学位論文要旨



No 115930
著者(漢字) 宗包,浩志
著者(英字)
著者(カナ) ムネカネ,ヒロシ
標題(和) MT法におけるガルバニックディストーションの補正法の開発及び南九州探査データへの適用
標題(洋) Correction of the Galvanic Effect in Magnetotellurics and its Ap-plication to Regional Sounding of Southern Kyushu Area
報告番号 115930
報告番号 甲15930
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3974号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 歌田,久司
 東京大学 教授 渡辺,秀文
 東京大学 教授 岩崎,貴哉
 東京大学 助教授 栗田,敬
 東京大学 助教授 鍵山,恒臣
内容要旨 要旨を表示する

近年、スラブから放出された水がメルトの形成、ひいては地表での火山活動に深く関与しているというモデルがいくつか提出されている(cf. Iwamori,1998;巽,1995)。このようなモデルのうちどれがもっともらしいのか、またモデルは大体スラブの沈み込み軸に垂直な二次元断面で与えられているが、地表に火山活動がみられない場所では火山のある場所と比べて水やメルトの分布に差があるのかといった疑問に答えるためには、水やメルトの分布を正確に知る必要がある。岩石の比抵抗率は、水やメルトの存在に非常に敏感な物理量であり,MT法によってその構造を推定することができる。しかしながら、MT法にはガルバニックディストーションと呼ばれる問題があった。本研究では、まずガルバニックディストーションを補正するための新しい方法を開発した。次に南九州で紐密に取得したMT観測データに補正を行った上で比抵抗構造を推定し、脱水モデルとの関連を議論する。

 ガルバニックディストーションとは観測点近傍に小さな不均質構造が存在した場合、推定される構造が深部に至るまでバイアスされてしまう現象のことである。この効果は不均質が小さくても構造を大きくゆがめてしまう危険があるため、構造を議論する際には何らかの補正を行ったことが必要条件となっている。しかし従来用いられている補正法は構造が2次元であることを仮定しており日本のような地下構造が複雑な三次元性を持つ場所で適用可能な方法は存在しなかった。宗包(1998)では地磁気変換関数とインピーダンステンソルとの間に成立する恒等式を利用した新しい補正法を提案した。しかしながら、この補正法はそのままでは現実データに適用することが出来なかった。その理由は1.恒等式を導く際に磁場の空間微分を無視していたこと、2.観測データに誤差が含まれた場合ノイズの影響を受けやすいこと、である。本研究ではまず1.に関して、磁場の水平変換関数を導入することで、厳密な恒等式を導出することに成功した。また2.に関しては、数値実験の結果適切な制約条件を加えることで日本のようなノイズレベルが比較的高い場所においても本補正法が有効に働くことを明らかにした。

 比抵抗の推定には、各観測点で一次元成層構造を仮定してインバージョンを行ない、その結果をつなぎ合わせるという手法を用いた。そのようにして得られた疑似三次元構造に対して海陸分布も組み込んで三次元フォワードモデリングを行ない、データを正しく説明しているかを検証した。一次元インバージョンは、Mitsuhata(1994)による、ABIC最小化による平滑化制約制約つきインバージョン法のアルゴリズムを使用した。この手法はまず平滑化制約を取り入れているため、データがノイズに汚染されている場合にも偽像の出現を押えられるという利点がある。また、得られた構造の確からしさを判定するためにブートストラップ法を用いて各層の比抵抗値の誤差を計算できるようにした。これらの手法によって、ノイズによって得られた誤った特徴を誤って解釈する危険性が少なくなった。また、三次元フォワードモデリングには一般に差分法や有限要素法などに比べて正確であるといわれる積分方程式法の変形である、ZingerやFainbergなどによって開発されAvdeev et al.(1997)によって一般の三次元フォワードモデリング問題に適用されたIterative Dissipative Method(IDM)法を採用した。得られた積分方程式を解く部分は、Avdeevet al.(1997)はJacobi法を採用しているのに対し、本研究では、van del Vorst(1992)により開発されたBi-CGSTAB法を採用し、その結果非常に高速に解を得ることが可能になった。

 MT法の観測は96年12月から99年4月まで計6回行い、電磁気合同観測班から提供をうけたものと合わせて55点での観測データを得た。観測地域は、最近火山活動起こった場所とそうでない場所での構造の違いを検証するため、霧島火山とその西に広がる第三紀一第四紀の北薩火山地域と、霧島火山から阿蘇にかけての広大な火山空白域を含み、かつ火山フロントをはさんで分布するように選定された。観測点分布は図1の通りである。観測データに対し、ディストーションの効果を補正した後、各観測点で水平成層構造を仮定した一次元インバージョンを行い構造を決定した。

 各観測点で推定された一次元構造をつなぎ合わせた疑似三次元構造の深さ400m付近での断面が図2である。その結果次のような特徴的な構造が明らかになった;1.領域南東の海沿いの低比抵抗域、2.領域中央の低比抵抗域3.領域西端の南北に延びる高比抵抗域、4.領域北東の小さな高比抵抗域。そしてそれぞれ1.は若い堆積層、2.は新第三紀以降に活動した火山により形成された帯水層、3.は緻密な古生代層、4.は尾鈴山の深成岩体に対応することが分かった。

 一方、各観測点で推定された一次元構造をつなぎ合わせた疑似三次元構造の深さ40-50km付近での断面が図3である。特徴的な構造として、霧島火山周辺から北東に延びる低比抵抗域があげられる。深さは上面がほぼ20km程度の下部地殻にある。この低比抵抗域は、霧島火山と北薩火山地域とほぼ対応しているが、さらに北東に延びて火山フロントを越え、霧島火山と阿蘇との間の火山空白域に延びてきている。地温勾配との対比から、この低比抵抗域の成因は領域北部の非火山地域の下では水、領域南部の火山地域ではメルトないしは水であると考えられ、スラブから放出された水、または水が上昇する過程で形成されたメルトが地殻下部に達したものと思われる。深部低比抵抗域が領域北部で火山フロントより東側にせり出ている理由としては、この地域では北部に若いスラブが沈みこんでいるため、北部ではより前弧側で脱水が起こるという可能性、また北部においてはこの地域でサブダクションの向きが変わった年代(1.5Ma)以前に蓄積された水がまだ残存しているという可能性などが考えられる。

 推定された、各観測点での一次元構造をつぎ合わせた構造が妥当なものであるかどうかを検証するために、海陸分布を取り入れた基本構造と、基本構造につぎ合わせ構造を埋め込んだリージョナルモデルとに対して三次元フォワードモデリングを行ないデータへのフィッティングが改善するかどうかを検討した。基本構造としては、観測地域の代表的な比抵抗値である100Ω・mの半無限媒質に、海底堆積層の分布を取り入れた構造を採用した。従来九州では、長周期でインダクションベクトルが西向き成分を持ち、海陸分布だけでは説明ができないことが指摘されていたが、海洋堆積層を導入することによりインダクションベクトルの傾向がおおまかに説明できるようになった。基本構造とリージョナルモデルとで、インピーダンステンソルのdeterminant averageのrms misfitsを計算したところ、リージョナルモデルの方がデータをより説明することが明らかになった(Fig.4)。このことは上で議論したような一次元比抵抗構造のつぎあわせで見られた特徴的な構造が意味のあるものであることを示唆している。しかしながら、観測領域の北側でmisfitが大きな地域が存在しており、その領域ではリージョナルモデルに変更を加えることが必要である。

図1:観測点配置

図2:浅部の比抵抗構造の断面図

図3:深部の比抵抗構造の断面図

図4:周期100秒での観測されたインピーダンスのdeterminant aberageとのRms misfit。左が基本構造、右がリージョナル構造に対するもの。リージョナル構造の方がRms misfitが小さくなっており、一次元構造のつぎあわせで見られた特徴的な構造が意味のあるものであることを示している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり,地球内部の電気伝導度構造を調べる方法である地磁気地電流法(MT法)のデータを取り扱う上での新しい方法の開発と,その方法を実際の観測データに適用した結果について述べたものである.第1章においては,本研究の動機およびその意義など,第2章及び第3章では,1次元及び3次元の地下構造解析について述べられている.第4章と第5章は本論文の主要部にあたり,それぞれ,MT法観測データに含まれる表層不均質の影響(ガルバニック・ディストーション,以下GDという)を補正する方法について,その方法を南九州における観測データに適用して得られた結果について述べている.最後に第6章では,本研究で得られた結論がまとめられている.地球内部の電気伝導度は,水などの流体の分布や岩石の溶融に強く依存する物性である.南九州には,フィリピン海プレートが沈み込み,陸側には阿蘇から霧島および桜島へと続く活動的火山列が存在している.このような地域の地球深部の活動を解明する上で,電気伝導度は重要な拘束条件を与える.MT法は,地球内部の電気伝導度構造を調べる最も有力な方法であり,この方法を九州南部に適用することは,極めて興味深い試みであると考えられる.

 従来の研究では,MT法観測から2次元構造を求めるというのが一般的である.3次元的な電気伝導度分布の場合に,基礎方程式である電磁誘導方程式を数値的に解くことが,計算機の性能などの面から困難であったことがその最大の理由であった.近年この点については飛躍的な進歩があり,3次元のモデリングが試みられるようになった.しかしながら,実際の観測データから3次元地下構造を求めるという試みはほとんどなされていない.その理由の一つとして,GDを補正する手段としてこれまで用いられてきた方法では,あらかじめ地下構造に2次元性の仮定をすることが必要であったことをあげることができる.

 GDは,観測点近傍にある小さな電気伝導度不均質が静的な2次的電場を発生し,これが電磁誘導による電場に比べて無視できないということによっている.もちろん無限に細かな観測を行ない,非常に細かな構造まで含む解析を行なえば,GDを補正する必要はないが,観測・解析の両面から現実的とはいいがたい.そこで,GDをモデル化して観測データから補正するという手段がとられる.従来の方法では,モデルパラメータを決定するために2次元構造の仮定を拘束条件として用いる必要があった.この方法を用いると,データが本来もっている3次元構造に関する情報を失うことになる.3次元構造を議論するためには,GD補正の2次元性の仮定をとりはらう必要があり,本論文はそれを世界で始めて試みたものである.本論文の方法では,拘束条件として電磁気学の基本法則の一つであるファラデーの電磁誘導則を用い,GDを表わすパラメータを決定する問題を定式化した.さらに,実際の電磁気ノイズを含んだ観測データにも適用可能なように,安定な解を得る工夫をした.本研究によって始めてMT法による3次元構造解析への道が開けたということができる.

 南九州の地下電気伝導度構造を解明するために,論文提出者は精力的に観測を行ない,霧島火山の周辺地域だけでなく,火山の存在しない地域をも含む広い地域で稠密な観測データを取得した.そして,上記の方法を適用してGDの補正を行なった.これによって,3次元構造を議論する準備は整ったわけであるが,構造をインバージョンによって求めることは,まだ現実的ではない.そこで,本論文では,まずGDが補正された観測データを用いて各観測点ごとにインバージョンによって1次元構造を求め,それを空間的に補間して疑似3次元構造を求めるという手段を用いた.この手段の妥当性は,こうして得られた3次元構造から理論的に予測される値と観測値とを比較することによって検証した.一連の解析で用いた1次元インバージョンおよび3次元フォワード解析のコードは,基本原理には独創性はないものの,いずれも計算精度および計算速度の向上などの点で,論文提出者独自の工夫がなされている.

 最終的に得られた深部電気伝導度構造モデルから,霧島火山地域の地下20〜40kmの深さに高電気伝導度領域が存在することがわかった.さらに興味深いことには,その構造が火山の存在しない地域にまで伸びており,その伸びの方向が火山列の方向(北北東ー南南西)からは有意に時計回りにずれていることが示唆された.同様の形状の構造が,地震波速度の研究でも知られており,両者は同一の原因によるものと推察される.その原因についての明確な結論は得られなかったが,南九州の火山活動やそれをもたらすマグマの発生機構などを考える上で極めて重要な発見である.

 本論文の第4章の一部は,歌田久司との共同研究であるが,論文提出者が主体となって数値計算などを行なったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断される.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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