学位論文要旨



No 115915
著者(漢字) 山崎,敦
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,アツシ
標題(和) 極端紫外光観測による惑星間空間および惑星周辺空間に関する研究
標題(洋) Observational study of inter- and circum-planetary space using EUV emissions
報告番号 115915
報告番号 甲15915
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3959号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岩上,直幹
 東京大学 助教授 佐々木,晶
 宇宙化学研究所 助教授 早川,基
 東京大学 助教授 林,幹治
 東京大学 教授 星野,真弘
内容要旨 要旨を表示する

1. 極端紫外光光学観測について

磁気圏物理学、惑星間空間物理学では、粒子直接観測を中心に研究が進められ、多大な成果をもたらしている。しかしながら、その場の局所的な観測のため全体像を把握するためには統計的解析が必要で時間分解能を犠牲にしてきた。また、衛星ポテンシャルの影響からThermalプラズマの測定は困難であるという問題点も抱えている。そこで、リアルタイムで大局的な変化を測定できる光学観測が脚光を浴びている。光学観測の利点は、

・ 一瞬で全体の二次元画像を得る

・ 場を乱すことなく観測できる

・ Thermalプラズマを容易に測定できる

であり、大局的な構造変化の観測に有効な手段である。だたし、次のような欠点もある。

・ 測定値は視線方向積分値である

・ ドップラー効果が複雑に絡む

・ 粒子一個の観測効率が低い

このため光学観測だけでは物理量の同定はできず、直接粒子観測との相補的な関係にあり、同時観測が必要不可欠となる。

 光学観測の実現にはプラズマの可視化という課題が重要であった。基底状態のプラズマは、高い遷移確率の散乱輝線は極端紫外光領域(波長:10〜100nm)に存在する事が知られている。しかし、この領域の光はほとんどの物質に対し低反射率、低透過率という特性を持つため低効率光学系しか実用化されてこなかった。ところが1990年代に入り薄膜蒸着技術が発達すると、この光を十分に反射する多層膜反射鏡が開発された。これはガラス基板表面上に何十層の金属薄膜を蒸着した反射鏡で、ブラッグの反射条件を満たす波長の反射率を高める効果がある。膜物質の組合せと膜厚を制御することで観測対象波長の光を選択的に反射させることができる。当初軟X線観測で成功を収めたこの技術を極端紫外光領域へ応用し、冷たいプラズマの可視化に成功した。

 まず、ヘリウム原子・イオンからの共鳴散乱光(HeI:58.4nm、HeII:30.4nm)を観測対象とした極端紫外光スキャナー(XUVスキャナー)を火星探査衛星「Planet.B」へ搭載した。「Planet-B」は打上後地球周回軌道に投入され、XUVスキャナーは地球プラズマ圏の外側からの撮像に世界で初めて成功した。その後スイングバイ時に月を観測した後、火星周回軌道投入までの惑星軌道上から惑星間空間の光学観測を続けている。惑星間空間に存在するヘリウムは星間ガスを起源に持つことが知られている。星間ガスと太陽系の相対運動により星間物質が惑星間空間へ流れ込むことによる。この流れを星間風と呼ぶ。太陽圏内では星間ガスは太陽重力と放射圧の影響を受ける。水素は重力と比較して放射圧が大きいため太陽系内部へは侵入できない。しかし、ヘリウムはほぼ太陽重力だけによるケプラー運動で表現され地球軌道内部にまで侵入し、太陽を通りすぎた星間風風下方向で軌道が重なり合い密度の濃い領域を形成する。この領域は、太陽から0.数AUに頂点を持ちその長さは数AUに達する円錐形になることからヘリウムコーンと呼ばれる。ヘリウムコーンの密度分布は星間ガスの物理量を反映しており、この観測から星間ガスの密度、温度、星間風の速度、方向を同定できる。これまでにヘリウムコーンの光学観測例は多数あるが、そのほとんどが地球周回軌道からの観測であり地球ヘリウムジオコロナの影響が無視できない。またその視線は反太陽方向を向いていたため、ヘリウムガス分布の目心距離依存性は測定できない。これに対し、惑星軌道にある「Planet-B」からの観測は、ジオコロナの影響は皆無であり、かつヘリウムコーンの軸に対して非平行方向からの観測ができるという利点があるので、ヘリウム分布をより精確に観測できると期待される。

 さらに、極域電離圏からのイオン流出過程を測定するため、酸素イオン共鳴散乱光(OII:83.4nm)を観測対象とした極端紫外光センサー(XUVセンサー)を観測ロケットSS-520-2号機へ搭載した。ロケットはノルウェーのスヴァルバールロケット実験場(地理緯度:79°N,120E)から打上げられ、最高高度1,108kmまで到達し、カスプ領域を通過した。XUVセンサーはポーラーウインドを光学的にOIIで観測することに成功し、地球・惑星磁気圏撮像、大気流出のOIIによる撮像が可能であることを実証した。

 本研究では、2000年1月から6月にかけてXUVスキャナーで観測したヘリウムコーンからの散乱光強度分布についてまとめ、ヘリウムコーン形成モデルとの比較から星間ガス密度、温度および星間風の速度を推察した。また、XUVセンサーで観測した散乱光量の高度プロファイルと電離圏密度モデル(Intemational Reference Ionsphere(IRI))から予想される電離圏起源の酸素イオン散乱光量との比較から、ポーラーウインド起源の散乱光成分を同定した。

2. 惑星間空間ヘリウム散乱光分布の観測

図1にXUVスキャナーが観測した惑星間空間のHeI散乱光強度分布を示す。座標系は、XUVスキャナー視線方向の黄経(横軸)、黄緯(縦軸)である。色はHeIの散乱光強度を示し、2.1から7,2Rayleighの範囲を表示している。なお、灰色は太陽光迷光あるいは太陽フレアに伴う高エネルギー粒子の影響を受けているため解析から除外した部分を表す。黄経105°付近の散乱光量が強い部分がヘリウムコーンである。

 星間ガスの物理量を求めるため、ヘリウムコーン形成モデルを仮定し観測をモデル化した。モデル構築にあたり、散乱効率へのDoppler効果と太陽自転による太陽放射束の周期変動を考慮した。また、星間風風下方向、惑星間空間内での消失率を固定値として扱い、星間ガスの温度と密度および星間風速度をフリーパラメータとした。数々の観測モデルを構築し、全体像からX2値を求めモデル評価を行った。その結果最適パラメータとして、温度12,000±3,000K、密度0.013±0.001/cm3、速度29.0±1.0 km/sを得た。このときの観測モデルを図2に示す。座標系および表示色は図1と同一である。観測された光量やヘリウムコーン方向が再現されている。これらの値を過去の研究と比較すると、矛盾しない値であることが分かる(表1)。しかし、特に高黄緯において定量的には観測結果と最適モデルで差がある。これは、ヘリウムコーン形成モデルが星間風方向に軸対象ではなく、太陽放射束の緯度依存性を考慮すべきであることを示唆する。

3. ポーラーウインド起源酸素イオン共鳴散乱線観測の初期結果

 XUVセンサーは、カスプ領域からOII観測に成功し高度プロファイルを得た。高度500km以上の観測カウント数高度変化を図3に示す。ここでは太陽迷光の影響がないデータのみを使用した。上昇時、下降時とも同様なプロファイルを得ており、OIIの観測に成功したと考えられる。また同時にIRI-95モデルから見積もった電離圏酸素イオン密度の高度プロファイルを基に算出した電離圏起源のOII光量を青色点線で示した。高度800km以上で電離圏酸素イオンからの散乱光だけでは説明できない光量を観測していることが分かり(赤色実線)、この成分がポーラーウインド起源のOIIであるを示唆している。

4. まとめ

 「Planet-B」が惑星間空間軌道航行中のXUVスキャナーによるヘリウムコーン観測結果をまとめ、モデル計算との比較から星間ヘリウムガスの温度、密度および星間風速度を求めた。観測結果とモデルとの間に定量的な差があるが、これは軸対象モデルではヘリウムコーンの形成を説明できないことを示唆する。「Planet-B」には2001年夏に再観測機会がありその結果が期待される。また、観測ロケット実験により極域電離圏から流出する酸素イオンをOII観測することに成功した。酸素イオンを光学的に観測できることを実証し、将来の地球・惑星磁気圏や大気流出の撮像計画へ第一歩を標した。

図1.惑星間空間ヘリウム散乱光観測結果

図2. 最適パラメータモデル

表1. 星間パラメータ(過去の観測との比較)

図3. 酸素イオン共鳴散乱光の観測初期結果

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなり、第1章では惑星周辺・惑星間空間における中性原子・プラズマの撮像という方法に基づいた本研究の背景をまとめている。第2章では、ヘリウム輝線・酸素原子イオン輝線強度からそれぞれ数密度を導く際に必要となる比蛍光率を、太陽輝線スペクトル分布の特殊性・ドップラ−シフトの影響を念頭におきつつ緻密に計算している。第3章では火星探査機「のぞみ」搭載に向けた測器の開発とその較正を群している.第4章では火星への旅途上の「のぞみ」からの惑星間中性ヘリウム58.4nm輝線放射の観測とモデルとの比較による恒星間中性雲パラメタの導出を記述している。第5章では昨年12月に北極域で行なわれたロケット実験によるポーラーウィンド中の中の酸素原子イオン83.4nm輝線の観測を記述している。第7章では将来の対象である金星・火星電離圏からの逃散酸素原子イオンの観測可能性について展望している。

 磁気圏物理学・惑星間空間物理学はこれまで主に局所的直接観測によって研究が進められ成果を上げてきた。しかし、全体像を掴むためには統計的解析が必要であり、時間分解能を犠牲にしなければならなかった。また、計測上の理由から低エネルギー粒子の測定は困難だった。光学遠隔測定はこれと相補的な特徴を持つ。つまり、(1)大局的構造を捕らえるのに適している、および(2)低速粒子の測定に適している。しかし欠点としては、(1)視線方向積分量が測定されるため、局所量を知るには何らかの処理を必要とするおよび(2)高速イオンの場合にはドップラーシフトが複雑に影響する、が挙げられる。ところが、対象としうる輝線は中性ヘリウム58.4nm、酸素源子イオン83.4nmなど真空紫外域のものが多く、透過・反射ともに適当な光学材料に乏しいため、高効率の光学系はなかなか実現しなかった。1990'年代に軟X線・極端外で高反射率が実現できる多層膜鏡が開発されると、著者等はそれを使って磁気圏・惑星間空間粒子分布の撮像を試み、すでに地球プラズマ圏のヘリウムイオン30.4nm輝線による可視化には世界に先駆けて成功した。それに続くものが、本研究の対象である惑星間中性ヘリウム輝線放射、および地球極域電離圏から逃散する酸素原子イオン83.4nm輝線放射の撮像である。

 惑星間中性ヘリウムは太陽系に侵入してくる恒星中性雲に起源があるとされている。中性粒子の侵入経路は重力と放射圧の影響を受ける。水素原子の場合は後者が大きく、太陽系内部まで侵入できないが、ヘリウムの場合には前者が大きいため、風下側に収束してヘリウムコーンと呼ばれる高密度領域をつくる渚者はこのヘリウムコーンを火星探査機「のぞみ」から観測した。この測器の本来の目的は火星周辺ヘリウム観測にあったが、計画の遅れにより現在も惑星間で観測を続けている。惑星間ヘリウムグローの観測は1970年代から行なわれてはいたが、それらは地球周回軌道衛星からの観測であり、地球のヘリウム大気の影響を免れておりず、太陽との位置関係から季節的にも限られたものだった。本研究ではこの地球コロナ以外からの初めての情報にもとに、恒星間ヘリウムの諸パラメタを検討したところに意義がある。結果的には本研究は過去の研究を裏付ける結果を得た。ただし、数値シミュレーションは風上側の高緯度方向で観測との食い違いが大きくなることを示したという点は新しい知見といえる。これまでのモデルでは考慮されてこなかた太陽放射束の緯度方向依存性を加味することで解釈できると著者は議論している。

 地球極域電離圏からは水素・ヘリウムのイオンが逃散しており、ポーラーウィンドと呼ばれている。近年これらの軽イオンに加え、酸素イオンも予期された以上に逃散しつつあることが見いだされたが、その機構については明らかにはなっていない。酸素イオン83.4nm輝線によるポーラーウィンドの撮像はこの問題を解く鍵を握る技術として待たれていたが、ここでも前述した真空紫外撮像の困難がつきまとい、なかなか実現しなかった。著者等は昨年12月に北極域で行なわれたロケット実験において、この83.4nmでのポーラーウィンド酸素原子イオンの撮像に世界に先駆けて成功した。結果はまだ初期処理の段階だが、83.4nm撮像による惑星電離大気研究の端緒を開いたという点で本研究の意義は大きい。

 本論文の3-5章は中村正人博士等との共同研究であるが、いずれの場合もその多くの部分が論文提出者の創意・工夫と努力によるものと判断する。

 以上に示したように、本研究は地球惑星科学とくに惑星周辺および惑星間物理学の進展に輝ける貢献を為しており、提出論文は博士〔理学)の学位請求論文として合格と認める。

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