらにデータ点を増やした観測が求められる。

 以上の観測結果を列挙すると以下のようになる。

 1. 変光観測を通して、AGB変光星領域を決定した。

 2. 一酸化珪素メーザーが、変光AGB星に特有の現象であり、非変光星からは出ていない事を発見した。

 3. M型のスペクトル型を持つ誕生直後のPost-AGB候補天体を発見した。

 4. 新しい種類のPost-AGB変光星グループを発見した。

 5. ダストシェルモデルをとおしてPost-AGB星の年齢を決定し、その結果惑星状星雲を経由することな白色矮星に進化すると考えられるPost-AGB星を発見した。

 これらの結果に基づき、これまで理論的推測にとどまっていた質量放出停止による誕生から温度を上昇させ、再び小振幅1の変光帯を通過する地点までのPost-AGB足進化を観測的に明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は10章からなり、中・低質量星の進化末期段階の漸近巨星分枝(以下AGB)から惑星状星雲に移る段階(Post-AGB)の天体を、近赤外線での変光あるいは分光観測、また電波でのメーザー観測など、種々の方法で系統的に観測し、その進化の過程を明らかにしたものである。

 第1章は、これまでのPost-AGB天体の観測をまとめ、問題点を整理している。Post-AGB段階は、進化の速度が速いため天体の数が少なく、観測的にも理論的にもまだ十分な理解が得られていない進化段階である。多くのPost-AGB天体を系統的に観測することの重要性が簡潔に示されている。

 第2章では、赤外線衛星IRASのデータを用いて、本論文で対象とした113個のPost-AGB天体候補を選択した方法が記述されている。

 第3章から6章にわたり、本研究で行った観測がまとめられている。第3章では、近赤外線測光観測(J,H,K)、第4章では、近赤外域(Hバンド)での変光観測、第5章では、近赤外域分光観測、第6章では、電波領域での43GHz SiOメーザー観測の方法、結果がそれぞれ記述されている。

 第7章は、3章から6章で記述した観測結果を基に、観測天体の性質の議論を行った本論文の中心をなす章である。

 まず、近赤外線測光観測と、IRASのデータから、それぞれの対象天体について、近赤外から遠赤外にかけてのスペクトルエネルギー分布(SED)を求め、主に5つの型に分類できることを示した。このうち、特に注目されるのは以下の2つのグループである。

 まず、中間赤外域に1つだけのピークを持つ天体は30天体観測された。第3-6章の観測から、このグループに属する天体は、大きな変光を示し、大部分がSiOメーザーを伴うことから、厚いダストシェルを持ち、現在も大きな質量損失を起こしているAGB天体と判断される。これに対し、近赤外と中間赤外に2つのピークを持つダブルピークのSEDを示す天体は20個同定され、変光も少なく、SiOメーザーが検出されないこと、中心星のスペクトル型がBからMに渡ることから、Post-AGB段階にある天体と判断される。

 本研究は、近赤外のデータとIRASのデータによるSEDに基づいて、AGB、Post-AGBのグループがはっきりと分類され、それぞれのグループが、変光、メーザーの活動性で明瞭に区別されることを初めて示した。また、特にこのPost-AGBに分類される天体中に、小さな振幅の変光を持つものがあることを初めて見いだした。これらは、HR図上での不安定領域中に位置しており、これまで知られていなかった変光星のグループをなすことが示唆される。さらに、Post-AGBのグループに属する天体中にM型のスペクトルを示す天体を2つ確認した。SEDのダブルピークは、中心星の光球と、質量損失が終了して星から離れた位置にあるダストシェルの存在を示している。Post-AGB段階では、これまでG型程度のスペクトル型にまで進化した頃に質量損失が止まることが理論的には予想されていたが、この発見はこの理論予測と反するものであり、理論モデルに新たな改良を求めるものである。

 第8章では、7章での議論を受け、IRASの2色図上の、AGBからPost-AGB、惑星状星雲への進化についての仮説を提示している。この中で、中心星の質量の違いにより、2色図上での進化の道筋の分布を説明できることを初めて提案した。

 第9章では、本論文で観測した個々の天体について、これまでのデータをまとめている。

 第10章では、本論文の結論がまとめられている。

 以上、本論文は100余個のPost-AGB候補天体について、系統的に近赤外及び電波観測を初めて行ったもので、Post-AGB候補天体の進化過程・性質について、新らしい知見を得ている。

 なお、本論文8章は、中田好一、M.Parthasarasyとの、また3-7章は、中田好一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク