学位論文要旨



No 115919
著者(漢字) 笠間,丈史
著者(英字)
著者(カナ) カサマ,タケシ
標題(和) 鉄鉱物形成と有害元素分配への微生物の影響
標題(洋) The effects of microorganisms on the formation of iron minerals and the distribution of toxic metals
報告番号 115919
報告番号 甲15919
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3963号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,隆
 東京大学 教授 田賀井,篤平
 東京大学 教授 浦辺,徹郎
 東京大学 助教授 小暮,敏博
 東京大学 助教授 杉山,和正
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

 地球表層の物質循環に微生物活動が大きく関わっていることが指摘されている(例えばBeveridge et al.1983).微生物は有害元素が多量に存在するような苛酷な環境でも成長することができ,極地から深海まで至るところに生息している(例えばMilodowski et aL l998).このような生息分布からも微生物が地球全体の環境に与える影響は多大なものであり,元素の移行や循環に重要な役割を果たしていることが予想される,最近20年間の研究で微生物がFeやCu,Uなどの元素を濃集することが確実になってきた(Richardon 1995).しかしながら,元素の移動において,微生物の役割やその環境に与えるインパクト,その反応機構については曖昧な部分が多く,定量的な議論が必要である.本研究では微生物による地球化学的インパクトを定量的に評価し,その反応機構を解明することを目的とした・特にバクテリアの活動として鉄酸化細菌による鉄沈殿速度への影響と菌類・藻類の活動として地衣類による有害元素の分配およびそのメカニズムについて研究を行った.

2. Ferrihydrite形成に与える微生物の役割

 Ferrihydriteは地球表層の風化反応で容易に形成される低結晶度の鉄鉱物であり,>200cm2/gと非常に大きな比表面積をもつ.また,河川や地下水,湖・海底など地球表層の至るところに存在し,その吸着能が大きいため様々な元素(例えばZn,U)の固定や遅延といった移行に与える影響は大きい.このように元素の再分配に関わるferrihydriteは無機的にも生成されるが,微生物によっても形成されることが知られている.そこで,本研究ではferrihydriteが無機的にも形成可能な環境下での微生物の影響を調べ,天然で起こっている反応を理解することを目的とした.天然における鉄沈殿速度を見積もり,微生物の滅菌有無による比較実験により,天然における鉄沈殿速度に対する微生物の寄与を定量的に評価した.

 調査地域の関温泉は新潟県南西部に位置し,妙高山に点在する温泉の一つである.その源泉の上方にある洞窟につらら状の鉄沈殿物が形成されている.つらら状鉄沈殿物はferrihydriteが大部分を占め,その他にamorphous silicaやcalciteが観察された.つらら状鉄沈殿物を流れる前の地下水は明らかにferrihydriteについて過飽和であり,無機的な反応によって容易に沈殿することがわかっている.しかし,このような環境下でも微生物の細胞の周りにはferrihydriteが付着していた.Feを含む地下水はつらら状鉄沈殿物中を通過する間にその内部・外側にFeを沈殿させ,Fe濃度を減少させて流れていく.それゆえにつらら状鉄沈殿物の先端と根元のFe濃度の変化量からFe沈殿速度を求めることができる.天然におけるFe沈殿速度は,6.8x10-8〜40x10-7mol/L/secであり,これは無機的な反応と微生物による影響の両方が寄与したものである.

 得られた天然におけるFe沈殿速度に対して微生物の寄与を評価するために,微生物を含むつらら状鉄沈殿物を滅菌したもの[a]と未処理のもの[b],鉄沈殿物と微生物の両方とも存在しないもの[c]の3つのセットを準備し,バッチ式で比較実験した`反応溶液は初期Fe濃度141)pmの地下水を使用した.[a]と[b]の差は微生物の代謝活動による影響を,[a1と[c1の差は死んだ微生物(exopolysaridesや細胞表面の官能基)の影響を,[c1は微生物以外で沈殿速度に影響を与える因子(例えばMn2+や有機物)の沈殿速度への寄与を調べるために設定された.実験は,微生物が生存しているつらら状鉄沈殿物とそれを加熱処理によって滅菌したものを15gずつ容器に入れたものとそれらを入れないものを準備し,その中に265mLの地下水を注ぎ,時間に対するFe濃度変化を記録した.[a]と[b]の沈殿速度は両方とも約10-8mol/L/secで,大きな違いは見られなく,微生物の代謝活動による天然におけるFe沈殿速度増加への寄与は小さいものであった.[c1の沈殿速度は,8.0x10-11mo1/L/secとなった.

 無機的プロセスによって進行するFe沈殿速度はStumm and Lee(1961)の速度式から求めることができ,この環境での無機的な沈殿速度は約1x10-11mo1/L/secで,微生物以外で沈殿速度に影響を与える因子の寄与[c]は一桁以下であった.[c]と比べると,[a1と[b1あるいは天然におけるFe沈殿速度は3〜4桁ほど速度が促進されている.[a1と[b1はほとんど差がないのでこの沈殿速度の違いはexopolysaccharidesや細胞表面の官能基といった微生物の存在に起因していると考えられ,天然におけるFe沈殿速度の増加に最も重要な役割をしている.以上のことから,微生物はferrihydriteに過飽和な溶液でもferrihydriteの沈殿速度を増加させ,それらの反応には微生物による代謝活動よりもexopolysaccharidesや細胞表面の官能基の存在が大きく関わっていることが明らかとなった.

3. 地衣類による元素濃集機構

 地衣類は菌類と緑藻類(または藍藻類)の共生関係で成長する生物で,陸上の約8%を覆っており,元素の移行や循環に重要な役割を果たしている(Haasetal.1998).本研究の目的は地表における有害元素(特にUやCu,As)の移動について地衣類の影響を解明することである.ウラン鉱山で支配的に生息している地衣類Trapelia involutaを対象とし,T.involuta中に見られる有害元素や鉱物種およびそれらの分布を調べ,地衣類のよる有害元素濃集および鉱物化メカニズムについて検討した.

 試料は地衣類T.involuta(South Terras mine ,Cornwall,England)で,metazeunerite[Cu(UO2)2(AsO4)2・8H20]やmetatorbernite[Cu(UO2)2(PO4)2.8H201を含む岩石上に直接成長しているものである.

 X線マイクロアナライザーによる元素分析からU,Fe,Cu,P,Sなどの元素がT.involutaに濃集していることがわかり,その元素マップはU,Fe,Cuなどの元素とP,Sが明らかに異なる部分(組織)に濃集していることを示した.Pは生殖器官であるapothecium内に多く存在することが知られていて(図1),それと元素マップによるPの濃集部分はよく一致している.一方,Uなどの元素はapotheciumを保護している外側の部分であるexcipleやepitheciumに濃集していた(図2).AsやPbは検出できなかった.

 透過型電子顕微鏡と走査型電子顕微鏡により,excipleやepitheciumを観察した結果,epitheciumにはmetazeunerite(<loonm)とquartz(0.4μm)が見られたが,excipleには鉱物は観察されなかった.Excipleの下部のmedullaにはsericiteやmetazeuneriteなどの9種の鉱物を見つけることができたが,これらの鉱物は母岩にも存在していた.Medullaとは菌糸がゆるく錯綜している部分で,その一部は直接母岩と接している.Medullaの中には鉱物や土壌が粒子として取り込まれることが知られていることから(例えばHerzig et al.1989),medulla中に見られた多くの鉱物は地衣類の成長とともに鉱物粒子として取り込まれていったものと考えられる.Epitheciumで見られたmetazeunerite丘teは母岩のもの(As:P=2:1)に比べてAs:P=6:1であることが示されたことから,T.involuta中で鉱物化した可能性が高い.これは周囲の溶液の性質に近いintercellular部分で反応が起こっていることからも支持される.Excipleに見られたUやFe,Cuはexcipleやepitheciumのみに存在しているextracellular melanin-like pigmentsへの吸着により濃集していることが電子分光型電子顕微鏡で明らかとなった.

 以上のことから,T.involutaはexcipleやepitheciumにextracelluar melanin-like pigmentsを発生させることにより,有害元素を濃集し,そのT.involutaが取り巻く地表において,有害元素の再分配に影響を及ぼしていると考えられる.

図1 地衣類の各組織名称

図2 T.involuta(矢印)におけるUの元素マップ.スケールは100nmを示す.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は主に2章から成り、実験及び天然での観察から、鉱物一水一微生物反応を、鉱物学的、微生物学的、地球化学的に調べ、微生物の鉱物の形成や元素の分配への関与を評価・解明している。具体的には、(1)中性環境下における鉄沈殿速度へのバクテリアの活動の影響、(2)有害元素の分配への菌類・藻類などの共生体である地衣類の活動の影響、を対象とした構成になっている。

 第1章では、中性環境下における鉄沈殿速度への微生物の影響を論じている。無機的なFe沈殿反応が可能な中性流水環境下において、Fe細菌が存在し、その表面にferrihydriteを付着させ、つらら状鉄沈殿物を形成していた。この鉄沈殿物におけるFe沈殿速度は、天然での測定結果、6.8x10-8〜4.0x10-7mol/L/secであった。これは無機的な反応と微生物による影響の両方が寄与したものである。

 得られたFe沈殿速度に対して微生物の寄与を評価するために、微生物を含むつらら状鉄沈殿物を滅菌したもの同と未処理のもの[b]、鉄沈殿物と微生物の両方とも存在しないもの[c]を比較実験した。同と[b]の差は微生物の代謝活動による寄与を、[a]と[c]の差は死んだ微生物(exopolysaccharidesや細胞表面の官能基)の寄与を、[c]は微生物以外で沈殿速度に影響を与える因子(例えばMn2+や有機物)の沈殿速度への寄与を反映している。[a]と[b]の沈殿速度は両方とも約10-8mol/L/secで、大きな差はなく、微生物の代謝活動による寄与は小さいものと判断できた。計算による無機的Fe沈殿速度1x10-11mol/L/secと[c]の沈殿速度8.0x10-11mol/L/secの比較から・微生物以外で沈殿速度に与える寄与は一桁以下であることがわかった。これらの結果から、3〜4桁ほど早い天然でのFe沈殿速度は、exopolysaccharidesや細胞表面の官能基の存在によるもので、天然におけるFe沈殿速度の増加に最も重要な役割をしていることがわかった。微生物はferrihydriteに過飽和な溶液でもferrihydriteの沈殿速度を増加させ、それらの反応には微生物による代謝活動よりもexopolysaccharidesや細胞表面の官能基の存在が大きく関わっていることが明らかとなった。

 第2章では、有害元素の分配への地衣類の影響を論じている。地衣類T.involutaはウラン鉱山で支配的に生息し、ウランの二次鉱物の上に直接成長していた。その地衣類に対して、元素マッピングで、U、Fe、Cu、P、Sなどの元素が濃集していることが示された。特にU、Fe、Cuは生殖器官であるapotheciumの外側にあるexcipleやepitheciumに濃集していることがわかった。

 透過型電子顕微鏡と走査型電子顕微鏡により地衣類内部を観察した結果、excipleには鉱物は観察されなかったが、その下部のmedullaにはsericiteやmetazeuneriteなどの9種の鉱物を見つけることができた。これらの鉱物は母岩にも存在しており、その存在状態などから、medulla中に見られた多くの鉱物は地衣類の成長とともに鉱物粒子として取り込まれていったものと考えられれる。Excipleに見られたUやFe、Cuはexcipleやepitheciumのみに存在しているextracellular melanin-like pigmentsへの吸着により濃集していることが電子分光型電子顕微鏡で明らかとなった。一方、地衣類直下のPを含むUやCuの鉱物は、不溶性であるにもかかわらず、地衣類の菌糸により溶解していることが確認された。以上のことから、T.involutaは生命活動に必要なPを取り入れるため、Pを含む鉱物を溶かし、Pを体内に採取するとともに、毒性のあるU、Fe、Cuはexcipleやepitheciumにextracellular melanin-like pigmentsを発生させることにより、そこに濃集し、生殖器官への有害元素の侵入を防御していると考えられる。このmelanin-like pigments発生機能は他の地衣類には見られず、T.involutaの特殊環境下での生存を可能にしている。T.involutの有害元素の再分配能力は環境修復手段の可能性を持つと考えられる。

 本学位論文は、鉱物_水一微生物の相互反応により、微生物が鉱物の形成や元素の分配に果たす役割を理解する解析手法をみいだし、その評価をした点で、今後の関連分野の研究に寄与するところが大であると認められる。この点において、本論文は高く評価され、審査委員全員で、博士(理学)の学位を授与するにふさわしいと判断された。

 なお本論文の内容の一部は、共著論文として印刷公表済みであるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断する。

UTokyo Repositoryリンク