学位論文要旨



No 115913
著者(漢字) 畠山,唯達
著者(英字)
著者(カナ) ハタケヤマ,タダヒロ
標題(和) 過去5百万年間の平均地球磁場および古地磁気永年変化モデル
標題(洋) A model of time-averaged geomagnetic field and paleosecular variation for the last 5 million years
報告番号 115913
報告番号 甲15913
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3957号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松浦,充宏
 東京大学 教授 大久保,修平
 東京工業大学 教授 細川,秀夫
 東京大学 教授 歌田,久司
 東京大学 教授 浜野,洋三
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の背景

 ダイナモ作用によって生み出される地球内部起源の磁場は,主に数万年程度の短い時間スケールで不規則に変動していることが知られている.このような変動を解析するために2つのアプローチが考えられる.1つは時間変動そのものを追うことである.そのために,機械観測や考古地磁気学などの正確な時間が測定できるデータ,あるいは堆積物を用いた古地磁気学測定から得られる連続性が確保できるデータが用いられる.しかしこれらのデータは,サンプルが十分に確保できないため数千年前までしか遡ることができない.さらに長い時間(大陸移動の影響がない,つまりコアーマントル境界の状態が変わらない,過去5百万年問程度)の変動を知るためには古地磁気データを統計的に解析することが必要である.火山岩試料を用いた古地磁気学データは,時間的連続性・同時性を持たない.しかし,各サイトにおける個々のデータの分布は,地球磁場変動の統計的性質,すなわち「平均的な磁場(time-averaged field:TAF)」+「時間的変動の振幅(Paleosecular Variation:PSV)」を反映していると考えることができる.そしてその特徴を表すガウス係数の平均(TAF),および変動分(PSV)を求めることで地球磁場変動の特徴をつかむことが可能になる.

 1970年代以降,TAFは軸対称地心双極子(GAD:g=)だけではなく,地心四重極子(g=)もある程度含むことが知られてきた.また,ダンピングを入れた近代的なインバージョン手法が90年代に入り洗練されたことで,他の成分についても球面調和解析を用いて求められるようになってきた.しかし,求められたモデルでは,モデルへの制約の大きさやかけ方がまちまちなことなどが原因で結果が大きく異なる.また,Kon et al.(2000)は,過去の非線形インバージョンによるモデルではPSVの影響により古地磁気データの平均方向がずらされる効果を考慮していないことを指摘した.

 一方古くから,古地磁気データが示す仮想古地磁気極(VGP)のサイト毎のばらつきがサイトの緯度に依存し,その大部分はPSVを起源としていることが指摘されていた.この特徴を説明するためにさまざまなPSVモデルが議論されてきたが,Constable and Parker(1988)は,観測される地磁気の分散と地球磁場の変動を表すガウス係数の分散を結びつけるという,画期的な“Giant Gaussian Proccess”を提唱した.その後,これを土台としたいくつかのフォワードモデルが提出され,特徴的な分散を持つガウス係数の成分について論じらるようになってきた.

 本研究では,地球磁場の長期的な変動を統計的・総合的に理解するために,まず,PSVが平均方向データをずらす効果を定量的に検討し,その結果を用いてTAFおよびPSVについてお互いに整合性を持った逆問題を解き,統一的なTAF+PSVのモデルを提唱した.

2. 平均磁場方向への古地磁気永年変化の影響

 強度を含まない方向データは,ガウス係数に対して非線形な関係をもっている.そのため,その平均値(期待値)はガウス係数の平均のみならず,高次のモーメントの影響も受けてしまう.そこで,ガウス係数が正規分布に従い独立に時間変動をすると仮定し,その分散(PSV)が平均方向をずらす効果をモンテカルロ法による数値的,および展開による2次(分散の1次)までの解析的な方法を用いて定量した.その結果,伏角に対して,中低緯度で最大数度浅くする効果があることがわかった.また非系統的な測定誤差は,平均方向をずらさないことも確認された.

3. 平均地球磁場,古地磁気永年変化モデル

 上記の結果から,データの平均,分散とモデルの平均(TAF),分散(PSV)は相互に複雑な関係をもっている.そこで,矛盾のないTAFおよびPSVを求めるために以下のような手順を踏む.まずはじめに,PSVの初期モデルを仮定し,(1)それを用いて古地磁気データの平均からTAFを決める.(2)次にそのTAFの値を基本場として用いデータの分散からPSVを求める.以下,(1),(2)を繰り返し,収束したところを最終的なTAF,PSVモデルとする.本研究では,過去5百万年間の逆転途中やエクスカーションの時期を含まない静磁極期に地上に噴いた熔岩を用いた古地磁気方位データベース(Johnson and Constable,1996)を使う.古地磁気強度データや堆積物から得られた方位データは,質的に問題があるので使用しない.

 TAFの計算にはモデルに物理的に妥当な制約を入れた逆計算の1種のStochastic Inversionを用いる.そこで用いられる制約条件の大きさλ2はABICによって決定した.また上記の平均方向に対するPSVの影響については,ガウス係数の2次までの展開式を用いた.一方PSVを求める計算では,g=,g=+h,残りのガウス係数という3つのパラメータにしぼり,それらの分散を最小自乗法によって決定した.モデルの標準偏差は正規乱数を用いて数値的に計算した.

 上記の計算は数回の繰り返しの後うまく収束し,その解析結果より以下のことがわかった.

 平均地球磁場(TAF)について(図1)

 ・ABICは従来のモデルに比べて幾分ダンピングが小さな解を選択する.このことはデータ重視を重視していて,TAFのより細かい構造が表されている.

 ・正・逆磁極期のどちらでも,g=を除いて一番顕著な成分は98で,その符号はg=と同じである.このことからどちらの時期にもVGPはサイトに対して地理的な北極の向こう側に行くと言う,Far-side effectが起こっていたことがわかる.

古地磁気永年変化(PSV)について(図2)

 ・g10(GAD)の変動は小さく,その上限はg=の平均の2割程度である.一方,古地磁気強度データ分布を用いてg=の分散を推測した,過去のいくつかの研究では,平均の3〜6割程度の大きな変動を予測している.しかし,これらの値は実際の変動を過大評価してしまっていると考えられる.というのも,古地磁気強度データは方向データに比べ誤差が大きい.また,強度データの分布からg=の分布を推定するためには,「個々の岩石が磁化を獲得した瞬間の形」がわかっていることが必要であるが,それは困難である.この2つの要因は,いずれもg=成分の分散を大きくする方向に寄与するため,過大評価につながってしまうと考えられるのである.

 ・g21,h21の変動は大きい(他のl=2次の偏差の約4倍).従来から,この成分はVGPのばらつきの緯度依存性を説明するために大きいと思われていた(Kono and Tanaka1995).さらに,g32,h32の分散も独立に求めるようにパラメータを増やした計算の結果,やはり大きくなった.一般的にPlmの分散は大きいと考えらる.このような特徴は,外核内における対流のパターンとダイナモ作用によってそのようなパターンから生成される地球磁場と関連づけることができるであろう.

 ・モデルが示す地球上の各点での方位データの分布は,子午面方向に歪んでいる.一方,そこから得られるVGPの分布は丸くなるが,中緯度ではg21,h21の分散が強い影響を受け,若干反対方向に歪む.この特徴はデータにも強く現れている.

 以上のように,本研究で求められた平均地球磁場および古地磁気永年変化のモデルは,古地磁気測定によって得られた方位データをよく説明しており,基本的な地球磁場の変動の特徴を顕著に表している.

図1: 正磁極期の古地磁気方位データによる過去5百万年間の平均地球磁場(TAF)モデル.コア表面における磁場の鉛直外向き成分(Br[μT]).方位データのみからでは,磁場の絶対強度を推測することができないので,地心双極子成分(g10)の平均値を-30μTにしている.

図2:正磁極期の古地磁気永年変化(PSV)モデル.データ(+)に対してモデルによる予測値(x)の緯度依存性.方向余弦の標準偏差(a)σx,(b)σy,(c)σzに対してフィットしてモデルを決定した.過去の研究で主として用いられてきたVGP(仮想地磁気極)のばらつき(d)に対してはフィットしていないにもかかわらず,データをよく説明している.

審査要旨 要旨を表示する

 地球磁場とその変動の研究は地球中心核(コア)のダイナミクスを理解する上で非常に重要である.地球磁場は地球の歴史の初期である40億年前から存在していたと考えられているが、過去の磁場変動を解析する上で問題となるのは、グローバルな磁場分布の時間変化を連続的に調べることができるのは、装置による観測がある最近数100年間に限られていることである。それ以前の長い時代の磁場変動は、岩石に記録された過去の地球磁場の化石を調べる古地磁気学の方法によって調べられる。古地磁気データは一般に時間精度が磁場変動の時間スケールに比べて粗いために、磁場変動について調べられる性質も統計的な量であり、過去の磁場変動の重要な指標となるのは、長期間平均して得られる定常的な“平均地球磁場”と、変動する磁場の時間変動の振幅(“古地磁気永年変化”とよばれる)の二つである。従来の研究ではこれらの平均地球磁場と古地磁気永年変化は、それぞれ別々に解析されてきた。本研究では、地球磁場の長期的な変動を統一的に理解するために、平均地球磁場と永年変化を同時に解析することにより、古地球磁場の変動に関して信頼できるモデルを提出することができた。

 本論文は4章から構成され、主要な部分を占める2章と3章ではそれぞれ、磁場永年変化が平均地球磁場べ与える影響、及び平均磁場と永年変化の同時解析法とそれに基づく最近5百万年間の磁場に関する解析結果、が詳細に述べられている。第1章は序論であり、本研究の動機となった古地磁気研究の歴史と現状、特に平均地球磁場及び地磁気永年変化についての研究について詳しく述べられている。第2章では古地磁気測定から推定される平均磁場方向への古地磁気永年変化の影響について、本研究で行った数値実験による解析結果が述べられる。古地磁気データは、過去の地球磁場の方向についての情報が主なものであり、地球磁場強度については磁場方向に比べるとデータ量が少なく精度も劣るためにグローバルな磁場変動の統計的な解析には適していない。グローバルな磁場変動を表すには磁気ポテンシャルの球関数展開の展開係数であるガウス係数を用いるのが最も有効な方法である。しかし、磁場方向データのみからガウス係数を求めるとする場合、ガウス係数の絶対値は決定できず相対的な値しか求められないだけでなく、地磁気永年変化がある場合には、観測データから求められるガウス係数の期待値は、真の平均値から系統的なずれを生じる。本研究では古地磁気永年変化モデルとして、それぞれのガウス係数が平均値のまわりに正規分布して独立に変動するというモデルを採用し、これらのガウス係数の平均値から求めた磁場の平均方位と、各地点で求めた磁場の平均方向とのずれの量を、モンテカルロ法による数値シミュレーションと解析的な方法によって推定した。このずれの量は中緯度で最大となり、その大きさは数度程度となっている。このずれは、観測データから平均的な磁場を求めるときには、地軸双極子以外の量を作り出してしまうので、解析に際しては考慮すべき量である。

 第3章では、第2章での結果に基づき、平均地球磁場と古地磁気永年変化の大きさを、同時に矛盾なく求めるための新しい方法を考案し、その方法を最近500万年間の古地磁気データに適用している。この平均地球磁場と古地磁気永年変化の同時インバージョンでは逐次的な方法が用いられる。古地磁気永年変化の大きさの初期モデルを仮定して、それを用いて古地磁気データの平均から平均地球磁場を求め、次にその平均磁場を基本場として用いてデータの分散から永年変化を求めるという方法である。本研究ではこの新しい方法により、過去5百万年間の火山岩による古地磁気データを用い、信頼できる過去の平均磁場及び永年変化を求めることができた。平均磁場についてはこれまでのモデルに比べて、空間精度の高い結果が得られている。また、今回得られた平均地球磁場モデルでは、正磁極期及び逆磁極期のいずれにおいても地軸双極子g10の次に顕著な成分は地軸4重極子g20であることを見出した。古地磁気永年変化については、地軸双極子g10の変動は小さく、g21、h21成分の変動が顕著であるという結果が得られた。この結果は磁場と磁場変動の成因に重要な示唆を与えるものである。第4章はまとめの章であり、2章及び3章の結果が簡潔にまとめられている。

 以上述べてきたように,本論文は古地磁気データを用いて過去5百万年の磁場変動の様相について、平均的な地球磁場及び古地磁気永年変化の新しいモデルを提出しており、過去の磁場変動の研究に重要な寄与をなすものである。よって,審査委員一同は,論文提出者に対し,博士(理学)の学位を授与できると認める。

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