学位論文要旨



No 115917
著者(漢字) 青山,裕
著者(英字)
著者(カナ) アオヤマ,ヒロシ
標題(和) 1998年飛騨山脈群発地震の進展メカニズムについて
標題(洋) Evolution Mechanism of an Earthquake Swarm under the Hida Mountains, Central Japan,1998.
報告番号 115917
報告番号 甲15917
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3961号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,輝夫
 東京大学 助教授 小屋口,剛博
 東京大学 教授 武尾,実
 東京大学 助教授 吉田,真吾
 東京大学 助教授 宮武,隆
内容要旨 要旨を表示する

 1998年8月に飛騨山脈の直下で大規模な群発地震活動が発生した.日本では,飛騨山脈以外にも火山近傍や熱水活動が活発と考えられる地域などで群発地震活動が発生する.中でも松代群発地震・伊東沖群発地震は多方面のデータから詳細な研究がなされ,それらの群発活動をコントロールしている最大の要因は地殻内流体の移動であると考えられている.本研究では,飛騨山脈の群発地震活動の空間分布・時間分布に注目して,活動の進展メカニズムについて検討を行い,群発地震活動の進展をコントロールする要因について考察した.

3ヶ月間で7000個以上(M≧4.0:18個)の地震を発生させた活動は,南北約25km・東西約6kmの領域内に4つの震源クラスターを南から北へ順に形成した(図1:Cl〜C4).震源クラスターは南北方向に延びるlow-V域[Matsubara et al.,2000]の上部に分布し,クラスターの間には明瞭な活動静穏域の存在(C1-C2間)が認められた.震源域南端の活動開始点近傍では,強弱を繰り返しながら3ヶ月以上地震活動が継続していたことから,長期間にわたって地震を発生させる何らかの入力があったと考えられる.一方,北方の震源域ではM4クラスの地震を含む活動が発生しても,地震活動は数日内に低レベルに戻り,南端とは活動のパターンが異なっている.

 明瞭な活動静穏域が存在するという地震活動の空間分布を考えるために,本研究ではM≧4.0の18個の地震による応力(Coulomb stress)場変化を時間順に積算し,地震活動の空間分布と応力場変化との関係を調べた.群発地震のような比較的規模の小さな地震群からなる活動が作る応力場変化はこれまで検討された例がなく,これまでの多くの研究では0.01MPa程度以下の応力変化と地震活動度には相関がない[e.g.,Toda et al.,1998]とされている.しかしながら,飛騨山脈の群発地震では0.003MPa程度の応力変化が生じた地点でも新たに地震活動が誘発されており,M≧1.5の地震の69%,M≧3,5では87%の地震が応力上昇した地点で発生していたことが明らかになった.簡単な統計的検証によって,応力上昇域に地震が集中して発生していると考えない限り,このような分布の偏りは生じえないことが確認された.また,C1-C2間に存在する活動静穏域は,Clの活動が生じた応力低下域に一致し,自らが作る応力場の変化に強く影響を受けた中で群発活動が進展していったことが明らかになった.

 本活動の震源域では,少なくとも過去30年以上は本群発と同規模の活動は発生していない.マクロな時間スケールとして3ヶ月の活動をほぼ同時間の事象だと考えれば,0.003MPaの応力変化にも反応するような破壊基準に近い応力状態が,南北方向に細長い領域で形成されていたと考えられる.

 応力場の解析から,1998年の活動の震源空間分布は応力場変化に強くコントロールされていることが明らかになったが,応力場の解析がもつ地震活動の時間分解能は,M≧4.0の地震の発生間隔によって制限されるため,地震活動の時間変化を全て応力場の変化から説明することはできない.本研究では,1998年の群発活動で観測された特徴的な時間分布として,1)活動開始域(C1)近傍における継続的な地震活動(静穏域を挟んでのC2南部における遅れ誘発),2)C2およびC4開始点への大きな活動の飛び,の2点に注目し,地震発生の時間分布に影響を与える要因について議論を行った.

1) C1近傍における継続的な地震活動

群発地震活動が始まったクラスターC1では,およそ5日間に3kmという速度で震源域が西方へ拡がった,また静穏域を挟んだC2南部では,C1でバースト的活動が発生した5〜7日後に地震活動が活発化するという対応が見られる.C1近傍には河川及び温泉が分布していることから,地下水が非常に豊富であると考えられる.そこで,C1近傍の継続的な地震活動は,地下水の流入(増圧)に対応して強弱が変化していると考え,地下水の拡散速度と震源の拡大速度の比較を行った.

 クラスターC1での震源域拡大速度にあうよう地下水の拡散係数を見積もると,松代や野島断層で行われた注水実験の結果[Ohtake,1974,Tadokoro et al.,2000]とほぼ同じオーダーになることが確認された.応力降下域を挟んだ北側のC2南部における活動の時間分布も,同じ拡散係数によって説明できることが確認された.

2) C2およびC4開始点への大きな活動の飛び

 クラスターC2では,クラスターC1内の最大地震(ev05:M4.5)が発生した約3時間後に地震活動が始まり,活動域は南北両方向へ急速に広がった.ここでは,応力擾乱によって新たな地震準備プロセスが始まり3時間後に破壊した,という場合を考え,応力腐食現象を例にとって検討を行った.

 応力腐食現象は,既存クラックを持つ媒質が破壊応力よりも低応力のもとで遅れ破壊を引き起こす主要因と考えられている.クラックは先端の応力拡大係数がある下限値を超えると成長を始め,いずれは大きな破壊に至る.ここでは,応力擾乱が新たな応力腐食現象を励起するというモデルを考えた.室内実験で確認されているパラメータ範囲で破壊までの遅れ時間を見積もると1時間〜1年程度となり,応力腐食現象は広い時間スケールの遅れ破壊を説明する可能性を持つ.C2の活動開始の遅れ時間が応力腐食現象によると考えた場合,3時間というのは速いプロセスであったことを意味している.震源域の直下には温度が高いと考えられるlow-V域が拡がり,大きく活動が飛んだC2,C4はlow-Q域であることが別の研究から示唆されている.10w-V,low-Q域が温度の高い領域を反映していると考えれば,3時間という短時間の応力腐食現象は震源が高温域であったことと調和的である.

 本研究では,群発地震の空間分布が活動自身の作る応力場変化に対して敏感に反応していることが明らかになった.南部では,他の群発地震活動と同様に地殻内流体が活動をコントロールしていると考えられ,北方への飛びによる震源域の拡大は応力擾乱による遅れ破壊現象の励起が重要な役割を果たしていたと考えられる(図2).本活動は南端での群発地震型の地震活動発生を契機にして,飛騨山脈の細長い領域にたまったテクトニックな応力を北方へ連鎖的に解放した活動だったと考えられる.

図1

図2

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では,1998年に飛騨山脈直下で発生した群発地震活動の空間分布・時間分布に注目して,群発地震活動の時空間変化について詳細な解析や,群発地震活動の進展を支配する要因についての詳細な考察が行われている.本論文は5章からなり,第1章は序論,第2章では飛騨山脈直下の群発地震活動の特徴が詳述されている.第3章では,第2章で得られた結果に基づき応力変化が地震活動の時空間変化に及ぼす影響が論じられている.さらに第4章では,群発地震活動の進展の物理機構が考察され,第5章はまとめの章となっている.

 3ヶ月間で7000個以上(M≧4.0:18個)の地震を発生させた飛騨山脈直下の群発地震活動がまず詳細に解析された.きわめて多くの地震の震源位置が精度良く決められただけではなく,比較的大きな地震については発震機構も決められた.この結果,南北約25km・東西約6kmの領域内に4つの震源クラスターを南から北へ順に形成した(南から出現順にC1-C4と名付ける)ことが明らかにされた.震源クラスターは南北方向に延びる低速度域の上部に分布し,クラスターの間には明瞭な活動静穏域の存在(C1-C2間)も認められた.震源域南端の活動開始点近傍では,強弱を繰り返しながら3ヶ月以上地震活動が継続していたことから,長期間にわたって地震を発生させる何らかの入力があったと考えられる.一方,北方の震源域ではM4クラスの地震を含む活動が発生しても,地震活動は数日内に低レベルに戻り,南端とは活動のパターンが異なっていることも明らかになった. まず,M≧4.0の18個の地震による応力(Coulomb stress)場変化を時間順に積算し,地震活動の空間分布と応力場変化との関係が調べられた.群発地震のような比較的規模の小さな地震群からなる活動が作る応力場変化はこれまで検討された例がなく,これまでの多くの研究では0.01MPa程度以下の応力変化と地震活動度には相関がないとされている.しかし,0.003MPa程度の応力変化が生じた地点でも新たに地震活動が誘発されており,M≧1.5の地震の69%,M≧3.5では87%の地震が応力上昇した地点で発生していることが本研究により明らかになった.

 1998年の活動の震源空間分布は応力場変化に強く支配されていることが上述のように明らかになったが,応力場の解析における時間分解能は,M≧4.0の地震の発生間隔によって制限されるため,地震活動の時間変化を全て応力場の変化から説明することはできない.そこで,本研究では,地震活動の時間変化の機構として地下流体の移動と応力腐食破壊の可能性についての定量的な検討が行われた.クラスターC1近傍には河川及び温泉が分布していることから,地下水が非常に豊富であると考えられる.そこで,C1近傍の継続的な地震活動は,地下水の流入(増圧)に対応して変化していると考え,地下水の拡散速度と震源の拡大速度の比較が行われた.クラスターC1での震源域拡大速度に合うように地下水の拡散係数を見積もると,松代や野島断層で行われた注水実験の結果とほぼ同じオーダーになることが確認された.クラスターC2では,クラスターC1内の最大地震(M=4.5)が発生した約3時間後に地震活動が始まり,活動域は南北両方向へ急速に広がっている.この場合,応力擾乱によって新たな地震準備プロセスが始まり3時間後に破壊が起きたと考えられる.このような遅れ破壊については,応力腐食破壊が重要な役割を果たしている可能性があり,その効果が定量的に検討された.クラスターC2,C4はQ値の小さな地域であることが別の研究から示唆されている.Q値の小さな地域が高温領域に対応していれば,3時間という短時間の遅れ破壊も応力腐食破壊により十分に説明可能であると結論づけられている.

 本論文において,群発地震の空間分布が地震活動自身の作る応力場変化に対して敏感に反応していることが明らかになった.また,震源域の南部では,地殻内流体が地震活動の支配要因であり,また,北方への飛びによる震源域の拡大は応力擾乱による応力腐食破壊の励起が重要な役割を果たしているということが定量的解析により明らかになった.上に述べたように,本研究は,群発地震についてデータ解析およびモデリングの両面から詳細な検討を行っており,群発地震の発生機構の理解への大きな寄与を行ったものと考えられる.

 なお,本論文第3章は,武尾実・井出哲との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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