No | 115921 | |
著者(漢字) | 下司,信夫 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ゲシ,ノブオ | |
標題(和) | 大峠火山岩体の岩脈群の構造および組成発達過程から推測する火山マグマ供給系の発達過程 | |
標題(洋) | Development of a magma plumbing system of polygenetic volcano inffred from the structural and petralogical evolution of the Otoge volcanic comlex | |
報告番号 | 115921 | |
報告番号 | 甲15921 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3965号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | マグマ溜りや火道といった地殻内のマグマの通路、すなわちマグマ供給系は、結晶分化やマグマ混合、地殻物質の同化作用などによってマグマの組成が進化する場であり、火成岩の化学組成の多様性をもたらす場であり、その構造発達およびその中でのマグマの挙動の解明は岩石学の根本的な問題である。また、マグマの上昇は供給系の構造に強く影響されるため、噴火を含む火山現象の理解のためにも火山マグマ供給系の構造とその発達についての知見を蓄積することは不可欠である。しかし、火山マグマ供給系の構造を直接観察することが出来ないため、その構造発達過程の理解はいまだに不十分である。本研究では、過去に活動した火山体に露出する貫入岩体の構造および岩石学的な発達過程を解析することで、火山マグマ供給系の構造発達過程を岩石的手法から読み取る方法を探ることを目的とする。 本研究で扱う大峠火山岩体は中期中新世(約13Ma)に活動した火山体であり、愛知県三河地方に発達する設楽火山岩体の一部を構成する火山体である。大峠火山岩体を含む設楽火山岩類は同時期の西南日本外帯〜瀬戸内海地域にかけて分布する、四国海盆の南海トラフへの沈み込み開始に伴う火成活動の最東端に位置する火成活動とされる。 大峠火山岩体の形成過程は次のように復元される。1)アルカリ玄武岩〜安山岩質マグマの爆発的活動による大峠コールドロンとそれを埋積する大峠火砕岩類の噴出。2)大峠火砕岩類の活動の直後に、コールドロン中心部にアルカリ玄武岩マグマが貫入し自破砕ブロックが形成。ほぼ同時にコールドロン南西縁に沿って鴨山川トラカイト岩脈群の貫入。3)大峠を中心とする半径約7kmの範囲に、アルカリ玄武岩〜トラカイト質安山岩からなる大峠コーンシート群の貫入。4)大峠コーンシート群の活動と同時期に、大峠コールドロン中心部に角閃石デイサイトからなる大峠ストック群の貫入。5)大峠コールドロンを通る南北約30km、幅1-3kmの範囲に、アルカリ玄武岩〜トラカイト質安山岩からなる設楽中央岩脈群の貫入。 大峠火山岩類の全岩MgO量は5.5wt.%〜0 wt.%まで幅広いバリエーションをもち、これらの組成バリエーションはおもに斜長石・かんらん石・単斜輝石・鉄チタン酸化鉱物の結晶分化によって説明可能である。液相濃集元素の存在比は組成バリエーションの全領域でほぼ一定の値を示すことからも、共通の親マグマからの分化作用を支持する。さらに分化程度の異なるマグマ同士の混合が浅部火道内で生じている。 大峠火山岩類の初期に形成された大峠火砕岩の本質礫に含まれる単斜輝石斑晶のMg#は0.1-0.7ときわめて広いばらつきを示し、分化程度の異なるマグマが共存する不均質なマグマ溜りの存在を示唆する。後コールドロン火成活動期の全岩組成および鉱物組成のバリエーションは,いちど未分化かつ均質なマグマの活動に戻り、次第に組成バリエーションが増加し全体として分化した組成にシフトしたことを示している。 このような大峠火山岩類の岩石学的特長の時間変化は、コールドロン形成によるマグマ供給系のリセットと、後コールドロン期におけるマグマ溜りのマグマ供給と冷却過程を反映していると考えられる。大峠コールドロンの形成前には、分化程度の異なるマグマが共存する組成不均質の著しいマグマ供給系が形成されていた。コールドロンの形成を伴う噴火によって、それまでのマグマ供給系は破壊されると、比較的未分化で組成バリエーションに乏しいマグマの供給によって新たなマグマ溜りが形成され、そのマグマ溜りからの間欠的なマグマ貫入によって後コールドロン期の岩脈・岩床群が形成された。後コールドロン期の初期にはマグマ溜り内での分化作用の影響が少ないより未分化なマグマが上昇し、未固結の大峠火砕岩類に貫入して自破砕ブロックを形成した。その後、より深部からのマグマの供給率が次第に減少しながら供給系内部での結晶分化作用が進行した結果、大峠コーンシート形成期から中央岩脈群形成期にかけてその平均組成がより高Fe#値にシフトした。結晶分化モデルは、後コールドロン貫入岩体の中で最も未分化な岩石から中央岩脈群の平均組成までの結晶分化過程で、マグマの温度は1080度から1040度まで低下し、約25%のマグマが結晶化したことを示す。後コールドロン期初期の高いマグマ供給率下では、マグマ溜りでのマグマの滞留時間が短く、比較的組成の均質なマグマによって比較的短期間に大峠コーンシートが形成され、マグマ供給率の低下に伴いマグマ溜り内でのマグマの平均滞留時間が増加し、中央岩脈群に見られる大きな組成のばらつきが生じたと考えられる。 大峠火山岩類の活動過程を通して、大峠火砕岩類、コーンシート群、中央岩脈群の順にその総体積が減少することからも、大峠火山岩類は次第に衰退しつつあるマグマ供給系によって形成された火山体であると考えられる。コーンシート群→平行岩脈群といった火山構造の変化もまた火成活動の衰退による応力場の推移を反映していると考えられる。岩脈・岩床の貫入方向は火山体内部の応力場を反映しており、火山体内部にはたらく応力場はマグマ溜りや火道といった火山構造そのものがもたらす局所応力場と、地殻全体に働いている広域応力場の重ね合わせからなる。高い過剰圧を持つマグマ溜りの近傍には、マグマ溜りを中心とする放射状の主圧縮応力軸配置が形成される。火成活動の活発なステージにはマグマ溜りの周辺に形成された局所的な応力が岩脈構造を支配し、その結果火山体を取り囲むコーンシート群が形成される。一方、マグマ供給量が減少し火山近傍に形成された局所的な応力場が衰退したステージには、広域応力場の影響を相対的により強く反映した平行岩脈群が形成されたと推測される。 過剰圧をもつマグマ溜り近傍の局所圧縮応力場では、最小圧縮応力軸が水平に近い場合には鉛直の岩脈の集合体からなる放射岩脈群が形成され、垂直に近い場合には岩床の集合体からなるコーンシート群が形成される。過剰圧をもつマグマ溜り近傍の応力配置を有限要素法を用いて計算した結果、偏平なマグマ溜りの縁辺部周辺への応力集中によって、コーンシート形成に適した応力配置が形成されることが明らかになった。大峠コーンシート群に見られる同心円状の岩床集中帯は、マグマ溜り縁辺部への応力集中による岩床の選択的な派生によるものと考えられる。 火山体内への間欠的なマグマ貫入の蓄積によって岩脈群は発達する。マグマ溜りに蓄えられたマグマの一部が岩脈としてより低温の地殻内に貫入・定置すると、岩脈内にトラップされたマグマは急速に冷却・結晶化する。その結果、岩脈群内にはさまざまな程度に結晶分化の進行したマグマバッチが形成される。そうしたマグマバッチに新たな岩脈が貫入することによって、マグマバッチ内の分化したマグマと新たに貫入した岩脈を満たすマグマとの間での混合が起こると考えられる。 大峠コーンシート群および設楽中央岩脈群には、非平衡な斑晶鉱物組み合わせで特徴付けられるP2タイプ岩脈が発達する。P2タイプ岩脈の斑晶鉱物組成は、マグマ溜りから直接もたらされたP1タイプ岩脈を形成したマグマとほぼ同じ玄武岩質安山岩マグマと、きわめて強く分化したトラカイト質マグマとの間での混合を示唆する。液相濃集元素の存在比から、これら両端成分のマグマは共通の親マグマに由来し分化程度の異なるマグマであることが推測される。高温実験および熱力学計算の結果から、玄武岩質安山岩マグマから60-70%の結晶分化作用によってトラカイト質マグマが生産されることが示された。両端成分の組成と混合後の全岩組成との関係から、多量の玄武岩質安山岩マグマに少量のトラカイト質マグマが混合したことが推測される。また、両端成分に由来する斑晶の量比から、玄武岩質安山岩マグマはP1タイプ岩脈同様斑晶に乏しく(数%未満)、一方トラカイト質マグマは高結晶度(30-60%)のクリスタルマッシュ状であったと推測される。 分化側端成分からもたらされた長石や単斜輝石斑晶には、表面に沿って虫食い状の溶融組織が観察される。単斜輝石の溶融組織の厚さは数10〜100μm程度で、よりMgに富む単斜輝石によって覆われている。岩脈群の岩石と同じ組成組み合わせからなるガラスおよび単斜輝石斑晶をもちいた反応組織の再現実験の結果、天然のP2タイプ岩脈に見られる溶融組織はおよそ数日程度の反応時間で形成され得ることが明らかになった。従って、P2タイプの岩脈の混合は、岩脈が貫入固結する数日以内に生じた可能性が指摘される。 設楽中央岩脈群内におけるP2タイプ岩脈の分布は、岩脈群南端部に限られており、マグマ溜り直上の大峠コールドロン地域には見られない。従って、分化側混合端成分はマグマ溜りに蓄えられていたのではなく、岩脈群南部に存在していたと推測される。マグマ溜りから岩脈が南部に向かって貫入する過程で、分化したトラカイト質マグマ溜りと連結した結果、マグマ溜りからもたらされた玄武岩質安山岩マグマとトラカイト質マグマとの間で混合が起こったと推測される。分化側端成分も大峠火山のアルカリ玄武岩質マグマからの分化物であることを考慮すると、トラカイト質マグマは先に貫入したアルカリ玄武岩質岩脈の中にトラップされたマグマが岩脈群内で分化したものであると考えられる。大峠コーンシート群内でのP2タイプ岩床の分布は岩脈貫入密度の高い部分に限られており、高い貫入頻度がP2タイプ岩脈の形成に必要であることが示唆される。 設楽大峠火山で観察された火山体内でのマグマの分散、孤立したマグマバッチでの分化の進行、およびマグマ同士の相互作用によるマグマ組成の多様化は、狭い領域に高頻度でマグマが貫入する複成火山では一般的に生じる現象であると考えられる。火山体内の応力配置の変化が平行岩脈群の発達を促し、その結果生じた岩脈群内での分化程度の異なるマグマ同士の相互作用が岩脈群の岩石により広い組成バリエーションがもたらされた。 | |
審査要旨 | 本論文は、約1300万年前に活動した愛知県設楽郡大峠火山岩体の地質学的、岩石学的な研究に基き、火山の地下構造とその発達過程について述べている。特に岩脈群の構造および組成変化に注目し、マグマ溜りから地表付近にかけてのマグマ供給系の発達過程を議論している。 火山の地下構造は、火山の噴火過程や地殻の発達過程を理解する上で重要である。現在活動中の火山について、その地下構造を地球物理学的手法(例えば地震学的、測地学的観測)によって観測することにより、比較的時間スケールが短い現象や構造についての情報は得られる。これに対し、本研究では既に活動を終え地下構造が侵食によって露出した部分を観察、研究することにより、100万年スケールに及ぶ火山全体の発達を理解することを目的としている。 本論文では、目的(第一章)に続いて、第二章から第四章において大峠火山岩体の地質学的な位置づけおよび地質構造に関する研究結果が述べられている。そこでは、火山活動、特に貫入岩体の様式の時間空間変化が述べられている。それらは、(1)アルカリ玄武岩一安山岩マグマの爆発的噴火と火山性の陥没構造(コールドロン)の形成、(2)コールドロン形成直後の少量のアルカリ玄武岩一トラカイトの貫入、(3)アルカリ玄武岩一安山岩からなる大峠コーンシートの貫入および中心部における角閃石デイサイトからなるストックの貫入、(4)コールドロンの中心を通る南北約30km、幅1-3kmの範囲に分布するアルカリ玄武岩一安山岩からなる中央岩脈群の形成、である。(3)のコーンシートと(4)の中央岩脈群の貫入関係の詳細な観察に基づき、活動時期が重なるものの中央岩脈群がコーンシートよりも後に発達したことを明らかにし、比較的短時間のうちに応力場に大きな変化があったことを明らかにした。 第五章、第六章および第九章では、岩石および構成鉱物の化学組成に基づき、マグマ溜り内部および岩脈内部でのマグマの供給-冷却-分化-混合の過程が議論された。その結果、化学的に不均質であったマグマ溜りがコールドロンの形成後にはより未分化で均質なマグマによって満たされたこと、その未分化なマグマ溜りも時間の経過とともにおそらくはマグマの供給率の低下によるであろう冷却.分化をこうむったことが述べられた。また、岩脈の形成-岩脈内でのマグマの分化-同じ岩脈へのマグマの再注入が比較的短時間に起ることを化学組成と鉱物微細組織の観察および溶融反応実験から明らかにした。 第七章、第八章および第十章では、これらの情報およびマグマ溜り周辺の応力状態に関する力学的研究成果(レビュー)を総合して大峠火山岩体の構造発達過程とその原因が議論された。マグマの噴出量がコールドロン、コーンシート、中央岩脈群の形成期の順に減少し、それに伴ってマグマの性質も分化する傾向にあることから、大峠の火山活動およびマグマ供給量はおおむね時間とともに減少傾向にあり、マグマ溜りの流体圧力も減少した可能性が指摘された。コールドロンやコーンシートの形成が・マグマ溜り内の余剰圧力による火山近傍の応力場によって支配されていた一方、最後の活動である中央岩脈群の形成はマグマ溜り内の余剰圧力の減少とそれに代る広域応力場に対応する貫入様式であると解釈された。 本研究では、地質学的手法によって詳細な貫入様式め時間空間変化の検出に成功した。また、岩石および構成鉱物の化学組成と組織に基づいて、供給されるマグマの量と性質の時間変化が推定された。両者を組み合わせることにより、マグマ溜りの化学的、熱的および力学的状態が総合的に議論され、そこから他の火山にあてはまる可能性のあるマグマの供給量一岩石学的な性質と応力場に関する一般的な関係が見いだされた。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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