学位論文要旨



No 115912
著者(漢字) 野田,寛大
著者(英字)
著者(カナ) ノダ,ヒロトモ
標題(和) 衛星搭載E/q型イオン検出器による星間起源ピックアップHe+の観測
標題(洋) Spacecraft observation of interstellar pickup He+ by E/q Type ion detectors
報告番号 115912
報告番号 甲15912
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3956号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 向井,利典
 東京大学 助教授 尾中,敬
 東京大学 助教授 齋藤,義文
 東京大学 教授 杉浦,直治
 東京大学 助教授 岩上,直幹
内容要旨 要旨を表示する

 太陽圏は局所星間雲(LIC;Local Interstellar Cloud)と呼ばれる温度約104[K]、水素密度0.1[/cc]の領域の中にいると考えられている。LICは比較的暖かいため、粒子は分子では存在せず、原子あるいはプラズマとなって存在している。LICの物理量(温度、密度、速度、磁場、電離状態など)は太陽圏との境界条件を決定する為、この物理量推定は重要である。すなわち、プラズマ成分は太陽圏との相互作用によりBowShock、Heliopause、Termination Shockを形成し、中性粒子の多くはshockを通過して太陽圏内部まで流入する。また電離状態はLICに照射される電離端(HeI:504Å、HI912Å)以上のエネルギーを持つ極端紫外光強度が支配すると考えられるが、定常状態を仮定したモデルにより計算されるLIC中のHe+の存在量が観測と異なるなど、He+の電離状態は未解決の問題の一つとなっている。

 一方、惑星間空間内に存在するHeOは惑星や彗星の周囲を除外すると、ほとんどがLICからの流入成分であると見積もられている。太陽圏とLICは相対速度約25km/sを持つため、流入する中性ガスは“星間風”として観測される。星間風水素の約6割が電荷交換により失われてしまうのとは対照的に、HeOは太陽風の主成分であるH+との衝突断面積が小さく、太陽近傍での極端紫外光による電離と太陽間近の電子衝突電離以外では大きく損失することなく太陽圏に流入してくると考えられている。したがって惑星間空間内HeOは星間空間の情報をそのまま保持していると考えられる。さらにHeOは太陽光による放射圧の影響をほとんど無視することができるために、太陽重力により星間風下流域にガス集積領域(ヘリウムコーン)を形成する。ヘリウムコーンの集積度合いは星間空間の物理量および太陽圏内での損失率(loss rate)の大きさから決まる為、ヘリウムコーンの空間的広がりを観測することにより星間ガスの物理量を推定することができる。1980年代までは太陽系近傍の星間空間を知る手がかりは可視、紫外域での光学観測に限られていたが、1980年代中頃には星間起源HeOが電離された後のイオンを人工衛星に搭載されたイオン検出器でその場で検出する方法により星間起源粒子の直接観測がなされた。このイオンは太陽極端紫外光などによる電離の後に太陽風磁場に捕捉されてそのまま太陽風と同じ速度で移流していくために“ピックアップイオン”と呼ばれている。1990年に打ち上げられたULYSSES衛星に搭載されている質量分析装置(SWICS;Solar Wind Ion Composition Spectrometer)は、地球軌道付近では検出できない中性HやN、Ne、0などのピックアップイオンを観測し、LICの化学組成の解明に大きく貢献している。また、1990年代後半にはACE(Advanced Composition Explorer)衛星に代表されるような太陽/太陽風探査を目的とする近代的な機器を持つ衛星がいくつも軌道上で活躍し、例えばACEに搭載されているSWICSではピックアップHe+イオンの定常観測を実現している。現在の段階では中性のままの粒子を検出するのは困難であり、ULYSSESのGASによる唯一の観測例があるが、検出できる粒子のエネルギーが衛星と星間風の相対速度で決まるため定常的な観測は難しい。したがってピックアップイオンによる観測は定常的に観測が出来るという点で優れている。

 以上のようにピックアップイオン観測は近年になって急速にデータが蓄積されつつある。しかしながらヘリウムコーンのピックアップイオン観測は1985年に観測したAMPTE/IRM衛星と近年のACE衛星に限られている。さらにピックアップイオン観測では黄経75度(地球の軌道で12月上旬)を中心とする半値幅約15度のヘリウムコーンを横切る時期に観測期間が限られるため、地球近傍に滞在する人工衛星ではLICの物理量測定は年1度である。特にLICの物理量の時間変化があった場合にはデータ量は不十分である可能性がある。そこで我々はピックアップHe+イオンを用いたLIC粒子観測のデータ量増加を目的として、1960年代から使用されている質量を区別しないエネルギー/電荷(E/q)型のイオン検出器を用いてピックアップHe+イオンの観測可能性について検討し、我々が使用可能である観測データを解析した。

 始めにピックアップHe+イオンがE/q型イオン検出器でも観測可能であることを太陽風速度分布関数のシミュレーションにより示し、その後観測データの解析によりこのイオンの検出を行った。地球磁気圏探査衛星GEOTAILに搭載されているE/qイオン検出器LEP(Low Energy Particle experiment,5keV-42keV)のヘリウムコーン通過時のデータを1994年から3年間分解析した。

 衛星が太陽風中におり、地球衝撃波前面に存在する非熱的イオンの影響がない時期を選び出してカウントを積算した結果、太陽風の16倍までのエネルギー位置にピックアップHe+イオンとみとめられるカウントを検出し、さらにヘリウムコーンを通過する時期にはこのカウント数が増加していくことを見出した。GEOTAILはヘリウムコーンを通過する12月には衝撃波上流に出ないためコーン中心のデータは得られていないが、2000年12月以降はコーン中心通過時にも太陽風中を飛行するのでデータ取得が可能となってくる。

 次に、2000年現在惑星間空間を飛行中ののぞみ探査機に搭載されているPSA/ISA(Plasma Spectrum Analyzer/Icon Spectrum Analyzer)で同様のデータ解析を行った。データの地球への伝送率が20分に1データと低いため、機上でカウントを積算する運用が行われた。太陽風プロトンを観測しないエネルギーレンジを選択しているためにピックアップHe+イオンの分布関数およびα粒子から太陽風速度を推定した。2000年3月23日から4月上旬のヘリウムコーン通過を含め6月30日までのデータを解析に用いた。カウントを日毎に積算し、その太陽黄経でのピックアップイオンの位相空間密度を日毎に算出した。太陽風速度が500km/sを超えピックアップイオンがエネルギーレンジを超える場合と、太陽フレア等でバックグラウンドノイズが極度に増加した時期を除外し、さらに積算データが不十分なために統計的誤差がカウント自身と同等以上であるデータを除外した結果、期間中54日分のデータが得られた。

LIC起源粒子は太陽重力のみを受けるケプラー軌道を描きヘリウムコーンを形成すると考えられる。星間風粒子の温度を考慮したモデル(hot model)を作成し、のぞみPSA/ISAで得られたヘリウムコーンデータをモデルにフィッティングすることによりLICでの温度と密度の推定を行った。ヘリウムコーンの形状は太陽圏でのloss rateにも依存する。このため、loss rateにはSOHO探査機の太陽極端紫外光モニターから求めた光電離効率、およびのぞみ探査機に搭載されている電子検出器から求めた電子衝撃による電離効率、および過去の見積もりを用い、1.4×10-7[/s]という値を採用した。この条件の下にフィッティング時にX2が最小になるように温度、密度を決定した。その結果、温度10400[K]、密度3.1×10-2[/cc]という値を得た。

 '98、'99年のACEのSWICSによるピックアップイオン観測とULYSSESのGASによるHe0観測の結果によると、太陽活動が上昇するに従い、導出されたLIC温度および密度が高まっているとの報告があり、我々の結果でも2000年春での温度が10400Kという,従来言われてきた7000[K]に比べて高い温度を記録した。これはモデルを記述する方法にまだ不十分な点がある可能性も否定できないが、時間あるいは空間的な変化を示唆するものかもしれず、更なる研究が必要である。

 さらに我々は1984年のAMPTEのピックアップイオンデータと比較するため、1985年に打ち上げられたハレー彗星探査機「すいせい」に搭載されていたE/q型イオン検出器ESP(Energy Spectrum of Particles,260eV-17keV)のデータを解析した。「すいせい」はハレー彗星に接近するため、地球軌道の1AU(天文単位)よりも内側を飛行し、ヘリウムコーン通過時の太陽からの距離は0.7-0.8AUであった。これにより初めて1AU以内でのピックアップイオンデータの取得に成功した。衛星から地上へのデータ転送率などのためにデータ量が限られていたため、星間空間パラメタの決定をするのに十分なデータ量を確保できなかったが、1AUよりも太陽側で得られたピックアップイオンの位相空間密度はモデルから予想されたものよりも大きい値を示し、このことは従来使用されていたモデルに変更を加える必要があることを示唆するものと考えられ、今後の課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 太陽圏は局所星間雲(LIC;Local Interstellar Cloud)と呼ばれる温度約104[K1、水素密度0.1[/cc]の領域の中にいると考えられている。LICの物理量(温度、密度、速度、磁場、電離状態など)は太陽圏との境界条件を決定する為、この物理量推定は重要である。すなわち、電離成分は太陽圏との相互作用によりBowShock、Heliopause、Termination Shockを形成し、中性粒子の多くはそれらの境界面を通過して太陽圏内部まで流入する。太陽圏とLICは相対速度約25km/sを持つため、流入する中性ガスは“星間風”として観測される。星間風水素の大半は電荷交換により失われるが、HeOは太陽風の主成分であるプロトンとの衝突断面積が小さく、太陽近傍での極端紫外光などによる電離以外には大きく損失することなく太陽圏内部にまで流入してくる。さらに、HeOに対して太陽光放射圧の影響が無視できるほど小さいため、太陽重力により星間風下流域にガス集積領域(ヘリウムコーン)が形成される。その集積度合いは星間空間の物理量および太陽圏内での損失率の大きさから決まるので、ヘリウムコーンの空間的広がりから星間ガスの物理量を推定することが可能である。その同定法の1つは、星間起源HeOが太陽極端紫外光などによって電離されて生成されるHe+を人工衛星に搭載されたイオン検出器で計測する方法である。このイオンは電離の後に太陽風磁場に捕捉されてそのまま太陽風と同じ速度で移流していくため、ピックアップイオンと呼ばれる。本論文の主題は、人工衛星および惑星探査機に搭載されているE/q型イオン検出器のデータを用いて星間起源のピックアップHe+イオンを検出し、ヘリウムコーンの空間的広がりから星間ガスの物理量を求めることである。

 星間起源ピックアップHe+イオンは15年ほど前、地球周回衛星に搭載された質量分析器によって太陽風中で初めて検出されたが、最近のACE(Advanced Composition Explorer)衛星による観測結果は年変化の兆候を示す等、以前の結果と違った様相を示している。地球近傍の人工衛星や探査機がヘリウムコーンを通過する時期は12月付近に限られているため、違った時期、あるいは異なる太陽距離におけるヘリウムコーンの観測が強く望まれていた。従来、(太陽風中にはプロトン以外に種々の重イオンも存在するため)その同定は質量分析器でのみ可能と考えられており、そのためにデータソースが限られてきたが、本論文のユニークな点は単純なE/q型イオン検出器によってもピックアップHe+イオンの同定が可能であることに着目した事である。

 本論文は全6章及び付録2章から構成されている。まず第1章で、局所星間雲に関する研究の歴史と現状をレビューし、本研究の主題である星間起源ピックアップHe+イオンに関する本研究の動機と目的をまとめている。

 第2章で、まず、ピックアップHe+イオンがE/q型イオン検出器でも観測可能であることを太陽風速度分布関数のシミュレーションにより示し、次いで、地球磁気圏観測衛星GEOTAILに搭載されているE/qイオン検出器LEP(Low Energy Particle experiment,5keV-42keV)のデータを解析して、新しい検出原理の正しさを証明した。

 第3章では、2000年現在惑星間空間を飛行中の「のぞみ」探査機に搭載されているPSA/ISA(Plasma Spectrum Analyzer/Icon Spectrum Analyzer)で得られたデータの解析に応用し、地球周辺の観測では不可能な時期である2000年3〜4月におけるヘリウムコーン(〜IAU)の観測に成功した。そして、LIC起源粒子の温度を考慮したモデル(hot model)を作成し、「のぞみ」PSA/ISAで得られたヘリウムコーンデータをモデルにフィッティングすることによりLICでの温度と密度の推定を行った。なお、ヘリウムコーンの形状は太陽圏での損失率にも依存するので、ここでは、損失率にはSOHO探査機の太陽極端紫外光モニターから求めた光電離効率、および「のぞみ」探査機に搭載されている電子検出器から求めた電子衝撃による電離効率、および過去の見積もりを用い、1.4x10-7[/s1という値を採用した。この条件の下にフィツティング時にX2が最小になるように温度、密度を決定した。その結果、LICのHeo温度10400[K]、密度3.lx10-2[/cc]という値を導出した。

 さらに、第4章では、1985年に打ち上げられたハレー彗星探査機「すいせい」に搭載されていたE/q型イオン検出器ESP(Energy Spectrum of Particles,260eV-17keV)のデータを解析した。「すいせい」はハレー彗星に接近するため、地球軌道の1AUよりも内側を飛行し、ヘリウムコーン通過時の太陽からの距離は0.7-0.8AUであった。これにより初めてIAU以内でのピックアップイオンデータの取得に成功した。

 第5章は、筆者の提唱した新しい方法による星間起源ピックアップイオン検出上の問題点を総括するとともに、本研究で新たに得られた観測結果と過去の結果を比較検討している。筆者の得た「のぞみ」の結果は最近のACE衛星で求められた値とconsistentではあるが、いずれも、温度が従来いわれてきた7000[K]に比べて高い。これはモデルを記述する方法にまだ不十分な点がある可能性も否定できないが、時間あるいは空間的な変化を示唆するものかもしれないという新たな問題を提起している。

 第6章は全体的まとめと今後の展望を述べている。

 以上、本論文は、星間起源ピックアップHe+イオンがE/q型イオンエネルギー分析器によって検出可能であることを提唱、実際に人工衛星・惑星探査機の観測データの解析によって実証したものである。その結果、最近の他の衛星観測結果とは矛盾しないLICの物理量を得ることに成功した。この方法は今後、星間起源ピックアップHe+イオンを用いた局所星問雲の研究に大きく貢献することが期待され、本論文の成果は博士(理学)を与えるに十分な内容であると認められる。なお、本論文の内容は、寺澤敏夫氏、向井利典氏、早川基氏、斎藤義文氏、松岡彩子氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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