学位論文要旨



No 115925
著者(漢字) 橋本,千尋
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,チヒロ
標題(和) 地震発生サイクルの三次元物理モデリングと断層較正関係の発展
標題(洋) 3-D Physical Modelling of Earthquake Generation Cycles and Evolution of Fault Constitutive Properties
報告番号 115925
報告番号 甲15925
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3969号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩崎,貴哉
 東京大学 教授 大中,康譽
 東京大学 助教授 宮武,隆
 千葉大学 助教授 佐藤,利典
 東京大学 教授 松浦,充宏
内容要旨 要旨を表示する

 プレート境界では大地震が繰り返し発生することが知られている.大地震の発生サイクルは,プレートの相対運動に伴うテクトニック応力の蓄積,準静的破壊核の形成,動的破壊の開始・伝播・停止,及びその後のアセノスフェアの粘性緩和と断層強度の回復の諸過程から成る.これらの諸過程を個別に記述するモデルは,1980年代後半以降,それぞれの時間スケールに特化した形で発展してきた.しかしながら,地震破壊に伴って解放される応力はそれ以前のテクトニックな過程を通して蓄積されたものであり,また地震時に低下した断層強度の回復なしには次の地震は起こり得ないことから,これらの諸過程を一連のものとしてモデル化することは本質的に重要である.本研究では,横ずれ型プレート境界に於ける大地震の発生サイクルを統一的に理解するための三次元物理モデルを構築し,それを用いた数値シミュレーションを通して,地震発生サイクルの全過程の詳細とそれに伴う断層構成関係の時間発展を明らかにした.

 地震発生サイクルの全過程は,適切な構造モデル上で定義されたすべり応答関数と断層構成則及び系の駆動力としてのプレート相対運動をカップルさせた方程式系によって完全に記述される.本研究では,弾性的リソスフェアとマックスウェル粘弾性を持つアセノスフェアとから成る半無限二層構造モデルを設定し,すべりに対する応力応答として新たに定式化した粘弾性応答関数,断層構成則としてAochi and Matsu'ura(1999)のすべりと時間に依存する構成則を用い,これらをカップルさせた系に駆動力としてのプレート相対運動を与え,横ずれ型プレート境界に於ける大地震の発生サイクルモデルを構築した.

 具体的には,図1に示すような弾性的リソスフェアと粘弾性的アセノスフェアとから成る半無限二層構造モデルに,無限に長い垂直横ずれ型のプレート境界面Σを設定する.そして,プレート境界面上のすべりをwとし,プレート相対運動速度VPlの定常的なすべりとそこからの変化分μsとに分離する.

このとき,すべりwによって生ずる応力変化は,Hashimoto and Matsu'ura(2000)による粘弾性応答関数H(x,t;ξ,τ)を用いた履歴積分により,

と表される.ここで,右辺第一項は定常的なすべりによって実現される定応力状態に,また第二項はこの定常状態からのすべり遅れに起因する応力変化に対応している.一方,プレート境界面Σ上のすべりwと勇断応力σとの関係を規定する境界条件は,後述の構成則によって定義される断層強度σsugを用いて,

と設定する.これらの式をカップルさせることにより地震発生サイクル過程を支配する閉じた方程式系が得られる.

 断層強度σstrgを定義するすべりと時間に依存する構成則は,各瞬間の断層面形状(|Y|は断層面の凸凹のフーリエ振幅を表す)で決まる断層強度

とその断層面形状がすべりと共に磨耗し時間と共に回復する過程を規定する微分方程式

によって記述される。ここで,|Y|は,断層表面形状が回復し得る最大値を表し,ここでは広い波数(k)領域で|Y|=k-3/2のフラクタル的性質を持つものと仮定する.また,磨耗レートα及び固着レートβは場所に依存するパラメターであり,断層の物理的性質を表す.この構成則で重要な点は,断層構成関係を規定する最大勇断強度σp及び臨界変位量Dcは予め設定されているのではなく,断層面のすべりに依存して変化してゆくことである.

 本研究では,以上の非線型方程式系を安定に解くための新たなアルゴリズムを開発することにより,地震発生サイクル過程の三次元数値シミュレーションモデルを完成させた.図2に横ずれ型プレート境界面上の長さ60kmの地震発生領域での応力蓄積・解放過程を示す.プレート相対運動速度を5cm/yrとしたとき,地震発生領域では応力蓄積。解放がおよそ26年の周期で繰り返される。地震時の平均応力降下量はおよそ1.8MPaである.

この図に示すように,断層強度は大地震の発生と共に一気に低下するが,地震後の断層の固着により徐々に強度を回復してゆく.その様子を示したのが図3である.この図から最大勇断強度σpが地震破壊直後に急速に回復するのに対して,臨界変位量Dcは時間と共に徐々に回復してゆくことがわかる.断層構成関係のこのような発展は,図4に示す示すように,地震時のすべりによって磨耗した断層面形状|Y(k)|が固着によりフラクタル的性質を回復してゆく過程に対応している.

 図4のシミュレーション結果は|Y(k)|が波長の小さい(波数kの大きい)方から順に徐々にフラクタル構造を回復してゆくことを示している。Matsu'ura et a1.(1992)やOhnaka(1996)に拠れば,臨界変位量Dcは断層面形状のフラクタル限界を表す臨界波長(λc=2π/kc)に比例する,つまり,地震後の臨界変位量Dcの回復は,断層の固着により|Y(k)|が波長の小さい方から順にフラクタル構造を回復してゆく過程の現れであると理解することができる.

 以上のような孤立地震断層の場合のシミュレーション結果を踏まえ,次に大小二つの断層セグメントから成る断層系での地震サイクルのシミュレーションを行った.断層セグメントは強度回復レートの大きい領域,その間のクリープ領域は強度回復レートの小さい領域として表現する。図5に幅10kmのクリープ領域を挟む長さ30kmと50kmのセグメントから成る複合断層系でのシミュレーション結果を示す。プレートの相対運動により各断層セグメントに応力が蓄積し,先ず小さいセグメントが不安定破壊(地震)を起こす.このイベントによる弾性的な応力変化とそれに続く粘弾性的な応力再配分により,大きいセグメントの応力蓄積過程は加速され,およそ2年後に不安定破壊を起こす.このような弾性−粘弾性的断層間相互作用は,トルコの北アナトリア断層や西南日本の南海トラフでしばしば観測される,数年の時間差で連発する大地震の発生過程を理解する上で重要である.

図1: 設定した弾性−粘弾性二層構造モデル.影をつけた部分はプレート境界を面を表す.あ印はプレート早退運動ベクトルを示す.

図2: 地震発生領域に於ける応力蓄積・解放過程。

図3: 地震破壊直後から次の地震発生直前までの間の断層構成関係の発展.最大剪断強度σpは地震の破壊直後に急速に回復するが,臨界変異量Dcは時間と共に徐々に回復してゆく.-

図4: 断層面形状|Y(k)|の回復過程.地震破壊直後から次の地震発生直前までの間に断層面形状|Y(k)|が固着によりフラクタル的性質を回復してゆく様子を示す.kcはフラクタル領域の限界波数を示す。

図5: 大小二つのセグメントから成る断層系での応力蓄積・解放過程.

審査要旨 要旨を表示する

 プレート境界では,大地震が繰り返し発生する.このような大地震発生サイクルの物理法則を確立し,その法則の基づいてシミュレーションモデルを構築することは,地球物理学的に大変魅力的で,かつ挑戦的な課題と言えよう.大地震の発生サイクルは,プレートの相対運動に伴うテクトニック応力の蓄積,準静的破壊核の形成,動的破壊の開始・伝播・停止,及びその後のアセノスフェアの粘性緩和と断層強度の回復などの諸過程から成る.これらの諸過程に関する研究は,これまで個別的に,かつそれぞれの時間スケールに対応した形で発展してきた.しかし,これらの過程は孤立系で進行するものではなく,強くカップリングしていると考えられる.したがって,地震発生サイクルの統一的モデルを構築するためには,これらの過程を一連のものとしで取り扱うことが必要である.本研究は,横ずれ型プレート境界における大地震発生サイクルを,上記の立場から統一的に理解するための3次元モデルを構築し,数値シミュレーションを通して,地震発生サイクルの全過程の詳細とそれに伴う断層構成関係の時間的発展様式を明らかにしたものである.

 第1章は本論文の緒言にあたる部分である.まず,地震発生サイクルの諸過程の簡潔な説明がなされている.更に,各サイクルに対する研究が個別的に進展しており,それを統一的に取り扱うことの必要性が述べられている.これが本論文の動機づけであり,またこの研究分野における本論文の重要性に他ならない.この章の後半では,過去の地震発生サイクルの研究及びその問題点(限界)が,簡潔に述べられている.これにより,本研究の位置付けが,より鮮明になっている.

 第2章では,本論文の基本となる基本的考え,即ち,地震発生サイクルの基本要素(過程)について記述されている.地震発生サイクルは,適切な構造モデル上で定義されたすべり応答関数,断層構成則及び系の駆動力としてのプレート相対運動をカップルさせた方程式系によって完全に記述される.特に本論文では,弾性的リソスフェアとマックスウェル型粘弾性を持つアセノスフェアとからなる2層構造モデルを設定し,プレート境界面のすべりに対する粘弾性応力応答関数を新たに定式化した.実際,アセノスフェアの粘弾性的応力緩和現象はサンアンドレアス断層における測地データから裏付けられており,地震発生サイクルの基本過程としての重要性強調されている.更に,本論文で提出された定式化に基づく理論計算により,上記の測地データの基本的パターンをうまく説明できることが示されており,本論文における粘弾性的応力緩和の取り扱いの妥当性を裏付けている.また,断層構成則としてAochi and Matsu'ura(1999)のすべりと時間に依存する構成則を用い,これらをカップルさせた系に対して駆動力としてのプレート相対運動を与え,横ずれ型プレート境界における大地震の発生サイクルモデルを構築した.

 第3章では,地震発生サイクルの各々の過程に対する数学的定式化がなされている.プレート境界におけるすべり運動による粘弾性的応力蓄積に関しては,まず境界面におけるステップ型すべりに関する解をいわゆる対応原理によって求める.任意の時間依存性をもつすべりに関する解は,ステップ型すべりの解を用いた履歴積分の形で表現することができる.尚,プレート境界のすべりは,定常的なプレート運動による部分と,それからのずれに相当する部分(たとえばback slipなどの擾乱の部分)に分けて取り扱われている.

 一方,プレート境界の断層構成則としてAochi and Matsu'ura(1999)のすべりと時間に依存する構成則を用いた.即ち,断層面の形状変化は,波数領域上において断層面上のすべりと時間に関する微形式として与えられる.前者は運動に伴う磨耗の効果を,後者は時間に伴う固着の効果に対応している.構成則を支配しているのは,これら2つの効果に対応する係数,即ち磨耗レートと固着レートである.この構成則の重要な点は,断層構成関係を規定する最大せん断応力及び臨界印変位量が予め設定されているわけではなく,断層面のすべりに依存しながら変化していくことである.尚,本研究においては,断層表面形状が回復し得る最大値は,ある波数帯においてフラクタル(波数の2/3乗に逆比例)と仮定している。この章では3つの極限的状態における構成則の振る舞いについて,物理的考察がなされ,本論文で扱った構成則は,従来の研究における構成則を包含した,一般性の高いものであることが示されている.

 第4章は,第3章で提出した定式がに基づいて本論文で開発した計算アルゴリズムについて述べられている.このアルゴリズムでは,プレート境界のすべり分布(擾乱部分)を2次元スプライン関数の重ね合わせとして表す.この展開係数(時間の関数でもある)を未知パラメータとする.即ち,このすべり分布から計算されるプレート境界における応力値と,構成則から計算される応力値のマッチングを取る.基本的にこのプロセスは非線形であり,非線形最小二乗法アルゴリズムを適応している.

 第5章は,シミュレーション結果についての記述である.まず,横ずれ型プレート境界において長さ60kmの地震発生領域を想定した場合の結果が提出されている.この場合のせん断応力蓄積・解放過程を示すとともに,1地震サイクルにわたる断層強度の変化過程を明らかにした.これによれば,断層強度は大地震の発生とともに一気に低下するが,地震後の断層固着により徐々に強度を回復する過程が再現された.特に,最大せん断強度が地震直後に急速に回復するのに対して,臨界変位量は時間とともに徐々に回復していくことが明らかになった.更に,断層構成関係の時間的変遷は,地震時のすべりによって磨耗した断層面形状が固着によってフラクタル的性質を回復していく過程に対応している.この場合,波長の小さい方から順にフラクタル的構造を回復していく.

 次に,大小2つの断層セグメントからなる断層系での地震サイクルのシミュレーションを行った.断層セグメントは強度回復レートの大きい領域,その間のクリープ領域は強度回復レートの小さい領域として表現される.実際の計算では,幅10kmのクリープ領域を挟む長さ30kmと50kmのセグメントからなる複合断層系を仮定した.その結果,プレートの相対運動により各断層セグメントに応力が蓄積し,小さいセグメントの不安定破壊(地震)が発生する.この破壊に伴う弾性的応力変化とそれに引き続く粘弾性的な応力再配分によって大きいセグメントの応力蓄積過程が加速されて不安定破壊に至る過程が,明らかになった.このシミュレーションで仮定したパラメータでは,両セグメントの破壊発生の時間間隔は2年であった.

 第6章は,前章までの結果を踏まえ,これまでの関連する研究成果との対比・議論を進めている.特に,Shibazaki and Matsu'ura(1998)の結果によれば,地震断層のサイズは,臨界変位量によってスケールされており,その定数は10-5程度である.本論文のシミュレーションでは仮定した地震断層のサイズと破壊直前の臨界変位との関係とほぼ調和的である.また,本論文では,複数の断層の不安定破壊間の相互作用として,粘弾性的な応力再配分過程が重要な役割を果たしていることがわかった.特に,粘弾性的効果は,不安定破壊発生の時間間隔を決定する重要な要因として注目される.このような断層間相互作用は,トルコの北アナトリア断層や西南日本の南海トラフでしばしば観測されるものである.

 第7章は結論であり,本論文の基本的考え方及び結果が簡潔にまとめられている.

 尚,本論文の第2-4章までの基本的考え方,定式化及び計算手法の一部は,松浦充宏氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって行った研究である.従って,論文提出者の寄与が十分であると認められる.

 以上述べたように,本論文は地震発生サイクルを構成する物理過程を統一的に取り扱い,モデル化するための数学的定式化を行い,かつ実際の計算のアルゴリズムを提出した.この計算手法により,断層面上の構成則の時間発展や,断層間相互作用について興味深い結果を提出した.従って,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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