学位論文要旨



No 115931
著者(漢字) 山ロ,成能
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,シゲタカ
標題(和) 18SリボゾームDNA配列から推定される貝形虫類の系統史と形態進化
標題(洋) Phylogenetic history and morphological evolution of ostracods inferred from 18S ribosomal DNA sequences
報告番号 115931
報告番号 甲15931
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3975号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大路,樹生
 東京大学 教授 棚部,一成
 東京大学 講師 上島,励
 東京大学 助教授 小島,茂明
 静岡大学 助教授 塚越,哲
内容要旨 要旨を表示する

 甲殻類の一群である貝形虫類は顕生代を通じて豊富な化石記録があり、古生物学上で最も重要な分類群の一つである。その背甲や軟体部は多彩な形態をしており、伝統的分類学ではこれらの形態形質に基づき貝形虫類は分類されてきた。しかし、これらの形質の多くは貝形虫類高次分類群間で相同性が不明であるため、従来の形態に基づいた系統論は信頼性に欠けており、新しい手法に基づく系統の再検討が望まれていた。

 本研究では、まず、分子系統に基づいて貝形虫類上科間の系統関係とそれら高位分類群を特徴づける分類形質の形態進化の過程について検討を行った。さらに、貝形虫類の多様化の過程を明らかにするため、多様化の過程に関する二つのモデル(Phyletic bifurcationモデルとBudding cladogenesisモデル)のそれぞれの妥当性について一部の貝形虫類を用いて化石記録、分子系統学的手法、及び、形態分岐学的手法により検討した。そして、これらの解析結果に基づき、Cytherocopa亜目に属する貝形虫類の起源と形態進化を検討した。

 具体的には、貝形虫類内上科間の系統を明らかにするため、Podocopa目6上科、Platycopa目1上科、及び、Myodocopa目4上科に分類される貝形虫類を用いて分子系統解析を行った。そして、分子系統図上に形態形質を再構築し、その進化を考察した。さらに、多様化の過程について検討するため、Trachyleberididae科、Thaerocytheridae科、Hemicytheridae科、Paradoxostomatidae科、Cytheruridae科の17属に分類される貝形虫類を用いて分子系統解析を行い、各々の科の化石の時間分布と分子系統上に最節約的に再構築された形態形質との関係を考察した。また、Cytherocopa亜目内科間の系統を明らかにするため、16科に分類される貝形虫類を用いて分子系統解析を行った。そして、その起源やヒンジ構造の進化を二つの多様化過程モデルに基づき、分子系統図の樹形と化石記録から考察した。系統関係は、18SリボソームDNA全塩基配列を基に、最尤法、最節約法、及び、近隣結合法を用いて推定した。

 得られた貝形虫類上科間の分子系統図において、Podocopa目とPlatycopa目から成る貝形虫類とMyodocopa目に属する貝形虫類はそれぞれクラスターを形成したが、これらの3目全体から成る貝形虫類はクラスターを形成しなかった(図1)。この結果は、貝形虫類の二枚殻から成る石灰質の背甲がPodocopa目とPlatycopa目から成る貝形虫類の系統とMyodocopaに属する貝形虫類の系統へ独立にもたらされたことを示唆する(図2)。また、Bythocytheracea上科とCytheracea上科、及び、Cypridacea上科とMacrocypridacea上科はそれぞれクラスターを形成したが、その他のPodocopa目とPlatycopa目に属する上科間の関係は多分岐となり、18SrDNAのデータから系統関係を明らかにできなかった。これは、Podocopa目とPlatycopa目に属す主要なグループの祖先、すなわち、Cytherellacea上科の祖先、Darwinulacea上科の祖先、Bairdiacean上科の祖先、Bythocytheracea上科とCytheracea上科の共通祖先、Cypridacea上科とMacrocypridacea上科の共通祖先が古生代前期から中期にかけて短い時間間隔で分岐していったことに起因すると推察された。

 得られたTrachyleberididae科、Thaerocytheridae科、及び、Hemicytheridae科の属間の分子系統図では、Trachyleberididae科に属する貝形虫類がThaerocytheridae科とHemicytheridae科から成る貝形虫類に対して側系統群になり(図3)、また、Cytheruridae科とParadoxostomatidae科の属間の分子系統図では、Cytheruridae科に属する貝形虫類がParadoxostomatidae科に属する貝形虫類に対して側系統群になった。Trachyleberididae科の化石の出現時期はThaerocytheridae科とHemicytheridae科の化石の出現時期より早く(図4)、また、Cytheruridae科の化石の出現時期はParadoxostomatidae科化石の出現時期より早い。加えて、形態形質を分子系統上に最節約的に再構築した結果、Trachyleberididae科とCytheruridae科は原始形質のみを持ち、Thaerocytheridae科、Hemicytheridae科とParadoxostomatidae科は派生形質を持つ(図4)。これらの分子系統、化石記録、及び、形態分岐学の証拠は、祖先から子孫が分岐した後もその祖先が存在するという多様化の過程を示すBudding cladogenesisモデルにより予測され、貝形虫類で実際にBudding cladogenesisモデルに整合的な多様化が生じたことを示唆する。

 Cytherocopa亜目内の科間の分子系統解析から得られた分子系統図では、Cytheracea上科のクラスターにおいて、Eucytheridae科のクラスターが最初に分岐し、続いてCytheruridae科とParadoxostomatidae科から成るクラスター、Loxoconchidae科のクラスター、Leptocytheridae科のクラスター、残りの10科(Xestoleberididae、Limnocytheridae、Cytheridae、Schizocytheridae、Krithiidae、Cushmanideidae、Cytherideidae、Hemicytheridae、Thaerocytheridae、Trachyleberididae)から成るクラスターが分岐する。分子系統図の分岐順序と化石の出現順序から、Eucytheridae科、Leptocytheridae科の系統は他のCytherocopa亜目の貝形虫類の系統から各々三畳紀、ジュラ紀には分岐したと推定される(図5)。Cytherocopa亜目の貝形虫類の急速な多様化は既に中生代初期に始っていたのかも知れない。また、分歯A型(Amphidont)のヒンジ構造は独立に少なくとも4回、Loxoconchidae科の系統とLeptocytheridae科の系統、Schizocytheridae科の系統、Trachyleberididae科、Thaerocytheridae科、及び、Hemicytheridae科の共通祖先の系統で進化したことが示唆される(図6)。ヒンジ構造の複雑化や単純化は系統関係を反映しているのでは無く、むしろ背甲の石灰化の度合いや厚さに協調して進化したと考えられる。

図1.貝形虫類上科間のML、MP、NJ図の厳密合意樹

図2.貝形虫類に特徴的な背甲や体節の進化仮説

A,ML、NJ図,B,MP図(DELTRAN).C,MP図(ACCTRAN〕.

図3.Hemicytheridae、Thaerocytheridae、Trachyleberididaeの相間のML図

図4,Hemicytheridae、Thaerocytheridae、Trachyleberididae間の比較A,化石の出現順序.B,分子系統図上で最節約的に再構築された形態形質。

図5.Budding cladogenesis modelに基づくCytherocopa 16科の起源化石記録はBenton(1993)を引用した.

図6.ヒンジ横造の形態進化仮説

審査要旨 要旨を表示する

 貝形虫類は節足動物甲殻類に属する小型の水生動物であり,古生代オルドビス紀以降現在に至るまで,さまざまな環境に広く分布する.従来,主にその殻形態や付属肢,筋肉痕等の形質に基づいた分類がなされてきたが,多くの異なる見解があり,分子情報による系統関係の解析が待たれていた.

 本論文は18SリボゾームDNA配列に基づいて,貝形虫類の主要なグループの系統関係を論じた初めての業績である.論文は3章からなり,第1章では18SリボゾームDNA配列から推定される貝形虫類上科間の系統関係とそれらの分類群を特徴づける形態的な分類形質の進化過程についての検討,第2章では得られた分子系統樹と化石記録との比較検討による分岐モデルの考察,第3章ではCytherocopa亜目内の科レベルの形態進化と起源について述べられている.

 海生貝形虫は,Podocopa目,Platycopa目,Myodocopa目の3目に分類されている.これらのいずれも二枚の殻を持ち,他の類似する甲殻類(例えばCopepodaやBranchiura)と区別されていた.CopepodaとBranchiuraに属する甲殼類を外群とし,Podocopa目に属する6上科,Platycopa目に属する1上科,Myodocopa目に属する4上科の貝形虫を用い,系統関係を検討した結果,Podocopa目とPlatycopa目に属する貝形虫類が一つのクラスターを,Myodocopaに属する貝形虫類がもう一つのクラスターを作るが,これら3目全体からなる貝形虫類はクラスターを形成しないことが分かった.このことは二枚の殻から成る背甲が,収斂進化によって別個に生まれた可能性が高いことを示している.さらにMyodocopaに属する貝形虫類は2つのクラスターを作ること,Podocopa目とPlatycopa目に属する上科のほとんどが多分岐の関係となり,これらの主要なグループの祖先が古生代前期から中期にかけて比較的短い時間に次々と共通祖先から分岐したことが示唆された.

 得られた分子系統樹のうち,Trachyleberididae科,Thaerocytheridae科,及びHemicytheridae科の属間の系統関係では,Trachyleberididae科に属する貝形虫がThaerocytheridae科とHemicytheridae科からなる貝形虫類に対して側系統群になり,またCytheruridae科とParadoxostomatidae科の属間の系統関係ではCytheruridae科に属する貝形虫類がParadoxostomatidae科に属する貝形虫類に属する貝形虫類に対して側系統群になった.各分類群の化石の出現時期,そして殻の中央筋痕の特徴をあわせて考慮し,これらのグループの分岐モデルを考察した.祖先種から子孫種が派生する多様化のモデルとして,種分化時に祖先種が二分岐すると考えるPhyletic bifurcationモデルと,祖先種から子孫種が分岐した後もその祖先種が存続すると考えるBudding cladogenesisモデルの2つがこれまで提唱されてきた.上に述べたような分子系統の結果を,化石記録,および形態形質の分岐分析の結果と併せて解釈すると,Budding cladogenesisモデルに整合的な多様化過程を示す貝形虫が存在したことが示唆された.このように分岐プロセスを分子系統,分岐分析,そして化石記録とをあわせて解釈した点はこの研究のオリジナリティーの高い部分であると評価される.

 現在の貝形虫類の主要なメンバーであるCytherocopa亜目内のグループの系統関係をより詳しく検討した結果,Cytheracea上科のクラスターにおいてはEucytheridae科のクラスターが最初に分岐し,その後Cytheruridae科とParadoxostomatidae科からなるクラスター,Loxoconchidaae科のクラスター,Leptocytheridae科のクラスター,残りの10科からなるクラスターが順に分岐することが分かった.これらの分岐順序を化石記録とあわせて考察した結果,同亜目内の多様化は中生代初期に始まっていたことが示唆された.また,殻の蝶番構造の形質を得られた分子系統樹上に乗せて考えると,分歯A型の構造は独立に4回進化したことが示唆された.この結果は従来の形態形質に基づく分類の妥当性を見直す枠組みを与えるものと考えられる.

 なお,本論文第1章は,遠藤一佳博士との共同研究であるが,論文提出者が主体となって標本の採集,分子情報の分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断される.

 従って,山口成能君に対し,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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