学位論文要旨



No 115920
著者(漢字) 金田,謙太郎
著者(英字)
著者(カナ) カネダ,ケンタロウ
標題(和) ユークライト的組織をもつ含Fe-Ni metal 隕石EET92023:メソシデライトとHED隕石母天体の関連性について
標題(洋) Fe-Ni metal bearing eucritic meteorite EET92023:possible relationship between mesosiderite and HED meteonite parent body.
報告番号 115920
報告番号 甲15920
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3964号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 教授 藤原,顕
 東京大学 教授 田賀井,篤平
 東京大学 教授 長尾,敏介
 東京大学 助教授 杉山,和正
内容要旨 要旨を表示する

 メソシデライトは角礫化した石質相中にFe-Ni金属が貫入したような構造を持つ石鉄隕石で、その母天体上にFe・Ni金属を多く含む隕石が落下・衝突して形成されたと考えられている。この隕石は形成年代、酸素同位対比、石質相の化学的・鉱物学的特徴がHED(ホワルダイト・ユークライト・ダイオジェナイト)隕石と類似しているため、HED隕石とメソシデライトは同一母天体を起源とすると考えられてきた。しかしながら、近年になって(1)メソシデライト中に含まれる輝石のFe/Mn比がHED隕石に比べて小さい、(2)HED隕石中に還元作用を伴う大規模な溶融または金属相と石質相の混合がみられない、(3)メソシデライト中の石質相に含まれるArガスの量がHED隕石より少ないなどの相違点が指摘されており、メソシデライトはHED隕石と起源を異にするという意見もでてきている。

 EET92023隕石は、親鉄元素に富んでいるが、親鉄元素を除くバルク組成が集積岩ユークライトのMoore County隕石と非常に似ていることが指摘されており、集積岩ユークライトに分類されていた。ところがEET92023の薄片を光学顕微鏡・SEMで観察したところ、この隕石は集積岩ユークライトに非常に似た構造を持っているが、ユークライトにはみられないFe-Ni金属相を含んでいることが判明した。今までに発見されてきたメソシデライトは、ホワルダイト的な石質相を持つポリミクト角礫岩とFe-Ni金属との混合体であったが、石質相がユークライト的なもののみから成るものは発見されておらず、ユークライト的な組成を持つメソシデライトの発見が求められてきた。そのためEET92023はメソシデライトとHED隕石を結ぶミッシングリンクになりうるのではないかと考え、他のメソシデライト・ユークライトと化学組成・構造を比較し、前述のメソシデライト・HED隕石の相違点について考察を行った。

 本研究ではメソシデライトとユークライトの両限石の特徴を持つEET92023隕石と比較するため、3つのユークライト(EET87520:普通ユークライト、EET87548:集積岩ユークライト、Talampaya:Mg-richユークライト)と4つのメソシデライト(Asuka87106、Asuka882023、Sahara98088、Sahara98488)を用意した。これらの隕石に対しEPMA(Electron Probe Micro,Analyzer)を用いて定量分析、CMA(Chemical Map Analysis)を用いて定性分析、FE-SEM(Field Emission Scanning Electron Microscopy)を用いて微細組織の画像観察を行った。また、EET92023に対してのみINAA(Instrumental Neutron Activation Analysis)とRNAA(Radiochemical Neutron Activation Analysis)を用いてバルク組成、LAM-ICP-MS(Laser Abrasion Microprobe_Inductivity Coupled Plasma-Mass Spectrometry)を用いて金属中の微量元素を測定した。

 EET92023は主に輝石〜59.1%、斜長石〜38,9%、トロイライト〜1.0%、Fe-Ni金属〜0.4%、シリカ鉱物〜0.4%、リン酸塩〜0.1%からなり、斜長石と輝石は集積構造を示している。輝石の平均粒径は300-400μmで最大2mmに達するものもあり、平均幅5μm以下のオージャイトの離溶ラメラが輝石全体に観察された。斜長石は平均粒径200μmで、自形のコアを持ち、その外側を不定形のリムが覆っていた。Fe-Ni金属はテーナイトとカマサイトがみられ、特にテーナイトには中心(Ni〜35wt%)から縁(Ni〜53wt%)に向かって強い化学ゾーニングが見られた。

 EET92023の輝石の組成をEPMAで分析したところ、ホスト相はWo2En45Fs53、離溶ラメラはWo41En36Fs23で、これは今回分析した隕石の中では集積岩ユークライトEET87548の輝石(Wo2En52Fs46、Wb45Enl8Fs46)に近く、バルク組成が似ていたMoore Countyの輝石とほぼ等しい。4つのメソシデライト中の輝石はWo3En64Fs33、Wo45En43Fsl2付近に分布していた。従って、主要元素において、EET92023の輝石はメソシデライトと異なり、集積岩ユークライトに似ていることが判った。

 また、HED隕石とメソシデライトの相違点であるとされた輝石中のFe/Mn比を調べてみると、EET92023の平均Fe/Mn比は〜31で、ユークライト(〜30)とほぼ等しく、メソシデライト(〜25)より大であり、EET92023中の輝石はユークライト系列であることが確認された。

 EET92023中の斜長石はAn〜93のCaに富んだ均質な自形のコアを持ち、その外側をAn〜85とコアよりNaに富んだ不定形のリムが覆うような構造を示している。他のユークライトに含まれている斜長石の組成は(EET87520:AngoAb9.50r0,5、EET87548:An94Ab5.80r0.2、Talampaya:An93Ab6.50r0,5)で、EET92023の斜長石集積岩ユークライト系統に似ている。一方メソシデライトも同様な組成の斜長石(Asuka87106: An94Ab5.70r0.3、A882023:An94Ab5.50r0.5、Sahara98088:An93Ab6.80r0.2、Sahara98488:AnglAb8.80r0.2)を含んでいる。従ってユークライト中とメソシデライト中の斜長石を区分するのは不可能だが、EET92023はユークライト的な組成の石質相を持つと考えられる。

 メソシデライト中には金属層の周囲を取り囲むようにウィトロカイトやシリカ鉱物が分布していることが知られている。これはリン化物により輝石が還元され、金属鉄、リン酸塩とシリカ鉱物が生成したためといわれている。

 これらの鉱物が還元反応で生じたかを確認するため、メソシデライト中の金属相周囲の元素マップをとったところ、Fe-Ni金属に接している輝石は、金属相に向かうに従いMgに富んでいくような化学ゾーニングを示していた。また、Fe-Ni金属が輝石と接している部分ではFeの濃度が金属中心部より高くなっていた。このような化学ゾーニングは、その程度に差はあるが、4つのメソシデライト全てに観察され、メソシデライト中で還元反応が生じたであろうことを示唆している。

 メソシデライトと同様にEET92023中の金属鉄の周囲にもウィトロカイトと.シリカ鉱物が観察された。おそらくEET92023中にもリン化物による還元反応が生じたものと考えられる。

 EET92023に含まれるFe-Ni金属とメソシデライト中のものが同一起源であるかを調べるため、主要元素はEPMA、微量元素はLAM-ICP-MSを用いて組成分析を行った。LAM-ICP-MSのスタンダードとしてGibeon、Toluca鉄隕石を使用した。またバルク組成をINAA、RNAAで測定した。結果としてEET92023のバルク組成はRe/Ir、Ge/Irがそれぞれメソシデライトの1.3倍、0.4倍になっており、よく似ていた。EET92023の金属相は一般的なメソシデライト中の金属よりCo(〜1.5wt%)、Cu(〜600μg/g)を多く、Ga(〜5μg/g)、Au(〜2μg/g)、Ir(〜9μg/g)、Cr(〜30μg/g)、As(〜7μg/g)の5元素をメソシデライト中の金属とほぼ同量含んでいた。またEET92023の金属に含まれるRu(〜17μg/g)、Mo(〜5μg/g)、Pd(〜5μg/g)の量はメソシデライトの金属の起源と考えられているIIIAB鉄隕石とほぼ同じであった。Ga、Au、Ir、Cr、Asもメソシデライト中及び、IIIAB中の含有量とほぼ同じであった。従って、EET92023中の金属鉄とメソシデライト中のものは同一グループ(IIIAB)の鉄限石起源とする可能性が高いと考えられる。

 EET92023とメソシデライト中のFe-Ni金属にみられるウィドマンシュテッテン構造を利用して、Niの拡散シミュレーションを行い、低温での冷却速度を見積もった。その結果、EET92023の冷却速度は〜0.3℃/My、4つのメソシデライトは〜0.5〜1℃/Myと見積もられ、EET92023はメソシデライトと同様の冷却速度であったと考えられる。

 以上をまとめると、EET92023はユークライト的な石質相中にメソシデライト的な金属相を持つ隕石であることが判明し、これは新しい発見である。また、EET92023隕石は、還元反応によって生じたと推測される鉱物組み合わせ、高温での急冷、低温での冷却速度などメソシデライトの特徴を持っている。

 結果としてEET92023の成因として(1)メソシデライト母天体と異なるHED母天体に、メソシデライト中の金属に極めて似た組成の鉄隕石が衝突した(2)HED母天体とメソシデライト母天体は同一母天体であり、メソシデライトと同時に形成された(3)HED母天体とは異なったメソシデライト母天体上で形成、といった3パターンが考えられる。メソシデライトの特徴としてHED隕石の相違点として上げられていた、Fe/Mn比、還元反応を伴う石質相と金属鉄の混合の有無、という点が明快な区分にならなくなったことを考慮すると、メソシデライトとHED隕石の母天体を同一とすることは否定できない。

審査要旨 要旨を表示する

 HED隕石は主に輝石・斜長石から成るエコンドライトグループのことで、ホワルダイト・ユークライト・ダイオジェナイトという3種の隕石め総称である。メソシデライトは、Fe-Ni金属相と主に輝石・斜長石からなる石質相が混合している角礫岩で、メソシデライト母天体上に鉄隕石が衝突したことによって形成されたと考えられている。メソシデライトとHED隕石中の石質相の化学組成が似ている、形成年代がほぼ等しい、酸素同位対比がほぼ等しい、といった理由から、メソシデライトとHED隕石は同一母天体を起源とすることが示唆されてきた。しかしながら、近年、輝石中のFe/Mn比の違い、HED隕石中に還元作用を伴う大規模溶融や金属相・石質相の混合がみられない、などの理由によって、メソシデライトとHED隕石は母天体を異にするという意見が強くなってきてしいる。

 本論文は5章から成り、EET92023隕石が、メソシデライトとHED隕石の一種であるユークライトの両方の特徴を持った隕石であったことから、EET92023をメソシデライトとHED隕石を結ぶミッシングリンクと考え、3つのユークライト・4つのメソシデライトと化学組成・組織を比較し、メソシデライトとHED隕石の関連性を考察している。これらの隕石の関連性を調べることは、太陽系初期における両限石母天体の地殻形成時の環境やメソシデライトの形成過程を推測する上で非常に重要な情報を与えてくれる。

 第1章は、序章としてメソシデライトとHED隕石の岩石学的・鉱物学的な説明を中心に、今まで論じられてきた両限石の関連性について述べている。

 第2章では、本研究での実験方法について述べている。

 第3章では、まず、(1)本研究で用いた8つのサンプルの記載が行われている。特にEET92023、Sahara98088メソシデライト、Sahara98488メソシデライトの3つの隕石については、世界で初めて詳細な記載が行われている。他の5つの隕石についても、詳細な分析は世界で初めて行われたものである。ここでは、EET92023が、集積岩ユークライトに似た組織を持ちながらも、Fe-Ni金属相を含んでいることを指摘しており、この隕石がユークライトとメソシデライト両者の特徴を持つことを示している。また、A882023メソシデライトが、カリ長石とNb-1ichルチルに富んだenclaveを含んでいることを発見し、メソシデライトが他天体との衝突によって生じた証拠の一つとしてあげている。このルチルは隕石中で見つかったものの中で最もNbに富むものである。次に、(2)E:ET92023中のFe-Ni金属相に含まれる微量元素とEET92023のバルク組成の測定結果について述べている。最後に、(3)EET92023とメソシデライトの金属相中に見られるNiのゾーニングプロファイルを利用して、拡散シミュレーションを行い、各隕石の低温における冷却速度を算出している。このシミュレーションは最新の相図と拡散係数を用いて行われたものである。

 第4章では、第3章で得られた分析・計算結果を元に、EET92023、メソシデライト、HED隕石の関連性について議論している。まず、(1)EET92023とメソシデライト及びユークライト中に含まれている輝石、斜長石、クロムスピネルを比較し、EET92023の石質相は組織的・組成的に、メソシデライトとは異なっており、非常にユークライトに似ていることを指摘している。次に、(2)EET92023に含まれている金属相中に含まれる微量元素の量は、メソシデライト中のものと、メソシデライト中の金属相の起源と考えられているIIIAB鉄隕石のものに似ていることを指摘している。さらに、(3)EET92023は高温で急冷、低温で除冷されていたことを示し、特に低温での冷却速度は、一他のメソシデライトと同程度であることを示している。また、(4)EET92023中に見られるリン酸塩・シリカ鉱物が還元反応によって生じたことを明らかにしている。この反応は、従来メソシデライト中で生じたと考えられていた還元反応とは多少異なり、EET92023中のシリカ鉱物は、メルトの還元の結果生じたことを示している。そこで、(5)EET92023は、ユークライト的な地殻を持つ母天体上にリンを含む鉄限石が落下したことによって生じたインパクトメルトから形成された、というモデルを提唱した。このモデルは、珪酸塩の集積組織、Fe-Ni金属相の存在、斜長石のゾーニング、Fe-Ni金属と輝石との酸化還元反応の痕跡の欠如、シリカ鉱物の散在といった、EET92023の特徴を全て的確に説明できるものである。(6)以上のことから、EET92023はHED母天体を起源とすることを示唆し、メソシデライトとHED隕石が同一母天体起源である可能性を示している。また、近年のメソシデライトとHEDを区分する理由が、適当でないということも指摘している。

 第5章には、論文全体の結論がまとめられている。

 本研究は、上述のように、EET92023をメソシデライト及びユークライトと比較し、この隕石が組織的・組成的に両隕石の特徴を示しており、両者を結び付けうる隕石であることを指摘している。このことは、メソシデライトとHED隕石母天体が同一である可能性を強く示唆している。また、EET92023について提唱された酸化還元反応を伴う形成モデルは、メソシデライトの形成にも適用できるものである。以上の成果は、惑星物質科学、とりわけ太陽系初期における原始惑星の地殻形成過程やその環境を推察する上で多大な貢献をもたらすものと評価できる。

以上の理由により、審査委員会は全員一致で論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると認める。

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