学位論文要旨



No 115905
著者(漢字) 水谷,昌彦
著者(英字)
著者(カナ) ミズタニ,マサヒコ
標題(和) Carina領域の星間物質の研究
標題(洋) Physical Conditions of the Diffuse Interstellar Medium in the Active Star-Forming Carina Region
報告番号 115905
報告番号 甲15905
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3949号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 教授 中井,直正
 東京大学 教授 村上,浩
 国立天文台 教授 川辺,良平
 国立天文台 助教授 出口,修至
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

 星間空間にある塵粒子から放射される連続光の強度は遠赤外域で最大になる。また、遠赤外域には気相にある多くの原子・イオンからの遷移線が観測される。したがって、星間物質の性質を研究する上では赤外線観測は極めて重要である。この波長帯では宇宙空間での吸収を受けにくく、視線上で重なりあう多くの物質からの放射を直接検出することができる。

 星間ガスからの赤外輝線の解析により、電離ガスまたは中性水素ガス領域での放射機構を通じてガスの温度、密度を知ることができる。これらは星間ガスの分布状況を知るために不可欠な情報である。ガス中での励起機構の理解はこれまでの理論的研究に基づいて比較的確立されてきているが、星間物質の観測上の困難によって、星間物質の分布、または温度、圧力、化学組成の異なる相の間での相互作用については、理解されていない部分が多く残っている。また、ガス相に存在する物質の量についても得られている情報が極めて少ないことから、星間空間に見られる様々な状態の形成、進化過程を考える上で、物質からの放射を直接観測できる赤外線観測は極めて重要な役割を果たす。気相と固相(ダスト)との相互作用は、ダストの成長、破壊の条件を調べるためにも重要である。

観測内容

 星間空間における加熱、冷却機構を調べるためには、温度、密度などの異なる多様なガス相を観測しなければならない。Carina領域は、多数の大質量星とその母体である分子雲、また星周囲の電離ガスが複雑に絡みあう銀河面上の星生成領域である。この領域には高温の03型星が多く観測されており、銀河内部でも稀な活発な活動領域となっている。物質からの放射を測定し放射源を特定するために、電離ガスと分子雲を含む、広い(40’×20’)領域に渡って複数の観測点を定めて遠赤外分光観測を行った。観測には、当時遠赤外域での分光が唯一可能な装置として、欧州宇宙機構(ESA)により打ち上げられた宇宙赤外天文台ISOを利用した。これにより、45-170μmでの分光観測が可能となった。

 観測の結果、各視線方向に星問空問での固体粒子の存在を示す熱的連続放射が見られた。同時に電離ガス中の遷移線[OmIII]52、88μmと[NII]122μmが観測領域全域で観測された。また、[OI]63,145μm、[CII]158μm、[SiII]35μmも観測域全体にわたって検出された。これはそれぞれの放射源である原子、イオンが星生成領域周囲に広く分布していることを明らかに示している。この観測は、赤外線の測定としては初めての広い範囲にわたる観測である。特に[SiII]35μmについてはこれまでの観測例も少なく、拡がった領域からの検出は本観測によるものが初めてのことである。

考察

低密度電離ガスの検出

 電離領域で、52,88μmに対応する励起は電子との衝突によって起こる。その励起率は電子の運動温度と密度によって決定されるが、温度への依存度が低いことから、電子密度のよい指標になる。観測されたこれらの強度比は、.領域全体でほぼ一定値であるため、一定密度の拡がった02+の分布を示している。電子密度は、ライン強度比から約10cm-3と推定される。また、この領域の熱源であるO型星近傍では100-300cm-3であることが示された。

 観測の結果、可視域での観測に見られるよりもはるかに広い範囲に電離ガスが分布していることが明らかになった。これら周囲のガスを電離するために必要な光子数は、Carina領域固有の電離領域の熱源と考えられているO型星の集団のみから供給される量よりも多いことが分かった。これは、他の何らかの熱源からの寄与があることを示唆する。低密度の電離ガスの存在は、銀河面上での電波連続放射の観測からも提唱されてきた。その熱源は銀河面上に存在するO型星であり、低密度の電離ガスは、それらに付随する電離領域が進化し重なりあった姿をとらえていると考えられる。本研究は、低密度電離領域からの放射を直接観測して、その存在を確認するとともに、定量的な議論から密度を初めて明らかにしたものである。

電離、非電離の境界領域に存在するイオン、原子の遷移線解析

 HII領域と低温の分子雲の境界領域では、照射によって分子が解離され、光解離領域と呼ばれる領域ができる。C+、Si+など電離ポテンシャルエネルギーが水素よりも低い元素のイオンや酸素原子がこの領域に含まれる。これらの元素は、この領域の冷却に大きく寄与していると考えられている。[OI]63,145μm、[CII]158μmは他の電離領域や分子雲の観測でも広く検出されており、今回の観測でも強い放射が確認された。また、観測上の困難によりこれまでの観測例は極めて少ないが、[SiII]の35μm輝線は光解離領域の主要な放射と考えられる。

 炭素とシリコンは、星間ダストの主要な構成要素と考えられており、その強度と放射領域の特定は星間物質の進化を考える上で不可欠なものといえる。C+とSi+は電離ガスと中性水素ガスのどちらとも共存できることから、その遷移線の放射源を特定することは困難である。気球を使った観測によって、銀河面周辺に拡がった[CII]l58μm放射が観測されているが、その放射源の候補として、前述の低密度電離領域、あるいは拡がった光解離領域が挙げられている。[SiII]35μmは、予想よりも強い放射がスターバースト銀河や銀河中心で観測され、これらは塵同士の衝突によるダストの破壊が起こっている証拠とされている。

 観測の結果、[CII]158μmと[OI]63,145μmによい相関関係が見られた。また、[SiII]35μmと[NII]122μmにも相関があることが分かった。これらは[CII]158μmと[SiII]35μmが、それぞれ主に中性水素ガスと電離ガスから放射されていることを示している。[CII]158μmについては70%が中性ガスから、また[SiII]35μmでは、90%以上が電離ガスからの寄与であることが分かった。

 測定された酸素原子の遷移線放射の強度比(145μm/63μm)は、比較的低密度の領域からの放射であることを示唆する。この密度領域では衝突による励起よりもUV photonによる励起の効果が効いていると考えられる。ダストの連続光放射から推定されるCarina領域の放射場強度はGo〜103であり、通常よりも高エネルギー領域であることが分かる。これらを総合して考えると、その電子密度は約103cm-3であることが推測される。しかしながら、観測された[CII]158μmと[OI]63μmの強度比については、先に得られた密度、輻射強度から予測される値に対して約1/10となっており、理論と観測との矛盾が見られた。[CII]158μmが相対的に強いことは、それが低密度の領域からの放射であることを示している。また、ダスト破壊によるCの存在量の増加が影響している可能性もある。

 通常の星間空間におけるガス成分の元素の存在量は、UV領域での星間吸収量に基づいて推定されている。それによれば、シリコンは太陽近傍の元素存在量のうち97.5%がダスト中に取り込まれており、ガスとしてはほとんど観測されない。電離ガスからの放射成分として今回観測された[SiII]35μm強度を説明するには、シリコンが、太陽組成の45%以上は気相のイオンとして電離ガス内になくてはならない。これは一般の星間空間について予測されてきた値の20倍以上にあたり、低密度の電離領域ではダストが衝突によって破壊され、シリコンがガス相に戻っていることを示す直接的な証拠と考えられる。

結論

 広い領域の分光マッピング観測で得られた放射強度の解析によってCarina領域の星周物質の性質を調べ、以下の結論を得た。

 ・[OIII]の輝線を拡散遠赤外光中に検出し、高励起の低密度電離ガスが銀河面上に拡がって存在することを観測的に初めて明らかにした。

 ・Carina領域での拡がった[CII]158μmは70%以上が低密度の中性領域から放射されていることを示した。

 ・極めて強い[SiII]35μm輝線を拡散光中に検出し、主に低密度の電離領域から生じるものであること、さらに太陽組成の45%以上のシリコンがガス相にあることを示した。この結果は電離ガス中での塵粒子の破壊が進んでいることを初めて明らかにしたものである。

元素組成は、星間物理学で解明されていない問題の一つである。以上の結果は、ダストとガスの相互作用による星間空間の構造形成を理解するための手がかりとなることが期待される。ここに挙げた結果はCarina領域の観測に基づくものであるが、輝線が拡がった領域から観測されたものであることから、星間空間で一般的な物質の性質を示唆するものと推定される。今後、系外銀河など、さらに別の領域での観測によって確認されることが期待される。

図1: [OIII]52,88μmの強度比から求められる電子密度の空間分布図。観測領域全体に拡がる低密度〜10cm-3電離ガスの存在を示している。

図2: [CII]158μmと[SiII]35μmの強度マップ。観測領域全体で強い放射が見られる。[SiII]35μmの方が若干電離領域側(図の左側)にシフトされた分布を示す。中央付近のピークは、光解離領域からの強い放射と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、原子あるいはイオンの微細構造線を用いて星間ガスや固体微粒子の物理的状況を明らかにするため行われた、赤外線宇宙天文台(ISO)の長波長分光器(LWS)と短波長分光器(SWS)による遠赤外線分光観測を解析し考察したものである。観測対象は、Carina(竜骨座)領域と呼ばれる活発な星形成領域の中心部40'×20'である。ここには、多数の大質量星を中心とした水素電離(HII)領域と、それを取り巻くように中性水素や分子などから構成される光解離領域(PDR)が存在している。分光観測は、この領域をほぼ等間隔でサンプルするように配置された132点について行われた。観測波長領域は、34.8-35.2μm(SWS)および45-170μm(LWS)で、微細構造線の[OIII]52、88μm、[NIII]57μm、[NII]122μm、[CII]158μm、[SiII]35μm、[OI]63、145μmがすべての点で検出された。これだけの広い領域をこれだけの広い波長域にわたって観測した例は他にない。

 本論文は4章からなり、第1章では星間物質と星形成との関連、星間物質の様々な分布状態、星間物質からの赤外線放射などの概要と本研究の動機が述べられている。第2章では、[OIII]52、88μm、[NIII]57μm、[NII]122μmの観測から示唆されるHII領域における電離ガスの分布状態を論じている。第3章では、[CII]158μm、[SiII]35μm、[OI]63、145μmの観測に基づいて低密度のPDRからの遠赤外線放射を論じるとともに、[SiII]35μmの強度が異常に強いことを指摘している。本研究の要約と結論は、第4章で述べられている。

 本論文の主要な結果は以下の3点にまとめられる。

 ・HII領域から放射される[OIII]52、88μm、[NIII]57μm、[NII]122μmの強度分布を調べた。これら輝線(禁制線)は電子との衝突による励起によって放射されるものである。[OIII]52、88μmの強度比は、電子温度にはよらず、電子の密度に依存する。導かれた電子密度は大質量星の集団の近くで高く(100-300cm-3)、その周囲に低い電子密度(約10cm-3)の領域が広がっていることが明らかになった。広がった低密度のHII領域(ELD HII領域)の存在は電波連続波の観測から提唱されたものである。光学領域の観測から低励起のELD HII領域の存在は確認されていたが、高励起のELD HII領域の存在については否定的な結果が導かれていた。本研究は、[OIII]の輝線を検出することで、高励起のELD HII領域が存在することを観測的に初めて明らかにした。

・PDRの物理状態を調べるために[CII]158μm、[OI]63、145μmの強度分布を解析した。[CII]158μmはHII領域とPDRの両方から放射され、[OI]はPDRのみから放射される輝線である。[OI]63μmとの相関から、[CII]輝線強度の70%がPDRからの寄与であることを導いた。次に、輝線強度比[OI]63μm/[CII]158μmおよび[OI]145μm/[OI]63μmを解析し、PDRの理論モデルでは説明できないことを明らかにした。これらの輝線は水素原子との衝突で励起されると考えられてきたが、[OI]145μm/[OI]63μmを説明するにはガスの温度が高くなり過ぎる。本論文では、紫外線蛍光励起を導入することで、[OI]145μm/[OI]63μmの値を説明しうる可能性を指摘し、PDR理論モデルの発展に重要な示唆を与えた。

・主としてPDRから放射されると信じられている[SiII]35μmの強度分布を解析した。PDRからの放射と考えると[OI]63μmとの間に強い相関があるはずである。しかし、[OI]63μmとの相関は弱く、HII領域から放射される[NII]122μmとの間に強い相関がある。観測は、[SiII]35μm強度の90%以上がHII領域からの寄与であることを示している。通常の星間空間においては、珪素の97.5%は固体微粒子として固定されており、ガスとしてはほとんど観測されない。観測された[SiII]35μmを説明するには、太陽組成の珪素の45%以上がイオンとしてHII領域に存在しなければならない。この結果は、HII領域において固体微粒子が破壊されていることを初めて明らかにしたものであり、極めて重要な発見である。

 本論文は、遠赤外線観測を行うことで、高励起のELD HII領域の存在を示し、従来のPDR理論モデルでは観測値を説明できないことを示し、HII領域における固体微粒子の破壊に関する証拠を[SiII]35μmの強度分布として示した。本論文の天文学特に星間物理学に対する貢献は大きなものがあり、その水準は国際的に見ても高い。本論文は、尾中敬、芝井広との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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