学位論文要旨



No 115926
著者(漢字) 橋本,善孝
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,ヨシタカ
標題(和) 過去の付加体にみる流体移動と温度・圧力履歴
標題(洋) Fluid flow and its P-T condition along the subduction interface:example from the ancient underplated Shimanto Complex,SW Japan
報告番号 115926
報告番号 甲15926
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3970号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 教授 平,朝彦
 早稲田大学 助教授 円城寺,守
 東京大学 教授 浦辺,徹郎
 東京大学 教授 木村,学
内容要旨 要旨を表示する

●はじめに

 沈み込み帯は地球上で最も活動的な地域の一つである。沈み込み帯では、海洋地殻や堆積物が地球深部へ持ち込まれ、それに伴い火成活動や地震活動、続成・変成反応が起こり、また、付加体が形成されている。この過程で海洋地殻や堆積物は様々な物性変化と化学的変化を経験する。

 例えば沈み込む堆積物は初期状態で50%以上の間隙水を含んでいるが、最終的には5%以下になる。また、変成作用によって含水鉱物が脱水し、物性を変化させる。このように変形や変成による脱水過程は堆積物の物性変化に密接に関連している。さらに脱水された流体そのものも岩石強度などに影響を与える。

 付加体は沈み込み帯浅部(15km以下)におけるこのような変化を記録しているはずである。付加体は引き剥がし作用と底付け作用とによって形成されると考えられている。底付け作用は主に陸域調査によって過去の付加体から立証されており、デコルマのステップダウンによって引き起こるデュープレックス構造の形成によるものと考えられている。

 最近、過去の付加体において、構造性メランジュが報告されている。構造性メランジュは沈み込みプレート境界における剪断変形によって形成されたと考えられる。よって、過去の付加体に観察される構造性メランジュはプレート境界の現象を記録しているといえよう。

 本研究は底付けされた構造性メランジュにみられる鉱物脈や変形機構に注目し、沈み込み帯浅部における流体の挙動と物性変化を明らかにすること目的として行う。研究対象地域は紀州白亜系四万十帯で、岩相・年代ともに豊富なデータが揃っている。

●地質概説

 調査地域の岩相は主に砂岩泥岩からなる構造性メランジュである。他に異地性のブロックを含む構造性メランジュ、緑色岩、チャート、凝灰岩が産する。メランジュの面構造はほぼ東西の走行を持ち、北に急傾斜している。緑色岩はチャートと密接に観察され、メランジュ面構造の走行とほぼ並行によい連続性を示す。ところどころで緑色岩−チャートユニットの底部を切る断層が収斂している様子が観察され、本地域の地図スケール構造はデュープレックス構造を形成していることが明らかとなった。よって、本地域は底付けによって形成された付加体であり、プレート境界での変形・変成を被った岩石であることがいえる。

●変形機構観察

 鏡下において変形機構の観察を行った結果、二つの変形機構を認定した。一つは圧力溶解現象で、残さとして残った粘土鉱物が構造性メランジュの変形構造に沿って観察されることから、メランジュ形成時の変形機構であると考えられる。もう一つは脆性破壊である。脆性破壊は砂岩、泥岩、緑色岩中に観察される。地図上での分布を検討した結果、圧力溶解は広域的に分布し、地図上の構造となんの関連も持たないのに対し、脆性破壊を示す試料は地図上でデュープレックス構造を構成する断層沿いに集中して分布していることがわかった。これは、底付け時の変形機構が脆性破壊であったことを示唆している。また脆性破壊は先の圧力溶解劈開を切っていることからメランジュ形成後であり、さらに、変形機構がメランジュ形成時から底付けに至る間に圧力溶解から脆性破壊へ変化したことを示している。

●脈の分類

 脈の産状と変形構造との関係から脈を3つに分類した。Vein は壁岩との境界が不明瞭なもの。これは、未だ粒子間の結合が弱い、未固結状態で形成されたと考えられる。Vein IIはメランジュの砂岩ブロック内部のみに発達する引っ張り割れ目を充填しているもの。これはメランジュ形成時の脈と考えられる。Vein IIIは砂岩、泥岩関係なく発達するもの。これは、最終的に岩石化が終了した後の脈だと考えられる。Vein IIとVein IIIについては路頭スケールにおいても同様の産状が確認できる。この分類は沈み込み岩石化過程に対応すると考えられる。しかし、このような前後関係は同一のスラストシート内部でのみいえる。底付け付加体は下部へ成長するため、現在最上位のスラストシートが底付けしたときに、最下位のスラストシート内に見られるメランジュはより浅部においてまさに形成時期であったことは十分考えられるからである。

●輝炭(ビトリナイト)反射率測定

 過去の最高被熱を推定するために輝炭(ビトリナイト)反射率を測定した。ビトリナイトは石炭の一種で、鏡面研磨された面の反射率が被熱温度に相関することを用いて温度に換算することができる。また、石炭を熟成させる要因は伝導による熱であると考えられるため、広域的な熱的平衡が成立し、かつ経験上最高時の温度を非可逆的に記録している。よって、輝炭反射率によって推定された温度は母岩の過去の最高被熱を示していると考えられる。輝炭反射率測定の結果、本研究地域では北から南へ向かって直線的に反射率1.4%から2.7%まで増加する傾向が見られた。これは温度にして約150℃から約200℃への増加に相当する。この直線的な増加傾向は内部のデュープレックス構造を切っていることから、記録されている温度構造は底付け付加が起こった後に獲得されたものと考えられる。

●流体包有物加熱・冷却実験

 個々の脈に記録された温度・圧力を推定するために流体包有物の加熱・冷却実験を行った。対象は路頭スケールで確認されたVein IIとVein IIIである。脈中に捕獲された流体包有物は最大で30ミクロンから50ミクロンである。室温で気液二相の包有物と液相一相の2種類の包有物が観察される。FT-IR分析によって、気液二相の包有物は水に富んだ包有物であり、液相一相の包有物はメタンに富んだ包有物であることがわかった。これは沈み込み帯内の流体がメタンが過飽和であることに起因すると考えられる。水に富んだ包有物の気相は捕獲時に水に飽和していたメタンが温度降下に伴う溶解度の減少により発生したメタンの気相であることが考えられる。まず、メタンに飽和した水の包有物に対し、加熱実験を行う。この均質化温度はメタンが水に飽和した温度であり、補角時の状況を復元したことになるので、直接捕獲温度であるといえる。次にメタンの包有物に対して冷却実験を行う。この均質化温度から等密度曲線(アイソコア)を得ることができ、先の捕獲温度とあわせることによって、個々の脈から独立に温度・圧力を得ることができる。

 その結果、温度では、約200℃(プラスマイナス約17℃)、圧力にして約90MPa〜300MPa(プラスマイナス約10MPa)という値が得られた(図1)。

●議論・結論

 沈み込み帯に沿った流体の挙動について以下の問題を議論したい。すなわち、1)流体温度は母岩温度より高いのか低いのか?2)流体の起源はどこか?3)流体の移動速度はどの程度か?4)流体移動の活動時期はどれほどか?である。そして最後に沈み込みプレート境界地震との関連について考察する。

1)高温か低温か?

 輝炭反射率と流体包有物実験の結果の比較は、すなわち母岩温度と流体温度との比較である。比較した結果、流体温度のほうが母岩温度以上であることがわかった。これは、流体が母岩と熱的平衡になく、高温の流体が流れていたことを示している。

2)流体の起源はどこか?

 流体包有物捕獲時に流体温度が母岩温度よりも高温であったということは、その起源がより高温の深部であったことが示唆される。流体包有物実験から得られた包有物捕獲温度は流体がより低温の母岩に冷やされて石英の溶解度が下がり、その結果析出した時期であると考えるのが自然であろう。石英の水に対する溶解度を検討した結果、石英の溶解度は温度に強く依存し、圧力効果は無視できるほどであることが分かった(図1)。つまり、流体包有物実験から得られたほぼ200℃で一様な捕獲温度は流体が冷やされて石英が飽和した時期の温度を示しているといえる。このことは逆に、初期状態での石英の溶解量が200℃で飽和する程度の一様な組成を持っていたことを示している。初期状態での溶解量は温度・圧力に依存することから、深部でも同じ場所を起源とする流体であったことが考えられる。

3)流体の移動速度

 起源を同じ場所に持つ流体が圧力にして約90MPaから約300MPaと広範に分布する(図1)。このことは流体の移動速度が石英が析出するよりも速くかったことを示している。

4)流体移動の活動時期

流体温度が母岩よりも高温であったにも関わらず、母岩に熱的影響を与えていない、つまり、両者は熱的平衡に達していなかったことから流体移動の活動時期はエピソディックであったと考えられる。もし定常的に熱い流体が流れていれば、いずれ熱的平衡に達してしまうであろう。

5)沈み込み帯プレート境界地震との関連

 このような、高温、高速、そしてエピソディックな流体移動は沈み込みプレート境界における地震活動となんらかの関連がある可能性がある。底付け時の変形機構は脆性破壊であるので、底付け付加自身が地震であるかもしれない。そのとき透水率が瞬間的に増加し、そこにプールされていた流体が一気に浅部まで移動したことが考えられる。このようなイベントは底付け付加が起こるたびに繰り返される可能性がある。

図1 流体包有物実験から得られた温度圧力状態。太い曲線はこの温度圧力条件での石英の溶解度(Iog mSio2(aq))を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は大きく3つの部分から構成されている。第1は紀伊半島西部の四万十帯の地質構造と詳細な変形構造の解析である。第2部では岩石の形成した温度条件の推定である。第3部では本論文の主要テーマである鉱物脈に見いだされた流体包有物の解析である。

 第1部は4章から構成される。1章では本研究地域はプレート沈み込みの過程で付加した堆積物が底付け過程でデュープレックス構造をつくっていることを明らかにした。2章では微細な変形構造、特に脆性破壊の痕跡である鉱物脈の分布を調査し底角断層沿いの岩石に集中して分布することを明らかにし、さらに、変形がメランジュ形成から底付けの過程で圧力溶解による塑性変形から脆性変形に変化したことを示した。3章では鉱物脈を3つに分類した。一つは未固結状態で形成したもの、2つはメランジュ形成期、3つ目は上昇期に形成されたものと推定された。

 第2部では過去の岩石の受けた最高温度を推定するためにビトリナイト反射率を多数の岩石について測定した。この結果、本地域では北から南に向かって反射率が増加すること、したがって、温度150度から200度まで上昇したことを示した。これは底付け過程の後に起こったものと判断された。

第3部では多数の鉱物脈中の石英には流体包有物が含まれていることを見つけ、その流体包有物が主にH20とCH4から構成される2種の包有物であることを示し、それらの包有物の冷却・加熱実験を行った。この結果、均質化温度からここの脈の温度と圧力を推定することができた。その結果、メランジュ形成期とその後の鉱物脈が別々の流体に起源を求められることを示した。

 以上の調査・実験結果を総合して、メランジュ形成期のものは周囲の岩石と平衡状態に近く、一方その後の流体の温度は周囲の岩石形成の温度より高温であり、流体運動していたことを示した。これらの結果と沈み込みプレート境界での底付け過程における流体排出を関連させて考えると、流体の移動が底付け過程で急速に進行し、岩石がロックされていくことが考えられた。

以上の研究内容はいずれも当該分野において独創的であり、重要な結果を持っていることを認め、したがって、博士論文としてふさわしいと判断される。

 なお、本論文第6章は円城寺守、坂口有人との共同研究であるが、論文提出者雅趣帯となって分析及び検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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