No | 115910 | |
著者(漢字) | 勝又,勝郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カツマタ,カツロウ | |
標題(和) | 海峡における潮汐と海底地形の効果及びオホーツク海と北太平洋の海水交換過程への適用 | |
標題(洋) | Parameterization of tide-topography interaction at straits and application to water exchange between the Sea of Okhotsk and the North Pacfic | |
報告番号 | 115910 | |
報告番号 | 甲15910 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3954号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | オホーツク海は北太平洋中層水の起源水の形成場所として近年注目され、北太平洋への流出量の評価が重要な研究課題となっている。しかしオホーツク海と北太平洋との海水交換量の評価とそのメカニズムの解明は十分ではない。両海を区切るクリル諸島は数十の海峡を持つが、最大深度1500mを越える深い海峡は二箇所だけである。ムシル海峡(東経153.5度北緯48.25度)と北ウルップ水道(東経151.5度北緯46.5度)である。これらの海峡では冬期の激しい気象条件や政治的な問題に阻まれて、ほとんど観測がなされてこなかった。一方理論的にも、海峡部における強い潮汐流のために、従来の積分則(Island Rule, Godfrey (1989) Godfeys.Astrophys.Fluid Dyn.)や力学計算によそ正確な見積りは不可能であった。 筆者の属するグループでは1999年8月〜9月に両海峡における初の直接流速観測を試みた。その結果、ムシル海峡では潮汐を取り除いた残差流が顕著な二層交換流であること、上層が1.6Svの流量でオホーツク海から太平洋に向かい下層は1.3Svで逆向きに流れていること、小潮でも残差流と潮汐流は同程度の強さを持つこと、などが明らかになった。同時に行われた親潮観測でも2〜4Sv程度のオホーツク水の太平洋への流出を確認している。 以上の結果を考慮し、数か月から季節周期程度の変動を説明できるオホーツク海と北太平洋の海水交換の力学過程を二層モデルを用いて考察した。観測から示唆されるように海峡部の潮汐の効果は無視できず、これを陽に取り入れた新たな定式化を試みる。以下の考察では北太平洋を仮想的に、内部領域と西岸境界域に分けて考える。前者は主に風と海底地形によって駆動され、後者は主に前者からの流入出によって駆動される。すなわち、今考えている時間スケールでは西岸境界域から内部領域への影響は無視できるものとし、内部領域の流れは風と海底地形によって駆動され既知のものとする。西岸境界域の状況は以下のように質量と渦度のバランスによって求める。順圧流量は非発散であるから流線関数Ψが導入される。上下層の運動方程式をフラックス形に書き直し和を取り、図1左図の経路AEFBに従って線積分すると、時間変化項・非線形項・外力項を無視する近似を用いて、海峡における順圧流量を表す島の周りの流線関数Ψ1は と表される。ここで添字E,Fは図中のE点F点における値を示し、dtは積分経路上の微小ベクトル、κは鉛直単位ベクトルである。右辺は全て内部領域の量であるから既知。上層流量は非発散ではないため、ムシル海峡の上層の流量7kと北ウルップ水道の上層の流量TBの二つの変数を陽に求めなければいけない。そのためには図1右の積分経路をとる。未知数はTk,TBに加えTs,TNの計4であるから4つの式が必要である。積分経路C1,C2,C3上での流量保存式の積分とC2上での運動方程式の積分qnTN-qsTS+∫RQfu1.(κ×dt)=0で得られる。なお順圧の場合と同様に、時間変化項・非線形項・外力項は無視してある。結果は となる。 内部領域としては緯度経度0.5度の格子間隔を持つ二層モデルを80年間気候値の風で駆動した結果を用いた。西岸境界域の力学バランスから東経151度北緯40度から東経171度北緯60度を結ぶ線を西岸境界部と内部領域を分割する線とした。渦位の値qN,qsは気候値からqN=2.8×10-7,qs=2.6×10-7[m-1s-1]と定め、その値を用いてP,Q,Rの各点の位置を求めた。以上の値を(1)(2)(3)の右辺に用いて得られた1999年の結果を図2左に示す。上層の流れTK、TBに注目すると、従来の水塊分析などによる見積りでは一年を通じてムシル海峡からオホーツク海に北太平洋水が流入し北ウルップ水道からオホーツク水が流出していると思われていたが、夏期の間はそれが逆転していることが示されている。この結果は我々の観測結果とも一致する。一方、順圧流量ΨIは海峡における潮汐と海底地形の効果の無い場合は20Svを越え、過去の様々な見積りより大きすぎることが分かる。これは(1)の導出に際して無視した項のなかで無視すべきではない項があったことを意味する。時間変化項・非線形項・風応力が小さいことはモデルの結果の解析からも分かるが、海底地形項(底圧力トルク項)摩擦項(水平拡散)は無視できないことがオーダー見積りから分かる。以下では、海峡部におけるこの二つの項の効果を積分則に取り入れることを提唱する。前述のように海峡においては潮汐流が無視できないため、潮汐流の入った考察を行う。 二層の水平鉛直二次元の流れで、小さな海底地形b(x)を越える順圧潮汐流U(t)によって発生する応答を支配する方程式は、 である。ここにHiは潮汐が無いときの各層の厚さ、uiは流速変動、ηは密度界面の変位、pは蓋有り近似での順圧圧力、g'は有効重力である。とくにUi=Usi+U(t)であり、Usiは潮汐が無いときの各層の流れ、U(t)は潮汐による時間変化する順圧な往復流である(i=1,2はそれぞれ上層下層)。観測からも分かるように、実際の海峡では内部衝撃波や砕波といった非線形性の卓越する現象が生じているが、それらの効果をこの線形モデルでパラメタ化した項がA∂2xを含む項である。係数Aは運動量と質量に対し同一と仮定する。以上の式をフーリエ変換とラプラス変換によって解くことで海峡の流れの解析的表現を得る。これらの式を特性曲線形式に書き直すと、外力が時空間に非一様に分布するため長時間平均を取っても残差流が存在することが示される。 この局所的な海峡の効果を大洋スケールの積分則に組み込むため、潮汐の時間スケール(〜日)は積分則の時間スケール(〜数か月)に比べて十分小さいため前者の時間平均(すなわち残差流)が後者に影響を与える、と仮定する。具体的には、拡散項と海底地形項に現れる各層の流速はUsi+U(t)+uiと表現される。第一項は長い時間スケールで変動する(短い潮汐時間スケールでは定常)成分、第二項は潮汐スケールで振動する往復流、第三項が応答である。これらの潮汐スケールの長時間平均を取ると第一項と第三項の時間平均(残差流)が残り、これが積分則に影響を与える。定常流Usiは、海峡断面を長方形で近似して流量を海峡幅と層厚で割れば得られる。残差流はUS1,US2の関数であるから海峡における地形h(x)、海峡幅W,基本成層H1,H2、潮汐流U(t)を与えれば(1+拡散項・海底地形項)(2+拡散項)(3+拡散項)の三式に対し未知数がΨI,Tκ,TBであり、問題が閉じることになる。図2右によると、上層流量はほとんど変化を受けないのに対し順圧流量が大きく減少していることが分かる。つまり海峡における潮汐と海底地形の効果は下層の流れを妨げるように働く。 また、NCEPの再解析風応力を用いた計算では、図2の様に上層流の向きが夏冬で逆転する年(1998、1999年等)と逆転しない年(1993年から1997年等)が存在するといった、顕著な経年変動があることが示された。 図1:順圧流量を求める積分経路(左)と上層の流量を求める積分経路(右)。点線は仮想的な内部領域と西岸境界域を分ける境界。 図2:左図は海峡における潮汐と海底地形の効果のない場合の順圧流量、ムシル海峡上層流量、北ウルップ水道上層流量。右図は効果のある場合。 | |
審査要旨 | オホーツク海は、気候変動に重要な役割を果たす北太平洋中層水の起源水の形成場所として近年大きな注目を集めている。しかし、オホーツク海と北太平洋との海水交換量の評価とその物理機構の解明は十分とはいえない。両海域を分けるクリル諸島は多数の海峡を持つが、最大深度1500mを越える深い海峡はムシル海峡と北ウルップ水道の2ケ所だけである。これらの海峡では冬季の厳しい気象条件や政治的な問題に阻まれ、ほとんど観測がなされてこなかった。一方、理論的にも、海峡内の強い潮汐流のために、従来の積分則(島法則)や力学計算による正確な見積もりが不可能な海域であった。本学位論文は、ムシル海峡と北ウルップ水道内を通じての海水交換量の直接観測に初めて成功するとともに、両海峡での潮流の効果を理論的考察に基づいてパラメーター化し、従来の積分則に組み込むことによって、観測結果が矛盾なく説明できることを示したものである。 本論文は6章から構成されている。 第1章は導入部であり、オホーツク海と太平洋の海水交換の研究の重要性及び過去の関連研究がレビューされている。 第2章では、1999年8月〜9月に申請者が参加して行なった、両海峡における初の直接流速観測について記述されている。ムシル海峡では潮汐を取り除いた残差流が2層交換流であること、上層が1.6Svの流量でオホーツク海から太平洋に向かい下層は1.3Svで逆向きに流れていること、小潮でも残差流と潮汐流は同程度の強さをもつことなどが明らかにされている。 第3章では、この観測結果を踏まえ、オホーツク海と北太平洋の海水交換の数力月から季節スケールの時間変動を支配する力学過程を2層モデルを用いて考察した。ここでは北太平洋を仮想的に、内部領域と西岸境界域に分け、前者は海底地形の影響下で風によって駆動され、後者は前者からの流入出によって駆動されるとした。順圧流量は非発散であるから、未知数は島の周りの流線関数1つであり、西岸境界域の渦度バランスを考察することによって、内部領域の量として表せる。これは伝統的な積分則(島法則)の自然な拡張である。一方、傾圧流量は非発散ではないため、ムシル海峡の上層の流量と北ウルップ水道の上層の流量の2つの未知数を陽に求めなければならない。そのため、渦度収支に加え質量収支を考慮することによって、新たな積分則を導出した。内部領域としては、緯度経度0.5度の格子間隔を持つ2層モデルを80年間にわたって気候値の風で駆動したものを用いた。また、海峡における渦位の値はクリル諸島付近で分解能の良い最新のデータを用いて与えた。上層の流れに注目すると、従来、一年を通じてムシル海峡からオホーツク海に北太平洋水が流入し北ウルップ水道からオホーツク水が流出していると推測されていたが、夏季にはそれが逆転しうることが明らかとなった。この結果は観測結果とも一致するものである。一方、順圧流量は海峡における潮汐と海底地形の効果の無い場合には20Svを越え、過去の様々な見積もりより大きすぎる。 これは積分則の導出に際して無視した項の中で無視すべきではなかった項があったことを意味している。実際、数値計算の結果の解析を行なうことによって、海底地形項(海底圧力トルク項)と摩擦項(水平拡散)は無視できないことが示唆された。 第4章では、鉛直2次元の線形2層モデルによる海峡での内部潮汐波の解析解を求めることで、これまで認識されていなかった潮汐残差流を求めた。この場合、海底地形が小さいという線形近似のもとで、順圧潮汐流に対する海底地形上での応答の解析解を得ることができる。これらの解を特性曲線を用いて書き直すと、外力が時空間的に非一様に分布するため、長時間平均を取っても残差流が存在することが示される。 第5章では、第3章と第4章の結果を合わせ、海峡部における潮汐の効果を陽に取り入れた、縁辺海と大洋の海水交換モデルの新しい定式化を試みた。ここでは、潮汐の時間スケール(〜日)は積分則の時間スケール(〜数力月)に比べて十分小さいため、前者は時間平均した形(すなわち残差流)で後者に影響を及ぼすと仮定した。海峡断面を長方形で近似すると、定常流は流量を海峡幅と層厚で割れば得られる。残差流は定常流の関数であるから、海峡における地形、海峡幅、基本成層、潮汐流が与えられれば、順圧の積分則の1式、傾圧の積分則の2式の合計3式に対し未知数が3つとなるので問題が閉じる。このようにして、それぞれの海峡における流量を求めると、上層流量はほとんど変化を受けないのに対して、順圧流量は大きく減少した。つまり、海峡における潮汐と海底地形の効果は下層の流れを妨げるように働くことが明らかとなった。また、現実的な風応力を用いた計算では、上層流の向きが夏と冬とで逆転する年(1998、1999年等)と逆転しない年(1993年から1997年等)が存在することが示され、経年変動の存在が示唆された。 第6章では論文全体のまとめと、今後の課題について述べられている。 以上をまとめると、申請者は、クリル諸島のムシル海峡と北ウルップ水道の観測を初めて行なうとともに、従来の理論に含まれなかった海峡での潮流の効果を理論に組み込むなど、斬新的な発想に基づく定式化を試みることで、オホーツク海と太平洋との海峡を通じた海水交換について観測と整合的な理論結果を得ることに成功した。これは、海洋内部領域におけるグローバルな力学に、海峡でのいわば局所的な力学を巧みに融合させることによって、従来の理論の枠組みでは説明できなかった観測事実の解釈に初めて成功したという特筆すべき研究であり、今後の海洋物理学が発展すべき方向づけをしたものとして高く評価できるものである。なお、本論文の第2章、第3章、第5章は、指導教官である安田一郎助教授との共同研究、第4章は、日比谷紀之教授との共同研究であるが、何れも、申請者が主体となって研究を行ったものであり、その寄与が十分であると判断できる。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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