学位論文要旨



No 115932
著者(漢字) 山本,順司
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ジュンジ
標題(和) シベリアマントル捕獲岩の希ガス同位体、岩石学及び分光学的研究に基づいた大陸マントルの研究
標題(洋) Investigation of the subcontinental mantle based on noble gas isotopes, petrological and spectroscopic studies of Siberian mantle xenoliths
報告番号 115932
報告番号 甲15932
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3976号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小澤,一仁
 東京大学 教授 兼岡,一郎
 東京大学 助教授 比屋根,肇
 東京大学 助教授 鍵,裕之
 東京大学 教授 藤井,敏嗣
 東京大学 助教授 中井,俊一
内容要旨 要旨を表示する

 中央海嶺玄武岩(以下MORB)に関する数多くの研究によって、海洋地域の上部マントルは全地球的にかなり均質である可能性が議論されてきた。その議論の中で重要な役割を担ってきた指標の一つにHe同位体比がある。Heを含む希ガス元素は化学的に不活性であり、特にHeは拡散が早いため不均質を作りにくい特質を有する。しかし近年、大陸縁辺部のマントル物質から海洋地域より若干低いHe同位体比の報告が相次いでいる。これはいかなる要因によるものであろうか。このマントル不均質の原因を探ることはマントルの化学的状態と進化を論じる上で極めて重要な知見を与えうる可能性がある。

 海洋地域の上部マントルを代表する成分に由来すると考えられているMORBのHe同位体比(3He/4He)とAr同位体比(40Ar/36Ar)を見るとある曲線上に分布する (図1)。これはMORBの端成分と大気的成分(海水など)との混合曲線で説明できるが、大陸下のマントル起源物質の値はMORBに比べて系統的に低いHe同位体比を持った曲線を示す。この傾向の原因としては大陸下マントルへのウランに富んだ地殻物質の影響が提唱されており(Kaneoka, 1983)、またAr同位体比の低さもMORBのように試料採取時の海水の影響では説明できないため、地殻物質の影響が原因であるかもしれない。しかしそのような異地性の成分が具体的にマントルをどのように汚染するのか、その過程は全く未知であった。そこで本研究では大陸下のマントル起源捕獲岩を用い、Heの鉱物内での分布を明らかにした上で大陸縁辺部のマントルにおける低He同位体比の原因を探ることにした。

 シベリア東部に産するマントル捕獲岩

 試料にはシベリア東部地域(沿海州)に産するマントル捕獲岩を用いた。シベリア東部は約1億年前から日本海の開く約2千万年前までユーラシア大陸東縁の沈み込み帯として活動していた場合である。シベリア東部に産するマントル起源捕獲岩の構成鉱物はオリビンや斜方輝石、単斜輝石、スピネルであり、上部マントル最上部に存在すると考えられているスピネルーレルゾライトである。主要元素組成は世界中の様々な地域に産するスピネルーレルゾライトに比べて特徴的な違いは全く見られず、輝石温度計を用いて求めた平衡温度も800度から1100度とユーラシア大陸東部の他のスピネルーレルゾライトで求められた値の範囲内に入るため、岩石学的には上部マントル最上部から由来した典型的な岩石であると考えられる。

 鉱物薄片を観察したところ捕獲岩中の鉱物内には二種類の流体包有物があり(図2)、顕微ラマン分光分析の結果、一つは液体CO2が主成分で、もつ一つは気泡を伴う二次的なメルト包有物と分かった。メルト包有物は本研究で調べた全てのマントル捕獲岩で見られたが、CO2包有物は見られない地域もあった。CO2包有物は一つの鉱物内に列を成す分布を示すことが多いが、隣り合った鉱物まで続くことはない。しかしメルト包有物は鉱物境界を横断して分布し、時々CO2包有物を貫くため明らかにCO2包有物より後の浸入を示しているが、捕獲岩を地表まで運んだ母マグマとの直接的な関係は見られないためマントル内で浸入したメルトであると考えられる。

 これらの泡の希ガス組成を測定するため真空中でオリビンを砕いて(破砕法で)ガスを抽出したところ、He同位体比はMORB的な値も見られたが、本地域でもMORBより明らかに低いHe同位体比が見られた(図3)。特にいくつかの試料では大気のHe同位体比を下回るような極めて低いものまで見られた。一方、鉱物全体の希ガス組成を調べるためにオリビンを加熱して(加熱法で)希ガスを抽出したところ、破砕法で見られたHe同位体比は1000度の加熱で抽出されたHeの同位体比に極めてよく一致しており、特に低いHe同位体比が破砕法で見られた試料の場合は、1000度で抽出されたHeが鉱物全体のガス量の90%以上を占めるため、低いHe同位体比は鉱物全体を反映する成分であると言える。

 オリビンの破砕によって抽出された低いHe同位体比を持った成分は、殆ど流体包有物中の成分に由来すると考えられる。更に斜方輝石や単斜輝石を破砕したところオリビンとよく一致したHe組成を示したため、各構成鉱物は同じ流体を包有物として取り込んでいるのであろう。しかしシベリア東部に産するマントル捕獲岩全体を見渡すと、He同位体組成はMORB的な高い値から大気の値を下回るような著しく低い値まで様々な値を示す。これは少なくとも二種類以上の流体がシベリア東部地域のマントルに存在することを示唆するものかもしれない。流体包有物との関係を見てみると、CO2包有物を持つ試料は特徴的に高いHe同位体比を示すが、抽出He量の減少に伴ってHe同位体比も減少していく(図4)。このトレンドの中で抽出He量が少ない試料のCO2包有物の泡密度は明らかに小さいが、もしCO2包有物のみが破砕法での希ガスの抽出源であるならば、抽出ガス量に依存した同位体比の変動は説明できない。これはCO2包有物の他にも希ガスの供給源が存在することを意味し、CO2包有物を含む試料で見られたHe量と同位体比のトレンドはその二成分の混合線を示すものかもしれない。実際、CO2包有物を含まない試料でも破砕法でHeが抽出でき、そのような試料のCO2包有物以外の破砕法での希ガスの抽出源としては気泡を含んだメルト包有物が候補に上がる。そしてこのメルト包有物はどの捕獲岩にも見られるため、やはりCO2包有物を含む試料の破砕法でのHe組成のトレンドはCO、包有物とメルト包有物から抽出されたHeの混合線であると推察され、CO2包有物がMORB的なHe組成を持ち、メルト包有物が低いHe同位体比の原因であると考えられる。

 4Heはウランなど放射性核種の壊変によって生成されるため、低いHe同位体比はマントル捕獲岩の地表への噴出以降に生成された二次的な性質である可能性もある。そのためオリビン中のウラン濃度を測定し、その効果を見積もった。その結果、どの試料も30 ppb以下という低い濃度であり、一千万年程度の捕獲岩の噴出年代を考慮しても大気を下回るような低いHe同位体比を捕獲岩の地表噴出後に生成することはできない。つまり捕獲岩は少なくとも噴出時には低いHe同位体比を持っていたことになり、低いHe同位体比のマントル不均質は確かに存在すると言える。

 本研究で破砕法で抽出した希ガスのAr同位体比(40Ar/36Ar)に1000を越えるものは見られず、最高40000まで検出されているMORBに比べると極めて低い。低いAr同位体比の原因は大気的成分の影響であると考えられるが、実験的な工夫によって試料への地表大気の影響は取り除かれているため、低いAr同位体比の原因が大気的成分であるならばマントル内で影響したものと考えざるを得ない。低いAr同位体比はCO2包有物のない試料から破砕法によって抽出されたガスでも見られたため、少なくともメルト包有物中のメルトは低いAr同位体比を持っているであろう。つまり少なくともメルト包有物は大気に関係した成分から由来したと考えられる。

 ラマン分光分析と流体包有物の均質化温度測定の結果、CO2包有物中のCO2は上部マントル最上部の圧力と調和的な密度を有すると分かった。それゆえCO2包有物はシベリア東部の上部マントル最上部の成分を保持しており、He同位体比もMORBで見られるような値であると考えられるため、上部マントルに普遍的に存在する成分であるのかもしれない。

 一方、メルト包有物も顕微鏡観察や微量元素濃度測定の結果から母マグマとは異なる流体であると考えられるため、やはりマントル内で浸入した成分である。しかしCO2包有物が上部マントルの典型的な成分と考えるならば、低いHe同位体比とAr同位体比を持つメルトは大気的成分に由来した異地性の成分と考えるべきなのかもしれない。

まとめ

 シベリア東部は約1億年前以降ユーラシア大陸東縁の沈み込み帯として活動してきた地域である。沈み込み帯では沈み込んだ地殻物質に由来した流体がウェッジマントルを通過し、含まれた水の影響でマントル物質の融点を下げ、マントル内に部分溶融帯を形成し、更にそこからメルトが上部マントル最上部を通過して沈み込み帯の火山活動の原因になると一般的に考えられている(図5)。沈み込んだ地殻物質から由来した成分には大気的な成分が含まれている可能性があり、シベリア東部のような古い沈み込み帯では現在活動中の島弧や大陸縁とは異なり、マントルが過去に沈み込んだ地殻物質の放射起源的な成分の影響を受けている可能性もある。シベリア東部のマントル捕獲岩は上部マントル最上部からもたらされた岩石であり、その中にはMORB的な成分とともに放射起源的な低いHe同位体比と大気的なAr同位体比を持つメルトが共存している。シベリア東部の地質学的な背景を考え合わせると、このメルトは沈み込んだ地殼物質から由来した成分であるかもしれない、よって本研究の結果から、大陸縁辺部や島弧など沈み込み帯のマントルでは、沈み込んだ地殻成分が物質的な影響を及ぼしている可能性を提唱する。

 シベリア東部のマントル捕獲岩中の低いHe同位体比は、高いHe同位体比を持ったCO2包有物の欠如によって検出が可能となった側面がある。マントル不均質を探る今後の研究としては、沈み込み帯の上部マントルにおけるCO2包有物の分布やその供給源の解明を通して、従来の研究で低いHe同位体比を見せたマントル捕獲岩もシベリア東部と同様の過程や現象を被っているのか広範に調べることが有用であろう。

図1 大陸のマントル捕獲岩とMORBのHe同位体比とAr同位体比。点線はMORBの端成分と大気の混合曲線。He同位体比は大気の値(RA)で規格化した。

図2 マントル捕獲岩中の斜方輝石の薄片写真。球状の包有物がCO2包有物で迷路のような模様は連結したメルト包有物。写真の横幅は約0.5 mm。

図3 (A)シベリア東部のマントル捕獲岩のオリビンから破砕法で抽出したガスのHe同位体組成。凡例は産地を示す。

(B)大陸のマントル捕獲岩のHe同位体比の頻度分布。

図4 シベリアのマントル捕獲岩中の鉱物から破砕法で抽出されたガスのHe同位体組成。凡例で「En」が付く試料はCO2包有物を内包するが、「Sv」が付く試料には見られない。同じ捕獲岩(En2IとSv2F)から採取した鉱物(オリビン、斜方輝石、単斜輝石)はよく似たヘリウム同位体組成を示す。

図5 沈み込み帯として活動していた時期のシベリア東部の概略断面図。沈み込んだ地殻物質に由来した流体がマントルウェッジを上昇し、部分溶融帯を形成し、更にその部分溶融メルトが上部マントル最上部マントルを通過していく。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、極東シベリア・シホテリアン地域のアルカリ玄武岩中に捕獲岩として含まれていた超塩基性岩を試料とし、希ガス同位体比、化学組成、岩石学、分光学などの手段を用いて、それらが保持している特異的な希ガス成分の成因とその担い手としての流体包有物などについての特性を明らかにしたものである。

 本論文は6章で構成される。第1章は、大陸下マントルに関する従来の希ガス研究の紹介、第2章は、シホテリアン地域におけるマントル捕獲岩についてこれまでに得られている研究結果の概括、第3章は本研究で用いられた各種の実験方法の記載、第4章はそれらの結果とその意味について述べている。第5章では、各種の測定結果などを基に、大陸下マントルにおける循環物質の存在形態についての議論、第6章は本論文のまとめである。付録として、各種実験における確度の検討や炭酸ガス包有物の顕微鏡写真、希ガス抽出の際の温度較正、測定データなどがつけられている。

 第1章では、大陸下マントルに関する従来の希ガス同位体比についての紹介が行われ、大陸縁辺下マントルの試料に関するデータはないこと、岩石生成後に付加される二次的成分の影響を避けるために行われる、破砕法によりガス抽出されたカンラン石試料の場合の3He/4He比の報告値は、大気の値の数倍以上であることなどが強調されている。

 第2章では、本論文で対象とする極東シベリアのシホテリアン地域のアルカリ玄武岩に含まれる超塩基性岩について、その岩石学的特徴、鉱物組成、化学組成などを調べ、それらが上部マントル最上部に存在するとされるスピネルーレルゾライトであり、輝石温度計を用いて平衡温度を摂氏約800-1100度と推定している。またこれらのカンラン石に、流体包有物の存在を確認した。

 第3章では、カンラン石の包有物から脱ガスする希ガス同位体比を選択的に測定するための破砕法による脱ガス、鉱物組織から脱ガスする成分を同定するために行う段階加熱法、流体包有物のガス圧などを推定するために試みたラマン分光分析、放射性親核種としてのウランなどの定量をするために行った誘導結合プラズマ質量分析などの実験方法の詳細について記載している。

 第4章では、本研究で得られた結果について詳細な検討を行っている。希ガス同位体比としては、カンラン石の3He/4Heが破砕法によって脱ガスされた成分でも大気の値より低い値が存在することを報告しているが、このように低い値が破砕法によってマントル物質中に見いだされたことはこれまでに例がない。またこのような値が、メルト包有物に起因することを示した。さらに段階加熱法によって、高温で脱ガスする成分には、中央海嶺玄武岩(MORB)と同様に大気の約8倍程度の3He/4Heを示すものがあるが、これらは気泡としての炭酸ガス包有物を含むものに見いだされることを明らかにした。またカンラン石中のウラン含有量の測定結果から、カンラン石に見いだされた低い3He/4Heは地表噴出後に4Heの蓄積によって生じたものではなく、マントル内における流体としてとりこまれた可能性の高いことを示した。これらの40Ar/36Arは1000以下であり、水などを通じての大気的成分の関与を示している。一方、ラマン分光分析と流体包有物の均質化温度測定の結果からは、炭酸ガス包有物中の炭酸ガスは上部マントル最上部の圧力と調和的な密度を有することが明らかにされた。

 第5章では、本研究で得られた結果をもとに、極東シベリアの大陸辺縁下マントルでは、過去に沈み込んだ古い地殻物質に由来する放射性起源成分と、水を通じての大気的成分が関与している可能性を論じている。

 第6章は以上のまとめである。

 以上述べたように、本論文は大陸縁辺下マントルにおいて沈み込んだ地殻成分由来の流体物質が寄与していることを希ガス同位体比を用いて明らかにし、さらにそれらの成分と鉱物中の流体包有物との対応を特定し、包有物の内圧なども推定した。これらはいずれも全く新しい知見であり、その地球科学的意義は大きい。よって本審査委員会は、全員一致で本論文が本学の博士(理学)の学位を授与するに値するものと認定した。

 なお本研究の一部は、荒井章司、鍵裕之、兼岡一郎、中井俊一、Prikhodko氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行ったもので、その寄与が十分であると判断する。

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