学位論文要旨



No 115928
著者(漢字) 波利井,佐紀
著者(英字)
著者(カナ) ハリイ,サキ
標題(和) 保育型造礁サンゴ幼生の分散・加入過程
標題(洋)
報告番号 115928
報告番号 甲15928
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3972号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,勲夫
 東京大学 助教授 河村,知彦
 東京大学 教授 棚部,一成
 東京大学 助教授 茅根,創
 東京水産大学 教授 大森,信
内容要旨 要旨を表示する

 海洋生物の多くは浮遊幼生期を持っており、幼生を分散・加入させる。造礁サンゴ類を含む底生生物は、海底に固着して生活をしているため、個体群の維持・形成には幼生の分散・加入が重要である。一般に、造礁サンゴ類を含む浮遊幼生は個体群間を分散して加入すると考えられていた。しかし、最近、魚類などについて、親の礁内に幼生が加入する例が示されてきた。

 造礁サンゴ類の繁殖方法には、海洋中に卵と精子と放出し受精させる放卵放精型と、体内でプラヌラ幼生をつくり海洋中に放出する保育型があり、両者では幼生の分散・加入範囲が異なる。放卵放精型の幼生は、親のサンゴ礁の外に分散すると考えられている。一方で、保育型の幼生は、放出後、数時間から定着が可能で、礁内に加入することが推測されていた。しかし、種によっては定着可能期間が長く、礁外へも分散することが知られている。保育型の中でも種によって幼生の分散・加入範囲に違いがあると考えられるが、現在のところ明らかではない。これは、産卵(幼生放出)−分散−加入という繁殖を構成する、一連の過程が一度に扱われていなかったためである。造礁サンゴ類の繁殖戦略は、異なる生殖様式と分散範囲、加入の成功、個体群の組み合わせによって決定する。しかしながら、これまで分散についての視点が欠けていた。そのため、保育型造礁サンゴ類の繁殖戦略の多様性は不明であった。

 本研究では、異なる分散範囲を持つと考えられる保育型造礁サンゴ2種、アオサンゴHeliopora coerulea(八放サンゴ亜綱アオサンゴ目)とハナヤサイサンゴPocillopora damicornis(六放サンゴ亜綱イシサンゴ目)について、野外調査と室内実験によって、幼生の放出時期と数、幼生の特性(幼生の行動と定着)、分散時の流れと、分散・加入範囲を明らかにした。得られた結果に基づいて、両種の幼生の分散・加入範囲の違いと幼生の特性、親の個体群との関係について検討した。さらに、保育型の造礁サンゴ類の繁殖戦略について議論した。その結果、以下のことが明らかになった。

1.幼生の分散を決定する要因

 幼生の分散は、幼生の浮力や行動によって決まる水柱における位置と、その位置によって異なる流れ、幼生の定着可能期間によって決定する。アオサンゴの幼生は、浮力と遊泳性に乏しいため、多くは中・底層に分布し、中・底層に卓越する潮汐による海水流動によって分散する。また、放出後の1時間で定着が可能で、こうした特性によって、親の周辺に分散・加入する。保育型の種でも、アオサンゴは特に分散・加入範囲が狭く、親のサンゴ礁に加入することが明らかになった。これに対して、ハナヤサイサンゴの幼生は、定着可能期間が100日以上と長く、広域に分散し加入する。このように、保育型でも異なる分散・加入過程と持つ種力がいることが明らかになった。

2.保育型造礁サンゴ類の繁殖戦略

 幼生放出一分散一加入過程を明らかにすることによって、保育型の造礁サンゴ類は、幼生の大きさと産卵回数、幼生の特性と分散範囲には違いがあることがわかった。それに基づいて、保育型造礁サンゴ類の繁殖戦略を検討した結果、以下の3つのタイプに分けられることを明らかにした。

1)分散加入範囲が狭い種(Narrow dispersal type):大卵少産で、底性的な幼生を放出する。定着開始期間は短く(1時間〜)、最大の定着可能期間は短い(20日)。アオサンゴがこれに該当する。これに類似した種として、保育型のミドリイシ類Acropora(Isopora)属が当てはまる。

2)分散加入範囲が広い種(Wide dispersal type):小卵多産で、活発に鉛直移動をする幼生を放出する。定着可能期間は1時間からみられるが、最大の定着可能期間は長い(100日以上)。ハナヤサイサンゴがこれに該当する。これに類似した種として、同じハナヤサイサンゴ科のサンゴ(Pocilloporidae)、カリブ海のPorites asteoides、Favia fragum、Manicina areolataなどがあげられる。

3)分散・加入範囲が中程度(Intermediate dispersal type):小型〜大型で、水面に浮上するものと底性的な幼生を放出する。1と2の中間的な特徴を持つ。ニホンアワサンゴAlveopora japonicaがこれにあたる。

 従来の研究では、保育型造礁サンゴ類の繁殖戦略は2)のタイプであるとされてきた。このタイプは、小型で死亡率が高いが、様々な環境(波浪の影響、干出の大きい場所など)に幼生を多く加入させることが指摘されている。そのため、個体群は散在してみられる。それに対して、1)の種は幼生を親の近傍に定着させ、親の生息環境の中での加入量を増加させる。これにより、親の個体群は偏ってみられる。3)の種は、両方のタイプの幼生を放出し、様々な環境に加入させる一方で、親の個体群を加入によって維持している。このため、保育型の造礁サンゴ類は、それぞれの特性を持つ幼生を、異なる期間分散させ、これによって加入範囲を変える。このように、繁殖戦略の多様性によって、多様な個体群の分布パターンが形成される。

3.個体群の維持・形成機構

 アオサンゴについて、実際の個体群の維持・形成機構と繁殖戦略との関係を検討した。アオサンゴの親個体群の密集した分布パターンは、幼生の狭い分散範囲と一致する。これは、幼生の分散特性によって規定されていることを示唆する。また、アオサンゴは白化(高水温)に強く、他種の分布しない流れの弱い高水温になりやすい環境に生息している。さらに、浅層掘削調査によれば、礁嶺が形成され流れが弱まった後、アオサンゴがその陸側に短期間で密集した個体群を形成した。アオサンゴは、流れが弱く高水温になりやすい環境で、すぐに定着可能な幼生を放出し、加入させて、排他的に個体群を形成していると考える。このように、造礁サンゴ類は、その生息環境に対応した繁殖戦略によって、個体群を維持・形成していると考える。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,分散範囲が異なる2種の保育型造礁サンゴ幼生を対象として,野外と室内において,定着可能期間・行動などの幼生の特性と流れなどの物理環境との関係,実際の分散・加入範囲などを調査して,その分散・加入過程と範囲を明らかにした.その結果,幼生の分散は,幼生の水柱中での位置とその位置における流れ,定着可能期間によって決定すること,保育型のサンゴ幼生にも分散加入範囲が狭い種と広い種とがいること,分散範囲と個体群の分布とが整合的であることなどを明らかにした.

 海洋生物の幼生の分散については,これまで広域分散という視点からの研究が中心であった.サンゴについても,主に広域に分散する放卵放精型サンゴ幼生の分散の研究に関心が集まっていた.これに対して最近,魚類の幼生が親個体群に再加入することが明らかにされ,幼生の広域分散という視点の再検討が進んでいる.本論文は,狭い分散範囲を持つサンゴ幼生について,その分散・加入過程を実証することを目的としたもので,その課題設定は海洋生物一般の繁殖生態の最近の課題と一致している.サンゴ幼生の繁殖戦略についても,これまで放卵放精型・保育型という大別はあったが,その多様性には不明であった.こうした背景において,サンゴ幼生の中でも分散範囲の狭い保育型の種に着目した点,さらに保育型の中でも繁殖戦略が異なる種がいるという視点からの本論文の問題設定は適当である.

 手法と結果について,本研究は野外調査と室内実験の結果を組み合わせ,比較した.3年間にわたる調査・実験の再現性も十分あり,年に1回という少ない調査の機会を十分に活かしている.1 km2に及ぶ海域におけるくり返し調査と,大量の幼生の長期間の飼育の基づく複数の実験を計画し成功させた.その結果,研究対象としたサンゴ幼生の分散について信頼できる一次データを得ることができた点は,高く評価することができる.

 考察において,野外調査の結果と室内実験の結果を整合的に議論して分散・加入範囲を実証的に明らかにすることができた.さらにそうした成果に基づいて,修士論文によって得た他の種のサンゴの繁殖生態と過去の研究成果をまとめ,サンゴの分散・加入範囲の多様性をまとめた点は高く評価できる.サンゴの繁殖生態について,従来の保育型と放卵放精型という大別に対して,本研究で得られた成果に基づいて保育型の中でも多様性があることを従来の研究成果もまとめて議論を展開している.本論文ではさらに,こうした繁殖生態の特性と流れなどのサンゴ礁の場の条件,個体群の維持や分布などの特性との関係に議論を展開している.こうした議論は,これまで推察に基づく議論が行われていたが,本研究によって実証的な成果に基づいて議論が行われた意義は大きい.

 全体として,本研究はサンゴの生物地理と繁殖生態に関するきわめてオリジナリティの高い研究として高く評価することができる.また,生態学の基礎に基づいて,地球科学の視点から調査・議論を展開しており,学際的な色彩の強い研究としてよくまとまっている.また本論文の成果は保全生態学にも応用できる.

 なお本論文のうち,第3章の1部は茅根 創との共同研究(Coral Reefs誌に投稿中),第4章の一部は茅根 創,林原 毅との共同研究(Marine Biology誌に投稿準備中)であるが,いずれも論文提出者が主体となって調査と結果の解析を行ない,筆頭著者として論文をまとめたもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 上記の点を鑑みて,本論文は地球惑星科学とくに地球システム科学の新しい発展に寄与するものであり,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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