学位論文要旨



No 115933
著者(漢字) 吉原,新
著者(英字)
著者(カナ) ヨシハラ,アラタ
標題(和) 太古代における地球磁場強度の研究
標題(洋) Intensity of the Earth's magnetic field during Archean
報告番号 115933
報告番号 甲15933
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3977号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,学
 東京大学 教授 杉浦,直治
 東京大学 教授 瀬野,徹三
 東京大学 教授 磯崎,行雄
 富山大学 助教授 酒井,英男
 東京大学 教授 浜野,洋三
内容要旨 要旨を表示する

 地球史における地球磁場強度の長期変動は地球中心核(コア)のダイナミクスを理解するうえで重要な情報源となる。とくに、太古代から原生代初期においては、内核の誕生にともなうダイナモ駆動システムの劇的な変化があったと考えられており(Stevenson et al.,1983;Buffet et al.,1992)、これらの地質時代の磁場強度変化はコアの進化を解明する手がかりとなる。Hale(1987)は南アフリカ・Barberton地域に産出する約35億年前のコマチアイトを用いて現在の磁場の約25%という弱い古地磁気強度を求め、太古代/原生代境界近傍において磁場強度の急増が見られるとして、それを内核の成長開始にともなう組成対流の活発化と結びつける考えを提唱した。しかし、太古代における磁場強度データは著しく不足しており、Hale(1987)によるデータの信頼性を疑問視する声もあるなど、現段階では太古代の磁場強度とその変動を特徴づけることは困難である。本研究では、太古代の地球磁場強度データの蓄積を目的として、カナダ・Slave地域、アフリカ・BarbertonおよびBelingwe地域、オーストラリア・pilbara地域に産する太古代の火山岩を用いてテリエ法による磁場強度測定をおこなった。

 カナダ・Slave地域から採集された試料はYellowknife緑色岩帯に貫入している粗粒玄武岩質貫入岩である。この貫入岩群は8a dikeとよばれ、2620-2642Maの年代(MacLachlan andHelmstaedt、1995)をもつ。段階熱消磁によって高温成分に特徴的残留磁化成分を分離することができ、それらを用いて古地磁気方向が求められた。これらの古地磁気方向がreversal testおよびbaked-contact testに合格すること、また同地域に産する原生代の貫入岩類と明らかに異なる方向を示すことなどから、8a dikeの特徴的磁化成分は約26億年前に獲得された初生磁化であると考えられる。岩石磁気実験の結果、残留磁化を担うチタノマグネタイトは単磁区あるいは擬似単磁区に相当する粒子サイズをもち、加熱に対しては550℃付近まで磁気的に安定であることが確かめられた。テリエ法による磁場強度測定の結果、2本の貫入岩体から仮想磁気双極子モーメント(VDM)に換算して(6.3±0.2)×1022Am2および(9.0±0.2)×1022Am2という値を得た。これらの値は現在の磁場強度(8×1022Am2)に非常に近く、約26億年前にはすでに現在と同程度のダイナモ作用が機能していたことを示唆するものである。

 南アフリカ・Barberton地域からはHale(1987)によるデータを検証する目的で、3458-3472Maの年代(Kamo and Davis,1994;Armstrong et al.,1990)をもつ同累層のコマチアイトが採集された。また、Barbertonの北約500kmに位置するジンバブエ・Belingwe地域からも、より若い2692Maの年代(Chauvel et al.,1983)をもつコマチアイトが採集された。Barberton地域のコマチアイトから得られた古地磁気方向は、Hale and Dunlop(1984)によって報告されている同累層の古地磁気方向とよく一致する。また、ジンバブエ・Belingwe地域のコマチアイトから得られた特徴的残留磁化成分は、その方向が褶曲テストに合格することから、約26-27億年前におこったとされる大規模な褶曲以前に獲得されたものであると考えられる。両地域のコマチアイトの岩石磁気的性質は非常に類似している。主要な磁性鉱物は一部マグヘマイト化したと見られるマグネタイトであり、その平均的粒子サイズは擬似単磁区に相当する。また、加熱に対しては非常な高温(700℃程度)まで磁気的に安定である。テリエ法による磁場強度測定の結果、Barberton地域およびBelingwe地域の試料からそれぞれ、(1.8±1.3)×l022Am2および(1.2±1.0)×1022Am2という平均VDMを得た。これらの結果は現在の磁場強度のそれぞれ約23%および15%に相当する弱い値である。しかし、両地域のコマチアイトは蛇紋岩化作用を強く受けていることが知られており、Hale(1987)の結果に対しても残留磁化の起源が明らかでないという指摘(Prevot and Perrin、1992)があった。そこで、本研究では両地域の試料について走査電子顕微鏡による観察をおこなった。その結果、両地域のコマチアイトに含まれるマグネタイトはそのほとんどがカンラン石から2次的に晶出したものであり、それらの担う残留磁化は熱残留磁化ではなく結晶成長にともなう化学残留磁化であることが分かった。コマチアイトの蛇紋岩化は海嶺近傍の熱水循環によっておこったと考えられ、その後熱残留磁化を再帯磁するような変成作用を受けていないことから、残留磁化の獲得はコマチアイトの生成年代とほぼ同時期であると思われる。これまでの理論的および実験的研究(Stacy and Banerjee,1974;Pucher,1969;McClelland,1996など)によって、化学残留磁化は一般に熱残留磁化に対して獲得効率が低いことが知られており、化学残留磁化に対してテリエ法が適用された本研究の場合、得られた結果は実際の磁場強度の数分の一程度の値を示している可能性が高い。

 オーストラリア・Pilbara地域からは、3452-3457Maの年代(Thorpe et al.,1992)をもつSalgash亜層群の枕状玄武岩および、2763-2775Maの年代(Arndt et al.,1991)をもつ洪水玄武岩であるMount Roe玄武岩が採集された。段階熱消磁および交流消磁の結果、これらの試料は単成分磁化と多成分磁化の2つのタイプに分類できる。Salgash亜層群の枕状玄武岩、Mount Roe玄武岩ともに、単成分磁化試料の磁化方向はまとまった方向を示さないのに対し、多成分磁化試料の高温成分は各サイト内、サイト間でよい一致を見せる。また、単成分磁化の試料は多成分のものに比べて自然残留磁化に対する飽和等温残留磁化および非履歴性残留磁化の比が著しく大きく、これらの残留磁化が非常な強磁場下で獲得されたことを示している。これらを最も自然に説明するのは落雷による誘導等温残留磁化の再帯磁である。したがって本研究では、Salgash亜層群の枕状玄武岩、Mount Roe玄武岩ともに多成分磁化試料の高温成分が特徴的残留磁化であると結論した。両玄武岩の岩石磁気的性質は非常に類似しており、主要な磁性鉱物は擬似単磁区に相当する平均粒子サイズをもつマグネタイトであるが、その含有量は一般の玄武岩類に比較して著しく低い。Salgash亜層群の枕状玄武岩を用いたテリエ法による磁場強度測定の結果、(5.3±1.9)×1022Am2という平均VDMを得た。これは現在の磁場強度の約66%に相当する。しかし、Salgash亜層群の枕状玄武岩においては海嶺近傍の熱水変質による大規模な鉱物置換が見られ(Nakamura and Kato,2000)、試料中に存在するマグネタイトも2次的な鉱物である可能性が否定できない。もし、これらの残留磁化が2次的マグネタイトの担う化学残留磁化であるなら、このテリエ法結果は磁場強度の下限に近い値を示している。一方、Mount Roe玄武岩に対するテリエ法の結果、得られた平均VDMは(2.4±1.5)×1022Am2で、現在の約30%に相当する比較的弱い値であった。

 図1は20-35億年前の期間の磁場強度変動について、過去の研究および本研究の結果をコンパイルしたものである。Slave地域の貫入岩から得られた結果および現在利用可能な古地磁気データから、20-26億年前の期間における磁場強度は過去10Maと同程度の強度とその振幅で特徴づけられることが分かる。27-28億年前の期間については、現在得られているほとんどのデータが顕生代の磁場強度変動の下限に近い値を示している。また太古代初期に関してはデータの不確定性に問題があるものの、Barberton地域のコマチアイトおよびSalgash亜層群の枕状玄武岩から得られた磁場強度データはどちらも、約35億年前の磁場強度が顕生代の磁場強度変動の範囲内かあるいはそれ以上の磁場強度をもっていた可能性を示唆している。

図1 20-35億年前の期間の磁場強度(VDM)データのコンパイルに本研究の結果がプロットされている。白抜きの点はこれまでに報告されているデータ。点線は現在の磁場強度を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 地球磁場とその変動の研究は地球中心核(コア)のダイナミクスを理解するうえで非常に重要である。とくに、太古代や原生代における地球内部の進化はダイナモ駆動システムの変化として磁場強度の長期変動に反映される可能性があると考えられているが、これまでに得られてきたこれらの地質時代の古地磁気強度データは量・質ともに著しく不足しており、初期地球における磁場強度とその変動の様子を特徴づけることが困難な状況であった。本論文はテリエ法を用いた古地磁気強度測定を主眼とした太古代の火山岩類による詳細な古地磁気学的研究である。本論文ではカナダ・アフリカ・オーストラリアという広範な地域から採集された試料が用いられており、それらの年代も約35〜26億年前にわたっている。このように、地理的にも年代的にも大規模に太古代の古地磁気強度を見積ろうとした試みはこれまでに例がなく、本論文の最大の特色であるといえる。

 本論文は6章から構成され、主要な部分を占める第3〜5章はそれぞれの地域の独立した古地磁気研究である。第1章は序論であり、本論文の動機となった地球熱史に基づく磁場強度変動のモデル計算結果とこれまでに得られている古地磁気強度データが比較され、モデルの検証に必要な太古代のデータの不足が指摘されている。本格的な太古代の古地磁気強度研究としては約35億年前と約28億年前の試料を用いた研究が1例ずつおこなわれているのみで、どちらも現在の磁場強度の4分の1程度という非常に弱い値を報告している。第2章では本論文でおこなわれた実験手順、とくに、古地磁気強度測定実験であるテリエ法についてまとめられている。

 第3章はカナダ・スレーブ地域で採集された約26億年前の貫入岩を用いた古地磁気研究の章である。信頼できる古地磁気方位が求められ、フィールドテストによってこの残留磁化が初生磁化であることが示されている。テリエ法による古地磁気強度測定の結果、現在の磁場強度とほぼ同程度の信頼できる値を得ることに成功しており、約26億年前にはすでに現在と同程度のダイナモ作用がコア内部で機能していたと結論している。

 第4章では南アフリカ・バーバートン地域およびジンバブエ・ベリングウェ地域で採集された約35億年前および27億年前のコマチアイトを用いた古地磁気測定結果が述べられている。バーバートン地域のコマチアイトについては地球史上最古のデータとしてHale(1987)によって現在の磁場強度の約25%に相当する弱い磁場強度が得られていたが、残留磁化の起源が明らかでない等の理由で結果の信頼性が疑問視されていた。本論文は岩石学的な証拠から試料の持つ残留磁化が蛇紋岩化作用によって2次的に晶出したマグネタイトが担う化学残留磁化であることを明らかにし、Hale(1987)による結果は正しい古地磁気強度を示していないと結論している。本論文でおこなわれた両地域のコマチアイトに対するテリエ法の結果は現在の約15〜23%という非常に弱い値を示しているが、この試料では化学残留磁化に対してテリエ法が適用されているために、実際の磁場強度はこれらの実験結果よりも数倍程度強かった可能性が高いと考察している。

 第5章はオーストラリア・ピルバラ地域で採集された玄武岩類を用いた古地磁気研究の章である。約28億年前の洪水玄武岩試料からは現在の磁場強度の約30%、約35億年前の枕状溶岩からは現在の約66%に相当する値を得ている。約35億年前の枕状溶岩試料中には熱水変質による大規模な鉱物置換が見られることから、残留磁化が化学残留磁化である可能性は否定できないとしながらも、この結果は太古代初期に現在と同程度の強度の磁場が存在したことを示す初めての証拠である。

 第6章は本論文で得られた結果とこれまでに報告されているデータを用いて、太古代の磁場強度の特徴についてまとめている。約28億年前の弱い磁場が約26億年前にかけて現在と同程度まで増加した傾向が見られる一方、約35億年前の地球磁場が現在と同程度の強さを持っていた可能性があることが述べられ、得られたデータが地球熱史に基づくモデル計算による太古代の磁場強度変動と大きく矛盾しないことが説明されている。

 以上述べてきたように、本論文は太古代の磁場強度を見積るにあたり、これまでにない規模で試料を採集し、詳細な古地磁気・岩石磁気測定をおこなうことで、信頼性の高いデータと太古代初期の地球磁場強度に関するまったく新しい重要な制約を得ることに成功している。したがって、審査委員一同は、論文提出者に対し、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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