学位論文要旨



No 115927
著者(漢字) 林,能成
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,ヨシナリ
標題(和) 群発地震を伴うダイク成長過程 : 伊豆東方沖群発地震の震源時空間分布からの推定
標題(洋)
報告番号 115927
報告番号 甲15927
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3971号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武尾,実
 東京大学 助教授 卜部,卓
 東京大学 教授 加藤,照之
 東京大学 教授 渡辺,秀文
 東京大学 助教授 森田,裕一
内容要旨 要旨を表示する

 同じくらいの大きさの地震が、ほぼ同じ場所で短期間に多数発生する「群発地震」は現象として広く知られ、個々の事例を紹介した研究は多数ある。しかし、その原因を探求した研究は多くない。群発地震が発生するのは活動的な火山の周辺地域であることが多く、地震活動と同時に地殻変動が観測される事例が多いこと、1989年の伊豆半島東方沖手石海丘のように噴火に至った例があることから、火山現象と関連があることが指摘されてきた。しかし、火山現象と群発地震活動を結ぶプロセスは未解明で、地震学・火山物理学の両分野で火山現象と結びついた群発地震活動の原因の解明が求められている。

 伊豆半島東方沖で発生する群発地震活動は、以下の点で上記の研究を行うのに大変適している。まず、群発地震活動の活動度が高いこと。1970年代後半から、ほぼ年1回の頻度で群発地震が発生し、近年では1995年、1996年、1997年、1998年と活動があった。次に、この地域は地震計やGPS等の地殻変動の観測装置が稠密に配置され、極めて良質のデータが蓄積されていること。特に、1994年にはこの地域にケーブル式海底地震計が設置され、他の地域に比べて格段に観測機器が充実している。最後に、この地域のテクトニクスについては多数の研究がなされており、広域応力場が推定されていることである。伊豆半島の両側の相模湾と駿河湾ではフィリピン海プレートがユーラシアプレートに沈み込み、伊豆半島東方沖では北東−南西方向の張力場が働いている。また、伊豆半島北端の丹沢・箱根地域でフィリピン海プレートとユーラシアプレートが衝突している影響で、この地域には北西−南東方向の圧縮場も働いている。これらの広域応力場から、伊豆半島地域の群発地震活動や、1986年の伊豆大島及び2000年三宅島噴火に伴う地震活動の分布がほぼ説明されている。

 以上のように、伊豆半島東方沖は群発地震の研究を行う上で、最も良い地域のひとつと言える。本研究では近年に伊豆半島東方沖で発生した群発地震の震源を極めて精度良く推定すると同時に、同地域で観測されている多くの地殻変動データを解析することにより、この地域で発生している群発地震の原因を解明しようと試みた。

 1970年代後半から活発になった伊豆半島東方沖群発地震は、1989年の海底噴火により社会的にも大きく注目されるようになった。これを機にこの地域の観測網の整備が急速に進んだ。特に1994年に設置された光ケーブル式海底地震計は、震源の推定に大きく貢献するものと期待されていた。なぜなら、今まで陸にしかなかった地震観測点が海側にもでき、はじめて震源を取り囲むような観測点配置が実現できたからである。

 しかし、実際のデータを解析すると、海底地震計直下には極めて地震波速度の遅い層が存在し、陸上も海底も同じ地震波速度構造を用いるルーチン観測では、十分には利用されてこなかった。この地域は陸上の観測点においても、速度構造の不均質に起因すると思われる大きな観測点誤差がある。そこで、観測点補正を考慮した震源決定を行い、1995年〜1998年に発生した4回の群発地震活動の震源を推定した。その結果、この4回の活動が北西・南東のほぼ同じ走向・傾斜角を持った垂直に近い同一の面の上に分布し、各回の震源域は幅2〜3km高さ4〜5kmで、その中心は毎回ずれていることが明らかになった。各回の活動は数百メートル程度オーバーラップして分布していることも明らかになった。また個々の活動では1〜3時間の間に地震が頻発するバースト活動が何回か見られる。1つのバースト活動は非常に狭い領域でかたまって発生していることがわかった。

 上記のように近年発生した群発地震の全体の分布は明らかになった。次に個々の活動の詳細について調べた。現在のところ最も良質のデータが取得された1998年の活動について波形を用いた解析を行い、精密な震源分布を求めた。手法はGot et al.(1994)が開発しハワイ火山等で適用した改良マスターイベント法である。この手法の特長は(1)波形の相似性を利用して走時の読み取り精度を向上する(2)震源決定に際してはマスターイベント法を改良して可能な限り多数の地震組み合わせを用いて震源の相対位置を推定する、の2点である。

 本研究では、P波及びS波の波形を解析に用い、図1に示す観測点のデータを使用した。特に、解析の鍵となる海底地震計は加速度計であり、陸上の観測点は速度計であることからその特性が異なる。また地震計の設置方向も異なるため、これらの補正を行ってから記録を使用した。

 まず各観測点ごとに全ての地震の組み合わせについて、時間領域で相関係数を計算し、波形相関が最大となる2つの地震の時間差を得た。さらに相関係数が高い地震組み合わせについてはクロススペクトル法を適用した。これにより目視による初動読み取りの恣意性を排除し、読み取り精度を格段に向上させた。

 震源決定にあたっては、震源決定可能な全ての地震組み合わせのデータを使用するプログラムを開発しそれを用いた。しかし本研究のように1000個以上の地震の震源を再決定する場合、地震組み合わせ数は地震数の2乗に比例して増加するため、計算時間等の関係から現実的にはこの手法を適用するのが困難になる。そこでバースト単位の震源再決定をして1バースト内の震源分布を詳細に決める解析と、全体の震源を10個のサブグループにわけて群発地震活動全体の震源分布を求める工夫をした解析の2つを行った。

 再決定して決められた震源は走向約110°E、傾斜角約20°の面上に発生している(図2・図3)。地震発生領域の面積は水平方向2km×深さ方向3km程度で面の厚みは300mほどであり、その形状は中央に地震の発生していない領域があるリング状をしている。再決定前には分布がこれほど集中していなく、面もぼやけてしか見えず、特に中央の地震が発生していない領域の存在は予測できなかった。

 図4は面の正面から見た1日毎の震源分布図である。群発地震活動初期にはリング中央部分で地震が発生し後に外側へと活動域が広がることと、1回のバースト(≒1日の活動)はそれまでに地震が起きた場所の縁にそって発生することがわかる。またバースト単位の震源再決定からは、1回のバースト内で震源は浅い方から深い方へ移動する場合が多く。その震源移動速度は0.5〜0.7km/hourとほぼ毎回一定していることがわかった。

 震源再決定により地震は明瞭な面状の配列を示すことが明らかになったので、この分布と広域応力場との比較を行った。単独で震源メカニズムが推定されているマグニチュード5.7の最大地震の断層面(走向約165°の左横ずれ断層型か走向約75°の右横ずれ断層型)の方向と、群発地震の配列面の方向は明らかに一致せず、むしろ群発地震の配列面の方向は大きな地震のP軸、すなわち広域応力場の最大主圧縮軸方向と一致している。また群発地震を構成する個々の地震の断層面を一意に決めることは困難であるが、各観測点でのP波初動の押し引きや振幅の分布から、個々の地震も最大地震とほぼ同じメカニズム解を持っていることが明らかになった。つまり群発地震の分布は広域応力場の最大主圧縮軸の方向(N110°E)に配列していると考えられる。

 伊豆半島東方沖群発地震とほぼ同時に観測される地殻変動は地下深部から浅部ダイクが貫入するというモデルで説明されてきた。しかしながら、これまでの研究では震源分布の精度が悪いため、地殻変動データだけでダイクの位置を推定する方法がとられてきた。このためダイクの位置と群発地震の震源との関係が明確ではなかった。そこで本研究で求められた震源分布から得られた場所にダイクを置き、観測された地殻変動データが説明できるかどうかを検討した。解析にはGPSによる水平変位記録と水準測量記録をデータとして用いた。その結果、震源域に厚さ4mのダイクを置くことで、水平変位及び水準測量の両方の観測記録をほぼ説明できることが示された。

 以上の観測事実から以下のように考えると、群発地震活動と地殻変動を同時に説明できる(図5)。

1995年からの4回の群発地震活動は全て川奈崎沖の同じ場所で始まる。このことから供給源となるマグマだまりは川奈崎沖の深さ10km以深にあると考えられる。マグマだまりの圧力が高まると、マグマは上昇しはじめる。1998年の活動においては、マグマだまり直上には1995年及び1997年の貫入物質があったため応力場が既に圧縮的になっており、そこへ貫入することは困難であった。そのため1997年の貫入域の端部にあたる張力的な場となっている部分に貫入を始めた。その後深部からのマグマの供給に伴いダイクが、最小主応力方向へ厚みを増し、マグマ先端は最大主応力方向に広がる。この影響でダイクの縁の部分では最小主応力が減少し差応力が増大する。これにより破壊基準に達した部分で、広域応力場を反映した地震が発生したと考えられる。地震活動がリングの外側へ向かうという観測事実は、ダイクが浅い部分へと貫入していくのではなく、浮力を失って面積・厚みを増すために起こっていると考えられる。

 本研究では精密震源決定によって、ダイクの位置、形状、厚みが精度よく推定できた。これらの推定値はダイク成長過程の力学的シミュレーションを行う上で重要なパラメータであると考えられる。今後はこの方向の研究を進めることで、現在のところ明快な答えの得られていない、地震活動がバースト的になる原因なども解明し、群発地震に関する知見を更に深めたい。

図1 解析に使用した地震観測点

図2 再決定された1998年群発地震の震源分布

図3 南南東(110°)方向から見た3D震源分布

図4 群発地震発生面正面から見た1日毎の地震発生位置

図5 群発地震活動・ダイク成長の同時発生モデル

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,極めて活発な群発地震活動を続ける伊豆半島伊東沖に注目して,その震源の時空間分布を詳細に決定することにより,これまであまり明瞭ではなかった群発活動域の中にある震源の空白域を明瞭に捉えた.さらに,この成果に基づいて,伊豆半島東方沖の群発地震・地殻変動の活動の要因となるマグマの貫入が従来唱えられているものよりも狭い領域である可能性を示した.本論文は第2章及び第3章において精密震源決定を,第4章において地殻変動データの解析に基づくダイク貫入モデルを述べ,最後にこの地域の一連の群発地震をダイク成長に伴う活動として捉える視点を提唱している. 群発地震が発生するのは活動的な火山の周辺地域であることが多く,地震活動と同時に大きな地殻変動が観測される事例が多い.1970年代後半から活発になった伊豆半島東方沖群発地震は,1989年の手石海丘の海底噴火に火山活動との関連が明瞭となり,これを機にこの地域の観測網の整備が急速に進んだ.特に1994年に設置された光ケーブル式海底地震計は,伊東沖における震源決定にに大きく貢献した.著者はこの点に注目しこれらのデータをフルに活用することによりこの地域の地殻活動の要因を解明しようと試みている.

 先ず,第2章においては,海底地震計のデータを震源決定に有効に活用するための工夫を行っている.海底地震計直下には極めて地震波速度の遅い層が存在するため,陸上も海底も同じ地震波速度構造を用いるルーチン観測ではこれまで,海底地震計のデータは十分には利用されてこなかった.そこで,著者は観測点補正を考慮した震源決定を行い,1995年〜1998年に発生した4回の群発地震活動の震源を再決定した.その結果,この4回の活動が北西・南東のほぼ同じ走向・傾斜角を持った垂直に近い同一の面の上に分布し,各回の震源域は幅2〜3km高さ4〜5kmで,その中心は毎回ずれていることが明らかにした.

 次いで,第3章において,最も良質のデータが取得された1998年の活動について波形を用いた解析を行い,一精密な震源分布を求めた.用いた手法はGot et al.(1994)が開発しハワイ火山等で適用した手法である.その特長は(1)波形の相似性を利用して走時の読み取り精度を向上する(2)震源決定に際してはマスターイベント法を改良して可能な限り多数の地震組み合わせを用いて震源の相対位置を推定する,の2点であるが,著者は伊東沖の膨大なデータにこの手法を有効に用いるため,波形の相似の度合いに応じて地震を幾つかのグループに分割して求める工夫を凝らしている.

 再決定して決められた震源は走向約110°E,傾斜角約20°の面上に発生している.地震発生領域の面積は水平方向2km×深さ方向3km程度で面の厚みは300mほどであり,その形状は中央に地震の発生していない領域があるリング状をしている.さらに,群発地震活動初期にはリング中央部分で地震が発生し後に外側へと活動域が広がることと,1回のバーストはそれまでに地震が起きた場所の縁にそって発生すること,1回のバースト内で震源は浅い方から深い方へ移動する場合が多いこと,その震源移動速度は0.5〜0.7km/hourとほぼ毎回一定していることが明らかになった.これまでの震源分布においては,この様に明瞭なリング状の分布は確認されておらず,本研究に於いて初めて確認された分布である.従来,この地域において地下深部からのマグマもしくは熱水の貫入が活発な群発地震活動と地殻変動の要因であろうと推測されてきたが,地震の震源分布からこの貫入を強く示唆する地震発生の空白域の存在を明らかにしたこと,さらに,その活動の時間変化の様子まで解明したことは,この研究の大きな成果である. 第4章では,前章までに求めた震源分布を元に,最も狭い領域にソースを置いた地殻変動モデルの考察を行っている.特に,著者は,本研究で求められた震源分布から得られた場所にダイクを仮定して観測された地殻変動データが説明できるかどうかに重点を置いた検討を行っている.その結果,震源域に厚さ4mのダイクを置くことで,水平変位及び水準測量の両方の観測記録をほぼ説明できることを示している.しかし,地殻変動データの解析は順方向の解析のみで,より大きな領域にソースを置くこと場合,特に浅い領域への貫入などについてまだ検討の余地を残している.

 最後に著者は,1995年からの伊東沖群発地震活動の一連の特徴を整理し,ダイクの上昇・成長過程がこれらの活動の要因とするモデルの提唱を行っている.このモデルは,今後,この地域の活動を研究する上での一つの作業仮説として意義を持っている.

 以上の内容の研究に対し,審査委員一同は全員一致で,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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