学位論文要旨



No 115908
著者(漢字) 小河,勉
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,ツトム
標題(和) 地殻岩石の圧電性によるコサイスミックな電磁場変動に関する研究
標題(洋) Study on coseismic electromagnetic signals due to piezoelectricity of crustal rocks
報告番号 115908
報告番号 甲15908
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3952号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学  助教授 吉田,真吾
 東京大学 助教授 笹井,洋一
 東京大学 助教授 宮武,隆
 東京大学 助教授 栗田,敬
 東京大学 教授 歌田,久司
内容要旨 要旨を表示する

 従来から数多くある、地震発生時の電磁場変動の観測的研究や、その発生メカニズムを推定する実験的研究の中で、本論文は、地殻岩石の圧電性に起因するコサイスミックな電磁場変動の発生の理論的基礎を提示し、予測される電磁場変動を定量的に評価して観測事実と対照することを目的としている。

 圧電性は、物質がその異方性に由来して、応力を受けることによって電気分極を示す物性であり、地殻岩石に圧電性が存在するならばコサイスミックな電磁場変動の発生が期待できる。逆に、石英に富んだある種の地殻岩石には岩石自体として圧電性を有するものが存在するという実験事実に基づくと、圧電性に起因するコサイスミックな電磁場変動が地球電磁場観測で検出可能な大きさに達するならば、地殻内部の異方性に関する情報も与える。

 しかし、圧電性によって電磁場変動が発生するために原理的に不可欠な応力の時間発展と、必然的に過渡現象となる電磁場変動の挙動の双方を同時に評価することが困難なために、圧電性に起因するコサイスミックな電磁場変動の定量的研究はこれまで殆んど行われてこなかった。

 本論文では、三種類の単純な応力場のモデルに基づき、現実的な物性定数の値を代入して圧電性に起因するコサイスミックな電磁場変動を評価した。

 第一のモデルとして、導電性、弾性、圧電性をもつ均質無限空間内に点震源を仮定し、震源から十分遠方で期待される電磁場変動を評価した。震源時間関数として時間に関する階段関数を仮定して、震源から放射される応力場変動の数学的表現を導き、点震源から遠方での電磁場変動を数学的に表現し、現実的な物性定数を代入することによって電磁場変動を数値的に評価した。

 その結果、電磁場変動の中に顕著なパルス的成分が存在することが分かり、この成分が次のような性質をもつことが示された。(1)この成分は点震源から離れた電磁場観測点に対して、P波よりも十分速く伝播することができる。例えば震源から距離r=10[km]の点で、媒質の電気伝導度σが10-3[S/m]の場合、P波の到達は地震発生から約1.7秒後であるのに対し、電場変動は約0.008秒後、磁場変動は約0.01秒後に観測点に到達する。(2)この成分の到達時刻tは、震源からの距離γと電気伝導度σとの間にt∝σγ2の関係が成り立つ。(3)この成分の振幅はγ及びσとの間に、電場変動についてはσ-2γ-5、磁場変動についてはσ-1γ-4の関係が成り立つ。(4)1020kmの地震モーメントを持った点震源により、10-15C/Nの圧電係数に対して震源から距離10kmの点では、数百mV/kmの電場変動、数nTの磁場変動が期待できる。(5)この成分の電磁場変動の点震源からの放射パターンは、空間に圧電性をもたらすその異方性の対称軸の方向を示唆する。

 非常に簡略化したこのモデルに基づいて、圧電性に起因するコサイスミックな電磁場変動の基本的性質が示された。だが、現実の地震との比較のためには、震源パラメーターや、地表面のような不均質構造の電磁場変動への効果を検証する必要性が残った。

 第二のモデルとして、導電性、弾性の均質な半無限大地の内部に位置した円筒状の圧電体を仮定し、鉛直下方からの平面弾性波の入射の際に期待されるシグナルを評価した。P波の入射を仮定し、応力場変動と、圧電体内の応力場変動によって生じるシグナルを周波数領域で数学的に表現した。現実的な物性定数を代入することにより、シグナルを数値的に評価した結果、シグナルには次のような性質があることが分かった。(1)低周波領域では応力場変動が小さいこと、及び高周波領域では導電性大地を伝播する電磁場の減衰によって、それぞれシグナルが減衰する。一方、0.1Hzから10Hzという地震波の特徴的な周波数帯では、シグナルのFourier振幅は1桁以内の幅で殆んど変わらない。(2)圧電体の高さに由来した、入射する地震波とシグナルとの間に共鳴的現象が生じうる。(3)地下の圧電体から生じたシグナルは大気中では高度が高くなるにつれて減衰する。(4)実際に地震計で計測されたP波を数値計算に代入して、期待される電場変動を評価したところ、その振幅は10-5C/Nの圧電係数に対して10-6mV/km程度に過ぎず、微小すぎて観測できない。

 期待されるシグナルには地下の圧電体の形状に関する情報が含まれているが、この結果は、観測点周辺への地震波の伝播に伴う、圧電性に起因する電磁場変動の観測は期待できないことを示した。

 第三のモデルとして、導電性、弾性、圧電性の半無限大地に有限の現実的な大きさを持った、ユニラテラルな垂直横ずれ断層を仮定し、その断層運動に伴って断層周辺で期待される電磁場変動を評価した。時間発展する応力場を時間領域有限差分法を用いて求めることにより電磁場ソースを評価し、また、地中の電磁場ソースによって半無限大地内に生じる電磁場のグリーン関数を導くことによって、期待される電磁場変動を時間領域で評価する数値計糞法を作成した。現実的な物性定数を代入して、地表で期待される電磁場変動を評価した結果、電磁場変動の次のような性質が示された。(1)生じうる電磁場変動の放射パターンは、半無限空間に圧電性をもたらす異方性の対称軸の方向を反映する。(2)第一のモデルの無限空間内で伝播する電磁場変動の減衰と比較して、第三のモデルでは遠方に伝播する電磁場変動の減衰は小さく、地表面の存在によって電磁場変動が増幅される。(3)有限な大きさを持つ断層面上を有限な速度で破壊が伝播することにより、電磁場変動の空間分布に非対称性が生じうる。(4)数値計算結果から1995年兵庫県南部地震の際に期待できる電磁場変動を評価すると、岩石の圧電係数として実験的に知られる上限値の10-13C/Nを圧電係数として数値計算を代入したときに、震源から北東に約100kmの点で約6mV/kmという異常な電場変化の観測量が説明可能となり、またこのとき、断層近傍での電場変動は数十mV/kmに達しうる。したがって、兵庫県南部地震の際に観測された電場変動の起源を、震源域の岩石の圧電性に帰することは可能である。(5)圧電性は磁場変動の発生に有効なメカニズムではない。

 本論文で、活断層近傍において、震源域の地殻岩石の圧電性によるコサイスミックな電場変動が検出可能であることが提唱された。地球電場変動観測と、シグナルの予測量のフォワード計算の結合により、地殻内部の異方性を表現する物理パラメーターを決定することが可能となるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では地殻岩石の圧電性によるコサイスミックな電磁場変動に関して,3本の柱からなる研究を行った.最初の柱は,圧電性に起因するコサイスミックな電磁場変動を定量的に評価するため無限媒質に点震源がある場合についての定式化であり,2番目の柱は観測点の地下の圧電性岩石に遠方からの地震波が入射したときに期待される電磁場変動の評価であり,3番目の柱は半無限媒質内の有限な大きさの断層で破壊が生じた時の電磁場変動を数値的に求める研究である.地震に伴って岩石の圧電性によって電磁場変動が生ずる可能性について論じた研究は過去にいくつかあるが,定量的にきちんと評価を行おうとした研究はほとんどなかった.よって,下地がほとんどないところから論文提出者が独自に開拓してきた部分がかなりあり,本論文はオリジナリティの極めて高い研究といえる.

 地震前あるいは地震時に電磁場変動が観測されたという報告は最近多いが,その発生メカニズムを科学的に理解しようとするなら,地震前の現象よりはるかに大きなエネルギー放出を伴う地震時における電磁場変動をまず解明するのが効率的な戦略と考えられる.地殻流体の移動に伴う電磁場変動の可能性もありえるが,本論文では岩石自体として圧電性を有するものが存在するという観測事実に基づき,圧電性に起因するコサイスミックな電磁場変動の定量的研究を行った.圧電性は,物質が応力を受けることによって電気分極を示す物性であり,石英に富んだある種の地殻岩石は岩石としても圧電性をもちうる.地震時には応力が変化するから,必然的に地震時に電磁場が変動するはずである.しかし,圧電性に起因するコサイスミックな電磁場変動の定量的研究はこれまでほとんど行われてこなかった.

 本論文の最初の部分(Chapter3)では,導電性,弾性,圧電性をもつ均質無限空間内に点震源を仮定し,震源から十分遠方で期待される電磁場変動について数学的表現を導き出した.その定式化に基づき,現実的な物性定数を代入することによって電磁場変動を定量的に評価し,電磁信号の到達時刻,振幅の大きさ,およびその距離依存性,放射パターンなどを議論した.

 第2部(Chapter4)では,導電性,弾性の均質な半無限大地の地下に圧電体が存在するときに,鉛直下方からの平面弾性波の入射により生ずる電磁場変動を評価した.その結果,圧電体の大きさに依存して地震波とシグナルとの間に共鳴的現象が生ずること,シグナルの振幅は微小であり現在の観測レベルでは検出が困難であることなどを明らかにした.

 第3部(Chapter5)では,導電性,弾性,圧電性の半無限大地に有限の現実的な大きさを持った,ユニラテラルな垂直横ずれ断層を仮定し,その断層運動に伴って断層周辺で期待される電磁場変動を評価した.応力場の時間変化を時間領域有限差分法を用いて求め,また地中の電磁場ソースによって半無限大地内に生じる電磁場のグリーン関数を導くことにより,期待される電磁場変動を時間領域で評価する数値計算法を開発した.現実的な物性定数を仮定し地表で期待される電磁場変動を評価し,(1)電磁場変動の放射パターンは圧電性をもたらす異方性の対称軸の方向を反映する,(2)無限媒質に比べ半無限媒質では距離による減衰が小さい,(3)破壊伝播に起因して非対称的な電磁場変動の空間分布が生じる,(4)1995年兵庫県南部地震の際に期待できる電場変動は検出可能な大きさである,ことなどを明らかにした.

 本研究の成果は,観測された電磁場変動と地震との関係を定量的に議論できるようにしたことである.この研究を発展させれば,地震に伴う地球電磁場変動の観測データが得られたときに,振幅と極性の放射パターンや信号の継続時間などを定量的に説明できるモデルを構築していくことが可能になっていくであろう.

 なお本論文の最初と2番目の部分(Chapter4と5)は,歌田久司氏との共同研究として2編の論文にまとめられているが,2編とも論文提出者が主体となって定式化および解析したものであり,第1著者である論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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