学位論文要旨



No 115916
著者(漢字) 青木,陽介
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,ヨウスケ
標題(和) 伊豆半島東方沖群発地震に伴うダイク貫入プロセスとその発生機構
標題(洋) Imaging dike intrusion during seismic snarnus off the Izu Peninsula, Japan and its triggering mechanism
報告番号 115916
報告番号 甲15916
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3960号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,修平
 東京大学 教授 加藤,照之
 東京大学 助教授 笹井,洋一
 東京大学 教授 笠原,順三
 東京大学 助教授 五十嵐,丈二
内容要旨 要旨を表示する

 伊豆半島東方沖では1978年以来毎年のように群発地震活動を繰り返しており、1989年の活動は海底噴火を伴った。これらの群発地震はダイク貫入によるものだとされてきたが詳しいメカニズムについては分かっていなかった。そこで本研究では地殻変動データより群発地震中のダイク貫入過程と、群発地震活動が何によって引き起こされているのかについて考察を行う。

 この地域の群発地震に伴う地殻変動はダイク貫入に伴う開口割れ目と大きな地震に伴う断層運動との組み合わせで説明できる。たとえば、Okada and Yamamoto [1991]は1989年群発地震活動に伴う地殻変動をダイク貫入に伴う開口割れ目と群発期間中の最大地震に伴う断層運動とでモデル化した。しかし、当時は地殻変動データが時間的、空間的に十分に整備されていなかったため、ダイク貫入の時間発展の過程は明らかになっていなかった。しかるに、近年は全地球測位システム(GPS)連続観測システムの整備等(たとえばKato et al.[1998])により十分なデータが得られるようになった。これらのデータを用いれば群発期間中のダイク貫入過程がより詳細に明らかになることが期待される。本研究では1997年の活動を例にとって地殻変動データから群発活動のプロセスを推定した。

 まず初めに群発活動全体の変動量からソースパラメータを推定した。長さ、幅、深さ、傾き、走向、といったソースパラメータと地殻変動データとは非線形の関係にあるためSimulated Annealing(Basu and Frazer,[1990])とよばれるモンテカルロ的手法を用いて非線形問題を解き、Boostrap algorithm(Efron and Tibshirani,[1993])という、同じくモンテカルロ的手法を用いてそれぞれのパラメータの信頼区間を求めた。地殻変動データはダイクと最大地震(Mw=5,3)に対応する断層とでよく説明できた。また、得られた解はこの地域の広域応力場(Ukawa,[1991])や地震波解析から得られた最大地震のメカニズム解(東京大学地震研究所[1997])とも調和的であった(図1)。しかし、群発地震域は海に囲まれていて、観測点配置が群発地震域に対して偏って配置しているためダイクの位置に関しては余りよく拘束を与えることができなかった。そのためダイクの位置に.関しては面状に分布している地震活動と一致するように設定した。

 このように求められたソースパラメータを用いて群発地震中のダイク貫入プロセスをNetwork Inversion Filter(NIF)と呼ばれる方法を用いて明らかにした。NIFはSegall Matthews[1997]によって理論が考案され本研究によって初めて実際のデータに適用された。この結果によると、ダイク貫入は群発活動の始まりとほぼ同時に始まり約10日続いていて、これは地震波エネルギー解放の時間スケール(約3日)と比べると非常に長い。また、地震活動は群発活動開始12時問ほどで約9キロから5キロまで浅くなっているのに対しダイク貫入は約10日問にわたって約6キロから4キロの深さにまで浅くなったことが明らかになった(図2)。

 ここまでで群発地震中のダイク貫入プロセスが明らかになったので、次に、このようなダイク貫入がどのようなメカニズムで起きているかについて研究を行った。よく知られているように、群発地震活動は群発機関を通じて時間的に均一に起きているわけでも不規則に起きているわけでもなく間欠的なバーストで構成されていて、バースト間の時間間隔から潮汐との何らかの関係を示唆する。本研究では潮汐荷重がバースト的地震活動をどのように誘発しているかについての研究を行った。

 まず、統計的な方法を用いて潮汐荷重のどの成分がバースト的地震活動に寄与しているかを検定した。検定には地震発生と潮汐荷重の位相との関係を調べるSchuster's test(Schuster[1897])と呼ばれる方法と地震発生と潮汐荷重の値との関係を調べるKolmogrov-Smimov test(Press[1994])とよばれる二つの方法を用いた。これら二つの統計的検定の結果、群発活動の最初の数日はバースト的地震活動は貫入したダイクに垂直な潮汐応力成分が伸張になる時に発生するが群発活動の後半においては群発活動は潮汐荷重とは関係なく発生することがわかった。

 潮汐荷重による応力変化は10-3MPaのオーダーであり地震に伴う応力降下量や大きな地震に伴う応力変化に比べて非常に小さい。したがってバースト的地震活動の開始直前のダイク先端での応力状態は臨界状態に近いことが示唆される。理論的考察から、ダイク先端にはその粘性によってマグマ本体は入り込めずマグマ本体からの揮発性物質によって満たされているとされている(Spence and Turcotte[1985])。ダイクに垂直な潮汐荷重が弱まるとダイク先端の圧力は地殻強度を越え、地殻中の流体を通じて圧力が伝播しバースト的地震活動になると考えられる。この過程はこの地域の含水率が高いことが要求されるが、地震波による速度構造探査(Yoshii et al.,[1985])により地下浅部に不透水層の存在が示唆されていることからこの仮定は妥当と考えられる。バーストによってダイク先端の圧力は減少するが、マグマ本体からの脱ガスによってダイク先端の圧力状態は速やかに臨界状態に戻るであろう。群発活動後半になると、脱ガスレートの低下や周囲で発生する大きな地震による応力場の摂動によりダイク先端の応力状態は臨界状態ではなくなると考えられる。そのために群発活動後期では潮汐荷重と関係なくバースト的地震活動が発生すると考えられる(図3)。

参考文献

Basu,A.,and L.N.Frazer,Science,24,1409,1990,

Efron B.,and R.J.Tibshirani,An introduction to the Bootstrap,Chapmann&Hall,1993.

Kato T.,et al.,Geophy.Res.25,3445,1998,

Okada,Y.,and E.Yamamoto,J.Geophys.Res.,96,10361,1991.

Press,W.H.,et al.,Numerical Recipes in C,Cambridge Univ.Press,1994.

Schuster,A.,Proc.R.Soc.Lond.,61,455,1897.

Segall,P.,and M.Matthews,J.Geophys.Res.,102,22391,1997.

Spence,D.A.,and D.L Turcotte,J.Geophys.Res.,90,575,1985.

東京大学地震研究所、地震予知連会報、58巻、239,1997.

Ukawa,M.,J.Geophys.Res.,96,713-728,1991.

Yoshii,T.,et al,J.Phys.Earth,33,435,1985.

図1: 1997年群発に伴う地殻変動。ダイク(実線)と左横ずれ断層(破線)によって地殻変動をよく説明できる。

図2: 1997年群発地震中のダイク貫入の時間変化

図3: 潮汐荷重による地震発生のメカニズム。Period Aではダイクに垂直な潮汐応力が弱まったときにバーストが起きるがPeriod B1では深部からのマグマ供給の減少により、Period B2では周囲に発生する地震によって応力場が乱されるために潮汐荷重が地震を起こさなくなる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,繰り返し発生する伊豆半島東方沖の群発地震のうち,1997年に発生した群発地震を例にとり,測地データを用いてその発生過程の時間発展とバーストの発生メカニズムについての考察を行ったものである.伊豆半島東方沖では1978年以来毎年のように群発地震活動を繰り返しており,1989年の活動は海底噴火を伴った.これらの群発地震はダイク貫入によるものだとされてきたが詳しいメカニズムについては分かっていなかった.そこで本研究では地殻変動データに基づき群発地震中のダイク貫入過程と,群発地震活動が何によって引き起こされているのかについて考察を行った.

 本論文は4章から構成されている.第一章においては,群発地震と火山活動及び伊豆半島のテクトニクスに関するこれまでの研究を概観したのち,論文の全体構成と目的が簡潔に述べられている.第二章において,1997年の群発活動を例にとりその発生過程が測地データの時間依存インバージョンの解析に基づき詳細に議論されている.まず初めに群発活動全体の変動量からソースパラメータを推定した.長さ,幅,深さ,傾き,走向,といったソースパラメータと地殻変動データとは非線形の関係にあるためSimulated Annealingとよばれるモンテカルロ的手法を用いて非線形問題を解き,Bootstrap' algorithmという,同じくモンテカルロ的手法を用いてそれぞれのパラメータの信頼区間を求めた.その結果,地殻変動データはダイクと最大地震に対応する断層との組み合わせでよく説明できることが明らかとなった.また,得られた解はこの地域の広域応力場や地震波解析から得られた最大地震のメカニズム解とも調和的であった.しかし,群発地震域は海に囲まれていて,観測点配置が群発地震域に対して偏って配置しているためダイクの位置に関してはあまりよく拘束を与えることができなかった.そのためダイクの位置に関しては面状に分布している地震活動と一致するように設定した.次に,このように求められたソースパラメータを用いて群発地震中のダイク貫入プロセスをNetWork Inversion Filter(NIF)と呼ばれるインバージョンの方法を用いて明らかにした.この結果によると,ダイク貫入は群発活動の始まりとほぼ同時に始まり約10日続いており,これは地震波エネルギー解放の時間スケール(約3日)と比べると非常に長い.また,地震活動は群発活動開始12時間ほどで約9キロから5キロまで浅くなっているのに対しダイク貫入は約10日間にわたって約6キロから4キロの深さにまで浅くなったことが明らかになった.群発活動のモデルとして開口割れ目の拡大という考え方はすでに以前からあるが,本研究ではじめてその時問発展が捉えられたといえ,本研究の意義は大きいといえる.続いて,第三章においては,群発発生のトリガーのメカニズムについて考察される.よく知られているように,群発地震活動は群発期間を通じて時間的に均一に起きているわけでも不規則に起きているわけでもなく間欠的なバーストで構成されていて,バースト間の時間間隔から潮汐との相関が示唆されている.本研究では潮汐荷重がバースト的地震活動をどのように誘発しているかについての研究を詳細にかつ定量的に行った.まず,統計的な方法を用いて潮汐荷重のどの成分がバースト的地震活動に寄与しているかを検定した.検定には地震発生と潮汐荷重の位相との関係を調べるSchuster's testと呼ばれる方法と地震発生と潮汐荷重の値との関係を調べるKolmogrov-Smimovtestとよばれる二つの方法を用いた.これら二つの統計的検定の結果,群発活動の最初の数日は,バースト的地震活動は貫入したダイクに垂直な潮汐応力成分が伸張になる時に発生するが群発活動の後半においては群発活動は潮汐荷重とは関係なく発生することがわかった.潮汐荷重による応力変化は1000Paのオーダーであり地震に伴う応力降下量や大きな地震に伴う応力変化に比べて非常に小さい.したがってバースト的地震活動の開始直前のダイク先端での応力状態は臨界状態に近いことが示唆される.最後に,このバースト的地震活動と潮汐のトリガー作用に関する簡単な物理的な考察が加えられている.

 以上を要するに,本研究は火山性の群発地震活動の時間経過に関して,ダイク貫入仮説の立場に立って開口割れ目の進行過程をはじめて明らかにするとともに群発地震の発生に対する潮汐のトリガー作用に関して新たな知見を加えたものであり,学術的な意義が高いと考えられる.

 したがって,博士(理学)を授与できると認める.

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