学位論文要旨



No 115924
著者(漢字) 西田,究
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,マワム
標題(和) 常時地球自由振動
標題(洋) Earth's background free oscillations
報告番号 115924
報告番号 甲15924
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3968号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川勝,均
 東京大学 助教授 阿部,豊
 東京大学 教授 ゲラー,ロバート
 東京大学 教授 深尾,良夫
 東京大学 教授 浜野,洋三
内容要旨 要旨を表示する

 長い間大地震によってのみ地球の自由振動は励起されると考えられてきた.しかしここ数年地震活動が静穏な期間においても,数100秒の周期帯で地球は揺れ続けている事が分かってきた.この現象は常時自由振動と呼ばれている.観測された励起振幅は大気励起理論による見積もりと調和的なため,現在大気擾乱が最も有力な励起源である.本研究ではまず常時自由振動の励起の統計的特徴,時間変動を調べた.その結果を基づき大気擾乱が励起源であるかを考察していく.次に大気音波と固体地球の共鳴現象に注目して解析した.その結果,常時自由振動現象を単なる固体地球の現象として捉えるだけではなく,大気と固体地球を1つの系として考える必要があることが分かった.

 [励起の統計的特徴]まず常時自由振動の存在を検証した上で、スペクトログラムの統計的性質を解析することにより常時自由振動の励起の特徴を明らかにしていく。

 解析に用いたのは,比較的ノイズレベルの低い14観測点について1992,93年の連続データ(10秒サンプリング,鉛直成分)である、半日長の時系列を1/4日ずつずらして切出し,各時系列データごとにパワースペクトルを求めた.これらのパワースペクトルのうち地震やローカルな影響を受けている時系列は取り除いた。アンサンブル平均をとる事により,伸び縮み基本モードに対応するパワースペクトルのピークを確認できる.パワースペクトルのピーク値は2mHzから10mHzにかけて周波数依存性が弱い(図1右).また得られた結果にスペクトルモデルを当てはめ,励起振幅を見積もると0.5ngal程度となる.この値は大気の擾乱によって生じる自由振動理論振幅と調和的である.またnano galレベルの励起振幅はグーテンベルグーリヒター則に従う地震によっては励起する事ができない(Kobayashi and Nishida,1998)。また各モード同士がランダムに励起されているか調べるため、モード間の相関係数を計算した。その結果3mHzから7mH2においては、すべての組合せに対して相関係数は十分に小さい事が分かった。以上の結果から励起源の統計的特徴を知る事ができる。まず常時自由振動が7mHzより低周波数で同定されている事から、励起源間の相関距離が600km以下でなくてはならない。更に隣合うモードですら無相関に励起されている事から励起源は全地球的に分布していなくてはならなず、かつ持続的擾乱でなくてはならない事が分かる。これらの事を考え合わせると、励起源は地球上に面的に分布するランダムな擾乱である事が結論づけられる。サイレントアースクウェイクなどのゆっくりとしたイベントが数多く起こっていたとしても、今回観測されたような常時自由振動を励起する事は難しい。大気励起の理論ではこれらの観測事実を調和的に説明する事ができる.

 [波数周波数領域で見た常時自由振動]これまでの研究では周波数領域でのみデータを解析してきた.励起の特徴をより鮮明にするためには,空間の情報を用いる必要がある.もし陽震学のように面的なデータが存在するならば,波数領域での分解も可能である.しかし地震計のデータは空間的にまばらなため解析の際,空間の情報は捨ててきた.さらに地震が励起した場合と異なり震源の位置が局所的でないため,単純に走時を測る事では空間情報を取り出すことはできない.これらの困難を解消するために,(i)励起源は水平方向に等方的かつ均質で(ii)地球の構造は1次元的であるという2つの仮定をし,観測点間の角距離のみを用いて波数-周波数スペクトルを計算した.

 解析に用いたのは,比較的ノイズレベルの低い49観測点について,1989-2000年の連続データ(10秒サンプリン久鉛直成分)である.12年間の時系列データからスタートを3時間づつずらし5.6時間の時系列データを切り出した.各時系列データのうち大きな地震やローカルな影響を受けている物は取り除いた。そして任意の2観測点間についてクロス・スペクトルを計算し,2観測点間の角距離の大きさ順に並べた.空間方向はLegendre関数の和で表わし,その係数を最小自乗法で求めた.この手続きは,十分に観測点が密な場合におけるLegendre変換に相当する.このように2点間の相関をとり,角距離に対する空間的な位相情報を取り出して,波数-周波数スペクトルを計算した.

 これまで高周波数側では自由振動のピークが潰れてしまうため,7mHzより高周波数側でのモードの存在ははっきりしなかった.しかし今回計算された波数一周波数スペクトルを見ると,1から20mHzにかけてレイリー波のブランチに対応する線を見てとれる.7mHzより高周波数側でバックグラウンド・ノイズと考えられていた現象も,定常的に励起されているレーリ波を含んでいることが明らかとなった.また波数空間に分解する事で,2-6mHzにおいて基本モードに埋もれていた1次の高次モードの存在がより鮮明となった.この解析で得られたmHz帯の自由振動の励起振幅は大気励起による見積り(Fukao et al,2000)と調和的であり,常時自由振動の大気起源仮説を支持する.しかし,mHz帯で仮定した大気擾乱のベキを10mHz以上に外延すると,これまでの見積りでは観測値を大きく越えてしまう.10mHz以上の常時自由振動が大気擾乱によるものであれば,この結果は大気擾乱の周波数依存性が10mHz前後で変化することを示唆している.以上のように波数周波数領域において地球の常時自由振動を解析することで,これまで明瞭でなかった高次モードや高周波モードの存在が明らかとなり,定量的な議論も可能となった.常時地球振動の性質を議論して行く上で重要な一歩である.

 [大気と固体地球の音響共鳴]ピナツボ火山の噴火時に,共鳴周波数に対応する卓越周期周期225s(0S37に対応),270s(0S329に対応)の振動(Kanamori and Mori,1992)が観測された.このように大気現象が自由振動を励起しているのなら,大気音波と固体地球の共鳴が起こると予測される.常時自由振動の励起振幅も詳しく解析してみると,共鳴周波における振幅が10〜20%他のモードより大きい事がわかった(図2右;Nishida et aL,2000).励起源が地表付近の大気(≦10km)に存在すると,この超過振幅の大きさを説明できる.周期が短い音波モードは大気中にトラップされず減衰が大きいため,周期225秒より短い帯域では共鳴による余剰振幅は生じない.

 [励起振幅の年変動]Kobayashi and Nishida[1998]の大気励起理論に基づくと励起振幅は赤外輻射フラックスに比例する.そのため励起振幅は年変動するはずである.実際に励起振幅を詳しく解析すると10%程度年変動が観測された(Nishida et al,2000).赤外輻射フラックスの観測値は7月にピークがありその変動は5%程度なので,十分観測された励起振幅を説明できる.しかし共鳴周波数(270s)における年変動は40%と他のモードに比べ著しく大きい.もう一方の共鳴周波数(225s)においては,他のモードと顕著な違いはみられなかった.

 0S29の励起振幅の年変動が特異的に大きな原因として,大気の固有周波数の変動による共鳴の変化が考えられる(チューニング・メカニズム).大気の音速構造は年変動しているために,その固有周波数も年変動する.大気音波モードと固体モードが波数一周波数領域で近いほどに共鳴の効率は良くなるために,励起振幅の年変動が特異的に大きくなるのである.しかしチューニングメカニズムは大気音波が十分にトラップされている時のみ有効なため,0S37に対してははチューニングメカニズムは有効でない.そのためチューニングメカニズムが有効な0S29の年変動のみが大きくなる.大気構造を仮定してチューニング・メカニズムの有効性を検討してすると,十分観測値の変動の違いを説明できることが分かった.

 [今後に向けて]以上の解析結果を考え併せると,大気擾乱が励起源として最も有力である.また固体地球と大気の音響共鳴の重要性も明らかになった.この様に,今後地震帯域において固体地球-大気-海洋の相互作用がますます重要になるだろう.

図1: 左図:波数周波数領域で見た常時自由振動.右図:25観測点のデータから求めたスペクトログラム.

図2: 左図:フィッティングして求めた各モードの励起振幅.右図:0S29の振幅の各月毎の値と,0S20から0S45までの平均振幅の各月毎の値.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は序章を含めて6章からなり,著者らのグループによって発見された新しい現象である「常時地球自由振動」の励起の特徴を詳しく調べ,大気擾乱が励起源である可能性を議論している.

 第1章は序論であり,常時自由振動は流体地球(大気,海洋)と固体地球を一つの系としてみることによって理解できる現象であることを議論している.

 第2章では,励起の統計的特徴について述べられている.常時自由振動の励起の統計的性質を解析することにより,励起源は地球上に広く面的に分布するランダムな擾乱である事を示している.また大気励起の理論によって,これらの観測事実が調和的に説明できると結論づけている.

 第3章では,波数周波数領域における常時自由振動について述べられている.これまでの研究では周波数領域でのみデータ解析がなされてきたが,励起の特徴をより鮮明にするためには,空間の情報を用いる必要がある,もし陽震学のように面的なデータが存在するならば,波数領域での分解も可能である.しかし地震計のデータは空間的にまばらなため解析の際,空間の情報は使われてこなかった.さらに地震が励起した場合と異なり震源の位置が局所的でないため,単純に走時を測る事では空間情報を取り出すことはできない.これらの困難を解消するために,(i)励起源は水平方向に等方的かつ均質で,(ii)地球の構造は球対称で1次元的であるという2つの仮定をし,観測点間の角距離のみを用いて波数-周波数スペクトルを計算している.波数-周波数領域において地球の常時自由振動を解析することで,これまで明瞭でなかった高次モードや高周波モードの存在が明らかとなった.これは今後常時地球振動の性質を議論して行く上で重要な進歩である.

 第4章では,励起振幅の年変動および,大気音波と固体地球の共鳴について述べられている.大気現象が常時自由振動を励起しているのなら,大気音波と固体地球の共鳴が起こると予測される.本論文では常時自由振動の励起振幅を詳しく解析し,理論的に予想される大気と固体地球の共鳴周期における振幅が10〜20%他のモードより大きい事を示している.励起源が地表付近の大気に存在すると,この超過振幅の大きさを説明でき,大気励起理論と調和的であると結論づけている.また,本論文では励起振幅を詳しく解析する事により,7月をピークに10%程度年変動することを示しており,大気励起理論に基づく見積もりと調和的であることを示している.しかし一つの共鳴周期(270s)における年変動は40%と他のモードに比べ著しく大きい.もう一方の共鳴周期(225s)においては,他のモードと顕著な違いはみられなかった.周期270sのモードの励起振幅の年変動が特異的に大きな原因として,大気の固有周波数の変動による共鳴の変化(チューニング・メカニズム)で説明できると結論づけている.

 第5章では,地表に分布する圧力擾乱が励起する自由振動の振幅を,理論的に計算している.微気圧計で観測された圧力擾乱とその相関距離を基に励起振幅のパワースペクトルを合成すると,観測スペクトルを十分に説明できることを示している.

 第6章では,大気と固体地球の音響共鳴について述べている.大気音波の性質を詳しく調べ,第4章で述べた余剰振幅は音響共鳴で説明できると結論づけている.またさらに,第4章で述べたチューニング・メカニズムの有効性を定量的に議論し,その有効性を確かめている.

 なお本論第2章は小林,第4章は小林,深尾,第5章は深尾,小林,名和,須田との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位授与を認める.

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